第385話 悠久の時を経て、終わり始まる物語。③






「……ひくっ……ひくっ」


 いきなり飛びついて来たファンカレアは、今も儂にしがみついたまま泣くじゃくっておる。驚き過ぎて、儂の涙はいつの間にか止まっておった。


「おい、本当にどうしたのじゃ!? 怒るならまだしも、何を泣く事がある!?」

「……ご、ごめんなさい……ごめん、なさいっ……」


 何故、ファンカレアが謝るのじゃ?

 悪いのは儂で、お主は何も悪くないじゃろう……。


「謝るべきなのは儂の方じゃ、お主ではない。儂がいけなかったのじゃ。お主の悲しみを無くそうとするがあまり、冷静に物事を判断することが出来なくなっておった。その結果――儂自身がお主を悲しませる原因となってしまったんじゃからのぅ」


 儂はただ笑っていて欲しかった。楽しそうに世界を見守っておったあの笑顔を取り戻して欲しかった。

 人類から儂の記憶を消し去り、儂に向けられていた信仰をファンカレアの元へと返す。その為だけに儂は動いていた。信仰が戻ることで、きっとファンカレアに笑顔が戻ると信じきっておったんじゃ。


 しかし、それは希望的観測にしか過ぎず、現実とは希望通りにはならぬものじゃ。

 結果として信仰は元通りになったが、ファンカレアの笑顔を取り戻せはしなかったのじゃ。


「……儂は大馬鹿者じゃった。お主も儂に対する怒りや憎悪があるじゃろう? 儂はもう、お主を欺くことはしないと決めたんじゃ。殴るも貶すも自由、お主の好きにしてくれて構わぬ」


 ぐしゃぐしゃの顔で、儂を見つめるファンカレアが見える。その両手でもう離さぬと言わんばかりにローブを強く握り締め、涙を流し続けるその瞳は……何を思っておるのじゃろう?


 待つことしか出来ぬ儂は、ファンカレアを見る為に上げていた頭を地面へと下ろして正面に映る色のない空を見上げる。


 さて、ファンカレアからは何を言われるのかのぅ……。裏切ったことに対する憎しみ。独りにしてしまったことに対する恨み。何も相談しなかったことに対する怒り。五万年以上も積み重ねてきた儂に対する不満は、きっと想像も出来ぬほどに――ッ!?


 何をされても受け入れる覚悟を決めた儂の顔に突如として影が射す。そうして儂の視界いっぱいに映し出されたのは、何やら不満そうな顔で儂を見下ろすファンカレアの顔じゃった。

 ファンカレアは涙を堪えておるのか必死に目に力を込めており、その頬を膨らませている様子は子供とさして変わらぬなと感じた。


「ファンカレア……?」

「確かに私は、私の事を忘れて行く人々を見て寂しくて悲しいと感じていました。それは否定しません。貴女に作り笑いを浮かべてたのも事実です……ですが」

「……?」

「ですが、私は直ぐに悲しむことは無くなりました。だって――私にはフィストレア、貴女が居てくれたんですから」

「ッ!?」


 それは、優しい目じゃった。

 儂の……儂が、この世で一番好きじゃった、あの笑顔にそっくりじゃ。


「ずっと見ていました。貴女が人々に私の事を沢山話している様子も、私を蔑ろにしようとしていた人に対して本気で怒っていてくれた様子も、私は全て見ていましたよ。嬉しかった……私の事を大切にしてくれているその心が何よりも嬉しかったんです」

