第349話 幕間 穢れた狐、”古の王”を呼び覚ます。後編
今まで関わりのあった者達から裏切られたクォンは、ただひたすら北へと歩き続けた。人を避け森を転々として滞在し、膨大魔力を消費しながら転移を繰り返す。
そうして繰り返すこと約二日、クォンは目的の場所である洞窟の側まで辿り着いたのだった。
「ふっ……当初の目的ではあのガキに精霊除けの魔道具を作らせるつもりでしたがぁ……ふふふふ、流石は”精霊の呪い”ですねぇえぇえ!? 見ていらっしゃいますかぁあぁあ!? 新緑の魔女様ぁあぁあ!! 貴女様の呪いはこんなにも強力な物なんですよぉおぉお!?!? あはははははははっ!!」
通常であれば辿り着く事の出来ない洞窟の入口。
そこにクォンが辿り着けたのは、リィシアが付与した呪いが大きく関わっていた。
本来であれば洞窟に辿り着く前に、精霊達の力によってクォンは森を彷徨う事になる筈だった。だからこそクォンは以前から洞窟の存在を知っていたにもかかわらず、今まで洞窟へ向かおうとはしなかったのだから。
なので、当初の予定ではガノルドへもっと恩を売り、ガノルドの手が空いたタイミングで精霊避けの魔道具を作らせるつもりだったが、それはもう叶うことの無い予定となってしまう。
そこでクォンは自分を散々な目に遭わせて来た"精霊の呪い"へと目を付けた。
もしかしたら、呪いの影響で迷うこと無く洞窟へと辿り着けるのでは無いかと考えたのだ。
そして、結果としてクォンの推測は的を得ていた事が判明する。クォンが近づくだけで、周囲を漂っていた精霊達は瞬く間にその姿を消して行った。
本来であれば洞窟を守らないといけない精霊達。しかしながら、そんな精霊達にとっても"精霊の呪い"の効果は絶大であり、精霊にとっては"自分達を殺すことを躊躇わない存在"が近付いてきているのと同義だった。
生命の危険は人も動物も……そして精霊も等しく恐れるものである。
その恐怖に抗うことが出来ず、精霊達はクォンの前から姿を消してしまった。
やがてクォンが洞窟の入口へと近づくと、そこには十人程の小さな精霊達が浮いている。
精霊達は互いに身を寄せ合い、洞窟の入口の前で震えながらもクォンの前に立ちはだかっていた。
「あらぁあ……わたくしの前に姿を見せれる虫も居たんですねぇえぇ?」
『こ、ここは、封印の洞窟です……た、立ち去りなさい!』
十人程の精霊たちは、声を合わせて立ち去るようにとクォンへ告げる。
しかし、そんな精霊達の声にクォンは頷くことなく……寧ろ高らかに笑い声を上げた。
「あはっ、あははっ! たかが数匹の虫が群がったところで……何が出来るんですかァァァァ?!?!」
『ひっ……』
その獣のような叫び声に、精霊達は涙を浮かべて大きく体を震わせた。そして一人、また一人と逃げるように姿を消していき、最後に残った一人も目の前に立つ恐怖から逃げ出してしまう。
そんな精霊達を見て、クォンは「もうちょっと遊んであげれば良かったですねぇ」と呟くと、ふらついた足取りで洞窟の中へと入って行くのだった。
洞窟へ入ると、そこにはクォン一人が通るのがやっとの細い一本道が続いていた。
そうして細い道を進み続けること数分。クォンはがらりと空気が変わったことに気が付き、思わず進めていた足を止めた。
(……ふふ、まだわたくしには恐怖する感情が残っていたんですねぇ)
ニヤリと笑みを浮かべているクォンの額にツーっと一雫の汗が零れた。
暗がりの細道の向こうには光が漏れ出ている。普通ならそれは暗がりを照らす光であり有難いものなのかもしれないが、クォンはその光が怖いと思えた。
「……ばらまかれたら欠片とは比べ物にならない力。ふふふ……素晴らしいですねぇ」
後戻りはできない。クォンにはもう帰る場所はない。
ぼそりと呟いたあと、クォンは止めていた足を動かして前へと進む。そして、光の中へとその身体を投げ出すのだった。
光の先には半径500m程の空間が広がっていた。周囲の壁には静かに光を放つ鉱石が埋め込まれており、それが細道から見えていた光だったのだとクォンは理解する。
そうして周囲を一瞥した後で……クォンは中央へと視線を向けた。
「嗚呼……嗚呼ァァァァ!!!! この魔力……突き刺すような気配……欠片では薄らとしか感じれなかった貴方様の存在が、こんなに強く感じれるなんてぇ……」
