第二部 炎の戦姫と解放者

第399話 後でちゃんと直します!!





――――闇の月 25日



 こんにちは、制空藍です。


 地球で死んでしまった俺がフィエリティーゼへと来てから、もう三年以上の月日が経過しました。

 最初の方こそ色々と困惑する事も多かったですが、今では頼れる仲間や家族と呼べる存在も出来て、もうすっかりこっちでの生活へと頭を切り替えることが出来ています。


 そんな幸せ者の俺は現在――――待ち合わせ時間に遅れそうになっていて、慌てて屋根の上を走っています。



 …………笑いたければ笑えばいい!! これが俺の日常だ!!



「急げ、グラファルト!!」

「わかっておる!!」


 走る。走る。走る。


 木材の屋根を。石材の屋根を。グラファルトへと声を掛けながら、中央へ向けて踏みしめて走り続ける。


 あっ…………木製の屋根が壊れた。


「おやおや~? 踏み込みはもっと力を加減しないと駄目だろ〜? 我らの身体能力はスキルや魔法を使わなくとも桁外れなのだ、もう少し気を使え!!」

「っ…………どうもすみませんねぇ!!」


 ファンカレアを抱きかかえた俺の隣を並走するグラファルトが、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらイラつく声音で注意して来た。多分、今まで言われて来た鬱憤が溜まってたんだと思う。


 と言うのも、走り出して直ぐにグラファルトも同じような事を……それも、俺みたいに木材ではなく、あろうことかあいつは石材の方を踏み壊してしまったのだ。それもかれこれ五回以上。

 最初の一、二回くらいは「気をつけろよ」と軽く注意を促す程度で抑えていたんだけど、三回目が起こった時につい「おいおいグラファルトさんや、無理なら俺が抱っこしてやるぞ~?」と声を掛けてしまった。まあ、それを聞いたであろうグラファルトには頬を膨らませて恨めしそうに睨まれたけど。


 俺としては上手く移動でき無さそうなら手助けするよって意味合いを込めての発言だったんだけど……うん、言い方が悪かったと反省してる。ただ、言い訳させてもらうとすれば、遅刻しそうになっている現状に焦っていて心にゆとりがなかったんだ。


 だから、俺が初めて木材の屋根を踏み壊した瞬間のグラファルトの顔の変化は速かった。多分、俺がミスを犯さないかと監視していたんだろう。


 散々注意して来た側である俺のミス……それはもう鬱憤の溜まっているグラファルトから、絶賛馬鹿にする気満々と言った風に煽られている最中です。……拳骨を喰らわせたいっ!

 あ、ちなみに踏み壊してしまった箇所については【標的】のスキルで記録しておくようにウルギアに伝えている。後でフィオラかシーラネル辺りに伝えて、謝罪してどうにかしてもらおうと思ったからだ。それでも無理ならロゼと一緒に来て直して回ろうかな。


 その後も、なるべく足場にしている屋根を壊さない様にしながら走り続ける。隣から「あっ!?」とか「うっ……」とか言うグラファルトの声が聞こえて来るのは気のせいです。俺は知らないからな!!


(……藍様。あの駄竜には脳みそが存在していないのでしょうか?)


 グラファルトには辛辣であるウルギアさんが、底冷えするくらいに低い声音でそう言って来た。……アルヨ、キットネ。


 そうしてウルギアの話を聞きつつも走り続けていると、あっという間に王宮が直ぐ側まで近づいていた。


「ほんと、ステータスさまさまだな」


 時刻を確認すると午後の2時59分。

 なんとか3時には王宮前の城門に辿り着けそうだ。

 俺の常識的には10分前行動をしたかった所だが……今回は出発前から無理だと分かっていたので諦める事にする。隣を見れば、グラファルトも王宮が目の前だと気づいた様で安堵の表情を浮かべていた。ここまでの道すがらにいっぱい踏み壊したからなぁ……お説教の予感がする。


