第364話 同郷のパティシエ①

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 遅れました!! ごめんなさい!!

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@






――闇の月25日 昼前 エルヴィス大国の王都~ヴィオラ~にて



 中央地から少し外れた場所にある”中店街”と呼ばれる区画は、もうすぐお昼時と言うこともあって大いに賑わっている。

 中店街で商いをしているお店の殆どが自宅と店舗を一体化している為、一階部分の通路側の壁を取っ払い、そこに焼き台を置いて料理を作って販売する事や、食材を置いて販売する事が主流となっていた。


 客層は主にお腹を空かせた観光客なのだが、この中店街では珍しい食材や料理なども出される事がある為、エルヴィス大国の住民も意外と来ていたりする。中店街で食材を買って自分のお店に使うなんて事もあるくらいだ。


 そんな中店街で、二人の男女が歩きながら左右に並ぶ店舗に視線をめぐらせている。


 黒縁の眼鏡を掛けた黒髪の男は賑わう中店街を楽しむように、男の右隣に並び立つ"森猫フォレストキャット"と呼ばれる種族の女は、その口端に涎を垂らし食べ物の匂いを嗅ぐ度に長い焦げ茶色の尻尾を揺らしていた。


「ん〜! 美味そうな匂いだにゃあ!」

「いやいや、ミケ。君はさっき焼き魚を三本食べたばっかりだよね?」

「ふふん! ミケはまだまだ食べれるにゃ!」


 えっへんと決して大きくはない胸を張って威張るミケに、男は眼鏡の真ん中を中指で一度上げて溜息をこぼした。


「お前、甘いのも塩っぱいのもいっぱい食べるのに、よく太らないよな? 森猫って皆そうなのか?」

「さあ? ミケはあれにゃ、集落では一匹狼ってやつだったからにゃあ~」

「猫が一匹狼とか言わないでくれる? 頭がこんがらがるから……」

「んにゃ? 全く、ミニャトは相変わらず細かいにゃあ」

「僕の名前はミナトだ!」


 やれやれと言った感じで首を左右に振り肩を竦めるミケに、ミナト――柏木湊は鋭いツッコミを入れる。


 これは二人にとって普段通りの会話であり二人はかれこれ七年以上の付き合いではあるが、ミケはミナトとの事を最初から”ミニャト”と呼び、どれだけミナトが訂正しようともそれを変えようとはしなかった。


