第389話 お前、ちょっと黙ろうか!?








 ファンカレアとフィストレアの二人は、無事仲直りをする事が出来た様だ。

 そもそもがお互いのちょっとしたすれ違いから出来てしまった溝であった為、お互いの気持ちを確かめ合ったいま二人の間には溝は存在せず、泣き止んだ二人は楽しそうに話し込んでいる。


 やがて二人の会話が止むと、目元を赤くした二人は俺の方へと体を向けてゆっくりと頭を下げて来るのだった。


「藍くん、ありがとうございました」

「お主には感謝してもしきれぬ、本当に迷惑を掛けた」

「いやいや、俺は殆ど何もしてないから」


 実際に俺がしたことと言えば喧嘩を始めそうになっていた二人を止めたくらいで、全ては二人が話し合った結果だ。


「俺は特に感謝されるようなことはしてないよ。二人が仲直り出来たようで何よりだ」

「藍くん……」


 いや、ファンカレア。そんなキラキラした目で俺を見ないでくれ、本当に何もしてないんだから……。


 そんな憧れの人を見る様な瞳で俺を見つめて来るファンカレアに苦笑を浮かべていると、俺の正面、ファンカレアの左隣りに立つフィストレアが納得のいっていない様子で腕を組みながら声を上げた。


「いや、それでは儂が納得出来ぬ。何かお主が喜ぶ物があれば良いのだが……」

「本当に気にしなくていいぞ? 俺は何もしてないに等しいし。それに、俺はファンカレアとフィストレアが仲直りしてくれたならそれで満足だからさ」

「うむぅ……そうだ!」


 俺の話を聞いていたのかは分からないが、唸り続けていたフィストレアは何かを思いつたのか満面の笑みを浮かべる。


 そして、俺とファンカレアの前で堂々と宣言するのだった。


「儂がランの傍に居てやるというのはどうじゃ?」

「「ッ!?!?」」

「儂はこれでもフィエリティーゼにおいては最強とも言える存在じゃ、用心棒としてはぴったりじゃろう?」

「いや、確かにフィストレアは強いから心強くは思うけど……フィストレア自身はそれで良いのか?」

「うむ! 儂は元々ファンカレアに殺されるつもりだったのじゃ、当然この先の予定も決まっていない。それに、お主の傍でなら楽しい日々を過ごせそうじゃからのぅ」

「う、うーん……」


 何だか凄い展開になったな……。確かにフィストレアとは気が合うし実力も申し分ないけど……正直、俺自身が規格外に強いらしいから用心棒の必要性を感じないんだよなぁ。


「……ちなみに、一緒に居るって事は寝泊まりも?」

「そうじゃな、用心棒としては近くに居れる方が助かるのぅ。それに……」

「なっ!?」


 ニヤリとした笑みを浮かべたフィストレアがすすすと俺の方へ寄ってくると、俺の右腕にその身体を密着させて抱きついてきた。


「お主が望むのであれば……夜も相手になるぞ?」

「ちょっ、ファンカレアの前でそういう発言はやめて!?」

「ぬ、やはりファンカレアとはそういう関係じゃったか……じゃが、儂だってファンカレアには負けておらぬぞ!? 確かにこの身は縮んでしまったが、それでも顔立ちは整っておるし、まぐあい方だって人間だった頃に散々聞かされ――」

「お前、ちょっと黙ろうか!?」


 いやほんと、ファンカレアが両頬を膨らませて俺とフィストレアの方を睨み付けてるから!!

 さっきまでのいい雰囲気が台無しだよ!!


「……どうして」

「ファ、ファンカレア?」

「〜〜ッ!! どうして藍くんはッ!! ちょっと目を離した隙に女の子と親密な関係になるんですか!?」

「ええぇぇぇぇ……」


 ちょっと待て!! 俺は何もしてないだろ!?


