第373話 世界の天敵と呼ばれる少女②






 肉串のお店を後にしてしばらく歩くと、そこまで時間も掛からずに橋へとたどり着いた。


 橋の下に流れる水路を見つつ、俺達は大皿に乗せられていた肉串の余りを食べる。店主が全てを焼き終えて直ぐに移動した為、外気に触れているはずの肉串はまだ暖かいままで美味しい。


 ……まあ、肉串に夢中になる訳にも行かないんだけどさ。


 そうして俺は視線を左隣へと移すと、そこには両手に肉串を持ち食べ続けているローブ姿の少女の姿がある。

 少女とは反対側に居るグラファルトと見比べてみると、やっぱり身長はグラファルトと変わらないように思えた。


 未だにその顔すらもはっきりと見せてくれないし、名前も住所も不明の少女。明らかに怪しい……いや、怪しいと言うよりは不自然だよな。


 よく見れば靴すらも履いていないし、ローブも多分何処からか拾ってきたのか汚れている。でも少女自体は汚い訳ではなく、足の上側や肉串を持つその手は綺麗だった。

 肉付きも決してガリガリという訳ではないし、路上生活をしているにしては健康的。

 見れば見るほどに不自然な箇所が目に映る。


 見た目以外にも不思議に思うことはあり、特に気になるのは彼女の言葉遣いだ。

 自分のことを"儂"だなんて言うし、その言葉の端々に年季を感じさせる雰囲気がある。

 それに……多分独り言だったんだと思うけど、気になる事を呟いていた。



”――悠久とも思える歳月を洞窟で眠り続けていたが、世界は変わったのじゃな”



 肉串を食べながら周囲を見渡した後、彼女は確かにそう呟いていた。

 悠久と言う言葉を文字通りにとるのならば、少なくとも十年や二十年の歳月ではないだろう。もしかすると、彼女はレヴィラやユミラスの様な長命種に属する種族なのかもしれない。


 この場にミラ達が居てくれればもっと詳しく分かるかもしれないけど……いや、こんな場面を見られたら、間違いなく怒られるな……念話を送るのはやめておこう。

 報連相は確かに大事だけど……これを機に外出制限なんて掛けられたたまったもんじゃないし、何よりも俺はこれ以上怒られたくない!!


「――お主、儂に何か聞きたい事でもあるのかのぅ?」

「え?」

「なに、人の事をジロジロと見ている様じゃったからなぁ。肉串を馳走になった例もある。特別に答えてやらん事もないぞ?」


 あ、奢ってもらったって言う自覚はあったんだね。

 然も当たり前と言った感じに食べてたから全くに気にしていないのかと思ってた。


 質問、質問かぁ……。


「何個までとかってある?」

「かっかっかっ、別に減るものでもないからのぅ、お主が満足するまで構わんぞ?」

「うーん、それじゃあまずは……どうして、俺達の後をついて来たんだ?」

「…………」


 あ、あれ?

 質問のチョイスを間違えたか?

 俺としては当たり前の様について来た事が気になってたんだけど……。


 何故か質問を投げ掛けた後、少女は何も言わずにローブで隠れている顔を俺へと向けている。

 どうしたものかと思って助けを求める様に右側へ視線を向けたのだが、そこにはこっちの話を全く聞いておらず、水路の方を眺めながら美味しそうに油取り紙に包まれた肉串の束を抱えて頬張るグラファルトの姿があった。

 駄目だ、こいつは全く役に立ちそうにない……。


 そんな事を思っていると、少女が突然笑い声を上げ始めた。


「あっははは!! そうかそうか、そう言えばそうじゃったな! お主らと儂はついさっき初めて会ったばかりじゃった!! すっかり忘れておったのぅ」

「お、おお……」

「ふぅ……すまぬすまぬ、別に邪な理由がある訳ではないのじゃ。そこは安心せい」


 これをフレンドリーと言うのか?

 他人とコミュニケーションを取ろうとしてこなかった俺には全く理解できない心境だ。


「いやぁ、本当にすまぬ。じゃが、お主らの後について行った理由はちゃんとあるのじゃ。一応言っておくが、今後も世話になろうと言ったような要件ではないぞ?」

「そ、そうなのか? 家もないって言ってから、正直それが理由なのかと思ってた」

「家がないと言うのは事実じゃが、別に求めている訳でも無いからのぅ。いずれは安住の地を定めるのも悪くはないが、それは今ではない。カカッ、少なくとももう少しだけあの小娘がしっかりと仕事をしておるのかを見極めねば……っと、これも眠り続けていた弊害か。つい話したい事をベラベラと話してしまう」


 前半は俺に対しての返事だったのだが、途中からはまるで独り言を呟くかの様に話す少女。

 何だろう……やっぱり長命種なのかな? とすると、小娘って言うのは文字通りの娘? 眷属や単純に知り合いの娘とか弟子って言う可能性もあるか。うーん……謎が更に深まった様な気がする。


