第390話 フィストレアの罪滅ぼし







「――まあ、お礼に夜の相手をと言うのは冗談じゃ」

「いや、遅いわっ」


 グラファルトによって粉々に砕かれた左肩を治療していると、あっけらかんとした態度でフィストレアは俺にそう言ってきた。


 現在、俺の正面に居るフィストレアは地面に座るファンカレアの膝の上に座らせられていて、動けないようにがっしりとお腹周りをホールドされている。

 そして俺の右隣りには……グラファルトが胡座を組んで地面に座り、まとめ買いしてあった肉串をもりもりと食べていた。


 今日のグラファルトは可愛らしいワンピースを着ているから何度も胡座はやめる様に言ったんだけど、本人は特に気にすることもなく胡座を組み続けていた。

 ……フィエリティーゼに戻ったら、絶対に椅子に座らせよう。


 ちなみに俺の左肩の骨が粉々に砕けてから体感で一時間ほどは経過していて、途中からやって来たグラファルトへの経緯の説明は大方終わっており、ファンカレアの機嫌も元に戻っている。


 まあ、この約一時間の間に俺はやれ"警戒心がない"だの、やれ"直ぐに女性を誑かす"だの、酷い言われようだったけどね……いつもの事だよ、うん。泣いちゃおっかな……。


 とは言え、女性陣からのお説教には慣れているつもりだったけど、今日のはいつもよりも強烈だったなぁ。今は左肩の骨はほぼ治療が終わって痛みも引いてきてるけど、まだ頭の中であの骨が砕けることが反響しているように思える……。

 それもこれも、俺の目の前で楽しげに笑うフィストレアの悪ノリが原因だ。


「せめてもっと早い段階で冗談だと言ってくれてたら……いや、もう良いです……」


 たらればの話をしてもしょうがない事は分かってるけど、頭の中に残るバキッボキッと言う音が俺にそんな言葉を言わせる。


 そうしてがっくりと肩を落とした俺を見て、フィストレアはカカカッと愉快そうに笑うのだった。


「すまぬのぅ。なんせ、永きに渡って続いておった問題が解決したのじゃ、儂も少し浮かれておるのじゃよ」


 そう言うと、フィストレアは上へと顔を向ける。

 フィストレアの視線の先にはファンカレア居て、フィストレアの言葉を聞いたからか嬉しそうに微笑み頷いていた。


「……そう言われるとなぁ」

「カカッ、それに、儂にはまだやらねばならぬ事があるからのぅ。全てが終わるまではお主の所にも行くことは出来ぬし、そしてファンカレアの所へも戻れぬ」

「えっ……」


 フィストレアの言葉にファンカレアが悲しそうな顔をしてそんな声を漏らした。

 ファンカレアの顔を見たフィストレアは申し訳なさそうな顔を作りファンカレアを見つめる。


「てっきり、このまま私と神界へ戻ると思ってました……」

「すまぬのぅ。じゃが、これは儂が生き続ける覚悟を決めたからこそ、必要な事なのじゃ」

「……うぅ」


 これからはずっとフィストレアと居れると思っていたのか、ファンカレアはあからさまにガッカリした様子で落ち込んでいた。


「これ、泣くでない。死ぬつもりじゃった儂に生きる事を選ばせてくれたのはお主なのじゃ。お主の元へ戻るのならば、お主の世界へ蒔いた種くらいは処分しないとじゃろう?」

「という事は、フィストレアのやらなければならない事って、フィエリティーゼにばら蒔いたっていう"魔神の種子"の後始末なのか?」

「うむ、あれは元々、儂が蒔いたものじゃからのぅ……封印が解かれて直ぐに調べてみたが、どうやら五万年が過ぎた今でも僅かに残っておるようじゃ」


 五万年が経過した今でも残ってるって、元はどれくらいの数だったんだろうか?

 ちょっと気になる。


「まあ、残ってる数は儂が感じ取れるだけで五粒程じゃから、直ぐに終わるじゃろう」

「あ、思ってたよりも少なかった」

「カカカッ、まあ五万年も経過しておるからのぅ。元々、百粒程度しか蒔いておらぬからそんなものじゃ。じゃが、百粒あった種子が残り五粒になっておると言う事は……やはり儂が世界に迷惑を掛けた事には変わりない。せめてもの罪滅ぼしとして残りの種子くらいは回収せねばならぬじゃろう」


 確かに、一粒で魔人種を一人生み出せるくらいに強力な種子が残り五粒になっていると言う事は、五万年もの間に九十五粒も使われた事になる。

 フィストレアが責任を感じてしまうのは、無理もない事なのかもしれないな。


「……だからって、一人でやる事はないんじゃないか?」

「そ、そうですよ!! 私だって手伝います!! フィストレアの家族なんですから!!」

「お主らは優しいのぅ。じゃが、助けは不要じゃ。これは儂の責任であり、儂の我が儘でもある。一人でやらねば、ファンカレアの傍に居る資格はないと……そう思うのじゃ」

「ですが――「ファンカレア、その女神の気持ちも理解してやれ」――ッ……グラファルト……」


 全てを一人でやり遂げると固い意志を持つフィストレア。そんなフィストレアにファンカレアは尚も食い下がろうとしたのだが、それを今まで黙って聞いているだけだったグラファルトが制止した。


「少しだけだが、我にもその女神の気持ちは理解できる。我もまた、同胞たちを殺された怒りから邪神に体を奪われ……そして世界に迷惑を掛けた。あれは今でも恥ずべき愚かな事だ。だから我は自身と今は亡き同胞たちに誓ったのだ、もう決して心を惑わされず、世界を守る牙になると……それが我に出来る、世界への罪滅ぼしだと思ってな」

「……」

「我はその女神の意思を尊重する。そして、ファンカレアや藍にもそうして欲しいと思う。罪悪感とは、自らの行動でしか消し去る事ができないのだ」


 グラファルトの言葉を受けて、俺はもう一度フィストレアの方へと顔を向ける。

 そこには、しっかりとした視線で俺を見つめ返すフィストレアの姿があり、その瞳から感じ取れるのは、確かな覚悟と意思だった。


「……ファンカレア。どうやら俺達が幾ら説得しても無駄みたいだぞ」

「……ですね。分かりました。でも、時々神界からフィストレアの様子を見るくらいは許して下さいね!? それと、こまめに連絡もしてください。私からもします。後ですね、危ない事をする前には事前に私へ相談と説明を――」


 俺の言葉を聞いて、諦めた様に肩を落としたファンカレアだったが、それでもフィストレアが心配な様で細かな要望を早口でフィストレアへと伝えていく。


 そんな心配性のファンカレアに、俺とグラファルトとフィストレアの三人は思わず吹き出して笑ってしまった。


「な、何で笑うんですか!? 私はすっごく心配しているんですよ!?」


 うん、その気持ちは……きっとフィストレアに伝わってるよ。








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