第356話 閑話 例え夢であろうとも③
――等身大パネルが完全に燃え切ったタイミングで、藍は魔法で作り出した水を炎に向かって滝の様に上空から降り注いだ。
無事に炎は沈下され、藍と雫の前には焼け野原となった草原と炎の中心地に山となっている等身大パネルの燃えカスが現れる。藍は燃えカスを見つけた瞬間に左手を燃えカスへと向けて魔力で作り出した暴風を放った。
「あぁ……消えていく……私の
「
暴風に巻き込まれて彼方へと飛んでいく燃えカスを見つめながら、雫は涙を流して呟く。そんな妹の呟きに対して、藍は一仕事終えたと言わんばかりに両手を叩き雫の言葉を否定した。
「はぁ……ほら、偽物が消えたくらいでそんなに落ち込むな。それとも、偽物のお兄ちゃんが居るから、本物のお兄ちゃんはもういらないかな?」
「ッ!! いや!! お兄ちゃんが一番好き!!」
藍が肩を竦ませて雫から一歩下がると、雫は慌てた様子で縋る様に藍の足元にしがみつく。そんな妹の必死な様子に苦笑しつつも、藍はその場にしゃがみ込み雫を起き上がらせた。
「冗談だよ。ただ、頼むからもう俺の等身大パネルを作るのはやめような? 次に作ってる事を知ったら……俺はお前を潔く”インフィニティお兄ちゃん”と呼ばれていたあのハリボテに差し渡すから」
「うっ……わ、わがっだ……」
雫は苦肉の策を絞り出すかの様に藍の言葉に返す。
そんな雫の様子を見て、藍は大きく溜息を吐くのだった。
「――二か月後……」
「実は、フィエリティーゼはいま情勢的に変わり始めたばかりでな? 雫が来ても安全に過ごせる確証を得られない状態でもある。まあ、ただ俺が心配なだけなんだけどさ……」
「お兄ちゃん……」
流れる川を見つめながら、兄妹は一本の大木に背を預けて今後について話し合う。
雫は自身がフィエリティーゼに行けるのが早くても二か月後だと知って少しだけ落ち込んでしまったが、相も変わらず自身の事を心配してくれている兄の姿に自然と笑みが零れていた。
「だから、今直ぐに雫を連れて行くことは出来ないんだ。とりあえず、俺が国王として建国する予定の小国が他国との同盟関係を結べるようになるまでは待っていて欲しい」
「うん、わかった。お兄ちゃんが王様として建国する…………え?」
「ん?」
「ちょ、ちょっと待ってお兄ちゃん!! お兄ちゃん、王様になるの!?」
「……あー、そうか。雫は俺の現状についてミラから何も聞いてないんだっけ?」
「え? う、うん……。と言うかお兄ちゃん、ミラスティアさんの事を”ミラ”って呼ぶくらいに仲良いんだね? あ、もしかして、そう言う関係だったりして~」
「あはは」と冗談のつもりで告げた雫だったが、そんな雫の冗談に対して……藍は視線を逸らして笑うだけだった。
そんな藍の反応を見た雫は絶句と言う言葉が似合う程にその顔に驚愕を浮かべ、右隣りに座る藍の両肩を力強く掴み始める。
「……お・に・い・ちゃ・ん?」
「あ、あはは、痛いぞ雫……お兄ちゃん、こう見えてデリケートだからもうちょっと優しく……」
「ええい、やかましい!! さっさとフィエリティーゼでの暮らしを一つも漏らす事無く話しなさい!!」
「い、いや、全部ってなると長くなるからさ、お兄ちゃんは雫の事をもっと聞きた――「毎日お酒飲んでました。ハイ! 終わり!」――……いや、見てたから知ってるけどさ、お兄ちゃんちょっと悲しいよ……」
その後も雫の勢いは止む事無く、矢継ぎ早に藍への質問を続けた。
最初はのらりくらりと躱していた藍だったが、怒ったミラ達と似た雰囲気を纏う雫の圧に負けてしまい……自身がフィエリティーゼに降り立ってから今までの出来事をかいつまんで説明する事となった。
そうして雫は、藍がフィエリティーゼにおいて強大すぎる力を持っている事、邪神・死祀・呪われた魂などと言った自分には計り知れない敵と戦っていた事、現在は”死の森”と呼ばれる場所で妻が五人、子供一人、仲の良い女性五人と暮らしている事実を知り絶句する。
「嘘でしょ……あんなに他人を避けていたお兄ちゃんが異世界ハーレムとか……それも一緒に暮らしている人達だけじゃなくて、他の国にも仲の良い女性が居るとか……」
「た、偶々だからな? フィエリティーゼの事を俺は何も知らないから、余所との繋がりを持つとなるとどうしてもミラ達を頼る事になって……必然的にミラ達の知り合いって女性が多いから……」
「だからって……妻が五人って言うのはどういうこと!? それにミラスティアさんって血縁者だよね!?」
「む、向こうでは一夫多妻が普通で……それに血縁者同士の結婚も認められてるから……あはは」
「あははじゃないでしょ!! くっ……私の目が届かない所で、お兄ちゃんが堕落の道をぉ……」
藍の話を聞けば聞くほどに、藍を異性として好きな雫にとってはショックな事実が露見して行く。
ショックを受けてがっくりと肩を落とす雫とは真逆に、藍が幸せそうにしている事も、また雫を落ち込ませてしまう原因でもあった。
そうして落ち込んでいた雫だったが……そこで、ある可能性が脳裏に浮上する。
(あれ、ちょっと待って……フィエリティーゼでは”一夫多妻”が普通……? ”血縁者同士”でも結婚できる……? これって……チャンスなんじゃ!?)
