第391話 感謝の印
フィストレアの今後について話し終えた所で、そろそろフィエリティーゼに戻ろうかと言う事になった。と言うか、俺がそう進言した。
黒椿が創り出したこの世界であれば時間は停止した状態だし、フィエリティーゼに戻れば俺達が転移した直後の時間軸に戻れる。それは理解しているんだけど……実際にこの世界へと転移して来た俺の時間間隔は当然変わる事はないので、理屈では分かっているけど落ち着かないのだ。
俺の体感ではもうかれこれ二時間は確実に経過している。
実際には大丈夫だとしても、体感的にはもうシーラネルのお誕生日会には間に合っていない時間なので、罪悪感がふつふつと沸き上がって来ていた。
俺の話を聞いたグラファルトとフィストレアは特に不満を抱くことなく同意してくれて、フィストレアと別れるのを嫌そうにしていたファンカレアも「直ぐに再会出来る」と言うフィストレアの言葉を受けてその首を縦に振ってくれた。
そうして、フィエリティーゼに帰る事をここには居ない黒椿とトワに伝える為に念話をし終えた後、俺達はその場に立ち上がり二人が戻って来るのを待っていた。
それにしても、シーラネルを祝いに来ただけだと言うのに大変な目に遭ったなぁ。結果的には良い方向へと進んでくれたから良かったけど、森の外に出る度に騒ぎを起こしていたら……そのうち本当に外出することを禁止されそうで怖い。
ミラ……に関しては大丈夫だと思う。なんというか、ミラは俺の傍に誰かを付けておけば良いと言ってなんだかんだで許してくれそうな気がしていた。
どちらかと言えば、フィオラの方が反対しそうなんだよな。
自分で言うのはなんだけど、フィオラには俺が外に出たことで多大な迷惑をかけてきた。数年前まではレヴィラの存在が公になった事で仕事が減ると喜んでいたフィオラも、俺が外に出た直後にレヴィラと話し合いをする為にエルヴィス大国へ向かう生活に戻ってしまった。
さっきもミナトの家で俺が再び買い物へ行こうとしたら、外に出て欲しくなさそうにしてたし、帰ってから何を言われるかと考えるだけで落ち込んでしまう。
「……はぁ」
「なんじゃ? ため息など吐いて」
「いや、ちょっとね……」
首を傾げる正面左側で首を傾げるフィストレアにそう答える。
フィストレアは特に追求してくることは無くそこで一旦会話は終わったのだが、数秒してフィストレアが「あっ」と言う声を上げた。
「そう言えば、お主へのお礼を忘れてとったのぅ」
「……おい」
今その話を蒸し返すか?
また俺に骨を折れと?
そんな感情を込めてフィストレアを見ていると、フィストレアは俺の顔を見ながらカカカッと笑う。
「安心しろ、今度は真面目な話じゃ」
「本当かぁ?」
「まあ、疑われても仕方がないとは思うが、ちゃんとお礼の内容は考えてある。誤解を解くために言ってしまうが――儂からお主へ、スキルを渡そうと思っておるのじゃ」
「え、スキルを?」
予想外の発言に俺は驚いてそんな声を上げる。
疑いの視線から解放されたフィストレアは、満面の笑みを浮かべて頷いていた。
「そうじゃ、儂の持つスキルの中からお主が欲しいと願うスキルを渡そうと思う。色々考えたのじゃが、これが一番手っ取り早いと思ってのぅ」
「えっと、俺としては確かに興味がある話ではあるけど、フィストレア的には問題ないのか?」
「ないな。儂はこれでも神と呼ばれる部類に属する存在じゃ。スキルの一つや二つ失った所で大幅に弱くなる訳ではない」
本当に大丈夫なのだろうか?
そんな確認の意味も込めてファンカレアの立つ正面右側へと視線を向けると、目が合ったファンカレアは微笑みを浮かべながら一度頷いてくれた。どうやら問題はないみたいだ。
「まあ、フィストレアのスキルは見た事の無いやつも多かったし、俺としても新しいスキルを貰えるのは嬉しいけど……本当にいいのか?」
「良いのじゃ良いのじゃ、寧ろこれでも全然返しきれておるとは思っていない。今は使命がある為出来ぬが、全てが終わったその時にはまた改めてお礼をさせてもらうぞ?」
「うーん、そこまでしてもらう様な事はしてないと思うけど……」
「お主にとってはそうでも、儂にとっては違うと言う事じゃ。感謝の印として受け取ってはくれぬか?」
真剣な様子でそう語るフィストレアは真っ直ぐに俺を見つめて懇願する。
その意思は固い様子で、これ以上断り続けるのはフィストレアに対して失礼に当たるのではないかと思える程だった。
「……分かった。お礼だけでも十分な気がするけど、フィストレアがそこまで言うなら有難く受け取る事にするよ」
「うむ! 大いに役立ててくれ!」
俺の返事を聞いたフィストレアがその顔に笑みを作りそう告げる。
こうして俺は、フィストレアが保有するスキルの中から一つ選び貰える事となった。
フィストレアのスキルって、何があったっけなぁ。
なるべくフィストレアの迷惑にならないもので、かつフィストレアが納得してくれるものを選ばないと。
そう決めた俺は、早速フィストレアに許可を貰って【神眼】を使う事にした。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
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