第365話 同郷のパティシエ②





 中店街の焼き魚を売っているお店の前で、ミナトとミケは自分達を庇う様に立つ青年越しにこちらへ向かって歩いて来る少女の姿を眺めていた。


「――ふぅ、イルガーを買っておったら時間が掛かったな。まあ、まだ森猫が居たようで何よりだ」

「に、にゃあ……」


 両手を腰に当てて、少女は森猫に目をやりながならそう宣言する。

 どうやら今の少女の目には、森猫の姿しか映っていないようだった。


 そんな少女のことを見ていたミナトはと言うと、危険人物である筈の少女に思わず見蕩れてしまう。


 その口調とは裏腹にまだ幼さを残しつつあるが、整った顔立ちをしている見た目の少女。灰色の長い髪を垂らし、朱色の双眸は宝石のように光を放っている様に見える。


(例えるのであれば、女版の青年だ)


 そんな事を考えながら、ミナトは本日二度目になる衝撃を受けていた。


「なに、別に取って喰ったりはしない。ただ少しだけ【獣化】を使ってもらい、その尻尾と耳をモフモフさせて欲しいだけだ……」

「うにゃあ……嫌にゃ」

「そう言うな……少しだけ、ほんの少しだけだ……」


 そう言いながら、少女は不気味な笑みをこぼし、両手をワキワキと動かしてミケへと近づく。

 そんな少女の様子に怯えきってしまっているミケは、もはや小動物と何も変わらなかった。


 一歩、また一歩とミケへ向かって近づいてくる少女。

 そんな少女からミケを隠すように、ミナトは立ちはだかる。


「……なんだ小僧、我の邪魔をする気か?」

「ッ……!?」


 ミケの姿を少女から隠すと、少女はミナトの存在に気が付き鋭い眼光でミナトを睨みつける。

 少女と目を合わせた直後、ミケの様に【超感覚】を持っていないミナトにも、少女がただならぬ存在である事が理解出来た。


「うっ……(これは、スキルか!? でも、今まで経験してきた【威圧】や【殺気】なんて比にならないくらいに苦しいぞ!?)」

「小僧、そこを退け。我が用があるのはその森猫だけだ」


 少女の声を聞くだけで、足が震えるほどに恐怖を感じてしまっているミナト。

 しかし、それでもミナトはその場から決して退くことは無かった。


「……こ、ここを……ッ、退くわけには、いかない!!」

「ミ、ミナトぉ……」


 周囲の人々から見れば"小さな少女が嫌がる獣人に触ろうとしているだけ"の光景。だからこそ、その場を確認した人々は直ぐに自分達の目的のために移動を始め、特に心配する様子も見せなかった。


 だが、ミナトからここは"絶対に勝てない強者を前にした戦場"となんら変わらない。

 必死に歯を食いしばりその場に立ち続けるミナト。そんなミナトの勇気が分かるのは、この場でただ一人……ミナトの名前を間違えることなく呼ぶミケだけだった。


 ミナトの言葉を聞いて感動するミケだったが、一方で少女は不愉快そうにミナトを睨みつけていた。


「……そうか。あくまで、我の邪魔をするという事だな?」

「「ッ!?!?」」


 先程よりも低い声音で発せられた声に、ミナトとミケは顔面蒼白になる。

 彼らの目の前に居るのは小さな少女だ。しかし、ミナトとミケには少女が体格以上のナニカをその内側に隠しているように見えてならなかった。

 それ程に少女から感じる重圧は重いものであり、ミナトとミケの呼吸を荒くする。


「――ならば、仕方がないな」


 少女は一言そう言うと、再びその足を進め始めた。

 そして、その右腕をミナト達へと伸ばし不敵な笑みを浮かべる。


「強引な手は使いたくなかったが、我はやりたい事を邪魔されるのが一番嫌いなのだ。だから、ここは多少なりとも強引な手となろうとも……我が欲を満たさせて貰うとしよう!」