元々、まだ地球に藍が居た頃からずっと好きだった雫にとって、それはまさに好機でもあった。
血の繋がりがある以上、結婚どころか付き合う事も諦めなければいけない。報われる事の無い恋心を抱いていた雫だったが、二か月後には自身もフィエリティーゼへと行ける……つまり、もう報われる事のない恋ではなくなると言う事実に落としていた肩を上げてその瞳に光を取り戻すのだった。
「……わかった。私、ちゃんと二か月間待ってるから」
「お、おう……急にどうした?」
「……お兄ちゃん言ったよね? フィエリティーゼでは一夫多妻が普通で、血縁者同士でも結婚できるって」
「う、うん…………あっ」
両手を地面に着いた状態の雫が急にしおらしくなった事を不審に感じていた藍だったが……以前、ミラから聞いた話を思い出して雫が何を言おうとしているのかを察する。
しかし、藍が気づいた時には遅く……顔を上げた雫は微かに頬を赤らめながらも藍に向かって飛びついてその体に抱き着くのだった。
「――お兄ちゃん、私……お兄ちゃんの事がずっと好きだった」
「……う、うん。俺も雫の事が好き――「あ、私の好きは異性としての好きだから」――そ、そうか……」
「私はお兄ちゃんが好き。ずっと好き。だから――これは宣戦布告だよ」
戸惑いを隠せない状態の藍に向かってそう言うと、雫はうずくめていた顔を上げて藍の右頬へ近づけて……自身の唇を藍の右頬へと付けた。
「なっ!?」
「えへへ!! ここは私の夢の中だし、二か月後にはオープンに出来る想いだから別に良いよねっ!! 私はお兄ちゃんが大好き!! 他の奥さんやお兄ちゃんの事が好きな女の人達にも絶対に負けないから!!」
「……お、おぉ」
正直な話、藍は雫が自分の事をまだ好きでいてくれている事に驚いていた。
雫は数年の時を経てその美貌に更に磨きがかかっており、藍から見れば地球で雫の事を放って置く男などいないと思えるくらいに美人だったのだ。
そんな妹だからこそ、既に他に好きな人が出来て、もう付き合っていたり……そうではなくとも、他の男を知って自分への好意は薄れてしまっているのではと思っていた。
だからこそ藍は、真っ直ぐに好意を伝えて来る雫を見て戸惑い……照れてしまっていた。
(ああもう……妹を異性として好きになるとかないと思ってたんだけどな……)
そうして、藍は小さく溜息を吐いてからにひひと笑みを浮かべる雫の頭を撫でた。
その後も兄妹は仲睦まじくフィエリティーゼの事、現在の地球の事などを話し合う。最初はやさぐれていた雫を見て不安を抱えていた藍だったが、楽し気に話す雫を見て心の底から安堵するのだった。
(まあ、色々と末期症状みたいな状態になってたり、新しい悩みが出来てしまったけど……はぁ、雫がフィエリティーゼに来たら色々と騒がしくなりそうだな)
楽し気に話す雫を前に、心の中で藍はそう呟く。
そうして藍は顔を少しだけ上に向けると……いまこの光景を見守って居るであろう面々に向けて小さく呟くのだった。
「……こんな妹だけど、よろしく頼むな」
「ん? お兄ちゃん、いま何か言った?」
「いや、何でもないよ……とりあえず雫は今後お酒は禁止な? ちゃんと地球を管理する女神様に監視してて貰うから」
「ええ~!! そんなぁ……」
夢が覚める最後の瞬間まで、雫は藍との会話を楽しむ事が出来た。
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【作者からの一言】
とりあえず、これで閑話はおしまいです!
次回からはフィエリティーゼでのお話に戻ります!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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