第8話 裸の拳は機械の痛みを知る
「ヘッドギアもグローブも内側に有機センサーがついていて、最初は違和感があるはずだ」
重吉の言葉通り、防具を一通り身につけた途端、体の表面をナメクジが這いまわるような不快感が襲い、俺は思わずつけたばかりの防具をむしり取りそうになった。
「だが、慣れていけば、最後にはつけている感覚すらなくなる。センサーのパッドが皮膚と一体化するのだ」
いいようのない感覚に耐えてじっとしているとやがて違和感が消え、重吉の言葉通り俺は自分が装備をつけていることを忘れそうになった。
「どうやら準備ができたようだね」
不敵な口調と共に現れたのは、いったんリングの傍を離れて引っ込んでいた汗衫だった。
「その身体は……」
防具をつけ終えた汗衫の上半身を見て、俺はぎょっとした。シャツを脱いだ裸の上半身には、マーカーで引いたと思われる黒い線が縦横に走っていた。一体これは何の余興だ?
「我々人間と同様、機人の身体はいくつものパーツに分かれている。、外からはわかりにくいがパーツとパーツの間には継ぎ目があり、ぴたりと閉じられている」
俺は汗衫の演説を黙って拝聴していた。言わんとしている事の想像がついたからだ。
「ネイキッドボディの人間と金属ボディの機人が対戦する場合、普通に打撃技を放ってもほとんど効果はない。だが、いったん表面に継ぎ目が現れれば話は別だ。グローブを外し、継ぎ目に指を入れてこじ開けるだけで戦況はぐっと有利になる」
「身体をこじ開ける……?」
「フィンガーオープナーという技術だ。継ぎ目の近くは比較的機械の密度が低く、ケーブルが密集していることが多い。ケーブルを引っ張りだし、継ぎ目を広げて中に拳を叩きこめば、かなりのダメージを与えることができる」
「それは反則じゃないのか」
「ああ、反則じゃない。マシンファイトではたとえ手足を引っこ抜いたとしても減点されることはない。運よくバッテリーやコンバーターを破壊できればダウンを奪ったも同然だ」
俺はぞっとした。人間がマシンと対等に戦うには、マシンの肉体をためらわずに破壊する勇気が不可欠なのだ。
「内部を露出させるためには、継ぎ目の周辺を集中的に攻撃する必要がある。……つまりこれだ。このマーカーで引いた線を機人の身体に隠された継ぎ目だと思え」
汗衫はそう言うと、黒い線の引かれた上半身をこれ見よがしにつき出した。
「この継ぎ目の近くを狙って打て。十回当たるごとに一回、ダウンしてやる」
汗衫は俺に向かって挑発的な口調で言うと、「できるものならな」とつけ加えた。
「シミュレーションも結構だが、実際のファイトの時はどうするんだい?継ぎ目を出させるところまではわかったが、グローブをつけたままじゃ指をつっこめないぜ」
「このグローブは、金属ボディの機人と戦う時は脳波で外せる仕様になっている。打撃が功を奏し敵の内部が見えたら、後は生身の拳だけが頼りというわけだ」
「なるほど、マシンファイトって奴の正体が見えてきたぜ。ただの痛い殴り合いじゃなく、身体をこじ開けてケーブルをむしり取ったり、心臓を素手で叩き潰したりするダーティファイトってわけだ。勝ったとしても無傷では済まない……そうだな?」
「ご理解いただけたようで、嬉しいよ。……ではさっそくお手合わせ願おうか、新人君」
汗衫は不敵な笑みと共に言うと、グローブを装着した右手を俺に向かってつき出した。
〈第九回に続く〉
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