第344話 プリズデータ大国 最終日②




「ラン様……好きです」

「…………」


(――や、やっちゃった……)


 藍がユミラスに毛布を掛け直している時、実はユミラスは眠ってはおらず……ただ目を瞑りながら心を落ち着けようと深呼吸していただけだった。

 

(ど、どうしよう……ラン様が優しくしてくれて嬉しくて、つい変な事を口走っちゃった……)


『ラン様……好きです』


(〜〜ッ!!)


 自身の発言を思い出して、ユミラスは脳内で声にならない叫び声を上げる。


 そもそも藍が寝言だと思っていた発言は、ユミラスとしても言うつもりのなかった言葉だった。

 しかし、偶然に訪れた二人だけの空間と、師であるアーシエルが藍と結婚した事実を羨む気持ち。そして何よりも藍の優しさをこれでもかと受けた事により、ユミラスは高鳴る胸の鼓動と藍に対する"好き"と言う感情が抑えられなくなり……無意識のうちに藍へ告白をしてしまっていたのだ。


(さ、幸いにもラン様は私が起きている事には気づいていない様子……うぅ、ラン様……そしてアーシェ様……ごめんなさい……)


 突発的にとは言え、ユミラスが藍へ好意を伝えてしまった事実は変わらない。

 自分が言ってしまった失言に対して、ユミラスは心から後悔していた。


 ユミラスは師であるアーシエルの事を心から尊敬しており、それと同じくらいに藍の事も慕っている。

 その為、ユミラスが一番に望んでいるのはアーシエルと藍の幸せであり、ユミラスはようやく結ばれた二人の幸せな雰囲気を自分の発言によって台無しにしてしまっているのでは無いかと思っていたのだ。


 しかし、後悔先に立たずと言う言葉がある様に、発言を取り消すことは出来ない。

 ユミラスは自分の口から零れ落ちた言葉を振り返り徐々に不安が募り始める。


(怖い……ラン様はいま、どんな顔をしているんだろう……)


 瞳を閉じているユミラスには、藍がどの様な表情をしているのかが分からなかった。それが更にユミラスの心に募る不安を増長させていく。

 今のユミラスは、藍に意識がある事を悟らせない様にするので精一杯だった。


 時間にして数秒の間ですら、永遠に感じる程に。


(……やっぱり、私じゃ駄目だよね)


(……私は、アーシェ様の様に素直にはなれない)


(……いつも緊張して、言葉が上手く出て来なくて、説明口調になっちゃって、アーシェ様みたいに可愛くもないし、国民からも怖がられるような私じゃ――)


 一秒ごとに、ユミラスは心の中で自分を否定し続ける。

 自分に自信が持てないユミラスは、いつも周囲の人から嫌われない為に必死だった。

 だからこそ真面目に仕事をこなし、アーシエルの帰る場所を守り、眷属である仲間達が動きやすい様にと自ら指示を出し続けている。


 ユミラス・アイズ・プリズデータ。

 プリズデータ大国の”氷の女王”と呼ばれる彼女は……とても憶病な性格だった。


 素直になれないのは、否定されるのが怖いから。

 甘える事が出来ないのは、鬱陶しいと思われたくないから。


 そうして本心を奥へ奥へと理性を以て隠し続けていたユミラスだったが、理性では抑えられない事もある。

 アーシエルがプリズデータ大国へ帰って来た時しかり、恩人とも言える藍がプリズデータ大国へやって来た時しかり、そして……藍が”普通の女の子”として自分に接してくれた時しかり。


 藍にしてみれば、それは当たり前の事であり普通の事なのかもしれない。

 しかし、ユミラスにとってその普通は”ただの普通”ではない”特別”で、なによりも嬉しい事だった。


 そんな思いがあったからこそ、舞い上がる様に高鳴る感情に身を任せて呟いてしまった自身の心。

 隠し通せなかったこの想いを、藍はどう感じているのか――ユミラスは時間が一秒過ぎるごとに不安に駆られ、同時に諦めに近い気持ちを募らせる。


(……ああ、もういっそ目を開けて起きちゃおうかな。それで、”眠っていました、ごめんなさい”って謝って部屋に帰ろう……そうすれば、これ以上傷つかなくて済むだろうから)


 返って来ない言葉を待つのが怖くなり、ユミラスはそんな事を考え始める。

 そして、悲しみを必死に堪えて涙だけは流すまいと覚悟を決めてから目を開こうと瞼に意識を向けた時――ユミラスの頭に優しく何かが置かれる。


(ッ……これって、ラン様の……)


 そう、それは正しく藍の左手であり、まさか再び撫でられるとは思っていなかったユミラスは思わず体が動きそうになるのを何とか我慢する。

 しかし、ユミラスを動揺させる出来事はそれだけでは終わらなかった。


「……俺も」

(――え?)

