第378話 神話 ―創世から生まれし終焉 創世の守護神―






 ――その時が訪れたのは……意外にも随分あとの事じゃった。


 事前にファンカレアから"フィエリティーゼに生きる者は、その内に秘める魔力量によって寿命が変わる。"と聞いてはいたのじゃが……まさか1000年も生き続けるとは思わなかったのぅ。


 最初に授けられた知識を基に自らの研鑽で手にしたあらゆる武術と魔法。

 先導者として幼子たちと、その子孫を凶悪な魔物から守り抜く度に増えて行くスキル。


 1000年の時を経て、最初の10人の幼子たちは子を産み。またその子らが新たなる生を産む。

 時には精霊が人類を見て進化を遂げた耳長の人類や、知性を持つ獣が女神の祝福を受けて人型へと変身した獣の特徴を持つ人類など……その他にも多くの出会いが生まれ、気づけば儂の周囲には多種多様な種族の人類が集まっておったな。


 当然ながら別れもあった。

 皆が儂の様に長生きな訳では無い……いや、何人目の幼子を看取った時かは忘れたが、薄々は儂が特質して異常なのじゃと理解はしていた。

 じゃから、儂の事を神なのではないかと聞いてきた者もいたのぅ。

 当然ながら儂は否定したがな。


 ……少なくとも、その質問をされていた頃は儂はまだ人じゃったからのぅ。


 じゃが、儂はとうとう1000年目にして死に行く日を迎えたのじゃ。

 儂が死に行く間近になると、多くのものが涙を流して会いに来てくれた。


 痛みも感じず口だけは達者に回るが、どうしても体を動かすことが出来なくてのぅ。

 死の瞬間を迎える半月ほど前から、儂は用意された木製の寝具の上に寝かされていたのじゃ。


 儂の世話係を務めていたのは最初の10人の血を強く受け継いだ者達でな? 顔も声も、あの幼子たちにそっくりじゃった。

 何度か名前を間違えそうになったほどじゃぞ?


 そうして多くの者と別れを済ませた後には、今までの長い人生について思い浮かべておった。

 ファンカレアによって生み出された最初の人類としての務めは果たせていたのか……正直に言えば分からぬ。

 じゃが、儂としてはもうこれ以上は出来ぬと思えるくらいにやり遂げたつもりじゃ。これでファンカレアから文句を言われても、”もうどうしようもない”と言い返せるくらいには多くの時間を人類の繁栄の為に費やして来た。


 家族に見守られ、多くの知り合いが別れを惜しみに来てくれた。

 儂はもう、思い残す事は無い。


 ……そう、思っておったんじゃがなぁ。



『――フィストレア』



 どういう訳か、儂が人生を終わらせようと思う度に……あの女神の声が聞こえて来たのじゃよ。

 だからこそ、儂は諦めきれなかったのかもしれぬ。この生を終わらせる事を恐れていたのかもしれぬ。


 ファンカレアとの毎日は本当に楽しかったのじゃ。


 考えても見ろ、ファンカレア絶対者である創造神……儂にとっては逆らうことの出来ない存在じゃ。普通であればまともに会話をすることすら出来ぬじゃろう。


 しかし、ファンカレアは違ったのじゃ。ファンカレアは儂に敬って欲しいなどとは微塵も思っておらんかった。

 儂が【神託】を使い毎日会いに行く度に、その顔に笑顔を咲かせて駆け寄ってくるのじゃぞ?

 最初こそ戸惑いはしたが、歳を重ねるにつれて笑顔で駆け寄ってくるファンカレアが幼子たちと重なって見えた。


 そうして儂は気付いたのじゃ。

 嗚呼、儂は――ファンカレアの上面しか理解出来ていなかったのじゃなと。


 ファンカレアという一人女神を見るがあまり、ファンカレアという一人の少女を見ることが出来ていなかったのじゃ。


 女神という仮面を外した少女は……あまりにもか弱く、寂しがり屋な少女じゃった。孤独が長かったのか、頼ることを知らないのか、変なところで遠慮が見える。


 儂にフィエリティーゼの事で頼み事をする際にも「ありがとう」ではなく「すみません」を使うのじゃ。

 おかしいじゃろ? 女神なのだからもっと堂々とするべきじゃと何度も思ったわい。

 じゃが、ファンカレアには難しかったのかもしれんのぅ。


 己の精神が成熟して、ようやくその真相に辿り着けた。


 儂の人生の中でたった一つの心残りは……あの孤独を嫌う女神の傍に居てやれぬ事じゃった。


 出来ることなら、ファンカレアの傍に居てやりたかった。あの女神の笑顔を守り続けてやりたかった。


 じゃが、年老いた儂の老体はもう動くことは無い。


 そうして儂は、抗えぬ眠気に襲われて――人生最期の時を迎えたのじゃ。








 フィエリティーゼ最初の人類……名をフィストレア。享年1000歳。


 そんな彼女の新たなる人生の幕開けは――思っていたよりもすぐの事じゃった。


 いや、新たなる生を授かったのは事実なのじゃが……次に目を開けた時、儂は見覚えのある白色の世界に居たのじゃ。


 その身に神格を宿した状態でな。


 当然、そこにはファンカレアの姿もあってな……あの小娘、儂の目の前に立って何と言ったと思う?


