第375話 閑話 栄光の魔女の憂鬱
――エルヴィス大国 王宮の隣に建てられた研究棟にて。
そこは研究棟とは名付けられてはいるものの、現在は元エルヴィス大国二代目国王であるレヴィラ・ノーゼラートの居住区となっている。
元々レヴィラが魔法の研究を行う為に用意された研究棟を、人が行き交う王宮での生活を嫌ったレヴィラが占領し使用人も付けずに暮らしているのだ。
普段であればレヴィラのみが暮らしている人気のない研究棟。
しかしながら、闇の月25日である今日は違っていた。
「お、お師匠様!! いいいま、いま、外から!!」
「……はぁ。レヴィラ、とりあえず落ち着きなさい」
「で、でもでも、あの魔力って……」
「ええ、間違いなく――ファンカレアのものです」
研究棟の主であるレヴィラは慌てた様子で階段を駆け上がると、二階にある一つの部屋の扉を勢いよく開きそこに居た自身の師匠――フィオラ・ウル・エルヴィスへと声を荒げる。
その部屋は、フィオラの為にレヴィラが用意した個室だったのだ。
「ど、どどどうするんですか!? このままでは、この国が……いいえ、この世界がッ――」
「大丈夫ですよ。ミラスティアが言うには、もう直ぐ収まるとの事ですので。だからまずは落ち着き……レヴィラ?」
用意された個室で木製椅子に座り趣味である読書をしていたフィオラだったが、慌てふためく弟子を見るや否や溜息を溢し、本を読む手を止めて煩わしそうな顔をしながら落ち着く様にと告げた。
レヴィラが来る前に、フィオラは同じ"六色の魔女"であり姉のように慕っているミラスティア・イル・アルヴィスからある程度の事情は聞いていたのだ。
ミラスティア自身も黒椿から事情を早口で聞かされていたばかりだったので半信半疑ではあったが、丁度フィオラがミラスティアと念話をしている最中にファンカレアの膨大な魔力をエルヴィス大国から感じ取り、黒椿の話が事実であることを知って、二人で溜め息を吐いたのは言うまでもない……。
だからこそ、フィオラはレヴィラに対して何度も落ち着くようにと言い続けていたのだが、レヴィラはその体をがくがくと震わせながら個室の窓に目をやってはフィオラを見る動作を何度も繰り返し怯え続けている。
そんな弟子の様子を見て、フィオラは何かを思い出したかの様に「ああ、そうでしたね」と呟くと、直ぐに個室全体を覆うように魔力遮断の結界を五つも重ねて展開するのだった。
「すみません、貴女の体質の事を忘れていました。そう言えば貴女は”魔力に乗せられた感情が分かる体質"でしたね? これで大分抑えられていると思うのですが……」
「あ、ありがとうございます……ふへぇ……」
結界が張られた直後に自身の体の震えが止まっている事に気が付いたレヴィラは、その場にゆっくりと膝を着くと脱力した様な声でフィオラへ感謝の言葉を告げた。
レヴィラはエルフからハイエルフへと種族進化を遂げた特殊個体であり、この世界ではたった一人しか存在しないハイエルフ種だ。
当然ながら他に比較する対象も居ない為、その体の構造や性質、種族特性などと言ったハイエルフ種の詳細なデータは存在しない。フィオラが言っていたレヴィラの体質に関してもそうだった。
レヴィラの体質は”魔力過敏症”の変質系であるとフィオラは考えていた。
"魔力過敏症"は人よりも魔力を感知する能力が飛び抜けて鋭い人達のことを指し、人によって症状の軽重は異なる。
訓練を積むことで殆どの人が"魔力過敏症"を克服することが出来るのだが、症状が酷いと魔道具から漏れ出る僅かな魔力でも船酔いの様な状態になり身動きが取れなくなってしまうので、魔法使いにとっては致命的な欠陥となる症状でもある。
レヴィラの場合は元々エルフ種の時代に軽度の"魔力過敏症"だった経験があり、既に克服はしていたがハイエルフ種に進化した際に"魔力過敏症"の性質が変化。その結果として、再び症状が再発してしまったのだ。
エルフ種の頃であれば体内に流れる魔力に意識を集中し常に魔力を感じ続ける事で、"魔力を体の五感と同様に捉える"ことに成功し魔力に慣れる事が出来ていたのだが、"魔力過敏症"がその性質を変化させた事でその症状自体も変わってしまった。
現在のレヴィラは"魔力に込められた感情を読み取る"と言う特殊な能力を持っている。
これは他に類を見ない特殊な能力であり、長年生きていた”六色の魔女”を以てしても解明できていない体質だ。
喜怒哀楽……どのような感情であったとしてもそれが魔力に宿っていれば感じ取れることが出来るこの能力の所為で、レヴィラは多くの苦労をしてきた。
