第379話 神話 ―創世から生まれし終焉 終焉の魔神王―






――どれだけ長い物語にも、必ず終焉は訪れるものじゃ。


 じゃが、それが望んだ結末になるかどうかは分からぬ。

 その先の結末がどんなものになろうとも、もう後戻りは出来ないのじゃ。







――儂が神として現世へと頻繁に赴く様になってから数万年が過ぎ、もう儂が人であった時に育てた人間は居なくなってしまった。


 まあ、それでも儂がやる事は変わらぬ。唯々人類の繁栄を目指して日々ファンカレアの為に働き続けておった。

 今思えば、儂は少々働き過ぎたのかもしれぬのぅ……儂はただ、繁栄を続ける世界を見て喜ぶファンカレアの顔が好きだったんじゃよ。

 いつの間にか成長しておったが、当時のファンカレアはまだまだ力の制御が出来ていなくてのぅ、自身の足で無暗に世界へと降り立つ事が出来なかったのじゃ。

 当然ながら世界規模の厄災があれば赴く事は出来るのじゃが、世界規模の厄災とは小さな災いが積み重なって起こるものであり、儂がまだ小さいうちから片付けておったから世界規模になる前に消えておったのじゃ。


 だからこそファンカレアは、いつも楽し気に白色の世界からフィエリティーゼを見ておった。自身が生み出した世界で生活を送る人類を見るのが好きだったのじゃ。


 そんなファンカレアの笑顔を守りたくて働き続けた結果、世界の人口はどんどん増えて行き、もう儂の目でも追えぬ程に発展していった。


 お主は知らぬと思うが、世界最古の国はこの失われた時代に存在していたのじゃ。

 魔法の研究、武術の研究、スキルの研究、食料の生産、衣服の生産、住居の増築……現代に比べれば遥かに劣っては居るものの、そこにはちゃんと国が存在していたのじゃ。



――では何故、この最古の国の存在が歴史として後世に残っていないのか、じゃと?



 カカッ、お主は意地が悪いのぅ……それを儂に聞くのか?


 先に言った通りあの時代の歴史は全て消されておる。

 あの時代の事を知っておるのは当事者である儂と世界の管理を続ける精霊達、そして――儂を封印したファンカレアだけじゃ。


 儂の封印を解いた者は、恐らく精霊との相性が良かったのじゃろうな。


 精霊は自らが愛した存在にはとことん甘くなる。その者が何を望んだのかは不明じゃが、恐らくその者の傍におった精霊は、望みを叶えるのに儂の存在が必要だと判断したのじゃろう。

 まあ、精霊はその者の狂気には気づけなかったようじゃがのぅ……。



 おっと、すまぬすまぬ、まあそう慌てるな。

 話が脱線してしまったが、ちゃんと全て話してやる。


 失われた時代の物語を。

 どうしてその時代が失われてしまったのかを。

 そして、どうして儂がその時代の歴史を消し去る事が出来たのかをのぅ。







 全ての始まりは……繁栄し続ける人類のとある変化からじゃった。


『いつも本当にありがとうございます――”我らが主神”フィストレア様』


 いつからじゃったかのぅ……そんな妄言を言い出す愚か者が現れたのは。

 儂がどれだけ叱りつけようとも、直ぐに別の者が儂を”主神”と呼ぶようになった。

 

 当然じゃが、フィエリティーゼの主神とは儂ではなくファンカレアじゃ。

 儂が主神になる事はファンカレアの存在がある限り不可能であり、儂自身もまた主神となる事を望んでなどおらぬ。


 儂の願いはただ一つ、ファンカレアの大事にするモノの全てを守ることなのだから。

 

 じゃが、儂の意思と反するかの様に世界は少しずつ変わり続けて行った。

 儂を”主神”と崇める者は増え続け、逆にファンカレアを崇める者が減って来ていたのだ。幾ら儂がやめる様に言っても、あ奴らは聞く耳を持とうともしなかった。盲信とはこの事なのじゃろう。崇められている本人が嫌がっているにも関わらず、あ奴らは儂を”主神様”と呼び続けたのじゃ。


