第386話 悠久の時を経て、終わり始まる物語。④
「――あのさ、藍。何も僕まで一緒に居る必要はないんじゃないかな?」
「いや、なんか一人だと心細くて……」
「もう! 自分が心細いからって僕まで巻き込まないでよ!」
途中まではファンカレアとフィストレアが話しているのを遠巻きに見守って居た俺と黒椿だったが、次第に口論へと発展し始めた二人を見兼ねて俺が仲裁する形で間に入ってしまった。
ついでに黒椿も引っ張って連れて来たんだけど、どうやら黒椿はこういう真面目な雰囲気があまり好きじゃないらしく、現在は隣で不満を漏らしている。
「あはは、ごめんごめん」
「と、とにかく、もう二人は大丈夫そうだし……僕はグラファルトとトワちゃんに事情を説明しに行ってくる!!」
大きな声を出したことでファンカレアとフィストレアから注目を集めてしまった黒椿は、どこか居心地の悪そうな顔をした後にそう言い残してその場を後にしてしまった。
まあ、本当に俺が無理やり連れて来ちゃった訳だから、そりゃ居心地悪いよな。申し訳ない……。
そうして黒椿が走り去っていくのを見届けた後、俺たちは引き続き話し合いをすることとなった。
俺が提案したことにより、お互いが自分の悪いと思っている所を言い合う事になっている。まずはフィストレアから言い、次にファンカレアと言う順番だ。
だって、そうしないとこの二人、いつまで経っても"私が儂が"って言い合うから……。
俺としてはどっちが悪いとか決める必要はなくて、大事なことはもっと別にあると思うんだよなぁ。
三人だけとなった空間で沈黙が続く中、一息吐いたフィストレアがゆっくりと話しを始める。
「――さて、儂の悪かった所か……。そうじゃな、儂のしでかした悪行は多い。人間が築き上げて来た歴史を消し去り、一度その時代を終わらせた。それに恐らくじゃが……ファンカレア、儂が封印されてから世界では厄災が増えたのではないか?」
「ッ……はい、確かにそうでした……」
どうやらファンカレアには思い当たる節があるらしい。
フィストレアの言葉にその表情を強張らせながらも、ファンカレアはその首を縦に振るのだった。
「そうじゃったか……すまん。それは儂が原因じゃ」
「やはりそうでしたか……」
「えっ」
しまった、思わずそんな声を漏らしてしまった。
慌てて口を塞ぐが時すでに遅し、手で口を押えた時には既に声に反応して二人がこっちを見ていた。
「ご、ごめん、驚いてつい……」
「カカッ、別に気にするな。のぅ、ファンカレア?」
「ええ、藍くんは何も悪くないんですから」
「折角じゃし、説明しておこうかのぅ。ランは先程儂が説明した世界の仕組みについては覚えておるか?」
世界の仕組みって確か……フィストレアが悪神に成る為に使ったって言う厄災が生まれる原因に関してだったよな?
「ちゃんと覚えてるよ」
「そうか、なら細かい所は省かせてもらおうかのぅ。ランに説明した通り、生命から生まれる負の因子こそが厄災が生まれる原因じゃ。生命が死ぬその瞬間に魂から漏れ出る負の因子は世界へと蓄積されていき、やがて世界が怒り出したかのようにその地表へと姿を現す。儂が封印される前じゃったら娯楽目的で魔物を多く狩猟したり、病で倒れてしまう者が多かったりすると厄災が訪れていたのぅ」
「現在では戦争などで多くの死者が出てしまうと厄災が発生したりしますね。数万の命が失われたりすると、およそ数時間で厄災が訪れたりします。厄災の形は様々で疫病・魔人種・魔物の大量発生など多岐にわたります。フィストレアが封印されてからの中で一番大きかった厄災は……恐らくミラ達が対処してくれた厄災の蛇ですね」
「あー……」
なんかミラから聞いたことがある気がする。確か厄災の蛇を倒した功績を認められてミラ達は神の使徒になったんだっけ?