「いやいや! 今回は俺は何もしてないよね!? フィストレアからだよね!?」

「何を言っておるのじゃ。少し前だが、儂とお主は互いの頬に触れ合い、熱い眼差しで……」

「ら、藍くんから何ですか!? 今度は良い寄られたとかではなく、藍くんから手を出したんですか!?」

「いやその誤解を生みそうな発言はやめてくれるかな!? そしてフィストレアァ!! お前は本当にちょっと黙ってろ!!」


 まるで俺が常日頃から女性を口説いているみたい言い方……本当にやめて欲しい!!


 しかし、それでもなおフィストレアは楽しげにニヤニヤとした笑みを浮かべながら話しかけて来た。

 こ、こいつぅ……ファンカレアと仲直り出来たからって浮かれてやがる!!


「なんじゃなんじゃ、紳士的な風を装ってはおったが、お主も中々に経験豊富なようじゃなぁ〜? 儂は知識はあれど生娘じゃから、果たして耐えられるかのぅ〜」

「違うから!! ファンカレアの言葉に惑わされるのはやめてくれ!? というかフィストレア、お前完全にこの状況を楽しんでるだろ!?」

「ま、惑わすとは何ですか!? 知ってるんですよ!? レヴィラもユミラスも、それにユミラスの所に居る使用人にも!! あと、プリズデータ大国の王都でも女性と仲良さそうに話したり見つめあったりしていたのを!!」

「ファンカレアさぁぁぁん!? やめて!! 今この状況でその件に触れるのはやめよう!?」


 泣きそうな顔で浮気を突き詰める妻の様にファンカレアが目の前で叫び、俺の右側ではファンカレアの発言を聞いて「ほほぉ〜?」とフィストレアが楽しげに声を上げた。


 ど、どうしてこうなった……!? ほんの数分前まではあんなに和やかに話していたというのに……くそぅ、誰でもいいから助けてくれ!!


 本気で詰め寄って来るファンカレアと、この状況を面白がっているフィストレアに挟まれていた俺は、心の中で誰にも届かない救援要請を出し続けていた。


 しかし、俺の救援要請は届かないはおろか……更なる災難を呼び寄せる。


「――ほほぅ? われがトワと遊んでいる間に、随分と面白そうな話をしておるではないか」

「……げっ」


 左から聞こえてきた声に顔を向けた俺は、思わずそんな声を上げてしまう。

 顔を向けた先には、灰色の長い髪を持つ少女――グラファルトの姿があり、グラファルトは俺の声を聞いた事でその額に青筋を浮かべながらゆっくりとした足取りで近づいてきた。


「おいおい、我の聞き間違いか? 愛する妻を見た第一声が"げっ"と聞こえたが?」

「い、いや、待ってくれグラファルト!! これには深い訳が――」

「貴様は次から次へと……それもわれが真面目な話をしておるから邪魔してはならぬと判断して離れていた隙にとはなぁ」

「あ、あのぅ……俺の話を聞いて欲しいんだけど……」


 腕を組みながらこっちに向かって歩き続けるグラファルトは、やがて俺の左隣りまで近づくとゆっくりとその右手を俺の左肩へと置いた。


「いっ〜〜!?」


 いっっっってぇ!?!?

 ちょ、骨が!! 骨が軋む音が聞こえるんだけど!? 俺の左肩折れてるんじゃないのかこれ!?


「あ、あの、本当に骨が折れるので……いや、折れるどころか粉々に砕けちゃうから……やめて……」


 痛みを必死に堪えながらグラファルトにやめてくださいとお願いするが、グラファルトは目が座った状態でその口元にだけ笑みを作ると更に力を込めてくる。


 そして、とうとう耐えられる限界を迎えた俺の左肩の骨は――バキッと言う鈍い音を奏で始め、その音にハモるように俺の絶叫がモノクロームの世界に響き渡った。


 後に、俺の絶叫を聞いた黒椿が慌てた様子でトワを抱えて転移して来てくれた事で、ようやく話し合える状態に持っていける様になった。


 この時の骨が折れる音と直後に襲って来た激しい痛みは……決して忘れる事は無いだろう。









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