 その理由については、大方の予想通りであり……原因は儂にあったのじゃ。


 儂は神と成ってから休む事無く働き続けた。

 神界と現世を数え切れないほどに行き来して、世界をより良くするために精進してきたつもりじゃった。

 じゃが、そんな儂の行いこそがファンカレアの存在を退けてしまうきっかけになってしまったのじゃ。


 人間からすれば、頻繁に現世へと降り立っては人類の為に働いている儂の方が印象強く記憶に残っていたのじゃろう。


 嘆かわしい事じゃ。

 ファンカレアは常に世界を愛し、お前達を見守っておったと言うのに。儂がお前達の為に動けるのも、全てはファンカレアが許可を出してくれていたからだと言うのに。


 そこにはもう、儂の愛した幼子たちの面影は残っていなかった。

 ファンカレアの想いも知らず、唯々己が利益になりうる神だけを崇拝する人類の傲慢さに、儂はもう怒りを通り越して呆れる事しか出来なかったのじゃ。



 しかし、負の連鎖とは続くものじゃ……。



 増え続ける儂の崇拝者と減り続けるファンカレアの崇拝者。

 やがて国の至る所に祀られていた神像もファンカレア姿から儂の姿へと変えられていった。

 そして……その頃にはもう、信者たちも隠すことなく表立って儂を”主神”と崇める様になり、その様子は当然――ファンカレアにも知られていたのじゃ。


 お主ならどうする?

 自身が創造した世界の生物たちが、自分ではなく他者の……それも自身が生み出した別の神を崇めておるのだぞ? 酷い奴らは自身の事を虚仮にしてまでも別の神を崇めておるのじゃ。

 普通であれば腹が立つし、怒りのままに神罰を下しても可笑しくはないと思わんか? 儂なら問答無用で神罰を下しておったのぅ。


 じゃが、あの女神は違ったのじゃ。笑っておったのじゃよ。


『――流石はフィストレアですね! 私の自慢の家族ですっ』


 そんな風に言って、儂の前で笑っておったのじゃ。



 ……カカッ、やはりお主には分かってしまうか。



 そうじゃ、そうじゃよ……本当は悲しい癖に、寂しいと思っておる癖に、あの女神は儂の為に笑っておったんじゃ。

 本当に馬鹿者じゃ、泣き腫らした瞳に儂が気づないとでも思っておったのかのぅ。


 幼いが故に、皆の平和を願う。

 幼いが故に、皆の幸福を願う。

 幼いが故に、皆の理想を叶えようとする。


 誰よりも優しく、誰よりも不器用な女神――それがファンカレアじゃ。


 のぅ……ファンカレア。

 確かに儂は言った。

 ”お前はもう少し大人になるべきじゃ”と、”時には欲望を抑える事も必要じゃ”と、確かにそう言った。

 じゃがな、儂が言いたかったのはそういう事でな無いのじゃ。


 お主にもっと現実を見て欲しかった。

 儂の発言は本当にそれだけの意味しかなかったのじゃ。


 全てを平等になんて出来る訳がない。平等の隣には必ず不平等が生まれるんじゃ。お主の理想は素晴らしいと思う。人間として生きて多くの現実を見続けていた儂にとっては眩しいくらいの理想郷じゃ。


 じゃがな、ファンカレア。

 お主が目指す理想郷の中には、ちゃんとお主自身も含まれておるのか?

