第6話 拳闘士は変幻自在の拳を持つ
マリオスの経営するジムは、小さな工房がひしめく場末にあった。
奴の興行師然としたふるまいから洒落た建物を想像していた俺は、ちょっと小奇麗な修理工場といったレイアウトに拍子抜けした。
「やあ、よく来たねミスター懺。待っていたよ」
ドアを開け中に足を踏みいれた俺を、シャツの袖を巻くったラフないでたちのマリオスが出迎えた。
「我が『アイアンブロージム』へようこそ」
「なんだって?どういう意味だい」
「ふふん、『鉄をも砕く熱い拳』という意味だよ。早速だがジムの関係者を紹介しよう。まず我がジムのトレーナー、
マリオスがそう言って紹介したのは、がっしりした白髪交じりの年配男性だった。
「ようこそ新人君。これでうちの登録ファイターは四人になった。せいぜい切磋琢磨してくれ」
重吉はそう言うと、首のタオルで汗をぬぐった。
「次はうちが育てているファイターたちだ。エース格の姿が見えないが、近くにいる者から順に紹介しよう。来たまえ」
ジムの中には小さなリングが二つあり、マリウスは俺をそのうちの一つへと誘った。
「奥にいるがたいの大きいのがタマス
「なんだか階級が違うように見えるんですが、いいんですか」
俺は防具らしきものをつけている二人を見て、思ったことを率直に口にした。
「いいんだよ。マシンファイトに階級はない。見た目や重さでファイターの強さを測れないのがこの世界の面白いところなんだ。……ちょうどいい、契約書にサインする前に二人のスパーリングを見ておくといい」
マリオスに言われ、俺はあらためてリング上の二人に目をやった。月平と言う太ったファイターは温和な顔つきで一見すると鈍そうにも見える。一方、梶馬の方はかなり背が低くつき出た口と三白眼が一癖ある人物像をうかがわせた。
二人が身につけているグローブとブーツは一見するとボクシングで着用するものに似ていたが、どちらも金属的な光沢を放っており、ただの軟質素材ではないことを物語っていた。
「あの防具、普通のスポーツで使用するものとは違うようですね」
俺が第一印象を口にすると、マリオスは「ふむ」と鼻を鳴らし「気づいたかね」と言った。
「あの防具は筋肉の収縮やアドレナリンの分泌量に応じて硬度が変化する特殊素材でできているんだ。ガードやヒットの瞬間は金属並みに硬くなる一方、衝撃を吸収する時は瞬時に柔らかくなる。バイオ技術とナノテクノロジーが生みだした『生きている防具』というわけだ」
「たかが防具にそんな複雑な機能が必要なんですか?すみませんがもう少し噛み砕いて説明してくれませんかね。苦学生だったんで教養を身につける暇がなかったんですよ」
「いいだろう。マシンファイトにおける君たち人間の身体は手術によって肉体そのものを強化させた通称『
「二種類の機人?」
「そうだ。一つは軟質素材で作られた機人。もう一つは金属のボディを持った機人だ。通常は強化人間と金属ボディの機人、軟質ボディの機人と通常の人間、という組み合わせて対戦カードが組まれる」
「なるほど、身体の硬さで差が出ないようにするためですね」
「その通り。軟質機人と通常人間が戦う場合、防具も普通で見た目は人間同士のボクシングに近い」
「あの二人は?」
「月平と鬼島は身体に若干の手術を施してはいるものの、肉体の大部分は柔らかいままだ。それで通常の防具をつけたファイトと、金属ボディを持った相手との戦いを想定したファイトの両方を想定した訓練がなされている」
「ちょっと待ってください、強化してない人間が金属ボディの機人と戦うってこともあるんですか」
「かつては禁じられていたが最近、解禁になったんだ。生身の人間が金属ボディの機人を撃破することもあれば、逆に軟質機人に強化人間が倒されることもある。残酷だという声もあるが、人気が日増しに高まっていてうちとしても対応せざるを得ないのが現状だ」
「過酷ですね……」
「ハードファイトの場合、用いられる防具はファイターが冷静なときは柔らかく、闘志がみなぎった時は鋼鉄のように硬くなる素材でなければならない」
「なるほどね。鉄より硬い拳ってのが気に入りましたよ」
「では、スパークリング開始だ。二人の動きをよく目に焼き付けておきたまえ」
眠そうな目をした太っちょと殴られたら天井まで飛ばされそうな小男――どう見てもまともなファイトになるとは思えない二人のファイターは、重吉がゴングを鳴らすとゆっくりとしたうごきでコーナーポストから離れた。
〈第七話に続く〉
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