「あれ、それじゃあフィストレアが原因って言うのはどういう事なんだ? つい最近までフィストレアは封印されていた訳だし、身動きのとれなかったフィストレアに何か出来るとは思えないんだけど……」
「ああ、その事か」
フィストレアが"儂が原因じゃ"と言っていた意味が分からず俺がそう聞いてみると、フィストレアは少しだけその表情を曇らせながらもゆっくりと説明をしてくれた。
「まあ、簡単に言うとな……儂は封印される直前に”魔神の種子”を世界へばら蒔いたんじゃ」
「えっ!?」
「今では本当に愚かな行為だったと思う。悪神として振る舞うがあまり、役に入り込みすぎてしまってのぅ……ファンカレアの肺後で儂に罵詈雑言を浴びせる群衆に苛立ち、悪戯感覚に種を蒔いてしまったんじゃ」
本当に後悔していると言うのが、肩を落として悲し気に口元にだけ笑みを浮かべるフィストレアの様子から伝わって来た。
うーん、でも実際の所どうなんだろう? ”魔神の種子”が蒔かれたくらいでそんなに変わるものなのかな。
「ファンカレアはどう思ってるんだ? さっきは思い当たる節があるような感じだったけど」
「確証は有りませんので、私は信じていません……」
「いいんじゃ、ファンカレア。儂が封印されてからの世界の様子を偽りなく説明せよ」
俺の問いに対して言葉を濁して言い淀んでいたファンカレアだったが、そんなファンカレアに対してフィストレアが少しだけ強い口調で促すと、その表情を暗くしながらも渋々と言った形で世界の変化について説明してくれた。
「……実は、封印する直前にフィストレアから何かが世界へ放たれたのは気づいていたんです。ですが、当時の私はその……フィストレアを封印する事に手一杯の状態で、それが"魔神の種子"であることに気づけませんでした」
「ランにも実演したと思うが、"魔神の種子"は言わば厄災の素じゃ。絶大な力を授ける代償として、その生命の在り方を簡単に変えてしまう禁断のアイテム……あれは清き生命に侵食する毒じゃ」
苦々しげに顔を顰めながら話すフィストレアの言葉にファンカレアも真剣な様子で頷いていた。
フィストレアに"魔神の種子"の使い方を実演して貰った時から何か不気味な感じがするとは思ってたけど、二人にとってもそれは同じであると知れてちょっと安心した。
「それじゃあ、実際に"魔神の種子"がばら蒔かれた事で世界にはどんな影響が出たんだ?」
「そうですね……まず、明らかに厄災が訪れる周期が短くなりました。ただ、これに関してはフィストレアが封印された後に人類が増えた事も原因の一つだと思うので、一概にフィストレアだけが悪い訳ではありません!」
「カカッ、それでも儂の影響が無かったとも言えぬな。"魔神の種子"は簡単に摂取する事が出来るからのぅ……人類の繁栄に儂がばら蒔いた種子が加われば厄災が頻繁に訪れるのも頷ける」
必死にフィストレアは悪くないと主張するファンカレアだったが、その言葉はフィストレアには響いていない様子だった。
厄災の素である種子をばら蒔いた張本人であるフィストレアからしたら、やっぱり思い詰めてしまうものなのかもしれない。
でも、俺としても全てがフィストレアのせいだとは思えないんだよなぁ。
「……確かに、フィストレアにも悪い所はあったかもしれない」
「藍くん!!」
「ち、違う違う! 別にフィストレアを責めたい訳じゃないから、落ち着いてくれ」
俺の一言に、珍しくファンカレアが俺を睨みつけてきた。
ファンカレアに睨まれる事なんて無いからちょっとびっくりしたけど、それくらいにフィストレアの事を大事に想っているって事なんだろうから、別にショックではなかった。
「フィストレア本人が認めてる様に、"魔神の種子"と言う危険な代物をばら蒔いた事は……言い逃れが出来ない事実なんだと思う。これに関してはフィストレアも後悔しているみたいだから、ファンカレアもただただ"悪くない"って言い続けるんじゃなくて、ちゃんとフィストレアの悪い所も認めてあげて欲しいんだ」
「……悪い所を、認める?」
「そう。良い事も、悪い事も、その人が事実として認めている事であるのならば、受け取る側もその事実の全てを認めてあげるんだ。そうする事で、打ち明けた側が抱く罪悪感を軽減してあげられると思うから」
……まあ、これは俺が一番出来ていない事だと思うけど。どうしても身内には甘くなってしまう節があるし、あまり怒り慣れていないと言うのもあるんだろうけどさ。
でも、この数年で色々と経験して来た今は違う。
周囲のみんなが成長していくように、俺自身もまたこれから少しずつ変わっていかなきゃいけないと思い始めていた。
「フィストレアの事が大事なのは分かるけど、大事にしているなら尚更ダメな所はダメだと言わないと、きっと本人の成長にもならないと思うよ?」
「……それじゃあ、甘やかすのは悪い事なんでしょうか?」
「いいや、そういう訳でもない。だって、優しさと厳しさの両立は絶対できると思うから」
俺はファンカレアの穏やかで優しい性格が大好きだ。それは彼女の長所でもあり個性でもあると思うから今更変わる事は難しいだろう。
だけど、今までの俺の身内に対する態度みたいにただ甘いだけだと駄目なんだ。
「時には厳しく言うことも大事ってこと。ただ、厳しいだけじゃなくて、悪い事をしたと認めているのなら許す事も同じくらい大事だと思うけどね」
「む、難しいですね……」
俺の説明を聞いていたファンカレアが困った様子で唸り出してしまった。うん、実際に説明している俺としても何を言っているのかいまいち把握しきれていない節がある……。
うーん……ここはフィストレアみたいに実演するのが手っ取り早いのかな?
