第398話 王宮へと駆ける
フィストレアが俺に口付けをしたことで一騒動起きてしまったが、それも落ち着き……フィストレアとのお別れが目の前まで迫っていた。
さっきまでは和気あいあいと楽しく話していたが、やっぱり別れが目の前に近づいてくると、流石に寂しさが募る。永遠の別れって訳では無いけど、それでもしばらくは会えないからかな。
ただ、それでも涙を流す程では無い。それは薄情という訳では無くて、全てが終わったら真っ先に俺達へ会いに来ると約束してくれたし、もしかしたら途中で偶然にも会う機会もあるかもしれない。
緊急時には念話もあるし、ある程度の心のゆとりは取れていたからだ。
……少なくとも、俺とグラファルトはね?
「うぅっ……ひぐっ……ふぃすとれあぁ……」
予想通りの展開と言えばそうなのだが、案の定フィストレアとの別れが近づくとファンカレアが泣き出してしまった。
「全く、お主はいつまで経っても泣き虫じゃのぅ」
「だ、だってぇ……」
「別に今生の別れではないのじゃ。やり残した仕事を終わらせたら、直ぐに帰って来る」
なんか、新婚の夫が出張に行く前みたいな会話だな。『あなたぁ……!!』『直ぐに戻るよぉ……!!』みたいな。
まあ、二人は家族も同然だろうし、やっと仲直りが出来たと思った直後にお別れとなると、寂しく思ってしまうのも分かる気がする。
俺の目の前で困り顔を浮かべるフィストレアが、ファンカレアの両手を優しく下から支えて何とか泣き止ませようとしていた。
「なぁに、僅かに残る種を取り除くだけじゃ、そんなに時間は掛からぬ」
「うぅ……絶対にこまめに連絡をしてくださいね? 何かあったら直ぐに言うんですよ? ちゃんとご飯も食べて、体には気をつけてくださいね?」
「お主、儂が神であることを忘れてはいないか?」
捲し立てるファンカレアの言葉を聞いて、フィストレアが何とも言えない表情を作る。ファンカレアとしては心配だからこそ言っているんだろうけど、フィストレアは神族だから風邪とは引かなそうだよなぁ。
その後も何度もファンカレアから声を掛けられていたフィストレアだったが、煩わしく感じてきたのか最終的には『いい加減にしろ!』と一喝して黙らせてしまった。
フィストレアからお叱りを受けてしまい、更に泣き出してしまったファンカレアが俺の方へと駆けて抱きついてくる。
おーよしよし……。
「すまぬのぅ……ファンカレアは昔から泣き虫で子供っぽい所があってな。まあ、そばにいながら甘やかしてきた儂にも責任はあるのじゃが……」
「あはは……まあ、これもファンカレアの個性って事だよ。それに、俺もちょっと寂しいなとは思うから」
「ほぅ?」
「いや、そんな意外だと言わんばかりの表情をされる方が意外なんだけど……」
ファンカレア程じゃないにしても、寂しいって気持ちは俺にもあるぞ?
折角知り合えたんだし、もう少し落ち着いて話が出来たらなぁとか。ミラ達も呼んで、みんなでご飯を食べりとか。
「やっぱり心配にはなるし、力になりたいとも思うけど……」
「すまぬ。やはりこればっかりは儂の手で片をつけぬと、罪悪感で押し潰されてしまうのじゃ。儂の為を思うのなら、どうか止めないでくれ」
「……分かった。でも、本当に助けが必要な時には迷わずに言ってくれ。迷うことなく助けに行くから」
「私もですッ!!」
俺の言葉に続く様に、さっきまで顔を俺の胸にうずくめていたファンカレアがバッとフィストレアの方を向いて叫ぶ。
そんな俺達の言葉を聞いて、フィストレアは観念した様に肩を竦めると溜息を溢すのだった。
「ふぅ……分かった分かった。それじゃあ、そろそろ行くとするかのぅ」
「……」
フィストレアがそう言うと、ファンカレアがあからさまに残念そうな顔をする。でも、もうフィストレアの事を止めるのは諦めたみたいだ。
「ほら、ファンカレア。そんな顔をしてたらフィストレアが安心して出発できないだろ?」
「うっ……」
「大丈夫。もう、仲直り出来たんだから。これからは笑って話せるよ」
一度はすれ違った二人だけど、こうして手を取り合うことが出来たんだ。
もう道を違える事は無いと思う。
顔を上げてフィストレアの方へと視線を向けると、フィストレアもまた俺の方へと顔を向けて、優しく微笑みながら頷いてくれた。
「ファンカレアの事を頼む」
「ああ、任せてくれ」
「……うむ。それじゃあ、また会おう!」
フィストレアの言葉にしっかりと頷いて答えると、寂しさを振り払うようにフィストレアが右手を上げてそう叫んだ。
