第360話 王都だ!迷子だ!観光だ!②
(――つまり、こういう事? 身の危険を感じて走り出したはいいものの、王都の地理に詳しくもないのに右へ左へと駆け回り、安全を確保できたと思った時にはもう自分達が何処にいるのか分からなくなっていたと?)
(はい、その通りです……)
(はぁ……まぁ、念話をしてくるようになっただけでも成長したと言う事なのかしら?)
呆れた様にそう告げる念話の相手は、俺とグラファルトが待っていた人物の一人であるミラだ。
後方から襲って来たスイーツハンター達から逃げる為に走り出した俺は、スイーツハンター達が完全に消え去るまで大通りや細道を右へ左へ駆け抜けた。
そのお陰で何とかスイーツハンター達を撒くことは出来たんだけど……足を止めた時には細暗い路地裏に居て、ここが何処なのか分からなくなっていた。
とりあえず、抱えたままの状態だったグラファルトを下ろしてから考えて、まずはミラに相談しようと思ったのがついさっきの事。
ちなみに、俺はプリズデータ大国の時と同様に魔法の使用は禁止と言い渡されていたのだが、緊急手段として念話と魔力消費量の少ない”術式破壊”だけは許されている。
(まあ、事情は分かったわ。本当はみんなで観光したかったのだけれど、私達は先に王宮へ向かっているから)
(え?)
(今から”女神の羽衣”を纏っているあなた達を探すなんて無理よ。絶対にシーラネルの誕生日会に間に合わないわ。だから私達は先に王宮へ行って事情を説明しておくから、あなた達だけでも観光を楽しみなさい。お金は持ってるでしょう?)
(お金はあるけど……なんか、本当に申し訳ない)
南門の長蛇の列を並んでいる時に、ミラ達が王都観光に関して色々と楽しそうに話していた思い出がフィードバックされる。きっと楽しみにしていたんだろうし、俺自身もみんなで王都観光をする事を楽しみにしていた。
自分の行動の結果なのが尚の事申し訳なさを募らせる。
(別にそんなに気に病まなくても良いわよ。でもそうね……今日の埋め合わせは今度してもらおうかしら? 勿論、六人全員分ね?)
(……お手柔らかにお願いします)
楽し気に話すミラの言葉に、俺は何をお願いされるのかと若干の不安を覚えた。だが、今回は明らかに俺が悪いし嫌だという訳にはいかない。
せめて、せめて俺に出来る事にして欲しいと願うばかりである。
(ふふふ、それじゃあ藍の許可も貰えた事だし、妹達にも伝えておくわね? さっき言った通り私達は先に王宮へ向かうとするわ)
(わかった。本当にごめんな?)
(謝らなくて良いわよ。でも、早めに戻って来るのよ? あくまでシーラネルのお祝いが本来の目的なんだから。王宮の場所は分かるわよね?)
(ああ、流石にあんなに大きく真ん中に建ってたらな……見失う事は無いよ)
念話でそう言いながら、俺は中心地と思われる場所に聳える大きな宮殿へ顔を向ける。
建って居る場所の標高が高いのか、それともわざとそういう造りにしているのかは分からないが、エルヴィス大国の宮殿は王都の何処から見ても分かる様になっていた。
(そう、なら良いわ。それじゃあ観光を楽しんでね)
(うん、ありがとう)
……よし、とりあえずミラへの報告は完了っと。
念話を終わらせて一息ついた俺は、路地裏に置かれていた四角い木箱に腰掛けてプラプラと両足をバタつかせているグラファルトを見る。
すると、どこを見るでもなく正面を向いていたグラファルトは俺の視線に気づいたのか、ゆっくりとその顔を上げた。
「ん? 連絡は終わったのか?」
「ああ。時間厳守は守らないといけないけど、俺達だけで観光して良いってさ」
「そうかそうか! てっきり中止になるかと思っていたが、それは楽しみだなぁ……」
「まあ、その代わりに俺は後日ミラ達の埋め合わせをしないと行けなくなったけど」
俺が溜息混じりにそう語ると、グラファルトは愉快だと言わんばかりに声を上げて笑みを浮かべ、「それは自業自得だな」と笑いながら言って来た。
いや、そうなんだけどさ……。
「はぁ……まあ良いか。それじゃあ時間も限られてる事だし、早速移動するか」
「うむ! とりあえずは明るい大通りへ出るとしよう!」
よっぽど観光が楽しみだったのか、グラファルトは俺の右手をぐいぐいと引っ張り明るい光が射す方へと歩き出す。
そんなグラファルトの様子に思わず笑みを溢しつつ、俺もまた……王都観光に胸を躍らせている一人でもあった。
――藍とグラファルトが王都の東部にて迷っている時、既に落ち着きを取り戻していた南門ではとある小さな事件が起きていた。
「――おい……おい!」
「ッ!?」
南門の入門作業を行っていた門番の一人が、南門から王都へと入る為に並んでいる長蛇の列の先頭に立つ男に声を掛けられる。
門番の若い男は意識が薄れていたのか、先頭に立つ男に声を掛けられた事でその体を微かに跳ねさせた。
「も、申し訳ありません! ついうたた寝を……」
自分が仕事の最中に眠ってしまったと判断した若い男は言い訳をする事もなく素直に謝罪の言葉を口にして頭を下げた。
しかし、そんな若い男の行動を見て先頭に立つ男は怪訝そうな表情を浮かべる。
「うたた寝? いや、あんたは真面目にずっと働いていただろう?」
「え?」
「俺の番になった途端に急に無口になるから、疲れてんのかなって思って声を掛けたんだよ。大丈夫か?」
「は、はあ……」
先頭に立つ男の話を聞いても、いまいち釈然としない反応を示す若い男。
(……どうなっているんだ? 私は居眠りをしていた訳ではないのか? だが、この男の前に対応していた人物の事を思い出せない。うむ……疲れているのか?)
若い男はどれだけ思い出そうとしても、先頭に立つ男の前に担当した人物の事を思い出せなかった。
「あの、大変申し訳ないのですが……貴方の前に立って居た人物についてお教え願えますか?」
いくら考えても結論が出なかった若い男は、真相を確かめたいと思い先頭に立つ男に質問を投げ掛ける。
これでモヤモヤとした疑問が解消されると若い男は思っていたのだが……先頭に立つ男から返って来た答えは、更に若い男の疑問を深めてしまった。
「は? 自分の対応した人物も忘れちまったのか? おいおい、お前がさっきまで対応していたのは…………あれ? そう言えば、どんな奴だったか……」
先頭に立つ男はそう呟くと不思議そうに首を傾げてしまう。
「貴方も覚えていないのですか?」
「……すまねぇ。思い出そうとしてもこう、頭に靄がかかったみてぇになって……」
(私と同じと言う事か……これは一体……)
その後も必死に考え続けていたが、結局結論が出る事は無かった。
若い男は一応先輩である門番たちにも同じ質問をしたが、先輩たちも「覚えていない」の一点張り。しかし、若い男の様に疑問を持つことは無く、寧ろ”自身の疑問を解消する為に無駄に時間を浪費するな”と若い男を叱りつけた。
こうして、若い男は疑問を残しつつも並び続けている長蛇の列の対応へと戻る。
――この時、世界の天敵たる存在が王都に足を踏み入れているとも知らずに……。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
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