第354話 閑話 例え夢であろうとも①
――8月15日。
20歳の誕生日を迎えてからと言うもの、ほぼ毎日の様に夜はお酒を飲んでいる制空雫は、お盆である今日も変わらずお酒を飲み続けていた。
しかし、今日の雫はいつもよりもお酒のペースが早かった。
その理由は、母である制空雪野と共に買い物へ行ったスーパーでの出来事が関係している。
元々の目的が近日落ち込み気味であった雫の気晴らしだったのだが、運が悪い事に雪野達は雪野のママ友と遭遇してしまう。
知り合いである為に制空家の事情も知っているママ友は、今日がお盆真っただ中であった事もあり雫の前で藍の名前を出してしまう。
『お兄ちゃんの事は本当に残念だったわね……でも、元気出してね? 家も近いんだから私に出来る事があれば何でも言ってちょうだい。あまり塞ぎ込み続けていると、今日はお盆だからお兄ちゃんが叱りに来ちゃうかもしれないわよ? そうそう、雫ちゃんと同じクラスだった
ママ友としては辛い経験を乗り越えて欲しいと言う願いも込めての発言だった。
雫が兄である藍に懐いていたのも知っていた為、大好きだった兄の死が雫にどの様な影響を及ぼしてしまうのかを心配していたのだ。
だからこそ、ママ友である女性は”あなたは一人じゃない”、”あなたを支えてくれる人は沢山いるんだよ”という意味を込めて雫に話し掛け続けていた。
しかし、残念なことにママ友の言葉は雫には全く響かなかった。
何故ならば、雫は知っているからだ。
兄が別の世界でちゃんと生きている事を、そして自分も兄の後を追ってその世界へ行ける事を。
あとはミラスティアがやって来るのを待つだけの状態であった雫は、唯々その日を待ち望んでいた。
休み続けていた学校へと復学し、鈍り切っていた体を鍛えて動ける様にし、再会したら兄とどの様な話をしようかと考えて、その再会の日を待ちわびていた。
だが……待てども待てどもミラスティアはやって来ることなく、一年が過ぎ、二年が過ぎ、やがて高校を卒業し、気づけば雫は20歳の誕生日を迎えていた。
最初はちょっと遅れているだけだと思っていた制空家だったが、その時間が長くなるにつれて次第に首を傾げ続ける毎日が続き、雫は徐々に元気を失くしてしまう。
そんな雫を両親である雪野と海翔は心配していたのだが、ミラスティアと連絡を取る方法が思いつかず、結局励ます事しか出来ないでいた。
雫が20歳になってからはお酒に頼る様になり、雪野は何度も止める様にと注意をし続けたのだが、雫の気持ちも理解出来るのでお酒を取り上げると言ったような行動に出る事は無かった。
そうして今日、雪野は気分転換として一緒に買い物へ行くこと提案したのだが……気分転換になるどころか、寧ろ忘れさせ様としていた藍の事を思い出させる結果となってしまい、無言で大量のワインをカゴへと入れている雫を雪野は溜息混じりに見つめていた。
――同日、深夜二時過ぎ。
ワインを数本開けて酔い潰れた雫は、父親である海翔に抱きかかえられて自室のベッドへと寝かされる。
雫が酔い潰れたのが夜の22時頃。
雪野と海翔はリビングの後片付けをして、明日に備えて早々に眠りについていた。
雫は自室のベッドで未だに眠り続けている。
熟睡している雫は、今まさに夢を見ていた。
そこはまるで……天国とも思えるような空間だった。
常に暑過ぎず、寒過ぎない朗らかな晴天。コンクリートではなく、芝のように整えられた草原の上には木々が生え豊かな森が広がっていた。
近くには川も流れていて、鳥や兎などといった動物までもが生息している。
訪れた者の心を癒す効果のあるその空間は……雫の夢の中だ。
これは雫が眠っている時に無意識に作り出していた空間である。お酒を飲むようになってから数日経ったある日に、今日のように泥酔して眠ると必ず見るようになっていた夢だった。
この夢の中では雫は自由に行動することが出来た。歩き回ったり、川を眺めたり、動物と触れ合ったり……この夢の中で過ごすだけで、落ち込んだ心が癒されていくのを雫は感じていたのだ。