 少なくとも、儂に対して作り笑いを浮かべておるお主が幸せだとは思えない。


 全ての幸せを叶えることなど不可能なのじゃ、だからこそ時には割り切る事も必要なのじゃよ。

 それが儂が常々口にしていた”大人になれ”と言う言葉の意味じゃ。


 すまぬ……儂がちゃんと説明してやれば良かったんじゃ。

 もっと儂が、お主に寄り添っておれば良かったんじゃ。


 儂はただ、幸せそうに笑うお主の傍に居るのが好きじゃった。

 お主の笑顔の為に、儂は毎日身を粉にして働いておったんじゃ。


 それなのに、一番にお主の幸せを願っていた儂が、お主の幸せを奪い悲しませてしまったんじゃな……。



 すまぬ……すまぬのぅ……。



















――安心しろ、ファンカレア。


――儂が全てを元通りにしてやる。


 お主が愛した世界を取り戻してやる。

 お主を崇める世界を取り戻してやる。

 お主が愛おしそうに眺めておったあの世界を……もう一度見せてやる。


 そうしたらお主は、また無垢な笑みを見せてくれるかのぅ。


 その為であれば儂は……儂は、世界の悪と言う役も演じて見せようぞ。





 己自身にそう誓ったこの日から……儂は白色の世界へ戻る事を禁じたのじゃ。











 そうして、フィエリティーゼへと降り立った儂はその神格に秘められた魔力を最大限に解放し――世界に生きる人類から儂の記憶を【消去デリート】を使って消し去ったのじゃ。


 その後の展開については……カカッ、まあお主も予想はつくと思うが一応話しておこうかのぅ。


 人類から儂の記憶を消し去った後、儂は世界最古の国へと向かった。

 儂の記憶が完全に抜け落ちた人類は、突如として現れた儂の存在に困惑した様子じゃった。まあ、当時の儂にとって人類はファンカレアの幸せを叶えるための道具に成り下がっておったから、特に関心はなかったがのぅ。


 フィエリティーゼに存在する人類が終結したその国の上空で、儂は声高らかに宣言した。


『我が名はフィストレア!! この世界に終焉を齎す存在であり、この世界の創造神 ――ファンカレアに相対する者じゃ!!』


 儂の声を聞いて恐れを抱く者はおったが、その人数は半数にも満たない程度。まあ、いきなり現れた正体不明の奴の言葉など、信じられぬのは無理もないがのぅ。


 じゃから、儂は目に見える形で”終焉”を教えてやったのじゃ。


 人類が最も信じる、目に見える形でのぅ。


 最初は遊び感覚で儂の姿を模った神像を破壊して回った。

 一つ、また一つと、残すことなく破壊し尽くしたのじゃ。

 儂は足しげく国へと赴いておったからのぅ、土地勘もあるし全てを壊しまわるのに時間は掛からなかった。まあ、途中で面倒になって建物ごと破壊した場所も多くあったが……ちゃんと人間は巻き込まない様に配慮してやった。


 別に儂は人類を滅ぼしたい訳では無かったからのぅ。

 今回の目的は、言わば”修復”と”成長”じゃ。

 儂はあくまで”世界に終焉を齎す者の役”であり、本当に世界を滅ぼすつもりは無かったのじゃ。


 まあ、それでも役だからと言って何もしない訳にもいかぬ。手を抜いた結果、儂が世界を滅ぼすつもりがないと誰にも知られる訳にはいかなかったからのぅ。

 そこで”儂の神像”と言う、ちょうど良い破壊材料があったから破壊し尽くしたまでじゃ。


 そういえば、儂が国の脅威になると判断したのか、神像を破壊しておる儂に魔法を放つ者が多くおったぞ?

