第363話 閑話 真実に近づく 後編
――ファンカレアが”制空藍”と名前が記された紙の束を読み始めてから、かれこれ一時間以上が経過していた。
目の前でカミールが幸せそうにイチゴのケーキを食べている中、ファンカレアは最初の一口だけ食べると、後は紅茶を適当なタイミングで飲むばかり。
藍の情報が載っている紙の束を眺めて居るファンカレアの表情にはいつもの穏やかさはなく、その顔は真剣そのものであった。
幸いな事に、カミールはケーキに魅了されている為ファンカレアがどれだけ真剣な表情をしていようとも気にせずケーキをその小さな口に忙しなく運び、何なら現在四個目に突入している。
そんなカミールの右側の手元には、藍へと送るイチゴのケーキの感想文としてA4サイズの紙が十枚以上重ねられていて、その紙の全てにびっしりと文字が書かれていた。
そうして、カミールが四個目のケーキを食べ終わり五個目へ突入しようとした直後、藍の情報が記されている紙の束をテーブルへと置いたファンカレアが、おもむろにカミールへと話し掛けた。
「あの、カミール……聞きたい事があるんですけど」
「あ、はい! 何でしょうか? あっ!! もしかして……ケーキって一人四つまででしたか……?」
元気に返事をしたカミールだったが、丁度自分の小皿に乗せたばかりの五個目のケーキを見て直ぐにその顔を青くする。
ワンホールのケーキは八等分にカットされていた為、カミールは半分よりも多く食べようとしてしまった事に対して注意されるのではと思ったのだ。
勿論、ファンカレアは今まで紙の束に集中していた為、そんな事をいう訳が無いのだが……。
「い、いえ、違いますよ? ケーキは好きなだけ食べてください。私はこのお皿に乗っている分で十分ですので」
「ッ!! 良いんですか!? やったあ!!」
「……(普段は丁寧な言葉遣いを心がけているみたいですが、見た目の所為か無邪気な言葉遣いの方が似合いますね)」
手元付近のテーブル上に置かれていた小皿を両手で少しだけ持ち上げたファンカレアの言葉に、カミールは普段の丁寧な口調を崩して満面の笑みを浮かべた。
そんなカミールを見て、ファンカレアは微笑ましく思っていたが、話が逸れてしまった事に気づくと改めてカミールに話し掛ける。
「それで、聞きたい事についてなんですが……」
「ああ、すみません! 何でしょうか?」
自分の所為で話が逸れてしまった事に気づいたカミールは、謝罪の言葉を口にした後で続けてファンカレアに聞きたい事について話す様にと促した。
カミールに促されたファンカレアは、聞きたい事について話そうとするのだが……。
「…………」
「ファンカレア?」
何も話さないファンカレアに、カミールは思わずファンカレアの名前を呼ぶ。
この時、ファンカレアは複雑な心境の中にいた。
いざ聞き出そうとはしたものの、その先の答えを知るのが怖い。
だが、ここで自身が抱えている事を聞かなかった所為で将来、後悔はしたくない。
そんな二つの感情がファンカレアの中でぶつかり合い、喉を鳴らすのを躊躇わせていたのだ。
数秒が十数秒になり、沈黙の時間が流れる。
黙り込んでしまったファンカレアを、カミールは心配そうに見つめていた。
そうして沈黙から一分が過ぎようとした時……覚悟を決めたファンカレアが一呼吸置いてからゆっくりと口を開くのだった。
「――教えてください、カミール。藍くんの……前世について」
「…………藍の前世、ですか」
「はい。この資料を何度も読み返しましたが、どれだけ確認しても藍くんの前世についての記述がありません。この宇宙に存在する星々には、その星々によって様々な決まり事があります。ですが、”輪廻転生”に関してだけは一貫して同じである筈なんです。少なくとも……フィエリティーゼと地球では違いは無かったと記憶しています」
ファンカレアの言葉に、カミールは一度だけ大きく頷いた。
輪廻転生。
魂は生と死を繰り返すことで新たな生を成す。車輪が繰り返し回り続ける様に、生と死もまた繰り返し廻るものだという概念。
過去にファンカレアは自身の持つ"創世"の力を欲した神々に狙われていた時期があり、その為ファンカレアは別の惑星系へと逃げる度に管理者の異なる世界を多く見て来た。
自身の力に興味のない神々とは普通に会話も出来ていたので、ファンカレアは知識として星の作り方を理解している。
ちなみにこの時の経験がフィエリティーゼの制作ならぬ星作に役立っているのだが……今は割愛させて頂く。
