第12話 優しい獣は影と拳を交える


 マシンファイトのトレーニングは、ジムの二階に引っ越した初日から始まった。


 ファイトのいろはも知らない俺に対し、用意されたメニューはランニングや筋トレ、シャドーボクシングなど地味な物が中心だった。


 助かったのはマシンファイトには階級が存在しないため、減量に気を使わなくてもいいことだ。……もっとも、対戦相手が金属ボディだった場合を想定し、金属を破壊できる筋肉量が求められたりはするのだが。そのあたりは通常の格闘にはない、マシンファイトならではの特徴といえた。


 驚いたのはトレーナーの『しげさん』(ジムのファイターは皆、そう呼んでいるので俺も倣うことにした)のスパーリングが、思いのほかハードだったことだ。


 大して鍛えてもいない中年の小男と思いきや、異様なフットワークの軽さとパンチの重さに俺は入門早々、度肝を抜かれることになった。


 後でわかったことだが、重さんは事故で身体の一部を機械に置き換えた『半強化人間』だったのだ。


 初めてのスパーリングで盛大にのされた俺に重さんはタオルの代わりに「体格や雰囲気で相手を見くびらんことだ。マシンファイトではリングでの油断は死に直結する」という苦言のプレゼントを投げてよこした。


 重さんが忙しい時の俺のスパーリング相手は、もっぱらスパーリングロボットだった。


 これはマシンファイトに慣れるための特殊な機械で、基本的に軟質素材でできているのだが、胸と胴の部分が金属で覆われている上に、人間の弱点に当たる肩、肘、膝といった関節部分にも金属装甲が使用されていた。


 重さんが言うには「心にも指にも痛みを感じなくなるまで打て。最初は指の皮が裂けて血が出るが、いずれ金属を打つのが当たり前の指になるはずだ」とのことだった。


 厄介なことにこのロボットの肩から上には頭の代わりに金属のフレームで囲われた回転灯が乗っており、首が存在しないため狙うべき顎が前に出ないのだった。つまりスパーリングロボットの顔面をストレートで捉えるには、金属のフレームを破壊するしかない、というわけだ。


 このロボットは一度対戦すると、相手の攻撃と防御の癖をラーニングし、次の対戦では相手とそっくりの動きをするというコピーファイターの性質を持っている。


 しかもコピーだけではなく、こちらが苦手とする動きを新たにプログラムした状態でスパーリングに臨むため、対戦を重ねるごとに強くなるという厄介な機械なのだった。


「――痛っ」


 自分そっくりの動きをするロボットとクロスカウンターになった俺は、顔面と拳の両方に衝撃を喰らってその場にひっくり返った。


「どうした懺、痛いなんて言ってるうちは対戦は組ませられないぞ」


「そういう話があるんですか」


 グローブを外した俺は、血のにじむ拳をさすりながら言った。


「今、プロモーションの真っ最中だ。いくつかの機人ファイトジムが興味を示しているし、お前さんと釣り合う売り出し中のファイターがいれば、すぐにでも会場を抑えてやるという興行主もいる。マシンファイトは人間のファイターが常に供給不足でな。金属ボディを畏れない新人ファイターは引く手あまたなんだ」


「なるほど、人間をのしたくてうずうずしている機人が大勢いるってことですね。残念ながらもう少し拳を鍛えないと、開始早々にKOされて会場からブーイングが起きそうだ」


「そういうことだ。マシンファイトはスポーツじゃない。人気商売である以上、客席を沸かせるのも仕事のうちだ。ある程度互角に戦える状態じゃないと初戦のカードは組めない」


 俺は立ちあがってコーナーに戻ると、コーナーポストにもたれてうなずいた。


 ――機械のように冷たく硬く、か。マシンに勝つにはマシンに近づかなければ駄目だ。


 俺は皮肉な事実に苦笑しながら、休止モードになった敵と拳の青あざとを交互に見た。


             〈第十三話に続く〉

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