第397話 ミラの血を受け継いでいると言う事





 フィストレアから告白をされて嬉しい反面、戸惑いを隠せないでいた。


 ……いや、そもそもの話ではあるが、この世界に来てからというもの周囲の反応が大きく変化した様に思える。


 転生直後に女神から告白され。

 昔からの付き合いである精霊から告白され。

 邪神から救い出した魔竜王から告白され。


 ……あれ、そもそもの入りがおかしくないかこれ?


 ま、まあ、とにかくだ。

 今と地球に居た頃とを比べると、周囲の人の関わり方が明らかに違うと感じる。


 地球に居た頃の俺は、不思議と周囲から距離をおかれる事が多くて、所謂ぼっちだった。

 友達を作る努力はしたつもりだ。

 話しかけたり、周囲で流行っていた玩具を買ってもらったり、困っている様子なら迷わず手を貸したり……でも、どういう訳か俺に友達と呼べる存在は、黒椿以外に出来る事は無かった。


 疑問に思って一度だけ、フィエリティーゼに降り立ってから黒椿に聞いた話によると、どうやら原因は俺の周囲に漂う精霊との事らしい。

 黒椿曰く、ミラの血を受け継いでいる俺は無意識のうちに魔力を外へと溢れさせていた様で、精霊は滅多に人前に現れないらしいのだが、魔力が枯渇気味である地球で生き残る為に俺から溢れ出た魔力を求めて集まって来た様だ。


 多くの精霊が常に集まっていた俺は、普通の人間から見たら異質な雰囲気を纏っており、それが避けられ続けていた原因だと言う。

 ちなみに俺の家族ももれなく同じ体質らしいのだが、俺は他の家族よりも明らかに潜在的魔力量が多かったので、俺以外の家族なんかは普通に友人やご近所付き合いを出来ていた。どちらかと言えば、俺の所為で遠巻きにされる事の方が多かったと思う。申し訳ない……。


 そんなんだったから、当然ではあるが女性から好意を抱かれた事は無かった。いや、身内に一人だけ居たけど……あれは特殊だろう。

 告白自体はされた事はあるけど、そのどれもが罰ゲームだったり、悪戯だったりの繰り返しだった。本当にいい思いではない。



 そんな俺の日常は……フィエリティーゼに転生してからと言うもの大きく様変わりした。

 今までは怖がられたり、遠巻きにされる事が多かったのに、この世界の人達はみんな……怖がる事無く俺と接してくれる。

 それ自体は凄く嬉しい事ではあるけど、どうして急に好かれる様になったのか。それが不思議で仕方が無かった。


 今回のフィストレアの告白についても例外じゃない。

 本人は特に躊躇いもなくさらっと言っていたが……俺の何処に好意を抱く要素があったのだろうか?


「……お主を好きになった理由か。逆に問うが、あれだけの事をしておいて好意を抱かれぬとおもっておったのか?」


 優しく微笑みかけてくれるフィストレアは、少しだけ困っているようにも見える。

 あれだけのことって……なんの事だ?


「別に大したことはしてないだろ? ただ、ファンカレアとフィストレアには仲直りして欲しかっただけで、俺は特に何も……」


 そこまで話したところでフィストレアの顔を見ると、何故か呆れた様子で俺を見ていた。

 よく見れば、フィストレアの背後に立つファンカレアや、そのすぐ近くにいるグラファルトまでも同じ様な表情をしている。な、なんだよぅ……。


「嘘じゃろう? まさか、無自覚か?」

「無自覚? 何がだ?」

「…………はぁ」


 やれやれと言った感じに溜め息をつくフィストレア。そんなフィストレアの隣には、同情的な笑みを浮かべているグラファルトの姿があった。


「諦めろ、藍はこういう性格なのだ」

「……儂が言える立場では無いのは重々承知しておるが、お主らはそれで良いのか?」

「良いも何も、決めるのは藍自身だからな。それに、強く誠実な雄に雌が集まるのは当然のことだ」

「わ、私としては、もう少し節度を持って欲しいと思ってはいますが……当の本人が無自覚で、純粋な善意で行っている事ですので……」


 三人が顔を寄せあってコソコソと話し始めてしまった。

 チラチラとこっちを見ているから、多分俺のことを話しているんだと思うけど。うーん……声が小さくて聞こえない。


「あ、あの~……」

「「「…………はぁ」」」

「なんで!?」


 これって俺が悪いのか!?

 どうしよう……三人の気持ちが全く分からない。


 その後も俺を置いてけぼりにして、三人は時に楽しそうに、時にこっちを見ながら困った様な表情を浮かべたりしつつ話し続けていた。

 その間、俺は何をどうして良いのか分からなかったので、唯々待つことしか出来ない……大丈夫、陰口じゃない。ダイジョウブ……。







「いやぁ……すまぬのぅ」

「悪かった」

「ご、ごめんなさい……」


 十分くらいは経っただろうか?