今では自分よりも格下である相手の魔力であれば感情を読み取らないようにする事が出来るが、今回のように自分との差が歴然としている到底敵わない様な相手が発する魔力に関しては否が応にも感じ取ってしまう。
レヴィラが死の森での訓練をサボっていたのは、当時自分では敵わないだろうと思っていた血戦獣から逃げる為でもあった。
ちなみに余談ではあるが、フィオラはレヴィラを拘束する際にわざと怒りの感情を魔力に込めたりしている。
せめてもの救いは、フィオラたち"六色の魔女"に鍛えられたお陰で、世界上位に君臨する力を有している事だろう。
床にへたり込み脱力するレヴィラを見ていたフィオラは、やれやれと言った風に首を振る。しかし、呆れているように見せてはいるが、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。
特異体質を持つ弟子の境遇をずっと見守ってきたフィオラ。
普段はレヴィラに対して厳しい態度をとってはいるものの、フィオラがレヴィラの事を大切に思っているのは紛れもない事実である。
レヴィラの為に魔力遮断の結界を何重にも展開しているのが何よりの証拠だ。
「そういえば、ランくんの魔力が暴走して世界中に広がってしまった事がありましたが、あの時は大丈夫だったんですか?」
「あぁ、あれですか……まあ、幸いと言っていいのか分かりませんが、あの時にはランの感情は魔力に込められていなかったので少し驚いただけで済みましたね。どちらかと言えばその後の後処理が大変でしたよ……ははは」
当時の出来事を思い出したからか、レヴィラは遠い目をして乾いた笑い声を上げた。
だが数秒もすると、何かを思い出したかのようにばっとフィオラの方へと青い顔を向けて、露骨に狼狽えはじめる。
「あれ、も、もしかしてですけど、今回の件もですか? だってあれ、間違いなく創造神様ですよね……?」
「……申し訳ないとは思いますが、今回も後処理をお願いし――」
「嫌です!! 聞きたくありません!!」
フィオラの言葉を遮ったレヴィラは、耳を塞いでフィオラに背中を向けてしまう。
それは前回の藍の魔力が暴走した時の事。
まだノーガスと言う名前でエルヴィス大国の宰相をしていたレヴィラは、発生源の近くにあったのがエルヴィス大国だったという事で他国から多く届いた書簡への返信、混乱状態にある国民への説明、王宮の役職についている者達を招集し指揮官として細かな指示出し等……多忙に多忙を重ねて苦労した苦い思い出がある。
前回はまだ謎の人物の魔力ということでそこまで追求されることはなかったが、今回はそうもいかない。
何故ならば、今回の膨大な魔力の発生源の中にはフィエリティーゼの創造神であるファンカレアも混じっており、その黄金の魔力は信仰心の高い者であれば間違いなく気づいてしまう物だからだ。
フィエリティーゼには宗教国家が存在していて、国王として君臨しているエルフ種の女性はシーラネルと同じく特殊スキルである【神託】を所持する"創神教"の教祖でもある。
レヴィラの予想では間違いなく教祖からの新書が届くと思っていて、最悪の場合は教祖自らエルヴィス大国へとやって来ることも容易に想像できた。
「嫌です……創造神様は崇拝していますが、あの宗教国家の者と話すのだけは嫌です!! お師匠様が対応してください!!」
「わ、私はもうエルヴィス大国の王ではありませんので……」
「あー!! ずるいですお師匠様!! というか、お師匠様だって嫌なんじゃないですか!」
「うっ……嫌ってはいません。苦手なだけです。他国の悪口は言いたくないのですが、あの国の方々はファンカレアへの信仰心が非常に高いので……正直近づきたくはないんですよ」
文句を言うレヴィラに対して、フィオラは苦虫を噛み潰したような顔を作るとレヴィラにそう説明をするのだった。
宗教国家ファリティレア。
国王から国民までの全てが"創神教"のメンバーで構成されているこの国は決して悪政を働いてる訳でも、他国へ侵攻している訳でもない。
寧ろ多国が困っている時には手を差し伸べ、疫病や魔物の被害にあった国には回復魔法が得意である高位神官を派遣するなど、他国からの評判も良い国だ。
しかしながら、フィオラやレヴィラの様にフィリティレアの者達を避けようとしている人も少なからず存在している。
その主な原因が、高過ぎるファンカレアへの信仰心だ。
フィリティレアの人間にファンカレアの話をさせると、当たり前のように二時間以上も話し続ける。しかも、相手の反応を逐一確認し、ちゃんと理解出来ていないようであれば同じ話をゆっくりと更に事細かく説明しようとして来るので、初対面の人の中には思わず逃げ出す者も居るくらいだ。
