第374話 世界の天敵と呼ばれる少女③






「「……はぁ?」」


 二人の女神が目の前に顕現した直後、俺とグラファルトは一言一句違える事無く同じ言葉を口にする。


 え、ちょっと待って……なんで!?!?


 いい所だったのに……ちょっとだけ『あれ、今の俺ってちょっとカッコいいかな』とか思ってたのに……いや、そんな個人的な感情を抜きにしても、ファンカレアが”女神の羽衣”を纏う事無く現れるのはまずい気がする。

 それになんか知らないけどウルギアも引き連れて来てるし……一体どうなってるんだ?


「あの、二人ともなんで――「藍!!」――……く、黒椿!?」


 そう思った俺が背を向けた状態で立って居る二人に向けて声を掛けようとしたのだが、その途中で俺の事を呼ぶ声が聞こえて慌てて視線を彷徨わせる。

 すると、俺の直ぐ目の前に唐紅色の花びらが舞い散る亜空間が出現して、その中から黒椿が姿を現した。


 おいおい……ついに三人目の女神様が顕現してしまったぞ。


「良かった、間に合ったぁ〜!」

「おい、一体どうなってるんだ? ファンカレアやウルギアはだけじゃなくて、お前まで……って、よく見たらトワまで居る!?」


 今までは黒椿の顔を見ていたから気づかなかったが、視線を下へと向ければそこにはトワの姿があり、トワは俺が気づいたタイミングで嬉しそうに手を振ってくれていた。


 可愛い……けど、今はそれどころじゃないのが悔やまれるッ……!!

 とりあえず手だけ振り返しておこう。


 そうして俺が手を振り返すと、今度はグラファルトの方へと体を向けて手を振り始めた。

 普段なら戦いとなると獰猛な目付きで相手を睨みつけているグラファルトだが、流石はトワの天使力。満面の笑みで嬉しそうに手を振るトワを見て、グラファルトもまたその頬を綻ばせながら手を振り返していた。


 ひょっとしたらあれか?

 トワの魅力は世界をも救ってしまうのではないだろうか?


 トワの可愛さの前では、何人たりとも敵対行動を取ることは出来ないだろう。仮に攻撃をして来る輩が居るのなら……例え神であろうとも俺が叩きのめしてやる。


「ちょっとちょっと! トワちゃんの可愛さにやられてないで!? 二人にはやる事があるんだから!!」

「やること?」


 ちょっと真剣にトワの魅力について考えていると、黒椿が慌てた様子でそう捲し立てて来た。

 その視線はチラチラと後方に居る二人へと向けられていて、二人の奥には不気味な魔力を解放し続けている少女の姿があった。


「いい? よく聞いてね? あのローブを纏っている少女の正体は世界……フィエリティーゼの天敵、かつてファンカレアが封印した悪神なんだ」

「……まじか」

「はっ、それが事実であればとんだ大物の登場ではないかっ」


 確かにローブを纏っている少女の魔力は不気味なものだった。それに、いつになく真剣な表情を浮かべる黒椿の様子からしてこれは嘘では無いのだろうと言う事が分かる。

 そもそも黒椿がこんな所で悪ふざけをするとは思えないし、黒椿は基本的に俺に嘘はつかないから、一方的に黒椿の言葉を信用しているだけだけど……今のところ外れてはいないからこの直感に近い勘を俺は信じている。


 グラファルトもローブを纏った少女の異様さは理解している様で、強敵になるかもしれない相手の登場に不敵な笑みを浮かべていた。


「なるほどな……世界の天敵なんて存在が現れた、流石に慌てるのも頷ける」

「あっ、僕が慌ててるのはそれが原因じゃないんだ……」

「え、違うの?」


 てっきりそうなのかと思ってたけど……。

 


「藍……僕はね? 例えどんな強敵が現れようとも、君を守り抜く自身と力があるんだ」

「お、おう……」


 何でいきなり爽やかな顔をしてちょっとカッコいいセリフを言って来たんだこいつ……。


「でもね、僕にだってどうする事も出来ない問題もあるんだ。例えば――フィエリティーゼに影響を及ぼさずに全力で戦う事……とかね?」

「おい、ちょっと待て」


 乾いた様な笑みを浮かべながら、遠くの空を見始めた黒椿の両肩を強く掴む。


「ハハハ、痛いよ藍。僕はか弱い女の子なんだから」

「いやお前ついさっきどんな強敵にも勝てるみたいなこと言ってただろうが! ってそれよりも……が隠すことなく魔力を解放してるのは大丈夫なのか!?」

「大丈夫じゃないよ……ちなみに僕は止めようとしたからね? でも、二人とも僕の話を聞く事もなく飛んで行っちゃったんだ。今のファンカレアとウルギアは、唯々目の前の敵を排除する事しか考えてない。このまま戦う事になれば多分……フィエリティーゼは間違いなく滅びちゃうね」


 いや、うん。

 俺もちょっと忘れてたけど……やっぱりそうだよね!?

