第13話 心優しき機械は獣と再会する


「困るんだよな、こんなところにいつまでも居座られちゃあ」


 通りの向こうから聞こえてきた声に俺が足を止めたのは、過酷なトレーニングを一段落させてかつての縄張りをぶらついていた時だった。


「急にそんなことを言われても、こっちはこれでその日をしのいでるんだ。どけろというなら、日当分を肩代わりしてくれなくちゃ」


 俺は思わず駆けだすと、声のした方を目指した。たしかあっちにはスクラップ置き場があったはずだ。微かな記憶を呼び起こしていると、目の前に思いがけない光景が現れた。


「あっ……」


 俺は足を止め、驚きの声を上げた。通りの奥には巨大なスクラップの山がそびえ、その上に粗末ななりをした男が主のように立っていた。


「タキさん」


 スクラップの山に立っていたのは、俺の数少ない機人の知り合いだった。当時、右手に装着したマグネットアームでスクラップを集めていたタキは、家を出て当てもなくさまよっていた俺に日銭の稼ぎ方を教えてくれた恩人だった。


「今日中にそこから立ち去らないと、あんた何もかも失うことになるぜ」


 スクラップ山の麓でタキと殺伐としたやり取りを交わしているのは、作業服に身を包んだ押しの強そうな機人男性だった。


「こっちは長年、ここで鉄くず漁りをしてるんだ。確かに許可を取った覚えはないが、長い事お目こぼしをして貰ってたことも事実だ。温情って奴はどこにいっちまったんだい」


「あいにくだが、そんな物は所有者が代替わりしたと同時に消えてなくなったよ。ここには新たに処理施設が建つ予定なんだ」


「だったら俺にできる仕事を代わりに提供してくれないとな。稼げる現場なんてものはそうおいそれとあるもんじゃない」


「不満があるなら上の方に直接、かけあうんだな。俺の仕事は邪魔な居候を排除することであって労使の交渉を取り持つ事じゃない」


「やってみるがいい。……できるもんならな」


「いいだろう。抵抗してその結果、仕事ができない身体になっても責任は持たないぜ」


 俺は一触即発の不穏なやり取りに我慢がならなくなり、思わず「やめろ」と叫んでいた。


「お前……懺か?」


 俺に気づいたタキが、虚をつかれたように目を瞠った。


「誰だあんた。俺は仕事でこいつを説得してるんだ。邪魔しないでもらおう」


 俺は一瞬、沈黙した。ジムとの契約が済んだ以上、ごたごたは御法度だ。


「同じ機人同士だろう。苦しい生活をしている仲間を追い詰めてなんになる?」


「そうか、あんた人間だな?仲裁を買って出たつもりかもしれんが、こっちは会社を背負ってるんだ。妙な正義感を出して怪我する前に帰るんだな」


「どうしても待たないって言うんなら、俺も居座らせてもらうぜ。この人には昔、随分と世話になったんでね」


 俺は男性機人を押しのけると、スクラップの山に向かって歩き始めた。


「おい待て、勝手なことをするんじゃない」


 制止する声と共に襟首を掴まれた俺は、気づくと前を向いたまま背後の男性に足払いをかけていた。


「――わっ」


 転倒した機人男性は即座に起き上がると「野郎、調子に乗りやがって」と俺に毒づいた。


「すまん、どうしてもいう事を聞いてくれそうにないもんで、思わず足が出ちまった」


「ふざけるな。……しかし相手が悪かったな、兄さん。こう見えてもかつてはマシンファイターを目指してたんだ」


 男性はそう言うといきなり作業服の前をはだけ、金属の皮膚に覆われた上半身を見せた。


「あんたとやりあう気はない。路地裏でファイトなんかしても一銭にもならないからな」


「――ほざけ!」


 ノーガードの俺に、男性はいきなりストレートを放ってきた。まずい、下手に応戦すれば契約違反で馘になっちまう。俺の計算では敵の放った一撃を紙一重で交わし、バランスを崩したところを先ほどと同じように転ばせる――はずだった。


「ぐっ!」


 男性のストレートが空を切った瞬間、俺は敵の懐に飛び込み反射的に拳を叩きこんでいた。だが金属で覆われた男性のボディはびくともせず、逆に俺の拳に激痛が走った。


「こいつ、素人のくせに!」


 男性が憎悪をたぎらせた目を俺に寄越した、その時だった。敵の鳩尾あたりに細い溝が現れたかと思うと、ボディの一部が音を立てて開いた。


「――しまった!」


「……すみませんっ」


 俺は開いたハッチの内側に手を突っ込むと、指が触れたケーブルを掴んでむしり取った。


「……がっ」


 開口部から火花が飛び散ったかと思うと、男性は目を見開いたまま前のめりに倒れた。


「……またやってしまった。これでせっかく飛びこんできたマシンファイトの話もおじゃんだ」


 俺が愕然としていると、ふいにエンジンの音がして下町には似つかわしくない高級車が現れた。


「何だ?」


 その場から逃げることを俺が躊躇っていると、助手席のドアが開いて華奢な人影が姿を現した。


「……どうしてこんなことに?」


 困惑顔で倒れている男性と俺を交互に見たのは、あどけない顔をした若い女性――


 ――そう、以前俺がごろつきのザムザから助けた、あの機人少女だった。


             〈第十四回に続く〉

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