 そうして二人は普段通りのやり取りを繰り返していたが、突如として鼻をひくひくとさせたミケが「にゃにゃ!」と大きな声を上げて前方を見る。


「ど、どうした!?」


 ミケの驚き様にミナトは何かあったのではないかと心配して声を掛けるが、一方で大声を上げたミケはと言うと……その口端からダバダバと涎を垂らしているのだった。


「この匂いは……イルガ―にゃ!!」

「イ、イルガー? それって確か、川魚だよな?」


 イルガ―は透き通った綺麗な水質の川にしか生息していないとされている大変貴重な魚だ。全長はその川の大きさによって左右されるが、平均は30cm程と言われている。

 ミケの種族である森猫種は基本的に森で生活する種族で有名で、その主食は森で調達できる物……中でも魚は森猫種の好物であり、特にイルガ―はご馳走とも言われているのだ。


「間違いないにゃ!! ミケが森で暮らしてた時によく食べてたやつにゃ!! あれは美味いにゃ!!」

「や、やめろミケ! 近づくな!!」


 好物の匂いを嗅ぎつけたミケが涎を垂らした状態で顔をミナトへ近づけようとするが、ミナトはそれを全力で拒絶した。

 しかし、拒絶されてもミケは特に気にする素振りを見せず、好物のイルガ―が焼ける匂いに辛抱たまらない様子である。


「が、我慢できないにゃ……買って来るにゃーー!!」

「お、おい!? お前は俺の護衛も兼ねてるんだろうが!!」

「ミナトの分も買って来るから任せるにゃ~!」


 こうしてミナトの制止も虚しく、ミケはイルガ―の匂いを辿って人混みの中へと消えて行った。

 ミナトが言うように、ミケは今回ミナトの護衛として側についていた。


 ミナトは”パティシエラ・ミナト”と言う製菓店を営んでいる。

 その規模は非常に大きく、オーナー兼料理人でもあるミナトの名前はこの国で知らない者が居ない程だった。

 幸いなことにミナトは人前に出る事を極端に嫌っている為、その正体に関しては知られていないが……それは決してゼロではない。


 たまたまミナトが店先に顔を出した際に、ミナトが王宮へ出入りしている姿を見られて、そう言った偶々から”ミナトの素性がバレてしまっている可能性もあるのだ。

 その為、近頃ではミナトは一人で買い物に行くことは出来なくなっていた。

 少なくとも腕の立つ護衛を一人は付けておくようにと、三人の妻達から言われているのである。


 ……ちなみに、その妻達のうちの一人がミケであり、またミケ自身も実力で言えばSランクの冒険者だったりする。

 だからこそ、ミナトは安心して買い物を出来ていたのだが……。


「全く、護衛をしてくれるミケが僕を置いていくなんて……まあ、ミケにとっては故郷の味とも言える食べ物だろうし、別に良いんだけどさ」


 護衛である筈のミケの自由奔放さに呆れつつも、ミナトはその足を前へと進める。

 すると、先程まではミナトにはわからなかったが、イルガ―を売っている店舗が近いのか人間の嗅覚でも感じ取れる程に焼き魚の匂いがミナトの鼻腔をくすぐる。


 ミケを追う為にその匂いの元まで歩みを進めて行くと、ミナトの視界に人が込み合っている店舗が映った。


「お、あそこかな? 凄い混んでる……あの中にミケは突っ込んで行ったのか? うーん、僕はここで待ってようかな」


 流石に壁の様に密集している人混みの中へ入る勇気はなかったミナトは、人混みの少し後方でミケが戻って来るのを待つことにした。


「……そうだ。買い物リストをもう一度見ておこう」


 ミナトは亜空間から折り畳まれた紙を取り出して開き、そこに書かれている箇条書き刑式の買い物リストを確認して行く。

 紙に書かれている文字は日本語であり、フィエリティーゼの文字では無かった。それは、製菓店で使うメインの食材が書かれている為、もしもこの買い物メモを盗まれたとしてもその内容を知られる事の無い様にとミナトが考えた対策である。


 そうして日本語で書かれていた紙を見つつ数分程を過ごしていたのだが、右隣りで大きく溜息を吐く人物が居る事にミナトは気づいた。


「はぁ……あいつ、幾ら珍しい魚だからって普通あの人混みの中に入るか? うっかり喧嘩とかになったりしないと良いけど……」

「……(なんだ? 隣の人の会話が凄く物騒だな……ミケもあの人混みの中に居るし、凄く気になる)」


 隣に立つ人物の言葉を聞いて心配になったミナトが、思わず視線だけを右に向けると、そこには顔立ちの整った青年らしき若い男が立って居た。

 その身にはローブを纏っていたが、外に晒された首から上部分を見ただけでイケメンだと分かる程に他とは一線を画している見た目。灰色の髪は後ろが少し長いのか一括りに纏められていて、前髪は微かに目に掛かるくらいの長さ。

 ミナトが気づいただけでも、通り過ぎる女性の十人以上はその青年の顔を二度見していて、顔を赤くしながらひそひそと話している。


 そんなイケメンの登場に、思わずミナトも青年を凝視してしまう。


「……(な、なんだこのイケメンは!? こっちの世界に来てもう長いけど、ここまで目を引くイケメンに出会ったのは初めてだ……凄く失礼だけど、ディルク王の息子さんよりもイケメンだよな)」