「おお!! もうすぐだな!! 藍、もう屋根から下りても良いのではないか!?」


 ソワソワとした様子で俺の方を見ながらグラファルトが言って来た。確かに王宮へ繋がる城門前になって来ると、歩いているのは王都を見回る鎧を着た騎士らしき人物たちだけで、ほとんど人が居ない。

 これ以上グラファルトによる一般人への被害を抑える意味でも、屋根から下りるべきだろう。


「分かった。とりあえず速度はこのままで、でも屋根からは下り――「うむ! そうだな! そうした方が良い!!」――よう、か……」


 俺が言い終わる前に、グラファルトは軽々と俺の頭上へと跳躍して城門前へと続く一本の大きな道へと下りた。そんなに下りたかったのかと苦笑を浮かべてしまう。グラファルトに続いて俺も下りる。その時にファンカレアに「下りるね?」って声を掛けたんだけど……。


「……お姫様、お姫様です……えへへっ」


 みたいな事を赤い顔で延々と呟いていたのでそっとしておくことにした。

 触らぬ神になんとやらだ。女神だけど。


「もうそろそろ城門前だな」

「うむ。やはり我らのステータスだとあっという間だったな。常闇によれば上がっている橋を下ろしてもうのだろう? そろそろ”女神の羽衣”の効果を一部解除した方が良いのではないか?」

「それもそうだな……よし、”魔力感知阻害”以外の効果を解除しておこう」

「わかった」


 流石にファンカレアは解除させる訳にはいかないよな。そう判断してファンカレアに忠告しようかなと顔を向けたが……まあ、こっちの話は耳に入っていない様子だったので大丈夫だろう。


 そうして”魔力感知阻害”以外の全ての効果を解除すると、なんか前の方が騒がしくなっている事に気が付いた。

 その声に反応して前を向いて見ると……そこにはいかにも騎士といった風貌の人が集まっており、その中央には綺麗なドレスを纏う少女の姿が見える。


 【遠視】のスキルを使い改めて見れば、そこに立って居たのは間違いなくシーラネルだった。


「……まさか、ずっと待っていたのか!?」


 思わずそんな声を上げてしまう。

 いや、だってそうだろう? シーラネルはエルヴィス大国の第三王女、つまりは王族だ。そんな彼女を長時間待たせていたとなると色々とまずい気がする。間違いなくミラ達には怒られるだろう。いや、シーラネルの件が無かったとしても、真っ直ぐ買い物から帰って来なかった時点で怒られるのは確定しては居るんだけど、更に怒られそうだな……。


「クククッ、一国の王女を待たせるとは、我が夫は随分と偉くなったのだな~?」

「くっ、心から思ってもない事を……いいから足を動かせ、足を!!」


 恐らく屋根での一件の仕返しのつもりなのだろう。

 ニヤニヤしながら並走するグラファルトに俺はそう叫んでから更に速度を上げて、【遠視】を止めてからシーラネルの元へと駆ける。


 近づくにつれて騒がしい声は更に大きくなっていく。

 そしてよく見ればシーラネルの隣にはメイドさん……確か、コルネ・ルタットさんって名前の人が立って居て、その周囲に立つ残りの全員が予想通り護衛と思われる鎧を纏った騎士だった。でも、なんか空気が重い様な…………ん?


「……あれ、これってもしかしなくても襲撃者だと思われてないか?」

「……」


 俺の言葉にグラファルトが答える事は無い。

 ただ、自然とお互いに走る速さを緩めていた。


 それでも足を止める事は無かったが、近づくにつれ叫ぶ騎士たちの声が聞こえて来る。


「――ッ!! 王女殿下――陣形を!!」

「王女殿下!! 直ぐに背後――へこの事態を――」

「視認しました!! 数秒後に衝と――」


 腰に携帯していた両刃のショートソードを抜刀し、シーラネルとルタットさんの周囲を囲み出す騎士達。

 ああ、駄目だ。完全に勘違いされている。


 チラッと隣を見ればグラファルトが面倒そうに苦い顔をしていた。うん、分かる。さっきまでシーラネルの顔を見てちょっと感動してた俺だって、今は帰りたいと思ってるから。

 しかし、流石にここまで来て帰る訳にもいかない。


「……とりあえず、一旦進むのをやめるか」

「うむ」


 後、20mくらいまでの距離で俺とグラファルトは足を止める。

 相も変わらず前方ではシーラネルとルタットさんを囲む様にして騎士達が騒いでおり、俺達を睨み付けていた。敵じゃないですよ?