「ミケッ!!」

「ミナトッ!!」


 少女が目の前まで近づいて来たのを確認して、もう駄目だと悟った二人はお互いの名前を呼び合い、そして抱きしめ合う。

 それから二人は少女から何をされようとも離れない覚悟を胸に、ゆっくりとその瞳を閉じるのだった。



 ――しかし、目を閉じた二人の耳に聞こえてきたのは……予想だにしていなかった声だった。


「ぐははは!! 我に刃向かった事を後悔して――「何してんだ、この駄竜!!」――あいたっ!?」


 瞳を閉じていた二人の耳に、そんな会話が聞こえてくる。

 最初は恐ろしく感じた少女の声だったが、同郷である青年の声がしたかと思った次の瞬間……少女は低かった声音から一転して何かを痛がるような声を上げる。


 まだ恐怖が完全に抜けている訳では無いミナトだったが、一体何が起きているのか状況を理解する為に、ゆっくりとその瞳を開いた。


 そこには――。


「――グラファルトぉ……俺は散々注意したよな? "他人に迷惑をかけるな"って……そのちっこい脳みそでは理解出来なかったのか? んん?」


 黒い笑みを浮かべながら仁王立ちをする青年と、そんな青年に怯えた様子で正座をする"グラファルト"と呼ばれていた少女の姿があった。


「ひぃっ!? ち、違うのだ、藍!! あ、あやつは森猫種と呼ばれる滅多に人里におりてこない種族でな!? わ、我もそんなに見たことの無い種族だったからつい……」

「ついでもなんでも、お前が人様に迷惑をかけたことに変わりはないだろうが!!」

「いだっ!? ちょ、お前っ!? 加減をしろ、加減を!!」

「うるさい! 勝手に特殊スキルまで使いやがって! というか、なんで"魔力感知阻害"を発動させてないんだお前は!!」


 周囲の目も気にせず、ミナトの前でグラファルトの頭頂部に目掛けて手刀を繰り返す"藍"と呼ばれていた青年。

 そこでミナトは、青年のフルネームが"制空藍"であると理解するのだった。


「……ど、どうなってるのにゃ?」


 呆然と目の前の光景を眺めていると、共に抱き合っていたミケがようやく目の前の光景を視認して困惑し始める。

 ただ、そんなミケの疑問に対して……ミナトは「僕にも分からない」としか答えることが出来なかった。


 やがて藍はグラファルトへの手刀を止めると、頭を抱えて唸るグラファルトの首根っこを掴み引きずりながらミナト達のまえへといどうする。


 グラファルトが更に近づいて来た事で身構えるミナト達であったが、不思議な事に今まで感じていた様な重圧は消えていて、ミケに関してもまた【超感覚】で感じていた圧倒的な強者の気配が消えていることに首を傾げていた。


「えっと……ミケさん、それにミナトさん。ウチの馬鹿が迷惑をかけて申し訳ない!」


 ミナト達の目の前に移動した藍は、開口一番に謝罪の言葉を口にした。


「い、いや、その……い、一体どういう事なんです?」

「あー……まあ、そうなるよな……」


 ミナトが困惑する様子を見て、藍は納得と言った表情を浮かべてその後頭部を空いている左手でわしゃわしゃと撫でる。

 そして、ミナトに対してある提案をするのだった。


「ちゃんと説明してあげたい所なんだけど、正直どこまで話していい内容か分からない。少なくとも人の目がある場所では話せない……何処か外に声が洩れなくて俺達だけで話せる場所とかってあるか?」

「そ、それなら、僕の家なら大丈夫かと思います。ただ、僕とミケ以外にも二人程妻が居ますが……」

「妻って事はミナトの身内だよな? その妻達は簡単に秘密をベラベラと話す様な人達なのか?」

「いいえ、創造神であるファンカレア様に誓って、その様な者達ではありません」


 藍の問いにはっきりとした口調で誓いを立てるミナト。

 そんなミナトの誓いを受けて、藍はその首を縦に振り「わかった」と答えた。


「それじゃあ、早速案内してもらって良いか? あ、ミケさん。この馬鹿がもし変な事をしようとしたら即刻罰を与えるから安心してくれ」

「に、にゃあ……」


 藍はそう言うと首根っこを掴んでいたグラファルトを軽々と持ち上げてミナト達の前に見せる。グラファルトはと言うと、よほど手刀が痛かったのか未だに両手で頭を抑えてうんうんと唸っていた。


 そんなグラファルトの姿を見て、何とも言えない表情で鳴き声を上げるミケに、ミナトもまた……苦笑を浮かべることしか出来なかった。









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 【作者からの一言】


 次回からは藍くん視点へと戻ります。

 ちなみに、ミナトくんには三人の奥さんが居ますが、一人はミケ、もう一人はエルヴィス大国に関係のある人物、もう一人は……ミナトくんと同じ系統の人物です。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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