 なんかファンカレアが本気で戦ったら世界が壊れてしまうみたいな話を聞いた気がするもん。


 黒椿の体を強くゆらしながらも、俺の視線は前方に立つ二人の女神に向いていた。


 黄金の魔力を纏うファンカレアは今までに感じた事のないほどの神々しさを纏っている。

 ウルギアに関してもそうだ。夜空と見まがうほどに美しい魔力を解放し、その頭上に歪な輪っかが出現させていた。


「どうするんだよ!? あれか、俺が戦えばいいのか!? いっそのこと俺が三人纏めて戦うしかないのか!?」

「なっ! ずるいぞ藍!! そんな面白い展開、我を抜きして進めるつもりか!?」

「そこの駄竜は面白がってんじゃねぇ!! 世界の危機だって言ってんだろうが!!」


 キラキラと輝いた瞳で「我も我も」と俺にしがみついて来るグラファルトに、思わず粗い口調でつっこんでしまった。


 だけど、本当に困った事になってしまったのは事実。

 まさかファンカレアとウルギアがやって来るとは思わなかったし……一体どうしたらいいのだろうか……。


「安心してよ! ちゃんと策は考えて来たから、藍とグラファルトがファンカレア達と戦う事にはならないよ!」

「本当か!?」

「まあ、その為には藍とグラファルトにも協力してもらわないといけないけど……大丈夫! 僕に任せて!」


 どうすべきか悩み続けていると、俺が両肩を掴んでいた黒椿が右手でサムズアップを作りながらそう言った。


「……わかった、黒椿を信じるよ。グラファルトもそれでいいか?」

「ああ。ファンカレア達と本気で戦ってみたいとは思うが……この世界を壊してまでもという訳ではない。世界を壊さずに済むのならいくらでも我は力を貸すぞ」

「二人ともありがとう! それじゃあ策について説明するね。まずは――」


 そうして俺とグラファルトは、黒椿の話に耳を傾ける。


 今日はシーラネルの誕生日を祝いに来ただけなのに、こうもトラブルに巻き込まれ続けるとは……やっぱり俺って、そういう運命なのだろうか?









   ♦   ♦   ♦








「……まさか、お主が直接やって来るとはのぅ」


 藍達が後方で話をしている最中、ローブを纏う少女はその口元に笑みを浮かべながら目の前に顕現する女神の一人――”創世”の女神ファンカレアに対してそう告げる。


 そんな少女に相対するファンカレアはと言うと、藍と接する時に見せる様な柔らかな表情はそこには存在せず、無表情なままその黄金の瞳で少女を見下ろしていた。


「驚きました。まさか、貴女の封印が解かれるとは思ってもみませんでしたから」

「カカカッ、それはお互い様と言うものじゃ。儂もまさか再び目覚める時が来ようとも思ってもみなかったからのぅ。それも、こんな未熟な姿での再臨になるとは……あの女狐め、目覚めさせた事には少しばかり感謝をするが、未熟な状態で目覚めさせた事に関しては許せんな」

「女狐……なるほど。封印を解いたのはあの者でしたか。それならば精霊に守られていた筈の洞窟へ辿り着けたのも頷けます」


 少女の発言により洞窟の封印を解いた人物がクォン・ノルジュ・ヴィリアティリアであると判断したファンカレアは、”精霊の呪い”を付与されていた彼女ならば可能であろうとその瞳をゆっくりと閉じて自らの考えに納得する。

 そうして頭の片隅に置いていた疑問が片付いた後、ファンカレアは再びその瞳を開眼しローブを纏う少女を見下ろし始めた。


「さて、私達の間に長話は不要でしょう。五万年前と同様に……いいえ、今度こそ貴女をこの世界から消し去ります」


 その瞳に強い意志を宿し、ファンカレアは少女に対してそう宣言する。

 そんなファンカレアの姿を見ていた少女は、小さく溜息を吐くと口元に作っていた笑みを消した。


「五万年……そうか。この世界は儂が封印されてから五万年もの歳月が経過していたのか。道理で世界は発展し、そして世界の創造者であるお主も成長を遂げている訳じゃな」

「……私は昔からこの姿のままですが?」

「…………ぷっ」


 真剣な様子でそう返すファンカレアに、少女は数秒の間沈黙を続けた後、堪えきれずに噴き出した。

 そうしてお腹を抱えて大笑いを始めた少女に、ファンカレアは怪訝そうな顔を浮かべてしまう。

 少女はひとしきり笑い終えると、ファンカレアに対して「すまぬすまぬ」と謝罪してから話し始めるのだった。


「儂が言いたかったのは身体的成長ではなく、精神的成長の方じゃ。当時の不安定さが消えて女神として成長を垣間見たと思っておったが……そう言った性格は相も変わらずのようじゃな」