 そうして騎士たちに睨まれていると、夢見気分で顔を赤くしていたファンカレアも、止まった俺の足と突き刺さる敵意に気づいて「すみません、下ろしてください」と言ってきた。俺の手から離れたファンカレアは地面に足を着けると、その顔を真剣な表情へと変えて目の前の騎士たちを見る。


 何を考えているのか何となくわかったので、予め声を掛けておくことにした。


「ファンカレアは何もしなくて良いからな?」

「ッ!?」

「寧ろ何かされると大騒ぎになるから、大人しくしていてくれ」

「〜〜ッ……はぃ……」


 多分、本当に何かしようと思ってたんだろう。図星をつかれたファンカレアは顔を赤くして驚いた後、その肩をがっくりと落とすのだった。危ない危ない。もしも"女神の羽衣"の効果を解除されたりしてたら、大騒動に発展するところだった。


「しかし藍、このままでは埒が明かないぞ? 戦闘になったら負ける事はありえないが……その後で気軽に祝うのは難しいのではないか? われがシーラネルの立場だったら、客人を攻撃してしまったりしたら尾を引くと思うのだが……」


 グラファルトとの懸念は最もだと思う。でも、真っ向から睨んでくる相手にどう対応すればいいのか分からない。

 さて、どうすれば丸く収める事ができるのか。


「うーん……………………あっ」

「ん? どうした?」


 グラファルトの姿を眺めならしばらく考え込んで、忘れていた事を思い出した。いや、正確にはちゃんとその存在を覚えてはいたが、能力を解除したからもう大丈夫だと思い込んでいた。はぁ……自分のアホさ加減に嫌気がさしてくる。


 そうだよ、すっかり忘れてたよ……。


「俺たち――フード被ったままじゃん……」

「あ、そう言えばそうだな」


 項垂れる俺の言葉を聞いて、グラファルトもようやく理解することが出来た様だ。


 顔見知りだったとしても、フードを被った状態で知り合いだと分かる訳がないじゃないか。……うん。よく見れば騎士達の中心に居るシーラネルも困惑した表情でこっちを見てる。やっぱり俺達の正体が分かっていない様だ。


「そこの!! それ以上近づくのであれば、我々への敵対行動と判断する!! その場で武装を解除し両手を上げろ!!」


 騎士達の中で一人だげ金の装飾が施されている鎧を纏う人物が大声でそう言って来た。頭にヘルムを被っていないので男という事は分かるが、一番偉い人なのだろうか?


 そしてどうやら"女神の羽衣"はちゃんと機能しているらしく、一番偉い立場であろう男は俺の左隣で睨んでいるファンカレアに全く気づいていない様だ。


「……ファンカレア、睨むのはやめなさい」

「で、ですがあの人、まるで私たちが悪者みたいに」

「いやまあ、急に素性の知れない奴らが凄いスピードで走って来たら怪しむのは当然だから。それよりも、折角姿を隠してるんだからバレる様な事はしないでくれよ? 俺がミラに怒られるから……マジで」

「うっ……すみません」


 ミラの事だから監督不行き届きって言う事で俺を叱ると思うんだよ。多分、いや絶対にそうなると思う。グラファルトが何かをやらかしたりする時も、その場にいながら何で止められなかったのかと延々と言われ続けるからなぁ。俺が。

 言い返す事も、弁明する事も許されずに延々と……理不尽だ。

 まあ、今回はちゃんと釘をさしたから大丈夫だろう。大丈夫だよね?


