第355話 閑話 例え夢であろうとも②





 夢の中でずっと会いたかった人物――藍との再会を果たした雫は、藍の胸に飛び込んで唯々泣き続けていた。

 泣き続ける雫を藍は優しく受け止めて、雫が泣き止むまでその頭を撫で続ける。


 それは昔から変わらない制空兄妹の光景でもあった。


 小さい頃から雫は悲しい事があると兄である藍の元へと駆けて行き、その胸に飛び込んでは慰めてもらっていた。

 それは小学生の頃から藍が亡くなるまで続いていて、雫は数年ぶりとなるその懐かしい感覚に酔いしれる。


「うぅっ……ひぐっ……」

「ごめんな? ちょっと向こうの世界でも色々と忙しくて遅くなったんだ」

「連絡もなかっだから……もう、会えないがどおもっだ……!!」


 しがみつく雫の手に力が入る。吐き出された不安を聞いて、藍もまた雫の体をより強く抱き締めた。


 久しぶりに藍から抱きしめられたことで、雫の心は休まり次第に落ち着きを取り戻していく。

 まだ涙を溢れさせてはいるが、うずくめていた顔を上げて雫は藍の顔を見つめる。


「本当に、不安だった……」

「ミラか俺が会いに行ければ良かったんだけど、二人とも多忙で……ごめんな?」

「……ううん、忙しかったらしょうがないし。そっか……てっきりお兄ちゃんの事だから忘れてたのかなって思ってた」

「そ、そんな訳ないだろ!? 俺はいつだって雫の事を心配していたぞ?」

「…………お兄ちゃん?」


 雫の言葉を聞いて明らかに動揺した素振りを見せる藍。元々嘘が得意では無い上に身内だという事もあって、藍の挙動を見ていた雫は藍が嘘をついているとすぐに分かった。


「ジー……」

「いや、その…………ごめんなさい。忙し過ぎて忘れてました……」

「もー!! お兄ちゃんのバカァ!!」


 そんな雫の疑いの眼差しに耐えきれなくなった藍は、あっさりと嘘をついていたことを認めて謝罪をする。

 嘘をついている事に気づいていた雫は、嘘をついていた事よりも自分の事を忘れていたと言う事実に怒り、藍の胸元をポカポカと両手で叩き始めた。


 その後も「バカ! お兄ちゃんのバカ!!」と言いながら叩き続ける雫に、藍は苦笑を浮かべながら「悪かった、ごめん」と謝り続ける。

 傍から見れば妹が兄に対して怒っている構図ではあるが、そのやり取りをしている当人達の口元には――自然と笑みが浮かんでいるのだった。












「……ふんっ! まあ、お兄ちゃんが直接謝りに来てくれたし? これくらいで許してあげる!」

「いや、これくらいって……かれこれ30分は叩かれ続け――「何か文句あるの?」――な、無いです……許してくれてありがとうございます……」

「ふんっ!」


 雫に反論しようとした藍だったが、その凄みのある眼差しに負けて直ぐに折れてしまう。

 この関係性は昔からのものであり、身体的にも能力的にも強くなった藍だったが雫との関係性は変わることなく、藍は内心いつまで経っても雫には勝てないかもなと溜息を溢す。


「それにしてもお兄ちゃん、なんか色々と変わってない? 髪の毛も伸びてしかも色も変わってるし、雰囲気とかも大人になったと言うか……」

「あー……まあ、本当に色々とあったんだよ、向こうの世界で。その事についてもちゃんと話すけど、まずは雫がフィエリティーゼに行ける日について話すよ。その為に俺はカミール……地球を管理する女神様にお願いして一度だけ地球に降り立つ許可を貰えたんだから」


 「まあ、お前の夢の中限定だけどな」と最後に言い、藍は雫に向かって微笑んだ。


「夢の中限定……そうだ! どうしてお兄ちゃんがこっちに!? 地球にはもう来れないって……あとあと、私はいつになったらフィエリティーゼに――んッ!?」


 矢継ぎ早に口を開き藍へ話し掛けていた雫だったが、その口元を藍の人差し指が抑える。特に力が込められていた訳ではないが、その自然な動作と大好きな兄に唇を抑えられていると言う事実が話し続けていた雫の口を止めるのだった。