当然、カミールの前の管理者――黒椿に消し去られた神とも言葉を交わす程度には親交があったファンカレアは、地球の輪廻転生がフィエリティーゼの概念と同義であると理解していた。それは黒椿から地球の管理を任されたカミールも同じである。
「地球とフィエリティーゼでは輪廻転生に違いは無い、それなのに何故……藍くんの前世についての情報が全く無いんですか? 魂とは多かれ少なかれ必ず廻るものです。その過去を経験として蓄えて、未来を歩く指針とする。星の管理者である私達は魂の過去を基準として転生の準備を始めるのです。それなのに、前世である過去の記述が一切ないなんて……ありえません」
まるで問い詰めるかのような声音で、ファンカレアはカミールに告げる。
そんなファンカレアの言葉を、カミールは真っ直ぐに受け止めていた。
「教えてください。どうして、藍くんの前世についてここに書かれていないのか」
「…………わか、らないんです」
「え?」
ファンカレアに問い詰められて、遂にカミールはその口を開いた。カミールの言葉を聞いたファンカレアは唯々驚いていた。
だが、それはカミールの答えに驚いていた訳ではない。
目の前に居るカミールが――突然泣き出してしまった事に驚いていたのだ。
「カ、カミール!?」
「ごめんなさぃ……ファンカレアにお願いされて、頑張って星に刻まれた記録を全て書き出そうとしたんです。でも、どういう訳か、藍の前世についてだけは、わからなかったんです……!!」
思わず立ち上がりカミールの傍に駆け寄ったファンカレアは、椅子に座ったカミールの右隣りに移動すると優しくその体を抱き締める。
ファンカレアに抱きしめられたカミールは、その瞳に涙を浮かべながらもゆっくりと事情を話した。
「最初は、黒椿様が意図的に隠していると思ってたんです。藍の前世に関する記録だけが、幾重にも正体不明の結界によって阻まれていたので……でも、黒椿様に事情を話して藍の前世へアクセス出来るようにしてくださいって言ったら……」
「黒椿は、なんて答えたんですか?」
「――"結界なんて知らない。地球に関する全権限は君に渡してある"って……」
「ッ……そう、ですか……」
カミールの話を聞き終えたファンカレアは優しい手つきでカミールの頭を撫でた後、右手にハンカチを出現させるとカミールへと手渡した。
「……ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ包み隠さずに教えてくれてありがとうございました。お陰で……少しだけ心の整理ができた気がします」
「心の整理、ですか?」
その表情に少しだけ影をつくるファンカレアに、カミールは目元の涙を拭いながらも首を傾げた。
「……なんでもありません。さて、とりあえず聞きたかったことは聞けたので、これはお返ししますね」
「あ、はい……」
「今日は本当にありがとうございました。お礼と言うわけではありませんが、残りのケーキはカミールに差し上げます」
「あ、ありがとうございます!」
用意した藍に関する資料をファンカレアから受け取ったカミールは、自分が口を付けてしまった物以外のケーキをカミール側のテーブルへと移動させたファンカレアに対して感謝の言葉を告げる。
そんなカミールに対してファンカレアは優しい笑みを浮かべて「気にしないでください」と言った後、口をつけてしまったケーキのみを自身が保有する亜空間へとしまい、カミールから離れた。
「それでは、そろそろ私は戻るとします。あ、今日の出来事に関しては出来るだけ秘密にしていてください」
「わかりました。あ、でも、黒椿様は……」
「黒椿なら別に構いません。ただ、藍くんやミラ、そして……ウルギアには絶対に秘密にしておいて欲しいんです」
顔から笑みを消してそうお願いするファンカレアに、カミールは一度だけ強く頷いて答えた。
そんなカミールを見てその顔に満足そうに再び笑みを作ったファンカレアは「ありがとうございます」と言い軽く頭を下げる。
こうして、目的を果たしたファンカレアはカミールの居る管理層から白色の世界へと戻るのだった。
「…………ふぅ」
白色の世界へと戻ってきたファンカレアは、今までの出来事を思い出して小さく息を吐いた。
そして、今日知ることのできた事実と、数日前にやって来たウルギアとの会話を思い出して再び息を吐く。
――藍様が、私の知っている人物の生まれ変わりなのではないかと思ったんです。
その言葉をウルギアから聞いた時、ファンカレアは"それは有り得ない"と思っていた。
それもそうだろう。ウルギアが"落星"の二つ名を冠する事となった惑星と地球では、あまりにも距離が離れすぎている。