中央には円柱の台座が置かれており、台座の上にはひし形の禍々しい紫色をした水晶が置かれていた。水晶の表面には血管の様に赤黒い線が張り巡らされており、脈打つように点滅する不気味な光を放っている。
その水晶を前に、クォンは神に祈りを捧げる様にして頭を垂れるのだった。
「嗚呼……古より存在する王よ。わたくし、クォン・ノルジュ・ヴィリアティリア……いえ、もうあんな国は要りませんね。これからはクォン・ノルジュと名乗ることとしましょう。では、改めて――」
まるで水晶に話しかけるように口を開いていたクォンだったが、途中で独り言を呟いたかと思えば再び水晶へと話しかける。
そのコロコロと変わる態度が、クォンの心が壊れていることを表している様でもあった。
そうしてクォンが話し続けてから10数分後。
一通り話し続けて満足したのか、クォンは水晶へと近づいて行き、亜空間から一つのビー玉の様なものを取り出した。
「さあ……さあさあさあ!! お目覚めの時です!! 我が尊き主様ァァァァ!!」
それを震える手で掴むと、クォンは狂ったように声を上げてビー玉の様なものを水晶へと近付ける。
やがて水晶にビー玉の様なものが触れると、ビー玉の様なものは水晶の中に飲み込まれてしまった。
ドクンッ……ドクンッ……。
水晶へビー玉の様なものが飲み込まてた直後、水晶が眩いくらいの赤紫色の光を放ち、心音の様な音が洞窟の内部に響き渡る。
眩い光を放ち続ける水晶はやがて宙へと浮かび、ピシッと大きな音を響かせたかと思えば、次の瞬間には粉々に砕け散った。
それでも光が止むことはなく、赤紫色の光は徐々に人の姿を型どり始める。
その光景にクォンは涙を浮かべて跪き、祈りの姿勢をとっていた。
そして……その時は訪れる。
人の姿へと収束された光はやがてその輝きを潜め、そこに生命を誕生させた。
「嗚呼……ようやく、ようやくこの時が……」
「…………」
服を着ていない為、全てが顕になっている人物はクォンの言葉に答えることなく周囲を見渡している。
顔を左右に動かす度に、その赤紫色の長い髪が煌めく星屑の様な光の粒をばら撒きながら揺れ動いていた。
「さあ!! 長き封印から解き放たれし王よ!! どうか……どうか過去の史実と同じようにこの世界を混沌へと誘い下さい!!」
クォンは歓喜に震えた声で頭を下げながらもそう叫ぶ。
しかし、クォンの目の前に立つ裸の王――いや、裸の小さな女の子は嫌そうな顔をしてクォンを静かに光りを放つ黄金色の瞳で見下ろしていた。
返事のない事に疑問を抱いたクォンは、そこで初めて頭を上げる。
「…………は?」
そして、その小さな女の子を目にして思わずそんな声を漏らすのだった。
だが、そんなクォンの事を見下ろしていた女の子は自身の体を確認すると怒りの感情を宿した瞳でクォンを睨み付ける。
「――お主、この儂を未熟な状態で目覚めさせおったな?」
「ッ……!?」
幼い声から想像も出来ないような重圧。
思わずクォンは上げていた頭を地面へくっつけて平伏した。
「おのれ……あの美しい姿に戻れるのにどれ程の年月が掛かる事か……これだから女神の安心してなどと言う言葉は信用できんのだ。そもそもあの小娘め、ちゃんと世界の管理を――」
小さな声でブツブツと話し続ける女の子を前に、クォンはただ混乱するばかりだった。
それもその筈。
クォンがこの精霊が守り続けていた洞窟までやって来たのは、ヴィリアティリア大国の古い書庫で徹底管理されていた禁書――”始まりの魔神と創世の女神”と言う書物を閲覧したからなのだから。
その書物を読み込み、クォンはここに太古に女神と争ったと言う魔神が封印されていると知った。
そして、クォンは禁書と共に保管されていた魔神の核と欠片の一つを王の権限を以て手にしていたのだ。
その欠片から漏れ出る力にクォンは魅了され、いつか魔神をこの世に顕現させるのを目的として今日まで生きて来た。
時には魔神の欠片を集める為に世界を回り、時には魔神の力を増幅させる為に女神の力を弱めようと転生者を使って画策していた。
その中には魔神の欠片を他国の王へと渡し、切り札として使えと命じたものもある。最も、真の目的はその欠片を取り込んだ人物を魔神の眷属である”魔人”へと進化させる事だったのだが……欠片を受けとった王は未だにその真相を知らずにいる。