「まあ、とりあえず落ち着け。ちゃんと雫の質問には答えるから、ゆっくりと一つずつな?」

「…………」


 優しく微笑む藍を見つめる雫の瞳に熱がこもる。そうして頬を微かに赤らめた雫は、藍の言葉に静かに頷いて答えた。

 雫の頷きを確認した藍は雫の唇から指を離す。


「あっ……」


 藍が指を離すと、雫はあからさまに残念がった。

 そんな雫の様子に藍は苦笑を浮かべるのだが、気を取り直して雫から投げ掛けられた質問に答え始めた。


「まずは、俺が雫の夢の中へ来れた理由から説明するかな。まあ、その前に――片付けなきゃいけない問題もあるけどな」

「か、片付けなきゃいけない問題……? それって……」


 先程までの優しい笑みとは打って変わり、真剣な様子で語る藍に雫はその身を強張らせる。そうして雫が藍の様子を見守って居ると、藍はゆっくりと左手を雫の後方へと向けて翳し始めた。


 雫が見守る中、藍は翳した左の掌に魔力を練り上げると掌の前に魔力で作り出した炎を出現させる。

 そして、その光景に驚きを隠せない様子の雫を前にして――その炎を雫の後方へと放つのだった。


 ――ボウッ!!


 炎が草の生えた地面に着弾すると同時に、そんな音が雫の後方で鳴り響く。

 その音に体を跳ねさせた雫だったが、今起こった出来事を理解するや否や慌てた様子で後方へと振り返った。


「あ……ああ……」


 雫が振り返った先には、燃え盛る炎が広がっていた。

 側に生えていた木々を巻き込み、炎はその勢いを増していく。


 その光景を唯々呆然と眺めていた雫だったが……。


「んん? ……~~ッ!?!?」


――パキッ……パチッ……。


 燃え盛る炎の中心で何かが折れた様な、弾けた様な音がしている事に気づいた雫はその中心に何があったかを思い出してその目を見開く。

 そんな雫の隣には、乾いた笑みを浮かべる藍の姿があった。


「お、おお、お兄ちゃん……まさか、あそこにあったのって……」

「おー、燃えてるなぁ…………俺の等身大パネル」

「いやぁあぁあぁあぁぁぁ!!!!」


 雫に声を掛けられた藍は、清々しいほどに爽やかな笑顔を作り雫の大事にしていた等身大パネルを燃やした事を告げた。

 その言葉を聞いて雫は絶叫する。

 慌てて燃え盛る炎へ飛び込もうとする雫だったが、背後から藍にホールドされて止められてしまった。


「放して!! 私はいまからお兄ちゃんを助けに行くの!! 私が聖母よ!!」

「どこのお兄ちゃんを救いに行くつもりなんだお前は!! そもそもお前のお兄ちゃんは俺だけだろうが!!」

「違う!! 私にとってのお兄ちゃんは無限なの!! インフィニティお兄ちゃんなの!! お兄ちゃん万歳!!」

「ちょっとお兄ちゃん雫の事が怖くなって来たんだけど!? インフィニティお兄ちゃんってなに!?」


 必至に藍を振り払おうとする雫だったが、ステータス的には圧倒的な藍の腕から離れる事は出来ず、何とか藍を説得しようと声を上げる。

 しかし、藍は雫に声を掛ける前――つまりは雫が”インフィニティお兄ちゃん”と呼ぶ等身大パネルに抱き着いていた所を見た時から、等身大パネルを燃やすと決めていたのだ。

 藍から見れば雫は明らかにおかしくなってしまっている状態であり、”俺が正常に戻さなければ……”と言う強い義務感が藍には芽生えていた。


 こうして、兄妹は夢の中で叫び合う。

 兄妹間の熱い展開に見えなくもないが……その内容はとてもよそ様には見せられない程に酷いものだった。


 




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 【作者からのお願い】


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