第5話 罪びとは汚れた手を隠さない


 俺たち兄妹には墓場まで持っていかなければならない秘密がある。


 十六年前、叔父が機人の人気アスリートを殺害した時、実は十二歳だった俺と八歳だった哉もその場にいた。


 帰りの遅い叔父を心配し、知り合って間もない知人の家まで二人で迎えにいったのだ。


 チャイムを鳴らしても返事がなかったため、俺たちは施錠されていなかったドアを開けて勝手に家屋に足を踏みいれた。そして物音の気配に誘われるようにリビングを覗き、叔父とアスリートが揉み合っている光景に出くわしたのだ。


 弁解するわけではないがあの時、アスリートは凶器を手に殺意をもって叔父に襲い掛かろうとしていた。子供の時の記憶だから多少の脚色はあるとしても、アスリートの目に宿った凶暴な光と叔父の「落ちついて下さい」という声は今でも耳にこびりついている。


 部屋の隅では半裸の少女が震えており、テーブルの上には機人の間で流通していた違法オイルの缶があったように思う。


 機人アスリートの持つ凶器が叔父の喉元につきつけられた時、俺は咄嗟にテーブルの上のドライバーを拾い、気がつくとアスリートの首筋に突き立てていた。


 そこが弱点だったのかどうかは知らないが、アスリートはびくんとのけぞったかと思うと凶器を取り落とし、その場に崩れた。


 叔父は俺の肩を掴み、揺さぶりながら「いいか、これは俺が自分一人でやったことだ。警察には何を聞かれても知らないと答えるんだ」と繰り返した。


 そう、あの日機人アスリートを殺めた犯人は、この俺なのだ。


 叔父は自分で警察を呼ぶと、すぐさま犯行を自供した。殺人の(機人にも一種の人権がある)現行犯で連行された叔父は執行猶予なしの実刑判決にも粛々と従い、服役した。


 真相を知っている俺は叔父が無罪であることを何度も告白しようと思った。が、叔父の願いが俺たちが罪を被らないことだと理解していた俺は、あらゆる問いかけに口を噤んだ。


 そうして四年ほど経った頃、俺たちにさらなる逆境が襲い掛かる。刑期の半分が終了した叔父が突然、刑務所内で謎の死を遂げたのだ。


 高校生だった俺はその後、事件から目を背けるようにアルバイト三昧の日々を送った。


 哉が高校を卒業したら、故郷を離れ誰も自分を知らない土地へ行こう――そう思って過去の悪夢から目を逸らし続けたのだ。


 そして四年前、俺は再び事件を起こした。機械も人間も、誰一人傷つけまいと生きてきたにもかかわらず、疫病神はどこまでもしつこく俺の後を追いかけてきたのだ。


 俺の人生はすでに汚れていて取り返しがつかない。だが、哉に塁が及ぶことだけはなにがあっても避けなければならない。どこに逃げても禍の種が追ってくるのなら、いっそマシンファイターとやらになって乱暴者の仮面を被るのもいいかもしれない。


 俺はブルに拳を叩きこんだ時の感触を思いだし、背中で哉が洗い物をしている音を聞きながら静かに決意を固めた。


 ――哉、兄ちゃんはもうすぐ人に紹介できる兄じゃなくなる。その代わり、マシンファイトで稼いだ金でお前が幸せになれるよう、しっかり後押しをしてやるからな。


 俺はマリオスに貰った名刺を見ながら、いずれオイル塗れになるであろう拳を見つめた。


               〈第六話に続く〉

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