『――まだ死なせたりしません。寂しいので一緒に居てください』


 己の心を包み隠さず、泣き腫らした目で儂を見てそう言って来たのじゃ。

 傑作じゃろう?


 他の者がどう思うかなんてどうでもいい。

 神として作り変えられた儂はファンカレアの言葉を聞いて大いに笑った。

 呆れは軽々と遠くへ飛んでいき、その子供の様な潔い発言に笑いを堪える事が出来なかったのじゃ。

 まあ、後にファンカレアには涙目で”笑わないでください!”と、散々怒られはしたがのぅ……良い思い出じゃ。


 こうして儂は、長い人生を終えた後に、終わりのない心臓をファンカレアによって授けられた。


 儂の役目は人だった頃とあまり変わらない。

 人類の繁栄を見守りあらゆる厄災から守護することであり、立場が変わっただけとも言えるな。


 じゃが、今までは自由に行き来出来なかった白色の世界へ自由に出入りできる様になったのは良い事じゃと思う。


 儂が神に成る事で、ファンカレアはいつにも増してニコニコと笑みを浮かべるようになった。

 どうやら儂が白色の世界で暮らしているのが嬉しかったようじゃな。

 まあ、そうして喜んでおるのは構わないのじゃが……現を抜かして世界の管理をサボるのは容認できぬ。現世では見せられぬが、儂は良く白色の世界でファンカレアを叱りつけておった。


 当時、世界の守護神として役目を果たしていた儂が現世で活動する際の最終的な決定権はファンカレアにあった。

 儂は大小に関わらずやる事を書類に纏めてファンカレアへと渡していたのじゃが、あの女神は本当にポンコツでのぅ……全くと言って良いほど仕事が出来なかったのじゃ。

 未読の書類は処理したと勘違いして平気で処分するわ、やたら儂に引っ付いて来て仕事をしないわ……本当に大変じゃった。


『――良いじゃないですか、家族なんですからっ』


 そんな事ばかり言って、全く仕事をしようとせぬのだぞ?


 何度も叱りつけてやるのじゃが……あの笑顔を見ると、あまり強く言えなくてのぅ。

 神として数年ファンカレアの傍に居ただけで分かってしまう。

 この女神は……まだ子供なのじゃ。


 例え何千、何億と生きていようが関係ない。

 儂が育てて来たフィエリティーゼの子供らと変わらぬ、純粋で素直な子供なんじゃ。


 ……だからかもしれぬ。

 儂がファンカレアの事を守りたいと思ってしまったのは。


 儂が初めてファンカレアと抱擁を交わした時に感じたのは……”庇護欲”と”危うさ”じゃ。


 手にした知識によれば”創世”とは神々の頂点に君臨する力だと言う。

 そんな強大な力を有した存在であるファンカレアをどうして守りたいなどと思ってしまったのか疑問じゃったが、神と成ってファンカレアと共に在る事でその幼さを知る事が出来た。


 そう、我が創造主である”創世”の女神は――その精神が幼すぎたのじゃ。


 どういった経緯でそうなっているのかは正確には分からぬ。

 だが、初めて出会った時から今までの言動を思い返してみれば……大方の想像はついていた。


 恐らく、強すぎる力を持つが故にファンカレアは生まれて直ぐに”孤独”を強いられていたのじゃろう。

 強さとは時に孤独を生む物じゃ。

 他と違うと言うのはそれだけで距離を置かれる理由になり得てしまう。


 時にはその力を崇めて、時にはその力を畏れて、時にはその力を恐れて……そして何れは、その力を求める悪も現れる。


 果たして、儂に引っ付いて離れようとしなかったあの女神はどれ程の歳の頃から、どれ程の歳月を戦ってきたのじゃろうな……それを考えるだけで、儂は何とも言えぬ感情に襲われた。


 じゃから、儂は決めたのじゃ。

 同じ神として、ファンカレアが大事にするモノの全てを守護する事を。

 延いては、幼い女神の成長を促し――立派な”創世”の女神にしてやろうと、儂は決めたのじゃ。


 その為に儂は更に働き続けた。

 フィエリティーゼへも積極的に降り立ち、人々の話を聞いてはファンカレアへの仲介役となり物事を進めて行く。逆にファンカレアからの言葉を伝えるのも儂の仕事であり、人が到底敵わぬ魔獣が現れた際にも守護神として戦った。疫病なんかも何度も治した記憶がある。


 そうして長い年月を世界の為、ファンカレアの為に費やして行ったのじゃ。






――じゃが、今からおよそ五万年程前。


 上手く進んでいると思っていた世界は……徐々に儂の思惑とは離れて行き、狂い始めたのじゃ。


 いや、もしかしたら狂っていたのは儂の方かもしれぬのぅ……。


 なんせ儂は、お主が知っての通り――世界の守護神から世界の終焉を望む魔神へと成り果ててしまったのじゃから。











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 【作者からの一言】


 神話は次でお終いの予定です!


 昨日はTwitterでお知らせしたとおり、体調を崩してしまいお休みをいただきました。今日の分はなんとか書き終える事が出来ましたが、明日はまだ未定です。

 またお休みをする場合はTwitterでお知らせしますので、ご確認の方よろしくお願いします。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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