第366話 同郷のパティシエ③





 お昼時になった現在、俺はグラファルトを後ろに引きずりつつ中店街で知り合った同じ転生者――ミナト・カシワギの家へと向かっていた。


 ついさっき知り合った人間の家に行くなんて、普通なら考えられないけど……これも全て、グラファルトが原因だったりする。

 そう……俺はいまから、ミナトの家に迷惑を掛けた事に対する謝罪と事情の説明をしに来たのだ。


 そうしてミナトに案内されるがまま俺達は再び中央地へと戻って行き、中店街からそう遠くない場所に建つ二階建ての大きな邸宅へと辿り着いた。


「あ、ここが僕の家です……えっと、ランさん?」

「――は、はい!! お邪魔します!!」

「……なんでそんなに緊張してるんですか?」

「こ、これからミナトの奥さん達に迷惑を掛けた事を謝罪するって考えたらちょっと緊張して来て……あ、菓子折りとか、用意するべきだったか!?」


 確か謝罪の時には高い羊羹を買うべしって、昔テレビで見た気がする。

 さすがに羊羹は無いけど、クッキーじゃ駄目かな?


「いやいや、もう謝ってもらったので大丈夫ですよ! ミケももう平気みたいですし」

「にゃあ! 怖い気配がなくなってるにゃ、イルガーもさっき貰ったから、もうへっちゃらにゃあ!」


 ミナトの視線に気づいたミケさんが上機嫌にそう話してくれた。

 イルガーと言うのは、さっきグラファルトが買いに行ってた川魚の事だ。ミナトの家に向かっている途中でミケさんが「イルガーを食べ損ねたにゃ」と落ち込んだ様子だったので、ちゃっかり買っていたグラファルトに言って一匹分渡してあげた。


 俺はよく知らないんだけど、森猫種という種族にとってイルガーはご馳走にあたる食べ物らしい。イルガーを受け取ったミケさんは「懐かしいにゃあ〜」と言いながらイルガーに齧り付いていた。


 そしてグラファルトもまた、亜空間にしまっていたイルガーを一匹取り出して引き摺られながら食べていた。今すぐこの引き摺る手を放してやろうかなと何回も考えたのは、グラファルトには内緒だぞ?


 そんな訳で、ミナトとミケさんは許してくれたみたいだが……他の身内の方々は分からないからなぁ。

 外に出ていた旦那と同じ妻の立場の人が身の危険を感じる様な事態に陥っていたなんて知ったら、そんな目に遭わせた奴に文句くらい言いたくなるだろう。


「いや、ミナトとミケさんが良いって言っても、やっぱりちゃんと謝罪はしないと。結構な騒ぎになっちゃってたし、後で知られるよりも、こうして直接謝っておきたいんだ」

「なんて言うか、真面目な人ですね……」

「にゃ〜、ミホにもランをみにゃらって欲しいにゃ」


 ん? なんかいま、ミケさんから日本で聞き慣れた名前が出てきた様な……。


「ミケさん、そのミホって言うのは?」

「ミケで良いにゃ! イルガーをくれたランはもう友達にゃ!」


 そう言って元気に右手をあげるミケさん……改めミケに「わかった」と返した後、俺はミケに同じ質問をした。


 すると、そのタイミングでミナトが庭へと繋がる鉄製の門を開き、俺達を中へと招く。

 そして、正面に建っている邸宅へと歩きながら"ミホ"と言う言葉についてはミナトが説明してくれた。


「ミホと言うのは、僕やランさんと同じ転生者で……その、僕の三人目の奥さんでもあります」

「へぇ! こっちの世界では同郷同士での結婚も多いのか?」

「どうなんでしょう? 僕とミホの場合は出会いから特殊だったので……でも、同郷同士で助け合うことは多いと思いますから、気が合うのは間違いないですね」

「ミホはミケが見つけたのにゃ! 計算が早くて、お店の経営なんかをやってるにゃ。頭はいいけど、素直になれない可哀想な奴にゃあ」


 ミナトの説明を聞いていると、邸宅の玄関口に辿り着いた。

 そうして玄関口の前で、ミケが俺やミナトと同郷だと言うミホさんの性格について話してくれていたのだが……ミケがやれやれと言ったふうに肩を竦めだしたタイミングで玄関口の扉が開き、そこから一人の女性が姿を見せた。


 身長は俺の肩に届くか届かないかくらい……多分160cm前後だと思う。黒いゆとりのあるロングスカートに白いシャツをインしてその上から革製のベストを着ている。

 首には白いストールを巻いていて、長そうな艶のある黒髪はストールの中に埋もれていた。


「ミーケー? 誰が可哀想な奴なのかしら〜?」

「にゃにゃ!? タイミングが良すぎるにゃ!?」

「門の施錠が解除されたから出迎えに来てあげたのよ。そしたらミケが何か面白そうな話をしているみたいだったから……ちょっとこっちに来なさい!」

「にゃーーーー!? ミニャト!! ミケを助けるにゃ!?」


 突如現れた女性は黒い笑みを浮かべるとミケの右手を引っ張り邸宅の中へと引き摺り込んでいく。

 一方のミケは、青い顔をしてミナトに助けを求めるが……俺がミナトへと視線を移すと、ミナトは苦笑を浮かべるだけでミケを助けようとはしなかった。


「あ、あはは……えっと、ミホ? お客さんを連れて来てるから程々にね? あと、ミケへのお説教が終わったらメルも一緒に三人で居間に来てくれないかな?」

「ええ、分かったわ。お客様の前ですみませんね? 直ぐに戻りますので」

「にゃーーーー!? ミニャト! あの中店街での勇敢にゃお前はどこに行ったのにゃ!?」

「はいはい、これ以上は本当に我が家の恥にしかならないから行くわよ〜」

「う、うにゃあああ〜!!」


 こうして、ミケはミナトからミホと呼ばれていた女性に連れ去られた。


「えっと……大丈夫なのか、あれ」

「え、えぇ……いつも通りの光景なので」

「……そ、そうか」

「さて、とりあえず居間に移動しましょうか!」


 まるで何事も無かったかのように爽やかな笑顔を浮かべてミナトはそう言った。

 そんなミナトの心情を察する事が出来た俺は、もう何も聞く事はなくミナトの言葉に頷く。


 わかる。わかるぞ、ミナト。


 俺もいま――身内の恥を引き摺っている所だから……。













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 【作者からの一言】


 という訳で、ミナトの二人目の奥さんの登場です。

 名前はミホであり、ミナトや藍くんと同じ転生者……そして、何やらもう一人”メル”と言う名前が出てきましたね。

 実はこの人、まだ本作で登場はしていないんですが、シーラネルに深く関わる人物なんです!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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