「ユミラスが好きだよ」

(~~~~ッ!?!?)


 頭を撫でられながら耳の傍で聞こえる藍の声。それもただの声ではなく、先程の自分の失言に対する返答であり更には前向きな答えが返って来たのだ。


(い、いいいま、ラン様が私の事を…………夢?)


 あまりに予想外な展開に混乱しているユミラスは、今までのやり取りが全て夢なのではないかと言う荒唐無稽な考えに至る。

 しかし、そんな考えを繰り返している最中も藍が頭を撫でてくれている感触は伝わり続け、それが夢ではなく現実なのだとユミラスに知らしめていた。


(ど、どどどうしよう!?!? ラン様はいま私が寝てると思っているからきっと言ってくれたんだよね……それなのに”本当ですか!?”なんて言えない……ああ、こんな事なら寝たふりなんてズルしなければよかった……。あれ、でも待って……その前にラン様は私の事を……ッ!?!?)


 藍からの返事を貰えた事に対する衝撃と、寝たふりをして逃げてしまった事への後悔が先に訪れていた為に、ユミラスは数秒程遅れて藍に言われた言葉を思い返す。


『……俺もユミラスが好きだよ』


(~~ッ……ラン様も私の事が好きだった!? へっ!? ど、どうしよう……嬉しぃ……けど、罪悪感がぁ……ごめんなさい、ズルい私でごめんなさい……あれ、と言うか私、これからラン様とどう顔を合わせれば良いの!?)


 ここに来てようやく、ユミラスは自分がしでかしてしまった事態の重大さに気が付いた。

 寝たふりをしていたので藍はユミラスが言葉を聞いていないと思い込んでいる。しかし、実際はユミラスはしっかりと藍の言葉を聞いていて、それを知っているのはユミラスだけだ。

 当然ユミラスは藍に対して今後も寝ていたと言い続けなければならない。いや、ここでユミラスが”実は起きていました”と言えばそうはならないのだが……。


(無理……!! 今更起きてましたなんて言えない!! ラン様が許してくれたとしても、ラン様に恥をかかせる訳にはいかない!!)


 それはユミラスの意地とも言えるものであり、自分が尊敬する相手に不快な気持ちを抱いて欲しくないと言うユミラスの我が儘でもあった。


 だからこそ、ユミラスは起きていたと言う事実を隠し通す為に寝たふりを続けることを決める。

 決めるのだが……それはユミラスにとって茨よりも険しい道だった。


「……あれ、なんかユミラスの顔が赤くなってる?」

「ッ……!?(ああああ……私の馬鹿ぁ!! お願いだから今だけは冷静に……!!)」


 藍に好意を抱かれていると知ってしまった事で、ユミラスは赤く染まり熱を持ち始めた顔を隠しきれない状態だった。

 これが事前に分かっていた事であったなら多少なりとも変わって居たのかもしれない。それこそ、予め”認識阻害魔法”を使って表情を変えるなどして対策する事も出来ただろう。

 しかし、藍からの返事は予想外のものであり今のユミラスは寝たふりをしている状況である為、魔力を解放する訳にもいかない。つまりは絶体絶命のピンチである。


「もしかして風邪かな? ……うーん、でも熱は無いみたいだけど」

「…………(ひぃぃぃ!? だ、だれかぁ……)」


 額に手を乗せた藍が首を傾げる中、ユミラスは必死に心の中で助けを求めていた。

 自分が引き起こした事態ではあるが、もうユミラスでは収拾がつけられない所まで来ている。

 早朝と言う時間ではあるが、ユミラスは誰かが助けてくれるのを心から願い待っていた。


「……もしかして、ユミラス――」

「ッ……(嗚呼……終わった……私の人生はこれでどん底へ……)」


 ユミラスの願いは届かない。

 藍が何かを予想して話そうとする最中、ユミラスはこれからどう生きて行こうかと考え始める。


 だが、そんなユミラスのもとに一筋の”閃光”が現れるのだった。


「――おや、珍しいね。ランとユミラスが一緒だなんて」

「あ、ライナ」

「……(ライナ様ぁぁぁ!!!!)」


 何処か凛とした雰囲気を纏う声音。

 その声は別邸の扉が開かれた直後に響く。


 ”閃光の魔女”――ライナ・ティル・ヴォルトレーテ。


 魔法剣を自在に操る”閃光の騎士”がいま、”氷の女王”の窮地に駆け付ける。







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 【作者からの一言】


 まさか、ユミラスのお話でここまで長くなるとは……そしてライナはきっと日課をこなしに来ただけです。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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 ご感想もお待ちしております!!


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