「さて、話を戻すがお主らについて来た理由じゃったな?」

「あ、うん。てっきりお店で別れるものだと思ってたから気になって」

「そうじゃのぅ……まぁ、良いか。お主らと別れる際に聞こうと思っていたのじゃが、別に良いじゃろう」

「えっと……?」

「いやな、儂がお主らについて来たのは――そのローブが気になったからなんじゃ」


 そうして、少女は右手に持っていた肉が刺さっていない串を使って俺のローブ……”女神の羽衣”を指の代わりに指し示す。


 そして――。


「のう、お主……"そのローブは、何処で手に入れた?"」

「ッ!?!?」


 少女はその声音に不気味な魔力を纏わせながら、俺に質問をするのだった。


 何故、少女は威圧するかの様に魔力を纏わせたのか。

 何故、少女の魔力はこんなにも不気味で……体が勝手に敵だと判断してしまいそうになる様な性質をしているのか。


 突然の出来事に俺が少女の方へ体を向けて混乱していると、左側にあるゆっくりと歩いてきて並び立つ人影に気づいた。


「――なんだ、てっきり幻獣種の類いかと思っておったが……どうやら違うようだな」

「……グラファルト」

「カカカッ、幻獣種とはお主の様な生物を指すのではないか? 少なくとも、儂がまだ眠りに着く前にはお主の様な種族は存在しなかったと思うのじゃが……」


 俺の左側に並び立ち、肉串を亜空間へとしまったグラファルトは鋭い視線で少女を睨みつけている。

 しかし、少女はそんなグラファルトの視線など気にする素振りも見せず、愉快そうに会話を続けるのだった。


「さて、少年よ……儂の質問への答えは見つかったか?」


 グラファルトが睨みつける中、少女は俺の方へとローブで隠れたその顔を向けて再び質問を投げ掛けてくる。今度は声音に魔力を纏わせていない様だったが、少女の背後には先程感じていた不気味な気配が漂っているように思えた。


「……これは、知り合いに貰った物だ」

「知り合い……知り合い、か。では、その知り合いはどういった奴かのぅ? 種族、性別、容姿なんかも教えて貰えると助かるのじゃが」


 なんだ?

 彼女は何故このローブの出処についてそんなにも気にするんだ?

 質問に答えるのは簡単だけど、軽々しく答える訳にはいかない。少なくとも俺は……目の前にいる少女に教える気にはならなかった。


「……それを聞いてどうするつもりなんだ?」

「なぁに、少しばかりそのローブが気になるだけじゃ。もしもお主らがこの世界に存在する人物から譲り受けたと言うのなら、その人物に会いに行き同じ質問をする。じゃが……儂の予想が正しければ、お主らにそのローブを渡した人物は恐らく――この地上には存在しないのではないかのぅ?」


 あぁ、そうか……そういう事か。

 少女は……いや、こいつは最初から分かっていたのか。


 このローブをくれた人物について、最初から分かっていたんだな。


「そういう訳じゃ、さっさと儂の質問に答え――「さあ、知らないな」――んん?」

「悪いけど、偶然知り合った人から貰ったものだから、その人の詳細までは知らないんだ」

「……そんな嘘で、儂が納得するとでも思っておるのか? いいか、小僧。儂はもうお主らが誰にそのローブを譲り受けたのか予想がついておる。ただ、もしも、万が一が無いように念の為に確認しているに過ぎないのじゃ。分かったら、さっさと答えよ……儂がまだ言葉だけを使って聞いている内にのぅ」


 それは言い換えれば、次からは別の手段を使って問い詰めるという事だ。

 その証拠に、少女の背後に漂う不気味な魔力が更に強くなっていた。

 俺の返事次第では、少女は間違いなく実力行使に移るつもりなんだろう。


 さて、俺としては答えはもう決まっているんだけど……。


(……なあ、グラファルト)

(我はお前の半身であり、運命を共にする者だ。安心しろ、我が共命者。お前が戦うというのなら、我もまた立ちはだかる敵を穿つ牙と成ろう)

(ありがとう……その言葉が聞けて良かった)


 念話でそんな会話を繰り広げた後、俺とグラファルトは互いに見つめ合い不敵に笑い合う。


 覚悟は決まった。

 さあ、大切なものを守る為に声を上げろ……略奪者ッ!!


「例えお前がどんな手を使って来ようとも、俺はその質問には答えない。そしてもしも、お前がこのローブを授けてくれた人に危害を加えようと考えているのなら……俺がここでお前を倒す!!」

「カカカッ、小僧が……やれるものならやってみせよ!!」


 その叫び声と共に、不気味な魔力が一気に俺とグラファルトの方へと襲い掛かって来た。

 それが開戦の合図となり、俺とグラファルトは自陣の魔力を解放し目の前の敵と相対する。


 そうして両者の魔力がぶつかり合おうとした――まさにその瞬間。


 向かい合う魔力の中間点に、突如として黄金と夜空……二つの光が出現し俺達三人の魔力を霧散させる。

 そうして現れた二つ光はやがて人型へと変わり――そこから見知った顔の二人の人物が姿を現した。


「「……はぁ?」」

「……ほう?」


 黄金の魔力と夜空の魔力を纏う二人――創世と落星の女神がいま、俺達の前に顕現したのだ。










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 【作者からのお願い】


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