そう判断した俺は、さっきから俺とファンカレアの会話を何とも言えない表情で聞いていたフィストレアの方へと顔を向けて話しを始めた。
「例えばだけど、俺はさっきフィストレアのした行動について良くない事だと言った。どれだけ腹が立っていたとしても、世界規模の災害を招く恐れがある行動はするべきでは無いと思ったから」
「うむ、ランの言う通りじゃ。儂としても愚かな行為じゃったと思っている」
俺が真面目に話していると分かったからか、フィストレアもまた真剣な様子で頷いた後にそう返してきた。
フィストレアはちゃんと反省しているみたいだし、これ以上言う必要はないだろう。
「だけど、確かにフィストレアのした事は良いことではなかったけど、フィストレアが全部悪いって言うのは……ちょっと違うかな?」
「何故じゃ? お主も"魔神の種子"の恐ろしさは理解した筈じゃ。今回の一件で悪いのは明らかに儂じゃろう?」
確かにフィストレアは"魔神の種子"をばら蒔いてしまった。それは事実だろう。
だけど、言い換えればフィストレアは――種を蒔いただけなんだよな。
「確認だけど、あの"魔神の種子"は外の殻を割らないと使えないんだよな?」
「う、うむ。魔人種へと進化する為には、殻の中にある液体を飲まねばならぬからのぅ」
「なら、やっぱりフィストレアだけの所為って言うのは違うと思うぞ?」
俺がそう言うと、フィストレアはあからさまに納得出来ていない様子で首を傾げた。
そんなフィストレアと向かい合って立つファンカレアもいまいち理解出来ていない様子で首を傾げている。
そんな二人の様子に苦笑を浮かべつつも、俺は自分が思っている事をそのまま声にして伝えることにした。
「これはあくまで俺の持論なんだけど、フィストレアが"魔神の種子"をばら蒔いただけでは、厄災は起こらなかったと思うんだ。その種子を割るかどうかを判断するのは手にした当人次第だと思うし、何より普通の状態であれば”魔神の種子”を手に取ろうともしないと思うから」
”魔人の種子”には何と言うか……魔力とは違った不気味な雰囲気があり、例えるならば毒々しいキノコを見て”これは毒キノコだな”と思う感覚に似た感じがある。
恐らくだけど、動物や魔物が地面に落ちていた種を誤って口にしない限りは魔人種が生まれる事は無いと思った。
「それにファンカレアも言っていたけど、フィストレアが封印される前と後では世界の人口も大きく変わってる。これはミラ……フィストレアが封印された後にファンカレアの使徒として世界を守っている人から聞いた話だけど、五つの大国を建国し終えた後、人類はどんどんその人口を増やして行ってその結果として……その規模は異なりはするけど小中国家間での戦争が多く勃発していたらしい」
「戦争じゃと?」
「フィストレア、藍くんの言う通りです。世界に生きる人類は増えましたが……それに並行して人同士の対立も増えて行き、やがては国家規模の戦争へと発展していったのです」
「戦争、か……儂の居た時代からは考えられぬ事じゃ」
俺とファンカレアの話を聞いていたフィストレアは一言だけそう呟いた。その表情は何処か寂しそうに思えて、もしかしたら自分が封印された後の世界の実情にショックを受けているのかもしれない。
「で、でも、それだけじゃないぞ!? 勿論人々の生活だって画期的になっているし、今では殆どの小中国家が五つの大国の何れかに属する形で収まっているから、何処も戦争はしていないみたいだし! な? ファンカレア!?」
「ッ!? そ、そうですよ!! 世界には多くの人類が生きて暮らしています。時には悲しい出来事はありました。ですが今では大きな争いは起きておらず、人々にも笑顔が多くみられています! ですので、人類はちゃんと前に進めていますよ」
「……ぷっ、わははは!! すまぬすまぬ、別に未来を憂いていた訳ではなかったんじゃ。ただ、お主らの話を聞いて……少し、ほんの少しだけ儂のしてきた事に関して疑問が生じただけなんじゃ」
「疑問、ですか?」
豪快に笑うフィストレアに俺が聞き返す前にファンカレアがそう呟いていた。
そしてフィストレアは先程まで見せていた笑みを消すと、少しだけその表情を曇らせながらゆっくりと口を開き始める。
「――儂が神としてやってきた事は、本当に正しかったのかのぅ」
「えっ……」
その思わぬ発言にファンカレアは絶句する。
それはさっきまで笑っていたフィストレアから想像できないくらいに重い――後悔の話だった。
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【作者からの一言】
季節の変わり目にやられてしまいました。。。この季節は何かとお休みが増えてしまうかもしれませんが、あしからず。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
作品の投稿に関してはTwitterでお知らせしていますのでプロフィール欄からTwitterに飛んでいただけるとご確認できると思います!!
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