「~~ッ……」


 少女の言葉を受けて、ファンカレアは自身の言葉を思い返してその頬を赤らめてしまう。

 そうして少女を睨み付けるファンカレアであったが、直ぐにその表情を曇らせて目を伏せてしまった。


 そんなファンカレアの様子を疑問に思った少女は、首を右へと傾げるとファンカレアに声を掛け始める。


「ん? なんじゃ? 言いたい事でもあるのかのぅ?」

「…………どうして、なのですか?」

「んん? なんの事じゃ?」


 ファンカレアの言葉の真意が分からず、少女は再び質問を投げ掛ける。

 すると……ファンカレアは伏せていた瞳をゆっくりと上げて、今にも泣き出しそうな顔で少女を見つめ始めるのだった。



「――どうして、世界の守護神の地位を捨ててまで……私に敵対したんですか?」

「……はぁ。その事か」


 ファンカレアの言葉に、少女は重い物を吐きだす様に溜息を吐いた。


 それは今から五万年以上も前の事であり、少女がまだファンカレアと敵対する前の事だった。

 少女は創造神であるファンカレアによって神格を授けられた存在。生まれたばかりの少女がファンカレアに頼まれた事こそが――フィエリティーゼを守護する事だったのだ。


 しかし、ある日突然に少女はフィエリティーゼを守護する事を放棄した。


 世界に蔓延る負の感情を飲み込み、少女はその悪を以て世界の宿敵と化す。


 それが少女の正体であり、ファンカレアが少女を封印した理由でもあった。


「……”守る事に飽きを感じた。”、そう五万年も昔に話した筈じゃ」

「本当にそれだけなのですか? 他にも、貴女には何か事情があって――「くどい!!」――ッ……」

「お主は昔からそうじゃったな……”どうして?”、”何故なのですか?”、事実を受け入れる事を拒み逃げ道を探そうとする。やはり、お主は変わっていなかったのかのぅ……残念じゃ」

「……フィストレア、私は――」

「もう、会話は不要じゃろう」


 まるで縋るかのように、ファンカレアは自らが名付けた少女の名を――フィストレアと言う名前を呼びその右手を伸ばす。

 しかし、目の前に立つ少女……フィストレアはそんなファンカレアの希望を砕くかのようにその背後に漂わせる不気味な赤紫色の魔力を増幅させるのだった。


「そうじゃ、儂の名前はフィストレア。”創世”の女神より生まれし終焉の魔神……それが儂じゃ!! さあ、世界を終焉へと導いてやろう……!!」

「……そう、ですか。貴女は、変わらずこの世界を……」


 悲痛な表情を浮かべるファンカレアはゆっくりとその右腕をおろし瞳を閉じる。

 そして、まるで決別を覚悟したかのように一瞬でその瞳を開くと、フィストレアと同様に自身の黄金の魔力を増幅させた。


「カカカッ! そう来なくてはのぅ!! 隣に居るお主も遠慮する事は無い、その瞳に宿す憤怒を儂にぶつけるが良い!」


 ようやくファンカレアが戦う事を覚悟したと判断したフィストレアは獰猛な笑みを浮かべてその視線をファンカレアの左隣……ウルギアの方へと向けてそう叫んだ。

 そんなフィストレアの叫びを受けて、ウルギアは何も言う事無く夜空の様に煌めく魔力を増幅させる。その瞳にはフィストレアの言うように憤怒が宿っており、ウルギアは少しでもフィストレアが前へと進めば躊躇う事無く攻撃を仕掛けるつもりでいた。


 まさに一色即発。


 二人の準備が整い、フィストレアがその足を一歩前へと踏み出したその直後――三人の神々は引き寄せられる様に前へと足を進める。









 だが、三人の身体がぶつかり合うその刹那――ファンカレア達の背後から漆黒が、フィストレアの背後から白銀が三人にめがけて襲い掛かる。


 そして三人の神々の上空には、もう一人の”創世”の女神とその娘の姿があった。


「奪い尽くせ――【漆黒の略奪者】ッ!!」

「喰らい尽くせ――【白銀の暴食者】ッ!!」

「世界と隔絶する結界を――【漆黒の封剣】ッ!!」

「権能発動――”世界創造”ッ!!」


 四人の叫びと共に、漆黒の魔力と白銀の魔力が三人の神々を包み込んだ直後、漆黒の空間が全員を包み込み、空間がねじれる様に歪み始めるとブラックホールに呑み込まれたかのようにその場から七人の姿は消え去ってしまった。


 こうして、エルヴィス大国の王都――ヴィオラの一画で始まろうとしていた神々の戦いは幕を下ろし、七人は漆黒の空間に包み込まれながら……時間の停止した別世界へと転移させられたのだった。








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 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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