 そんな事を考えながらミナトが青年を凝視していると、青年がおもむろにミナトの方へと顔を向けて首を傾げ始める。

 そこに来てようやくミナトは自分が青年を凝視し続けていた事実に気づくのだった。


「あ、す、すみません!!」

「え、いや、別に良いけど……黒髪? それにそのメモ……日本語?」

「え!?」


 不躾に顔を見続けていた事を詫びる為に頭を下げて青年に謝罪したミナトだったが、そんな青年から発せられた言葉に思わずその顔を上げる。


「日本語が書けるって事は……もしかして、日本人?」

「た、確かに僕は日本人ですけど……え、もしかして貴方も!?」

「ああ、俺も日本人だよ。まあ、最近こっちに来たばっかりだけどね」

「そ、そうなんですか!? 何はともあれ、同郷の人に会えるのは嬉しいです! あ、僕の名前は柏木湊。こっちではミナト・カシワギって名乗ってます!」


 同じ地球の……それも同じ国出身の転生者に会えた事に喜び、ミナトはその右手を差し出しながら自己紹介をする。


「あー……えっと、俺の名前は制空――」


 少し躊躇う様な仕草を見せるが「まあ、同郷だしいいか」と口にした後、青年はミナトの手を取り、自己紹介をしようとしたのだが……。




「――にゃーーーー!?!?」

「「ッ!?」」




 突如イルガ―を焼いていた店舗の向こうから聞こえて来た叫び声によって、青年の自己紹介は中断されてしまう。


 その数秒後には叫び声が聞こえて来た店舗の方から声の正体であるミケが怯えた様子でミナトの方へと駆けて行き、その背後に隠れると怯えた様に「にゃあ……」と小さく泣き続けていた。


 その様子にミナトは慌てふためき、青年や周囲の客達は困惑していた。


「ど、どうしたんだミケ!?」

「ミ、ミナトぉ……に、逃げるにゃ……やばいのがいるにゃ……」

「や、やばいって……ミケが怯えるくらいにやばい奴なのか?」


 ミナトは怯えながらコクコクと頷くミケの様子に心底驚いていた。


 ミケの種族である森猫には特殊な固有スキルが存在する。

 その中の一つである【超感覚】は、他者には感じ取れないような微かな気配も鋭く察知する事が出来る索敵スキルだ。

 ミケはミナトの護衛として常にこの【超感覚】を発動させており、ミナトの近くに危険な気配を纏う人物が居ないかを常時監視していた。

 そしてミナトに危害が及ぶ前に排除する事もまた、ミケの護衛としての仕事であった。


 ミナトが知る限りここまで怯え切ったミケは初めてであり、それは即ちいつもケロっとした様子で何人たりともミナトに近づかせなかったミケが”勝てないと”瞬時に判断した事を意味していた。


「だ、大丈夫だ。今すぐに応援を呼ぼう。ここは王都だし、直ぐに助けが来てくれる」

「む、無理にゃあ……あれには誰も勝てにゃいにゃ! ミケと一緒に、皆を連れて森に逃げるにゃ!!」

「そういう訳にはいかないだろ!? もしもそんなに危険な人物が居るなら、この国だってやばい事になる。この国には大きな借りがあるんだ! 見捨てる何てことできない!!」


「えっと……困ってるなら、力を貸そうか?」


 そうして二人が言い合っていると、先程までミナトと話していた青年がミナト達へ声を掛ける。


「……あ、そうか! 貴方も転生者でしたね!? 何か強い力を授かったりしたんですか?」

「うーん、正直どの程度強いのかは分からないが、折角知り合った同郷が困ってるのを見過ごす訳にはいかないからな」


 そう言ってミナトの右肩辺りを軽く叩くと、青年はミナトとミケを庇う様にして前に立つ。そして、青年はゆっくりと後方へ顔を向けると、優しい笑みを浮かべてミナトを見るのだった。


「まあ、とりあえず相手がどんな奴かにもよるけど、やれるだけやってみるさ」

「あ、ありがとうございます!」

「それで、その子が怯えるくらいのヤバイ奴って、どこに居るんだ?」


 ミナトからお礼を言われて軽く右手を振った青年は、今度はミケへと顔を向けて声を掛ける。青年が声を掛けた時には怯え切って声も出せなくなっていたミケだったが、ミナトの支えもありゆっくりと危険な存在についての特徴を話し始める。


「ミケがイルガ―に気を取られていたとはいえ、まさか背後を取られるにゃんて思わなかったにゃ……それに、多分本当の力を隠してるにゃ……魔力を解放していにゃいその姿を見ただけで、ミケは負けを認めてしまったにゃ……」

「ミケはこれでもSランク冒険者と言われるくらいの実力があるんです。そんなミケがこんなに怯えるなんて……気を付けてください!」

「ほ、本当に気を付けるにゃ……ちっちゃくて可愛い女の子だと思っても油断したらだめにゃ……!!」


「…………ん? いまなんて――「ここにおったのか……」――は?」

「き、来たにゃ!! あいつにゃ!! 危険にゃ!!」


 青年がミケの言葉をもう一度聞こうとした時、人混みの中から一人の少女が姿を現す。そんな少女の姿を見たミケは怯えた様子で再び叫び声を上げるのだった。


 そして、少女の姿を見たミナトは真剣な様子でその額に冷や汗を垂らし、青年はと言うと――少女の姿を見た直後に両手で顔を覆い隠してしまった。











@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る