第345話 プリズテータ大国 最終日③
「――おや、珍しいね。ランとユミラスが一緒だなんて」
「あ、ライナ」
ユミラスを膝枕していると、ライナが別邸の扉を開けて現れた。
ライナの右手には木剣が握られていて、どうやら日課にしている剣の鍛錬を行う為にやって来たみたいだ。
そうして俺とライナは顔を見た後お互いに挨拶を交わし、ライナが俺の方へと近づいて来たタイミングである事を聞いてみる事にした。
ある事と言うのは、俺の太ももの上で眠っているユミラスについてだ。
「ライナ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「ん? 僕に答えられる事なら構わないよ」
ライナからの許可も貰えたので、俺はざっくりと今までの出来事について説明して行く。
朝のリハビリをしている最中にユミラスがやって来た事、ユミラスがあまり眠っていない様子だったので膝枕をして寝かしつけていた事、そして……眠り出したと思った矢先に顔が赤くなり始めた事。
それらを簡潔にまとめて話した。
「――最初は風邪かな?って思ったんだけど熱もないみたいでさ。もしかしたら種族的な特性だったりするのかなって」
「ふぅん? どれどれ……」
俺の話を聞き終えたライナは興味あり気にユミラスの方へ顔を近づけると、そっと右手でユミラスの左頬を触り始めた。
そうしてしばらくの間右手を左頬へ添えていたライナだったが、「なるほどね」と一言呟くと右手を離し、一歩下がった後で俺の方へと顔を向けた。
「――これは吸血種によく見られる"睡眠紅潮"と呼ばれる症状だね」
「す、すいみんこうちょう?」
「"睡眠紅潮"は吸血種であれば頻繁に起こる……分かりやすく言えば種族特性みたいなものかな? 血液が重要な器官である吸血種は睡眠を取る際に、身体中へ新鮮な血液を巡らせようと勝手に血流の流れを速くしてしまうんだ。その結果、人間種よりも高速で巡る血液が熱を持ち体温を自然と上げてしまう。多分、今触って見たらわかると思うけど普段よりも体温が上がっている筈だよ」
ライナの話を聞いて、俺は直ぐにユミラスの額に右手を置いてみた。
……確かに、さっきよりも少しだけ体温が高いかもしれない。吸血種にはそんな特性があったんだな。ミラやフィオラ、ユミラスの師であるアーシェからも聞いたことが無かったから知らなかった。
「ほんとだ……これってユミラス自身には何か不都合があったりとかはしないんだよな?」
「ああ、それは大丈夫だよ。眠ってからしばらくすれば治まるし、言ってしまえばただ血流が良くなっているだけだからね」
そう言うと、ライナはゆっくりとその場にしゃがみ込み、俺が膝枕していたユミラスを被せていた毛布ごと抱えて立ち上がる。
「まあ、特に問題は無いだろうけど、念の為に僕が部屋まで送り届けるよ。ランはリハビリで忙しいだろうしね」
「うーん、リハビリ自体はもう殆ど治って来てるみたいだから大丈夫だけど……ユミラスは女の子だからな。ここはライナが適任だろうしお願いするよ」
「へぇ……」
「ん?」
なんだ?
ユミラスを抱きかかえたライナの瞳が、俺の右腕を凝視している様な……。
「――右腕、治ったんだ?」
「…………あっ」
ま、まずい……!!
ライナの目が明らかに獲物を見つけた狩人の目をしている。
そう言えば、俺の右腕が使えなくなってからは一週間以上……トワを救出した一件も含めれば十日くらいはライナと真面に剣を交えてない。
一応、右腕が使えなくなってから一度だけ剣を交えた事はあるけど、あの時は結局途中で止められちゃったからな……。
ほぼ日課となっていた剣の鍛錬が出来なくなって俺自身も大分フラストレーションが溜まっていたのだが、ライナは以上に溜め込んでいたのかもしれない。
……あれ、もしかしてプリズデータ大国へ来てからと言うもの、わざわざ俺の目の前で剣の鍛錬をしていたのは――俺の右腕が治っているのかどうかを確かめる為だったのか!?
「ラ、ライナ? 確かに俺の右腕は動かし易くはなっているけど、まだ完治した訳では……」
「ふぅん? まあ、それでも剣は握れるんだろう?」
「…………ど、どうか――なっ!?!?」
イエスともノーとも言ってはいけない気がする質問が来たので、なんとかお茶を濁そうとした矢先、ライナが俺に向かって何かを蹴りつけて来た。
そしてそれを俺が咄嗟に右手で掴み取ると、ライナはニヤリと笑みを浮かべて口を開く。
「なぁんだ、ちゃんと握れてるじゃないか――木剣」
「くっ……」
や、やられたぁ……!!
視線を右手に向ければ、確かに俺の右手には逆手持ちの状態で木剣の柄が握られている。ライナが蹴りつけて来たのは側に転がっていた木剣だった様だ。
いや、的確に狙うの上手すぎやしませんかね!? 手じゃなくて足だよ?
