第371話 閑話 精神世界で見守る者達





――そこは制空藍の魂と並行するように繋がる黒椿の精神世界。


 元々は藍の魂が破損した際に、一時的に藍の人格を形成する精神体を守る為だけに用意された草原の広がるその世界は……今や藍に宿る者達の居住区と化していた。


 主に精神世界に滞在しているのは創造主である黒椿、その娘であるトワ、特殊スキルである【漆黒の略奪者】、特殊スキルである【白銀の暴食者】、ウルギアの五名。

 特に【漆黒の略奪者】と【白銀の暴食者】に関しては、度々外へと出ている黒椿やトワ、ウルギアとは違い自由に外へ出る事が出来ないが故にほぼ毎日この精神世界で過ごしていた。


 そして、闇の月25日である今日は、久しぶりに五人が集まっている日でもある。


「あははは!! お兄ちゃん! お姉ちゃん! 早く早く!!」

「おい、チビっ子! そんなに走ると転んでしまうぞ!?」

「たくっ、これだからガキは……」


 草原が広がる大地を楽しそうに笑い声を上げながらトワは走り回っていた。

 その後ろには【漆黒の略奪者】と【白銀の暴食者】の姿があり、トワは二人を”お兄ちゃん””お姉ちゃん”と呼んで家族の様に慕っていた。


 そうして三人が草原で走り回っているのを、黒椿とウルギアはテレビ台の上に乗せた大型テレビを見つつ眺めて居る。

 黒椿が創造した大型テレビには、地球でおなじみのテレビ番組が映っている訳ではなく、モニターの先にはエルヴィス大国の王都――ヴィオラが映っていて、中店街で買い物をする藍とグラファルトの姿が映し出されていた。


 黒椿は煎餅をお茶請けに湯呑で緑茶を飲み、ウルギアは藍の手作りであるクッキーを飲み物もなしに食べていた。


「ねぇ……何か飲む?」

「いえ、藍様が作って下さったこのクッキーをしっかりと味わいたいので」

「そ、そう……(見てるこっちの喉が渇くんだけど……)」


 黙々と藍から貰ったクッキーを食べるウルギアを見て、黒椿は煎餅も口にしていないのに喉の渇きを覚えて手に持っていた湯呑から緑茶を口に含む。そうして自分の喉の渇きを潤した黒椿は視線をモニターへと移す。


 そこには藍とグラファルトの姿が映っているのだが、慌てた様子の藍が肉串を売っているお店の店主とそのお客と思われる小さい人の間に割って入っている所であり、その傍には頭を抱えて項垂れた様子のグラファルトの姿もあった。

 少し目を離した隙に様変わりしたその映像を見て、黒椿は困惑しつつもモニターへと目を凝らす。

 そして、権能である【叡智の瞳】を発動させながらモニターを観察していた黒椿だったが……一人の人物へと視線を向けた直後に、その瞳を大きく見開くのだった。


「ええ!? ちょ、どうなってるの!?」

「どうしたのですか? 急に叫び声を上げるとは……病気ですか?」

「いや、病気じゃないから!! 藍がちょっと目を離した隙にとんでもないヤツと遭遇してて――「藍様のピンチですか!? それならば私が直ぐに向かい排除を!!」――うん、落ち着いて。君の方がよっぽど病気だと思う……」


 最初は叫び声を上げる黒椿を見て鬱陶しそうにしていたウルギアだったが、藍の身に危険が及んでいるかもしれない事実を知るや否や殺意を隠そうともせずモニターへと視線を向ける。


 そんなウルギアの変貌を見て落ち着きを取り戻した黒椿は、ひとまずウルギアに勝手な事をしない様にと忠告してから、この事実を知らせるべくフィエリティーゼの管理者――”創世”の女神であるファンカレアへと念話を飛ばすのだった。


(もしもし、ファンカレア!? ちょっとまずい事になってるんだけど――)

(く、黒椿……大変申し訳ないのですが、こちらも現在、緊急事態でして……)

(ええ!? 困ったなぁ……今は大丈夫そうだけど、藍がどう動くかも分からないし……)

(ら、藍くんに何かあったんですか!? それなら早く行ってください!! そっちの方が重大じゃないですか!!)

(えぇ……ファンカレアもなの……?)


 ついさっきまで忙しそうにしていたファンカレアだったが、黒椿が”藍”と言うワードを口にすると態度を一変させて黒椿から話を聞き出そうとし始める。

 そんなファンカレアの変わりようを見て、黒椿は困惑を通り越して若干の呆れを抱き始めていた。


 しかし、事態は急を要する事には変わりない。

 そう判断した黒椿は脳内に響くファンカレアの声に「落ち着いて」と言い、ようやく本題へと移るのだった。


(と、とりあえず、今って藍の事は映像を通して見てたりする?)