 俺が路地裏の壁を背に座り込んで地面を見つめていると、三人が俺の前までやって来てそれぞれに謝罪の言葉を口にした。どうやら話が終わったらしい。


「いや、別に良いんだけど……あれ、何の話をしてたっけ?」

「えっと、確か、フィストレアが藍くんを好きになった理由についてだったかと……」


 あー、そうだった。

 それでいつの間にか俺が置いてけぼりをくらう事態に……。


「それで、結局どうしてフィストレアは俺の事を好きになったんだ?」

「また蒸し返すのか? 同じことの繰り返しだと思うのじゃが」

「いや、うーん……無理に聞こうとは思わないけど、俺は見た目もかっこよくはないし」

「……は?」

「え?」


 俺の言葉を聞いたフィストレアが目を大きく開いて驚いている。そして直ぐに後方へと振り返ると、そこにはファンカレアとグラファルトの姿があり、振り向いたフィストレアの顔を見た二人は苦笑を浮かべながらも首を縦に振り頷き始めた。


「……嘘じゃろ?」


 二人の反応を確認したフィストレアがこっちへとゆっくり顔を戻してそう言った。その顔は信じられないものを見たと言わんばかりの表情をしている。


 うん、今日で二回目だねそれ。そして何が?


「ラン、お主はもう少し自覚をした方が良いと思う」

「えっと……?」


 何の事かさっぱり分からず首を傾げていると、フィストレアは真っ直ぐに俺を見つめて話し始めた。


「良いか、ラン。お主は――かっこいいぞ?」

「あ、え、ど、どうも……」


 真面目な顔をしたフィストレアに顔を褒められてしまった。

 え、なんだこの状況!? 


 助けを求めようと思って後方へと視線をやると、ファンカレアとグラファルトはしみじみとした雰囲気で何度も首を縦に振っている。


「えっと、それは単純に俺の顔がフィストレアの好みに合ったと言う事か?」

「違う、違うぞラン。お主は誰がどう見ても整った顔立ちをしておる。平均よりも少しかっこいいとか、そう言った次元の話ではなく……間違いなくかっこいいのじゃ」

「いやいやいや、それはないだろう?」

「藍くん、心当たりはありませんか? プリズデータ大国にて、素顔を晒した直後に女性から多く声を掛けられた事とか」


 突然の事に慌てて否定していると、ファンカレアがそんな事を言い始める。

 そんな事は無かったと言おうとしたのだが……思い当たる節があった。


「そう言えば、なんかやたら声を掛けられた様な……」

「そもそもだな。お前の祖母にあたる常闇の顔を見て、お前はどう思う?」

「ミラ? ミラは綺麗な顔立ちをしているし、美人だと思うけど」

「……その常闇の血を、お前は引き継いでいるのだぞ?」


 つまり、ミラみたいな美人の血を引いているから、俺もまた整った顔立ちをしていると?


「うーん……そう言われると、お袋と雫は確かに美人だな。特にお袋なんかはいつもナンパとかされててうんざりしてたし」

「藍くんは体質の所為で周囲の人間が避ける様な態度を取っていたので、自覚するに至らなかったのかもしれませんね。幾ら顔が良くても、周囲に纏う雰囲気は異質なものだったでしょうから……」


 あー……それは、あるかもしれないな。


「でも、急にカッコいいとか言われてもなぁ……あんまり実感が湧かない」

「まあ、困る様な事でもないから良いのではないか?」

「そうじゃのぅ。おなごから言い寄られる事はあるかもしれぬがな」

「そ、それはちょっと妻としては複雑ですね……あ、仮面で隠したりとか!」

「「「え?」」」


 それはつまり一生仮面を被って生きろと?


「あっ!? いや、違うんです!!」

「ファンカレア……お主……」

「それは我もどうかと思うぞ?」

「えっと、俺も仮面をつけての生活はちょっと……」

「わ、忘れてくださいぃ~!!」


 ファンカレアの奇天烈な発言に思わず三人で引いてしまうと、耳まで真っ赤にしたファンカレアは顔を覆い隠してそう叫んだ。


 その後、フィストレアが俺を好きになった理由に関してはまたいつかと言う事になった。

 やるべき事を果たし、ファンカレアの元へ帰った後で教えてくれるらしい。


「だから、その時にはちゃんと返事を聞かせて欲しい」


 真っ直ぐに俺を見つめて微笑み掛けるフィストレアの言葉に、俺は頷いて答えるのだった。










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