更にフィリティレアは公の場で自分達の崇めている女神……ファンカレアを侮辱している者を決して許さない。
有名な話の一つに、何処かの小国が愚かにも教祖の目の前で『神など所詮、世界を創っただけに過ぎない。ただのお飾りだ』と発言した結果、三日と掛かる事無くその小国は滅びの末路を辿ったしまったと言うものがある。
これは全て事実であり、小国の王を筆頭とした女神に異を唱える者は教祖自ら手を下し、残りの者達には"創神教"に入るか否かを聞いて入信するのであればフィリティレアに受け入れ、しないのであれば数日分の食料を渡して終わり。
この出来事を境に、フィリティレアを敵に回すような国は居なくなったといわれている。
当然ながら神の使徒である"六色の魔女"の事を崇めており、その弟子であるレヴィラ達も同様であった。
"創神教"の信者はフィオラやレヴィラを目撃すると必ず祈りの姿勢を作り、今日という出会いに対してファンカレアへの感謝の言葉を唱え始める。
だからこそ、フィオラやレヴィラはそんなフィリティレアの者達と会うことを避けていて、なるべく関わりたくないと思っていたのだ。
ちなみにレヴィラがノーガスの偽装を解いてその正体を世界へと明かした後、エルヴィス大国には毎月必ず教祖からの新書が届いている。
二十枚にも渡るその手紙には"是非とも一度、我らが崇拝する女神様の使徒……そのお弟子である偉大なるノーゼラート様にお目通りしたい"と記されていて、その手紙をエルヴィス大国国王であるディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスから渡される度に、レヴィラは鳥肌を立たせていた。
「うぅ……もしもの時は、ディルクに全て押し付けることにします……」
「それが賢明です。さて、どうやらもう収まった見たいですよ?」
「え?」
レヴィラが最終的には全てをディルクへ押し付ける事に決めた直後、フィオラはレヴィラへ話しかけながらおもむろに両手を叩くように合わせる。
すると個室を覆っていた結界は瞬く間に砕け散り、魔力遮断の結界は跡形もなく消え去った。
魔力遮断の結界が消えた事で一瞬だけ怯えた様な表情を作るレヴィラだったが、フィオラの言う通り強く感じていたファンカレアの魔力が消えている事に気づいて安堵する。
「本当に消えてる……よ、良かったぁ……」
「……」
「あれ、どうしたんですか、お師匠様?」
世界の危機が去ったことで、喜びを露わにするレヴィラだったが、フィオラの浮かない表情を見て首を傾げる。
そんなレヴィラの声に、フィオラは溜め息混じりで話し出すのだった。
「はぁ……いえ、ランくんが外を歩く度に、様々な問題が立て続けに起こっていると思いまして……」
「あぁ……そう言えば、プリズデータでも起きましたね……」
フィオラの言葉を聞いたレヴィラが真っ先に思い浮かべたのは、数日前まで藍が滞在していたプリズデータ大国での一幕だった。
プリズデータ大国での出来事を思い浮かべていたのはレヴィラだけではなくフィオラも同じであり、浮かない表情のままフィオラはその両手で頭を抱え始める。
「確かに私は言いましたよ? 全ての問題は私が率先して対処すると……。ですが、だからと言ってこうも立て続けに問題を起こされるとこっちの身も持たないんですよ!!」
「ッ……」
「あぁ、ランくんの立場を確立する為に国王になることを勧めてしまいましたが、果たしてそれも正解だったのでしょうか……また新たな問題を生み出すことになっただけなのでは? 今からでもミラスティアに掛け合って中止にしましょうか? そうして森にずっと暮らしてもらって……いえ、それではランくんに窮屈な思いをさせてしまいます。それならばやはり国王に……あ、冒険者たちという手もあるのではッ!? ああでも、すぐ側で何かしでかさないか見ておかないと不安ではありますし……」
その表情をコロコロと変えてはいるが、その虚ろな瞳だけは変わらないフィオラ。
今までに見たことも無い師匠の姿に、弟子であるレヴィラは何とも言えない表情を浮かべる。
部屋を後にするタイミングを逃したレヴィラは、愚痴とも思えるフィオラの独り言を、ミラスティアがやって来るまで延々に聞かされるのだった。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
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