流石に逆手持ちで柄を握っているのは偶然だとは思うが……ぐ、偶然だよね?
「と言うか、剣士が剣を足蹴りって……」
「あはは! 僕の剣技は自己流だし別に継承されたものでは無いからね。それに、戦いの場において”剣士ならば”とか言ってはいられないだろう? 幾ら掟を作り守っていた所で、負けてしまっては恰好も付かないからね」
「いや、そうだけどさ……」
「まあまあ、続きは後でたっぷり聞いてあげるよ。とりあえずはユミラスを運び終わってからにしよう。あ、ついでにグラファルトも起こしてこようかなー」
「げっ」
グラファルトを起こすのか……余計に面倒な事になりそうだな。
「あははは! 楽しみだなぁ」
「……行っちゃったよ」
嬉しそうに笑いながらライナは器用に右腕だけでユミラスを支えると、空いた左手を使って別邸の扉を開ける。そして閉じようとする扉の片方を右足で固定するとそのまま中へと入って行き、ライナが中へ入りきったと同時に扉はゆっくりと閉まってしまった。
「お、お手柔らかにな~……」
扉が閉まり切る直前にそう声を上げてみるが、ライナに届いていたかどうかは分からない。
ただ、一つだけわかっていることがあるとするなら……俺は朝からシャワーを浴びなければならない事になる。
そして、それはまさに現実となり……いつもは寝ぼけている癖に、こんな時だけは意気揚々としていて元気であるグラファルトを連れて戻って来たライナ。
そんな二人によって俺は逃げる事すら許されず、二人が満足するまで剣を交えることとなるのだった。
――別邸の玄関をくぐり抜けて、ライナは二階と続く階段を上り始める。
やがて階段を上りきると、ライナはその歩みを止めて「ふぅ」と溜め息を吐き、自身が抱えているユミラスへと視線を向けた。
「――さて、そろそろ下ろしてもいいかな?」
抱えているユミラスへと向けられたライナの言葉。その言葉が放たれて数秒――ライナの腕に抱えられていたユミラスはゆっくりとその瞳を開き、気恥しそうしながらも一度だけ頷いて答えた。
ライナが腰を落としてユミラスの両足を地面へと着けると、ユミラスはライナの手を借りることなく自立をする。
そしてあらためて立ち上がったライナの方へと無理向き、ユミラスはゆっくりとその頭を下げるのだった。
「お気遣い感謝します。ライナ様、本当にありがとうございました……そして、ラン様に嘘を吐かせてしまって申し訳ございません」
ユミラスからの謝罪を受けて、ライナはやれやれと言った風に肩を竦める。
「まあ、どういう経緯でああなったのかは知らないけど、寝たふりをしていたくらいだから何か起きられない事情でもあるのかなってね。でも、”睡眠紅潮”なんて嘘は直ぐにバレちゃうと思うから、ちゃんとタイミングを見てランにも謝っておくんだよ?」
「はい、勿論です……うぅ……」
決して怒る訳ではなく優しく言い聞かせる様に話すライナの言葉にユミラスは唯々肩を落としながら反省の意を示す。
しかし、ライナはここでもまた一つの嘘を吐いていた。
(――まあ、実はランに声を掛ける少し前くらいに扉の前に立ってタイミングを伺ってたから、大体の内容は知ってるんだけどね)
そう、ライナは別邸の扉を開ける少し前――正確に言えば、ユミラスに藍が毛布を掛け始める辺りから既に近くで待機していたのだ。
だからこそ、ライナはどうしてユミラスが寝たふりを続けなければならなくなっていたのかも理解しており、扉の近くに二人が座っていた事もあってユミラスと藍がお互いに好きだと言っていた事も知っていた。
(まあ、別に寝たふりをしていただけでランは怒ったりする性格じゃないと思うけどね。ユミラスとしては気づかれたくない様だったから助け船を出してあげたけど)
心の中でそう思いながら、ライナは目の前で迷惑を掛けてしまったと落ち込んでいるユミラスを見て苦笑を浮かべていた。
こうして、ユミラスは何とか藍に寝たふりしていた事を気づかれずに済み、何度もライナへ謝罪と感謝の言葉を繰り返したのちに別邸で割り当てられた自室へと戻って行った。
ライナはそんなユミラスを爽やかな笑みで見送った後、早足でグラファルトが眠る藍の部屋へと駆け付けて、ベッドで大の字になって眠るグラファルトを叩き起こす。
『――おお!! 藍の腕が治ったのだな!!』
叩き起こされて機嫌悪そうな顔をしていたグラファルトだったが、ライナから『ランの右腕が治ったらしいよ』と聞くとその表情を喜色で染めてベッドから飛び起きる。
そうして、ライナとグラファルトは獰猛な笑みを浮かべながら藍の待つ庭へと向かって歩き始めるのだった。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
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