(い、いえ……実は、ちょっと急ぎの用があって探し物をしていたので……)

(そうなんだ? それじゃあ悪いけど、直ぐに藍の事を見て貰って良いかな? 多分、僕が口で説明するよりも見て貰った方が早いと思うから)

(わ、わかりました)


 そうして黒椿は映像を確認しているであろうファンカレアの反応を待ち続けていた。映像を確認するだけなのでそこまで時間は掛からないだろうと思っていた黒椿だったが……一分が経過してもファンカレアから反応が返って来ることは無く、我慢できなくなった黒椿は返事を待つことなく再び声を掛ける。


(ファンカレア? 映像は確認してくれた?)

(…………)

(あ、あれ? おーい!)

(………………見つけました)

(……へ?)


 それは今まで聞いたことのない様な冷徹な声。

 思わず念話をする相手を間違えてしまったのではないかと黒椿が勘違いしてしまう程に、沈黙の後に発せられたファンカレアの声は冷え切ったものだった。


(あ、あの……ファンカレア、だよね?)

(ありがとうございます、黒椿)

(は、はい!? 何がでしょうか!?)


 酷く冷え切った声のままお礼を言われた事で、黒椿は思わず敬語を使って返してしまう。しかし、そんな黒椿の返事を気にする素振りも見せず、ファンカレアは話し続けるのであった。


(貴女のお陰で、私は探していた人物を見つけ出す事ができ……そして、大切な人を失わずに済みました)

(そ、それなら良かったのかな? とりあえず、藍にはそこから離れる様に言って――(後の事は私にお任せください)――え?)


 黒椿が今後の展開について話し合おうとした直後、ファンカレアはそんな事を言い出した。


(ちょ、ちょっと待って。まさかとは思うけど……君が直接行くつもりなの?)

(はい、そのつもりです。あの子の処分は私が下さなければなりません。藍くんの事は……私が守ります!)

(いやいやいや!! 幾ら”創世”の力を制御出来る様になったとは言っても、フィエリティーゼで権能を使うのは危険だから!! ……え、ちょっと、ファンカレア!?)


 自ら動くと言い出したファンカレアを止めるべく説得を試みた黒椿だったが、黒椿が説得をする前に念話が切れてしまう。


 そして、黒椿が恐る恐るモニターへと顔を向けると……そこにはローブを纏った客の前に立つファンカレアの姿が映し出されていた。


「ッ!?!? あのバカ女神!! 本当に行っちゃったの!?」

「ふむ、先を越されましたか……では、私も後を追うことにしましょう」

「はぁ!? ちょ、待って――〜〜ああ、もうっ!! 二人とも少しは人の話を聞いてよね!?」


 全てが悪い方へと進みつつある展開に、黒椿は行き場の苛立ちを発散させる為に自身の頭をわしわしと掻きむしる。

 しかし、進んでしまったものを元に戻すことも出来ないと悟った黒椿は……次の手段へと踏み切るのだった。


「トワちゃん!! それとプレデターにグラトニアも来て!! 大至急!!」

「はぁ〜い! ほら、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ママが呼んでるよ!」

「一体なんだと言うのだ、面倒事は御免だぞ?」

「あれ、ウルギアはどこに行ったんだ?」


 元気に走るトワを先頭に、黒椿に呼ばれた面々がモニターの前へと揃う。

 三人が揃っていることを確認した黒椿はモニターの隣へと立ち、真剣な様子で三人へと語りかけるのだった。


「よし、全員集まったね? これより、馬鹿な女神二人からフィエリティーゼを救い出す作戦について説明します!!」

「おぉ……!!」

「「……何を言ってんだ、お前」」

「ええい、そこの二人!! 無駄に息のあった返事を返さなくていいの!! いいから僕に協力して! じゃないと……本当にフィエリティーゼが崩壊しちゃうから……」


 青い顔をして涙目になる黒椿を見て、【漆黒の略奪者】ことプレデターと、【白銀の暴食者】ことグラトニアは渋々話を聞く体勢になるのだった。






 かくして、黒椿が発案したフィエリティーゼ救済作戦はものの数分で決行され、本当にフィエリティーゼを救う事となる。


 しかし、その事実を知るのは限られた極小数のみであり、後にその事実を知らされた"六色の魔女"達は鬼のような顔をしてファンカレアを叱りつけ、籃のトラブル体質について本気で心配し出すのだった。









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 【作者からの一言】


 【漆黒の略奪者】と【白銀の暴食者】はちゃんと居ますよというのを書きたかったお話です……次回は藍くん視点に戻ります!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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