第7話 リングは隠された爪を露わにする


「ファイト!」


 重吉がゴングを鳴らすと、体格差が目立つ二つの影がリングの中央で睨み合いを始めた。


 小柄なホッグはダッキングとも異なる小さなステップを不規則に刻み、芯を外すようなガードでタマスの放つフックを難なくしのいでいるのがわかった。


 だが、執拗な連打でホッグの両肘がわずかに上った瞬間、鈍重そうなタマスの拳がホッグのボディに入り、驚いたことにタマスの打撃はホッグの身体をそのまま上空へと跳ね飛ばしたのだった。


「――えっ?」


 勝負あったか、と思われた直後、舞い上がったホッグの身体が空中で反転し、次の瞬間、頭部を脚で挟みこむ形でタマスの上に乗っていた。


「むっ?」


 ホッグはタマスの両肩に肩車の形で乗ったまま、組んだ両手をヘッドギアの脳天に叩きこんだ。


「――ぐっ」


 ホッグは前のめりになったタマスの身体から素早く飛びおりると、重心を極限まで低くしてふらついた敵の足を地を這うような蹴りで薙ぎ払った。バランスを崩したタマスが顔面からマットに倒れ込むと再びゴングが鳴り、重吉の「そこまでだ」と言う声が響いた。


「スレッジハンマーにローキック……確かに何でもありだな」


 二人の曲芸めいたファイトを目の当たりにした俺は、人間同士でこれなら対機人戦はどんなダーティーファイトになるのだろうとため息をついた。


「どうだね北原君、君も軽く手合わせをして見るかい?」


「もちろん、手かげんはして貰えるんでしょうね?」


「うちには機人戦を想定したスパーリング用のロボットもあるから、強さの調節はいくらでも可能だ。やってみるつもりなら防具を用意しよう」


「そうですね……」


 俺が路地裏でザムザがけしかけた機人と戦った時のことを思いだした、その時だった。


「俺が相手をしてやってもいいぜ」


 歌うような調子でフロアに現れたのは、つき出た顎とオールバックが印象的な長身の男だった。


汗衫かざみ、いたなら顔ぐらい出せ」


 重吉は長身の男に苦言を呈すると、俺に「うちのエース、リンクス汗衫かざみだ」と言った。


「このナイーブそうな兄さんが、うちの新人かい?……契約の前に適性を見てやるよ」


 汗衫はそう言うと、グローブを俺の方に放った。俺はなし崩しに防具を受け取ると「いいんですか、ファイトのいろはも知らない素人と手合わせなんかして」と尋ねた。


「いいとも。ただし顔の形が変わっても労災認定はしないから、その点は覚悟してくれ」


「おい汗衫、まだ契約前だぞ」


「ちゃんと手加減しますよ重さん、どうかご心配なく」


「初日だってのに、なかなか容赦のない先輩ですね。……わかりました、やりましょう」


 俺はグローブを顔の前に掲げると、「まずはつけ方から教わらないと、リングにも上がれません。ご指導、お願いできますか」と言った。


             〈第八話に続く〉 

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