第372話 世界の天敵と呼ばれる少女①






「――いやぁ、あんちゃんのお陰で大助かりだ! 本当にありがとなっ」

「い、いえ……」


 片や、大量の肉串を焼き終えては立ち食い用の大皿に置き、また新たに大量の肉串を焼いていく汗だくの店主。


「――最近の若いのはしっかりしておるのぅ。他人であろうとも優しくするその心はいつまで大事にするのだぞ?」

「は、はい……」


 片や、立ち食い用のお皿に盛り付けられた大量の肉串をグラファルトと一緒になって美味しそうに食べ続けている口周りが汚れた少女。


 いがみ合っていた筈の両者の争いは、思いの外あっさりと解決してしまった……俺の財布の中身を犠牲として。


 どうやら二人は好き好んで争いたい訳ではなかったようだ。

 単純に二人とも喧嘩っ早い正確であっただけで、それが自分にとって一番解決の早い手段だったから選んだだけだった。


 店主としてはちゃんと減った分の肉串の代金が貰えればそれでいい訳で、お客である少女としてもまた肉串が食べれればそれで良かったらしい。まあ、今回はお金を持っていなかった少女の方に明らかに問題があるが……本当に持っていないようなので、無いものを寄越せと言っても埒が明かないのは明白だ。


 そこで二人の間に入ってしまった俺がとった手段が店主の肉串を今ストックしてある在庫分買い占めると言う荒業だった。

 元々俺はグラファルトにご馳走する為に買う予定だったし、店主に話を聞けばストックしている肉串は300本程。店先だけではなく家の中にも店先と同じような設備があり、そこでは奥さんが基本的にお店の手伝いをしている様で、30分もあれば全て焼き上げられるとの話だった。


 全部が焼き終わる時間帯は大体午後の2時半過ぎであり、残り時間20分前後とギリギリではあるが、俺とグラファルトが本気で走れば間に合わない時刻では無い。

 グラファルトにもついでにここで食べてもらえばいいし、少女とグラファルトがどれくらい食べるのかは分からなかったけど、300本もあるのだから余裕で足りるだろうと予想していた。


 肉串は30cmの竹串に肉のブロックが竹串の八割くらいを占める割合で刺されている割と大きめの物で、一本あたり大銅貨一枚。

 地球換算にすると一本あたり千円となりちょっとだけ高いかなと言う感じがしたが、肉の大きさも分厚さも結構あるし、お祭り価格で考えればこんなものかと納得をした。


 そうして俺が約300本分の代金である銀貨四枚(多めに支払った)を先払いで払い、お釣りは要らないと告げると店主は大喜びで店内へと入っていき、店主の奥さんらしき人まで出てきてわざわざ俺にお礼を言ってくれた。

 その後は思わず感嘆の声を漏らしてしまう程の手さばきで肉串を焼いていく店主。そして焼きあがった出来たての肉串を、店内から持ってきてくれた大皿へと盛れるだけ盛ってくれて、二人の腹ぺこ少女達の前のカウンタースペースに出してくれた。


 それを二人の腹ぺこ少女達は美味しそうに食べ、大皿が空になりそうなタイミングで再び店主が肉串を盛り、またそれを二人の腹ぺこ少女達が食べると繰り返されている。

 あ、ちなみにお土産用の肉串は店の奥の厨房で奥さんが焼いてくれているらしい。一家総出で働かせてしまって申し訳ない気分だ。


「なんか、申し訳ない。在庫も買い占めていきなり働かせ続けてしまって……」

「おいおい、謝ることはねぇよ! あんちゃんのお陰で今日のノルマは早く終わっちまったんだ。それに串に刺した分のストックは無くなっちまったが、肉と串自体はあるからなっ。夕方と夜のお客の分はまた作ればいいのさ!」


 あ、まだお肉はあるのか。それならまあ良かった……いつも夜とかに買いに来ている人が居たりしたら申し訳ないと思っていたから。ちょっとは肩の荷がおりた。


 そこからは腹ぺこ少女達が満足するまで店主と軽く雑談を繰り広げる。

 まあ、主に肉串についてなんだけどね……実はちょっと興味があったんだ。


 柔らかくて軽く歯に当てただけで肉汁が溢れるお肉は、知り合いの牛農家さんから仕入れている普通の牛らしい。なんか、フィエリティーゼの牛肉と言えば暴れ牛ってイメージが強かったから正直驚いた。


「暴れ牛? ああ、あいつも仕入れ自体は出来るが……ウチので使ってる秘伝のタレには会わなくてな。一回だけ試してみて直ぐにやめたんだよ」


 どうやら一回は試してみたらしい。

 それにしても、秘伝のタレか……ちょっと気になる。

 ダメもとで何を使ってるのか聞いてみたが、店主に大笑いされながら教えられないと言われてしまった。


「悪いな、あんちゃん。ウチのタレは親父のそのまた親父の代から受け継いでる大事なもんなんだ。もしも興味があるなら、ウチの肉串をたんまり食べて独学で調べてくれ!」


 むむ、そこまで言われるとちょっと調べたくなる。

 お持ち帰り様に大量の肉串もあるし……本当に調べ尽くしてやろうかな?


「……一応釘を刺しておくが、冗談だからな?」


 わ、分かってますよ……ただ、ちょっと我が家で使おうと思っているだけです。本当に。

 わざわざ手を止めてまで釘を刺して来る店主に笑顔で頷いておいたが、何故だか店主の訝し気な視線は変わらないままだった。さっきまでは満面の笑みで対応してくれてたのに。





 






「まいど~! また来いよ、あんちゃん!!」

「本当にありがとうございました~!!」


 肉串を全て焼き終えた後、店主とその奥さんに見送られる形でお店を後にした。

 あれから予定の時刻よりも早く仕上げてくれたお陰で、まだ30分くらいの余裕がある。


 このまま俺とグラファルトは王宮に向かえばいいんだけど……。


「いやぁ、食った食った! 久しぶりに肉を食べたのぅ」


 なんか、流れで引き連れて来ちゃったんだよなぁ……どうしよう。


「えっと、そう言えば君の名前は?」

「名前か? ふっ……名前など、とうの昔に忘れ去った」


 いや、忘れるなよ。

 その結果、俺がいま困っちゃってるんだけど!?


「……そ、それじゃあ家は何処にあるんだ? この辺りにあるなら送るけど?」

「家か……まあ、何れはそう呼べる場所を見つけるのも良いかもしれないのぅ」


 ……あれ、今サラッとした感じで家がないって言わなかったか!?

 まずい、非常にまずいぞぉ……。


 俺は未だにローブを纏いその素顔すら見せようとしない少女に話を聞く為に、中店街から少し外れた場所……中店街と中央地を繋ぐ人通りの少ない短い橋の方へと移動することにした。


 神様ァ……いや、女神様ァ……。

 どうか、ミラに怒られる様な自体だけはお許し下さいぃ……!!









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 【作者からの一言】


 藍くん。

 貴方が祈りを捧げる女神様はいま、貴方の事を守ろうとしていますよ……物理的にね?

 サブタイトルでお察しの方もいらっしゃると思いますが、今回のサブタイトルでかつてファンカレアの宿敵だった存在が登場します。



 そしてそして、まだ投稿日は未定ですが、炬燵猫の新作をそう遠くない内に投稿予定です。ジャンルは現代ファンタジーで、投稿頻度は不定期になると思います。

 新作の投稿が開始されたとしても、本作は投稿し続けますのでご安心ください!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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