雫がお酒を浴びるように飲む訳は、ストレス発散でもあるがこの夢を見る為だったりもする。
だがしかし、雫は初めて酔いつぶれた日から見続けているこの夢にも最近では飽きてきていた。それこそ、夢の中で何をしてもその心が癒されない程に。
そんな雫が夢の中に癒しを求めて、昨日から始めたある事がある。
それは……。
「きゃーーーー!! 小学生の頃のお兄ちゃん可愛いーー!!」
「うぅ……こっちは中学生の頃のお兄ちゃんだ……な、懐かしい……」
「えへ、えへへ……高校生になってから、いきなり男らしくなったんだよねぇ……素敵……」
素面の時に藍のアルバムを漁り、夢の中で等身大パネルとして年代順に並べて鑑賞する事だった。
実際に作ることも出来るが、それはかなりの労力とお金を要する。そこで雫は、何もかもが思い通りであるこの不思議な夢の中を利用する事にしたのだ。
最初は立体的な物をイメージしていた雫だったが、いまいち形にならず納得のいく物が出来なかったので、よく見られる等身大パネルを参考にする事にした。
その結果、アルバムや当時の手記を参考にすることでまるでアルバムの写真を切りとったかのような藍の等身大パネルが完成したのだった。
「えへへ……お兄ちゃんがいっぱい……」
他の人間が見たらその異常さに逃げ出すのではないかと思われるくらいに、雫は藍の等身大パネル(中学生モデル)に抱き着き涎を垂らしていた。
当然、等身大パネルは薄くて軽い為、立った状態では抱き着きにくい。
それを重々理解していた雫は等身大パネルを持ち上げると横に倒して、倒れた等身大パネルの横へ自分も寝っ転がり抱きついていたのだ。
「えへへ」と笑みを浮かべながら雫は等身大パネルに顔を擦りつける。
ここは雫の夢の中であり、誰も雫の行動を止める事は出来ない。
――その筈だった。
「えへへ……お兄ちゃん可愛いねぇ……そうだ、今度はお風呂に入っている時のお兄ちゃんを――ぐえっ!?」
「――いい加減やめなさい、これ以上はお兄ちゃんの心が持たないから」
「………………え?」
背後から着ていたオーバーサイズのパーカーの後襟を掴まれた雫は強制的に等身大パネルから離されて立たされた。
突然の事に頭が追い付いていない雫だったが、その聞き覚えのある懐かしい声に頭が一気に冷静になる。
掴まれていた後襟から手が離れたタイミングで雫が振り返ると……そこには、一人の青年が立って居た。
服装は黒い半袖Tシャツに黒い長ズボン。髪は襟足が長い為か灰色の髪を後ろで束ねて結んでいる。
地球で暮らしていた雫に灰色の髪をした知り合いは居ない。
だが、雫はその青年の姿を見てしばらく目を見開いたまま硬直し、次第にその瞳に涙を溢れさせた。
そんな雫の様子を見て、青年は優し気に微笑みを浮かべ両手を広げる。
青年の行動を見た雫は……迷うことなく涙を流しながら青年の元へと駆けて行きその胸元へと抱き着いた。
「――うえぇぇぇん!! おにいぢゃん……おにいぢゃんだあぁぁぁ!!」
「……遅くなってごめんな? 寂しい思いをさせてごめん」
抱き着いた直後、その胸の中に溜め込んでいた感情を吐きだす様に雫は泣き叫ぶ。
そんな雫の頭に右手を置いた青年――制空藍は、左手で妹である雫を抱き留めて雫が泣き止むまでその頭を撫で続けた。
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【作者からの一言】
本当は前後編と書きたかったのですが、どれくらいの長さになるか分からなかったので一応数字にしておきました。ただ、前後編で終わらせる予定ではありますので、そこまで長くはならない予定です……!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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