 さて、そんな会話をしている最中も絶賛目の前に居る騎士達には警戒されっぱなしな訳ですが、流石に応援とか呼ばれたら面倒なので早急に解決する事にした。


「グラファルト、俺達はフードをとろうか」


 ファンカレアを宥めた後で、右隣りで腕を組むグラファルトに対してそう言うと、グラファルトは特に疑問に思う事無くフードを外してくれた。

 それに続いて俺もフードを外すと、騎士達が密集する場所から女性のものであろう高い声音が聞こえて来た。そしてその声に反応するように周囲の騎士達の声も木霊するが、やがて密集していた騎士達がわなわなと揺れる様に動き出したかと思うと、騎士達の隙間をかいくぐりそこから一人の少女が姿を現す。


「ッ……!!」


 騎士達を押しのける為に大きく動いたのか、少しだけ呼吸が乱れているように見える。それでも、彼女は肩を上下にさせながら見開いた目で真っ直ぐに俺達を見つめていた。そんな少女の姿を見ていたら、思わず笑みがこぼれてしまう。


 シーラネル・レ・ヴィラ・エルヴィス。

 今年で15歳になる彼女は、四年前とは見違えるほどに綺麗になっていた。


 プリズデータ大国でも少しだけその姿を見る機会があったけど、初めて会った時と比べて成長したなと思う。ちょっとだけ感慨深い。あの当時はまだ誕生日前で11歳だっけ? 成長期だと考えたら普通なのかもしれないけど、子供っぽかったシーラネルの成長に驚きと時の流れを感じてしまう。妹の雫が成長期を迎えた時もこんな感じだった気がする。


 そんな風にお兄ちゃん気分に浸っていると、シーラネルは後方にいる騎士達に声を掛け始めた。

 その隣にいるルタットさんも何やら騎士達と話を始め、二人の話を聞いていた騎士達が時よりこっちをチラ見している。その様子から察するに、どうやらシーラネルとルタットさんが俺達について説明してくれている様だ。


 やがて話が終わると、シーラネルは後方にルタットさんや騎士達を引き連れる形で俺とグラファルトの元へと進み始めた。

 一応、シーラネル達が近くに来る前にファンカレアには「お誕生日会の会場に着くまで大人しくしているように」と釘をさしたので大丈夫だろう。


 距離が近づくにつれて歩く動作が少しだけぎこちない所とか。緊張しているのか固い表情をしている所とか。それでも近づくにつれて早足になっている所とか。俺はその場から動くことなく、シーラネルの一挙手一投足を微笑ましく思いながら見守り続けていた。


 ……まあ、シーラネルの後方を歩く騎士達は相変わらず警戒している様子だけど。特にヘルムをつけていない一番豪華な鎧を纏っている騎士が凄い睨んで来る。歳は三十くらいかな? 厳つい顔立ちをしてるから睨まれるとさらに怖い。何もやってないのに、何か罪を犯してしまったのではないかと不安になるくらいに怖い顔をしていた。


 そんな中で一番表情が読み取れないのは、シーラネルの従者であるルタットさんだ。膝下くらいの丈の長さのメイド服を纏い背筋を伸ばした状態でシーラネルに付き従うルタットさんは、無表情に近い状態で俺達の方を見ていた。それが元々の性格なのか、それとも従者として教育された結果なのかは分からないけど、周囲の反応との差があって異質に見えてしまう。


 プリズデータ大国で見かけた時はもうちょっと感情が表に出ていた気がするけど……緊張しているのだろうか? いや、この場合は警戒と言った方がいいのかもしれない。


 三者三様とはこの事か。それぞれ違った面持ちのシーラネル達に心の中で苦笑しつつも、俺はグラファルトやファンカレアと共に特に何かをする訳でも無くその場で待ち続けた。


 俺達まであと5mと言う距離まで接近して来たシーラネル達は、その場で足を止める。

 そして、シーラネルが一歩前へと踏み出して笑みを浮かべながら言うのだった。




「――ずっと、ずっとお待ちしておりました。ようこそ、エルヴィス大国へ!!」





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