 あんなにも儂の事を慕っておった人間どもが、儂の事を殺そうとしておるのじゃ。そのあまりの変わり様が面白くてな、思わず笑みを溢したのを覚えておる。


 最後の一つを壊し終えた頃には、人間たちは絶望的な表情をしていたのぅ。

 自分達が築き上げて来た歴史のある国が、たった一人の存在によってボロボロに壊されたのじゃ、当然の反応ではあった。


 そうして、人類が絶望に染まりつつあった時に――あの小娘はやって来たのじゃ。


 黄金の魔力を纏い、その腰から伸びる双翼を羽ばたかせ、女神は儂の目の前に現れた。


 その時のファンカレアの顔は、正直覚えておらん。

 ……いや、すまぬ。嘘を吐いた。


 覚えておらぬのではない。

 儂は、ファンカレアの顔を見れなかったのじゃ。


 人類の危機にあの小娘が来ない訳がない。

 ファンカレアが降り立つ事を予想してはいたが、いざ実際にやって来たファンカレアを前に、儂は怖気づいていた。


『……なんで、何でですか』

『カカッ、お主の我が儘に付き合うのに嫌気がさしたのじゃよ。それに、人類の守護神などと言う役職にも飽き飽きとしておったのじゃ』

『……そんなの、嘘です。私の知っているフィストレアがそんな事をいう訳がありません!!』


 俯いて話しておったのじゃが、正直儂はこの時点でもう……。


 その後もファンカレアは必死に儂の説得を試みた。

 何度も何度も、儂に戻って来てほしいと願いを請い続けていたのじゃ。


 それでも、儂は首を縦に振らなかった。


『くどい!! お主の戯言はもう聞き飽きた!! 儂は、この世界を滅ぼす存在……お主の敵となったのじゃ!!』

『ッ……』


 嗚呼、すまぬのぅ……ファンカレア。


 叫び声を上げるのと同時に、顔を正面へと向けた。

 獰猛な笑みを作り、”お前の敵だ”とはっきりと宣言したのじゃ。


 じゃが、それは儂にとっても辛い選択となった。

 顔を上げた事で、ファンカレアの泣きそうな顔が見えてしまったのじゃ。


 本当に悪い事をした。

 何度もやめようかとも思った。

 その泣きそうな顔を見て、思わず意思が揺らぐ所じゃった。


 じゃから……。


『……儂は……儂は……この世界を、滅ぼすのじゃあぁぁぁ!!!!』


 じゃから、儂はファンカレアに攻撃を仕掛けたのじゃ。

 自分の感情を押し殺す為に、目の前の女神を殺すつもりで戦いを挑んだのじゃ。


 まあ、結果は惨敗じゃったがのぅ。

 儂の攻撃は全く届かず、ファンカレアに外傷を与える事は出来なかった。


 途中までは狼狽えておった小娘じゃったが、儂が周囲に倒れていた人間たちに攻撃を仕掛けようとしたのを見て、あやつはようやく本気で戦う事を決意したのじゃ。

 人間たちを巻き込まぬ様に結界を張り、儂の攻撃も完璧に防ぎ、そして……儂がもう立ち上がる事も出来ぬ程に痛めつけた。


 じゃが、それでもまだ諦めきれなかったのじゃろう……。


『――最後にもう一度だけ言います……お願いですから、私の傍に帰って来て……ッ……』


 悲痛な叫びじゃった。

 儂が負けた筈なのに、ファンカレアの方が深く傷ついておる様に見えた。

 ここで儂が手を伸ばせば……元通りになるのか?


 ……否、それは断じて違う。

 結局は巡り巡って、儂の存在が邪魔になってしまう。

 二人の女神の存在が公になれば、再び人類は愚かな選択を始め……同じ事を繰り返す。この世界を管理する女神は――たった一人で十分じゃ。


 儂は……儂の存在は……この世界には不要なのじゃよ。


 のぅ、ファンカレア――この世界の創造神は、お主なのじゃぞ。


『何度も、言わせるな……儂はもう、貴様の駒になどならぬ……』

『……フィストレアは、ずっと私の事が嫌いだったんですか?』


 カカッ、残酷な事を聞いて来るとは思わんか?

 そんなの……儂の口に出来る答えは決まっておるというのにのぅ……。


 儂は、儂はな――。









『――お主の事が……大っ嫌いじゃッ』









 こうして、儂はファンカレアに封印された。


 消滅ではなく封印であった事に驚きはしたが、その真意を聞く事は出来なかった。


 封印されるその瞬間に、儂と言う厄災の最期を見物に来ていた人間たちが多く居たのを覚えておる。

 ファンカレアの背後に立つ人間たちは、憎しみに似た感情を儂へと向けており、ファンカレアの事を”我らが主神様”と崇めておった。腹が立って、ちょっとだけ悪戯をしてやったわい。


 最期の瞬間、ファンカレアがどの様な表情をしておったかは儂にも分からぬ。

 じゃが……きっと恨んでおるじゃろうなぁ……。


 儂の封印が解けて直ぐ、我を忘れて儂を消そうとしておったのが良い証拠じゃ。













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 【作者からの一言】


 次回からは藍くんの視点へと戻る予定です。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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