俺もファンカレアを抱きかかえているのとは反対の右手を上げて返し、フィストレアを送り出す。
やがてフィストレアは俺達に背を向けて歩き始めて……そんな時だった。
「ッ……フィストレア!!」
抱き寄せていた手が弾かれて、ファンカレアが数歩前へと駆けだした。てっきり後を追いかけるつもりなのではと思った俺は、慌ててファンカレアを止めようと前を向いたんだけど、ファンカレアはフィストレアを追いかける事無く、俺の少し前でその足を止めている。
そんなファンカレアの姿を、フィストレアもまた歩き進めていた足を止めて振り返り眺めていた。
「沢山……沢山話したい事があるんです! だから、だからぁ……早く帰って来てください!!」
俺に背を向けた状態で話すファンカレア。
そんな彼女の表情を見る事は出来なかったけど、泣いていたのは間違いないだろう。上擦った声が何よりの証拠だ。
ファンカレアの顔を見て、フィストレアは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに柔らかい笑みへと変えてその瞳を閉じる。そして……。
「――そうじゃな。寂しがり屋な女神様の為に、早急に終わらせて来るとしよう」
ニッと歯を見せて笑い、フィストレアはそう言って旅立った。
ファンカレアが泣き止むのを待ってから、俺達は王宮へと向かう為にエルヴィス大国の中央へと向けて歩き出した。……のは良いんだけど、歩いている途中に懐中時計を確認して気が付いた。
「……やばい、約束の時間まで五分もないぞ!?」
「えっ!?」
「なにっ!?」
黒椿が創り出した世界では時間が停止していたので問題なかった。だからこそ、まだ余裕があるなと言う油断が生まれてしまったんだろう。
どうやらフィエリティーゼに戻って来てからフィストレアとお別れするまでに、思っていたよりも時間が経過していた様だ。
時間経過を気にしてなかったのが悪いのだが……時間が停止した世界で長時間話し続けていた弊害でもあると言い訳させて欲しい。
「転移……は、流石にまずいよな」
「目的の場所が王宮だからな……緊急とは言え張られている結界を壊すような真似は避けた方が良いだろう」
「そうですね。エルヴィス大国の王宮に張られている”転移阻害”の結界は強力な物ですから、破られた瞬間に騒ぎになってしまうと思います」
二人の意見を聞いて、更に思考を巡らせる。
この時は知らなかったんだけど、後でウルギアから『無意識だったとは思いますが、【並列思考】が発動していました』と教えて貰った。
王宮の結界は膨大な魔力をぶつける事で砕けてしまう為、俺みたいな魔力の源泉とも言えるヤツが安易に魔法を使って良い場所ではない。
だからと言って、シーラネルとの約束を破る様な真似はしたくない。シーラネルが今日と言う日をどれだけ楽しみにしていたのかは手紙で知っていたし、何よりも彼女の悲しむ顔を見たくなかった。
もう、人生で一番と言えるくらいに辛い経験をしたんだ。それこそ、死ぬかもしれないと思ってしまうくらいの事を。
だからこそ、これからの人生は幸せでいて欲しいと思う。折角救い出したんだ。シーラネルが笑って、泣いて、怒って、幸せを噛みしめて、好きな人なんかできたりして、心の底から”幸せだ”と言ってくれる事を願っていた。
だからこそ、なるべくエルヴィス大国に迷惑を掛けない形で何とか間に合わせたいと思う。
そうして思考を巡らせた結果……俺はファンカレアの事を抱きかかえた。
「ふぇっ!? ら、藍くん!?」
「悪い、ファンカレア。しばらくこのままで、喋らない様にしてくれ!」
赤面して慌てふためくファンカレアにそう告げた後、俺は右隣に立つグラファルトへ視線を向けた。
「グラファルト! 屋根! 走るぞ!!」
「ッ……クククッ、分かった!!」
話す時間も惜しいと思ってなんとも簡略的な言い回しになってしまったが、グラファルトには伝わったみたいだ。
そうして俺達は魔力には頼らずに桁外れなステータスを武器にして大きく跳躍する。十m以上も高く飛びあがり建物の屋根に移動した俺達は、”女神の羽衣”の能力を全て起動させてから王宮へと向かって全力で駆けだした。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
作品の投稿に関してはTwitterでお知らせしていますのでプロフィール欄からTwitterに飛んでいただけるとご確認できると思います!!
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