「……そう、じゃったのか」

「私は貴女さえ居てくれれば、それだけで良かったんです……だから、ごめんなさい……私がちゃんと話さなかったから、フィストレアは……」

「違う!! ファンカレアの所為ではない!! 儂が、儂がいけなかったんじゃ!! 儂の勝手な思い込みで……その所為で、お主を傷つけて……ッ」


 そうじゃ。

 全ては儂の思い込みから始まったんじゃ。ファンカレアが悪いわけではない、全部儂の身勝手な行動の結果じゃ……。


「ファンカレアが謝る事はない! 儂がいけないんじゃ!!」

「いいえ、フィストレアの所為ではありません!! 全ては私が悪かったんです!!」

「ええい、頭の固い奴じゃな!? 儂の所為だと言っておるじゃろう!?」

「頭が固いのはフィストレアの方です!! 誰がどう見たって私の方が悪いじゃないですか!!」

「じゃから、お主は悪くないと――「ちょっと二人とも落ち着け!!」――ッ……ラン……」


 ファンカレアが覆いかぶさった状態で、儂とファンカレアが言いあっておると、遠くから見守って居た筈のランがファンカレアの事を儂から引き離して一歩下がった。

 そうして儂とファンカレアの間に立つと、ランは儂の手を取り立ち上がらせる。


「二人の言い合う声がこっちにまで聞こえてたぞ。お互いの主張がぶつかるのはしょうがないけど、平行線のままじゃ何も進まないままだろ?」

「じゃが、儂が悪いのは事実で……」

「ですから、フィストレアは何も悪くないと何度も――「はいはい、だから落ち着けって……」――す、すみません……」


 先程まで何を言っても聞かなかったファンカレアが、ランの一言でその肩を落として一歩下がった。なんか、ランに対してはやけにしおらしいのは気のせいか……?

 そうしてファンカレアの事を落ち着かせた後、ランが儂らの間に立つ事となり儂とファンカレアは再び話合っておったのじゃが……。


「~~いい加減にしてください!! 私が悪かったって言っているじゃありませんか!! どうしてそうやって自分の所為だと言い続けるんですか!?」

「いい加減にするのはお主の方じゃ!! どう見ても儂の方が悪いに決まっておるじゃろう!? ちょっとは成長したと思っておったが、相変わらず駄々をこねるところは変わらないな!!」

「むぅ~!! フィストレアの馬鹿!! 分からず屋!!」

「なにを~!? 幼稚な文句しか言えない女神の分際で~!!」


 そうしてファンカレアが魔力を解放しようとしたタイミングで儂も魔力を解放しようとしたその直後――儂の頭上に鈍痛が走った。


「いい加減にしろ!!」

「「うっ」」


 その鈍痛の正体は、儂らの間に立っていたランによって振り下ろされた拳骨であり、儂が声を上げたのとほぼ同じくらいのタイミングで、ファンカレアもまた声を上げた。どうやらファンカレアも儂と同様にランから拳骨を振り下ろされていたようじゃ。


「うぅ……酷いです藍くん……」

「お、お主……女子おなごにはもう少し優しくじゃな……」

「やかましいわ! 口を開けば同じことで言い合ってばかりで話は進まないし、しまいには魔力を解放して不穏な空気を作って……二人は喧嘩をする為に話し合っていたのか!?」


 頭を抱えていた儂とファンカレアに、ランはそう言って叱責する。

 ランの言葉に対して、儂は何も言えず黙ることしか出来なかった。


 そうじゃ……儂はファンカレアといがみ合う為にここに立って居る訳ではない。儂はただ……ファンカレアに謝りたかっただけなんじゃ。


「そう、じゃな……すまなかった」

「私も、つい言い過ぎてしまいました……申し訳ありません」

「……話を聞いていた限りだと、お互いに悪いと思っているのは良く分かったよ。だからさ、お互いが悪いって主張し合うんじゃなくて”自分の何処が悪かったのか”を順番に言い合う方が良いんじゃないか? まずはフィストレアから、次にファンカレアって感じで」


 互いに謝罪の言葉を述べた後、ランは儂らの顔を交互に見合ってそう提案をしてくれた。

 カカッ、結局見届けるだけでは飽き足らず、手を貸してもらう事になってしまうとはのぅ……。


 じゃが、今はその優しさが有難い。


 こうして儂とフィストレアはランの提案を受け入れる事にし、まずは儂からファンカレアに向けて話す事となったのじゃ。







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 【作者からのお願い】


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