第383話 悠久の時を経て、終わり始まる物語。①







 ――さて、もう後には引けない。


 五万年もの間、儂はファンカレアに嘘を吐き続けて来たのじゃ。

 あやつの……ランの言う通り、一度だけファンカレアと本音で話して見るとするかのぅ……。


 カカッ、まさかこの様な展開になろうとは……封印されたあの瞬間には思いもしなかった。


「…………」


 互いに歩めていた足を止めて、儂とファンカレアの距離は一気に縮まった。


 もう一歩踏み出せば、この手はお主に届くのかのぅ?

 果たして、その時にお主は儂を受け入れてくれるのだろうか?


 いかん、いかんのぅ。

 いざファンカレアを目の前にすると、逃げ出したい衝動が沸き上がって来る。儂はこれほどまでに臆病な性格じゃったのか……。


 儂は、ファンカレアと話し合えるのか?

 受け入れた筈の結末が、一度は覚悟を決めた筈の消滅が、いま儂の目の前に迫っている。

 儂の本心を今更話した所で、儂がファンカレアを傷つけてしまった事には変わりないのじゃ。きっと、ファンカレアはまだ怒っておるじゃろうな……。


 カカッ、そうか。

 儂にもまだ、怖いものがあったのか。




――折角こうして話し合えるチャンスが出来たんだ。ちゃんと自分の想いを話した方が良いだろ?


――例え世界中が敵になろうとも、俺だけはフィストレアの味方であり続ける。



 そうじゃな……ここで逃げてしまっては……。


 顔を左に向ければ、そこには儂の味方でいてくれると言う男の姿が見える。

 儂らに気を遣っておるのか、あやつはファンカレアの隣に立って居った女神と共に少し離れた所で立って儂らの様子を見届けておった。


 儂が見ておる事に気づくと、あの男は優しい笑みを浮かべて一度だけ頷いて見せた。

 その視線は真っ直ぐに儂を捉えており、まるで「ちゃんと見ている」と言っておる様にも思えた。


 全く……律義な奴じゃ。

 そんな目で見つめられたら、儂は逃げる事が出来ぬではないか。

 じゃが、本当に有り難い。

 お主と出逢わなければ、儂という存在は今頃ファンカレアの手によって消滅していたじゃろう。引き下がれない儂らの歩みを、お主が間に入り止めてくれたのじゃ。


 ありがとう。

 もし、このチャンスが無駄に終わったとしても……儂はお主が触れてくれた頬の温かさを、絶対に忘れない。


 さあ、思い悩むのはもうやめじゃ。

 いざ覚悟を決めて、ファンカレアと向き合う事にしよう。


 そうして儂はファンカレアの方へと向き直り、ゆっくりと深呼吸をした後で……ファンカレアへと話しかけたのじゃ。


「のぅ、ファンカレア」

「……はい」

「主は、その……どこから聞いておったのじゃ?」


 会話の突破口は直ぐに思い付いた。

 儂の気配察知にも引っ掛からず、突如としてタイミング良く現れたところから察するに気配を遮断して儂らの会話を聞いておったのじゃろう。儂の気配察知に引っ掛からないとは思わなかったが……恐らくはこの世界を創造したと言うあのもう一人の女神の仕業じゃろうな。

 

 一体いつ頃から聞いておったのかのぅ?


「えっと、フィストレアがまだ人であった頃の話をしている時からです……すみません、ランくんの事が心配で黒椿に頼んで様子を伺おうと思っていたら、その……」

「あー……良い、良いのじゃ」


 う、うむぅ……そんな序盤から聞かれておったとはのぅ。

 という事はあれか? 儂のファンカレアに対する思いの丈を、丸々全部聞かれておったと言うことか!? それはちと恥ずかしいのぅ……。


 じゃが、改めて長い話をせずに済むのは良い事か……うむ、そう思うことにしよう。


「……そうか。全て聞かれておったのか」

「す、すみません……盗み聴く形になってしまって……」

「いや、謝ることはない。儂が勝手に話しておっただけじゃからな。寧ろ儂の方が謝る事が多いくらいじゃ」


 そう、ファンカレアは何も悪くない。お主がそんな申し訳なさそうな顔をする必要は無いのじゃ。お主よりも儂の方が謝るべきことが多いんじゃから。


「……あの」

「なんじゃ?」

「あの話は……フィストレアが藍くんに話していた事は……全て、本当の事なんですか?」

「……」


 ……なんじゃ、その縋るような顔は?


 お主は、儂のことを恨んでおる筈じゃ。それなのに、どうしてお主は……あの時、お主と戦う事を決意したあの時と同じ顔をしておるのじゃ?


「……お願いします! ……ちゃんと答えて下さい!!」

「ッ……」


 嗚呼、そうか……そうじゃったか……。


 お主は、まだ――諦めていないのか。五万年と言う歳月が過ぎようとも、儂がどれだけ突き放そうとも、お主はたった一人で……待っていてくれたのか。


 カカッ……大馬鹿者め……。

 これでは、儂の覚悟が無駄になってしまうではないか。


「お願いですフィストレア……貴女の声で、ちゃんと教え――「儂は今まで、ずっと勘違いしておった」――ッ」


 それは、封印されるずっと前から……世界を敵にする覚悟と言う名の盲目に陥ったあの瞬間から始まっておったのじゃ。


「世界の天敵となったあの時、儂はお主の目を見て"大嫌いじゃ"と口にした。迷いを消し去る為にお主に牙を向いた。お主に本心を悟られぬ様にわざと人類へ向けて攻撃を仕掛けようとした……全部、全部お主に嘘を突き通す為じゃ」

「ッ……それ、じゃあ……」


 嗚呼、お主は相変わらず……泣き虫なのじゃな。


「そうじゃよ。儂はお主に嘘を吐いた。"大嫌い"な訳がなかろう? 儂は生まれたその時にお主に抱き締められたあの瞬間から、ずっと変わらず――ファンカレアが大好きじゃ」


 両手で口元を抑えたファンカレアが、儂の言葉を聞いて泣いておる。

 悲しみに暮れた時の涙とは違い、歓喜に震えるように流すその涙は……とても綺麗に思えた。


 儂はファンカレアの幸せそうに笑う顔が一番だと思っておったが、こんな表情もあったのじゃな。

 流れる涙を必死に拭おうとするファンカレアの口元には、少し歪ではあるが笑みが浮かんでいる。


 ……本当に儂はどうしようもない奴じゃ。


 ファンカレアの為だと言いながらも、その気持ちに寄り添おうとはしていなかったのじゃな。自分の選択が正しいと信じ切って、ファンカレアの気持ちを蔑ろにしてきた。


「――すまぬ……すまなかった」


 泣きじゃくるファンカレアを前にして……自然とそんな言葉が溢れて来る。

 そうして儂は、胸の内に秘めていた堪えきれぬ罪悪感を吐き出すのじゃった。









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