そんな長い距離を飛び続けられる丈夫な魂なんて存在しえないし、もしも存在していたとしても、大前提として転生するまでに前世となる惑星が残っていないといけないのだ。
それはつまり、ウルギア自身が僅かな可能性すらも消し去ってしまったことを意味している。なにせ、その二つ名の所以通り……ウルギアは知り合いと呼ぶ人物が暮らしていた星を消してしまっているのだから。
「……だから、そんな事は有り得ないと思っていたんですけどね」
誰も居ない空間で、ファンカレアは小さくそう呟いた。
ありえない事だ。
藍は確かに特別な子ではあるが、その出生に関しては間違いなく地球で合っている。
転移者でも転生者でもない。
その筈だ。
しかし、それでも何故かファンカレアの胸は異様にザワついていた。
有り得ない事だと否定すればするほどに、ファンカレアの胸騒ぎは激しくなり不安に駆られる。
だからこそファンカレアは胸騒ぎから解放されるために、カミールに藍の情報を開示する様お願いして全てを明らかにしようとしたのだ。
当初の予想では、それで解決するはずだった。
否、正確には解決したとも言えるだろう。しかしながらそれは……ファンカレアの望む結果では無かったのだ。
憶測として立てていた幾つもの答え。
その中でも一番厄介であろう真相に……ファンカレアは近づいていることを理解する。
「……まさか、アナタが関わっているとは思いませんでしたよ。まあ、まだ確証が得られた訳ではありませんがね」
心底嫌だと言わんばかりにファンカレアの声音は普段よりも低い。
それは、仮に自身の予想が当たっていた場合、ファンカレアにとって一番敵に回したくない人物が関わっている可能性が高いからだった。
「そうですよね……アナタなら、他の惑星系の一つに自らの惑星系の魂を介入させるくらい、容易く成し遂げますよね。そして、その痕跡を隠すことも……」
声を出す度にファンカレアは溜息を溢し、相手の強大さとそのとんでもない技量に辟易としていた。
”創世”と言う神々の頂点に立てる能力を保有するファンカレアだったが、頭の中で思い浮かべた存在を前にした時……自身が勝てるイメージが微塵も浮かばずその肩を落としてしまう。
しかし、次の瞬間にファンカレアは自身の両頬を叩き落とした肩とその顔を上げて大きく一呼吸するのだった。
「まあ、仮に藍くんの前世にアナタが関わっていたといしても、今の藍くんには関係のない事です。もしもアナタが藍くんに危害を加えようとするのなら、私は決してアナタを許しません。例えそれが――”
強い光をその瞳に宿し、ファンカレアはそう宣言する。
愛する者を守る為、ファンカレアは全てを懸ける覚悟を決めたのだ。
そうして、上空を見上げていたファンカレアは一息吐くと顔を正面へと戻し、今後について考え始める。
「ウルギアにはどう説明するべきでしょうか? まだ確証も得られていないんですよね……やはり、もう少しだけ私の方で調べてから――『警告、警告、精霊女王から報告、洞窟の封印が解かれました』――えっ!?」
ウルギアへの対応を考え、もう少しだけ調べる事を決めた直後の事……白色の世界に警鐘の音が鳴り響く。
それは事前にファンカレアが設定していたものだ。
もしも洞窟の封印が解かれた場合には知らせる様にと、精霊女王に教え、精霊女王のみが行使できる緊急警報。
ただ、封印は精霊によって十万年以上も守られてきていたので、ファンカレアはこの緊急警報が鳴る事は無いと思っていた。
「ど、どうして封印が……それに、封印が解かれたのにどうして”あの子”の気配を感じなかったのでしょうか……? って、そんなことよりも、まずは状況を調べて……それから”あの子”の居場所を……」
一難去ってまた一難とは、まさにこの事だろう。
やっと落ち着きを取り戻した所だったファンカレアの元に、こうして新たな災いの気配が押し寄せる。
今日のファンカレアは、いつもよりも大忙しだった。
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【作者の一言】
”神々の母”に関してはまだまだ先のお話なので、今はそう言う存在が居ると言う事実を覚えておくだけで大丈夫です!
さあ、いよいよファンカレアが”封印が解かれていた”事実に気づきましたね。
次回からは再び藍視点でのお話に戻ります!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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