そうして多くの時間を魔神復活の為に費やして来たクォンは、ようやく願いを果たす事が出来たと思っていたのだ。
しかし、目の前に現れたのは禁書に記載されていた似顔絵や自分の想像とはかけ離れた姿をした女の子。
それも自分の事を褒める訳ではなく、寧ろ怒りを露わにする女の子を見て、クォンは複雑な心情を抱いていた。
「あ、あの……恐れながらお聞きしたい事があるのですが……」
「――なんじゃ?」
「貴方様は――いいえ、貴女様は”古の魔神”と呼ばれる御方で間違いないのでしょうか?」
「いにしえ? ほう……」
クォンの言葉に女の子は真面な回答をすることなく感心した様な声を漏らす。
そんな女の子の態度に、既に狂い始めていたクォンは相手が誰なのかなんて忘れて怒りを露わにした。
「ッ!! 質問に答えろォォォ!! お前は何なんだ!! 魔神ではないのですか!? 魔神ではないのだとしたら……わたくしの苦労はどうなるのです!? ここまで努力して来たわたくしの苦労はどうなると言うのですか!? もう、何でもいい!! お前が悪であるのなら、わたくしの願いを叶え――「五月蠅いぞ、小娘」――ガッ……」
一心不乱に叫び続けていたクォンだったが、突如としてその声を止める。しかし、それはクォンが自ら止めた訳ではない。
未だに叫ぼうとするクォンの喉を、不可視の何かが握りつぶしていたのだ。
そんなクォンの目の前には右手をクォンへと翳す女の子が立って居る。
女の子の黄金色の瞳は静かに光りを揺らめかせ、女の子が翳した右手を握りしめようとする度にクォンは首を両手で抑えて苦しみ始めた。
「――お主がどの様な目的があって、この儂を目覚めさせたのかは知らぬ。興味もない」
「ガッ……アッ……」
「だがな、望んでもおらぬ再臨を……それも中途半端な形で成された儂のこの怒りは――誰にぶつければ良いと思う?」
薄っすらと笑みを浮かべる女の子に、クォンの怒りは静まり恐怖が沸き上がる。必死に抵抗しようと暴れ続けるクォンだったが、不可視の何かがクォンの首から離れる事は無かった。
「お主……儂の力を取り込んでおるようじゃな? うむ……丁度良い。お主を贄としよう」
「~~ッ!?!?」
「カカッ、安心せよ――死ぬ時は一瞬じゃ」
静かにそう呟いた女の子は、ゆっくりと動かしていた右手を緩めた直後――一瞬にして拳を握り力を込め始めた。
その瞬間、クォンの首から鈍い音が鳴り響く。
音が洞窟に響いた直後に右手の力を抜いた女の子が汚れを払う様に手を振ると、クォンはばたりとその体を地面へと倒れさせた。
「ふむ……次いでじゃ、その躯を魔力へ還元するとしよう――【????】」
女の子はそう言うと、横たわるクォンの亡骸へ右手を翳しスキル名を口にした。直後、クォンが横たわる地面から赤紫色の門が地面と平行するように出現する。
そして赤紫色の扉が地面の方へ向けて開くと、クォンの身体は門の中へと落ちて行った。
「……うげぇっ!? なんじゃこいつ、呪われておるのか。めんどくさいのう……【
クォンが消えるのと同時に赤紫色の門も姿を消した。
女の子はクォンが呪われていた事実を知ると別のスキルを発動して溜息を一つ吐く。
こうして、クォンは”古の王”を呼び覚ます代償として、自らの命を落とす事となるのだった。
「――ふむ、まあ目覚めたものは仕方が無し。第二の命は……どう過ごそうかのう。全く困ったものじゃ……カカッ」
女の子は自らの首を傾げつつも洞窟を出る為に足を進める。
その顔は困っていると言うよりも――何処か嬉しそうにも見えた。
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【作者からの一言】
遅くなってしまい申し訳ございません。
これにて幕間はおしまい。
次回からは普通に新章へ突入です!
???「おい、待たんか!! 儂の事をもっと詳しく――」
それでは、新章でお会いしましょう!!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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