第343話 プリズテータ大国 最終日①
――闇の月23日の明け方。
22日の朝には別邸へ戻って居た事もあり、俺は日課であるリハビリを行う為に外へと出た。
ちなにみ今日は自主的に早起きをしました。悪夢に魘されなくなったのは良い事なんだけど、眠れなかったツケを払うかの様に体が睡眠を欲している所為か少しだけ眠い。良い傾向なんだろうけど。
今日はライナはまだ来ていない様子。眠い目を擦った後、自分で亜空間から椅子を取りだした俺はそのまま座り右腕のリハリビを始めた。
同月の17日から始まった6泊7日のプリズテータ大国療養の旅。
それも六日目である昨日が終わった事で今日で最終日。今日の午前中にはプリズテータ大国を去る事になる。
改めて振り返って見ると、一週間しか居なかったとは思えないくらいに濃い一週間だったなぁ。
女王であるユミラスと友達になって、その眷属であるメイドさん達とも仲良くなれた。
途中で招かれざる客の登場やシーラネルとの再会なんかもあって大変ではあったけど……リィシアとの仲も深まりアーシェを妻として迎える事も出来たし、結果的に言えば大満足だ。
それに、目的であった精神と肉体の回復についても概ね良好と言えるだろう。
精神面に関してはもう大丈夫だと言えるくらいになったと思うし、右腕に関しても……。
「……おぉ」
軽く上半身のストレッチをした後で両腕を同時に上へと上げてみる。すると、数秒の誤差はあれど同じくらいの力で上げる事が出来る様になっていた。
これはもう完治も間近なのではないだろうか?
正直こんなに早く治るとは思っていなかった。ウルギアと黒椿によれば魂は完治しているのに腕が動かないのは原因不明だったらしいので、回復が遅くなると予想していた。
そう言えば右腕が動かし易くなったのって精神的な問題が解決してからの様な気がする。四日目は流石に無理だったけど、五日目の昼間と六日目の朝は比較的に動かし易くなっていて、それに魔力の流れに関しても流し続ける事でスムーズになって行った気がした。
何か関係があるのかな? うーん、調べる方法が無いからもどかしい……。
「――えっと……ラン様?」
「あれ、ユミラスだ」
珍しい事もあるもんだ。
いや、そう言えば二日目の朝にも似たようなことがあったっけ。あの時はレヴィラと一緒だったけど。
考え事をしていると背後から声を掛けられて、振り返ればそこにはプリズテータ大国の女王――ユミラス・アイズ・プリズデータの姿があった。
別邸の扉の前に立って居たユミラスは俺の方を見て首を傾げている。
一応起こさない様に移動して来た筈だけど、どうしたんだろう?
「珍しいね、どうしたの?」
「その、昨日から始まった仕事の報告書に目を通していたら窓からラン様がお庭へ出ていたのが見えたので……あの、今は何をなされているのですか?」
「え? ……あっ」
困惑した様に聞いて来るユミラスの視線が俺の頭の上辺りを見ていた。そして、ユミラスが見ている辺りを見上げた事で俺は我に返る……そう言えば、両手を上げっぱなしだったなと。
俺は慌てて両手を下ろし、ユミラスにリハビリ中であった事を伝える。
幸いなことにユミラスは俺が早朝にリハビリをしている事を知っていてくれていたので、事情を説明したら直ぐに納得してくれて「お疲れ様です」と微笑みながら答えてくれた。
危ない危ない、もう少しで変人扱いされるところだった……。
それにしても、ユミラスってこんな時間まで仕事をしているのか。もしかして休憩とかしてないんじゃないのか?
そう思った俺は右腕に魔力を流すのを止めた後で扉の前で見守って居たユミラスに聞いてみる事にした。
「なあ、ユミラスっていつ寝てるんだ?」
「睡眠ですか? そうですね……昨日は書類仕事が終わってからなので日付が変わる頃に30分くらいですかね?」
「えっ……」
「お、おかしいですか……? お戻りになられたアーシェ様に言われてからは休みを取る様にと王城内や国営地区で働く使用人達にも声を掛けて、その見本となるべく私も実行しているのですが……」
その短すぎる睡眠時間に絶句していると、ユミラスが不安そうな顔をしてそう説明してくれた。
そうか……ミラ達"六色の魔女"が寝ないって言うのは聞いてたけど、ユミラスもそう言うタイプの人だったのか。
え、もしかしてフィエリティーゼの人達ってみんなそうなの?
少しだけ不安になって来たのでユミラスに聞いてみると、どうやらそんな事は無いようだった。
「生命活動に役立つのは身体だけではありません。体内に保有している魔力に関してもそうです。これは魔力操作の一環でもあるのですが、保有魔力量の多い者は意識的に身体的欲求を抑制する事が出来るんですよ」
「へぇ、そうなのか」
「私や他の魔女様の弟子達であれば、その身に宿す魔力量は多いですし魔女様直伝の魔力操作も会得していますから、相当長く抑制する事ができます。まあ、それを意図的にしていなかった変わり者もいましたけど」
「今ならその理由が少しだけ分かります」、最後にそう言い終わるとユミラスは苦笑を浮かべた。
その顔は何処か寂しそうで……もしかしたら、仲の良かった他の弟子の人達のことを考えているのかもしれない。
詳しくは聞いた事ないけど、ミラ以外の五人にはそれぞれ一人ずつ弟子が居て、現在生き続けて居るのはユミラスとレヴィラの二人だけ。他の三人に関しては、既に亡くなっている。
ユミラスの言う変わり者が誰かは分からないけど、きっとその人とユミラスの仲は良い関係だったんじゃないかな。
そうじゃないと、あんなに寂しそうに笑うことは出来ないと思うから。
……さて、話を戻そう。
ユミラスの話によれば、魔力量が多くて魔力操作に長けている人なら誰でも眠気を抑制できる事になる。
それがミラ達に関しても同じなのかは聞いてみないと分からないけど、以前までは眠ることのなかったミラ達が今となっては結構な時間を眠り続けられている事を踏まえると、ユミラスの言っていた変わり者と同じく意図的に抑制をやめた可能性が高いかな。
あれ? でも……。
「……ユミラスって今は意図的に抑制をやめてるのか?」
「はい、私だけではなく偵察や護衛など特別な任務についている者以外の使用人達には睡眠欲の抑制をしないように指示しています」
「そうか……抑制していない状態で30分しか眠っていないのか……」
「い、いつもはもっと長く眠っていますよ? ですが、昨日はその……ラン様関連の急を要する仕事が多かったので……」
言い訳をする様に語られたユミラスの内容を聞いて、俺は一昨日から昨日にかけての出来事について思い出す。
一昨日の夜。
俺はグラファルトと共にVIPルームへと戻り、ミラ達に王となる事を告げた。
俺の話を聞いたミラ達はそれはそれは喜んでくれて、ミラとフィオラが中心となって話はどんどん進んで行き……まずは建国をする前に同盟となってくれる大国に知らせておく事が決まると、早速ミラ達はプリズデータ大国の女王であるユミラスをVIPルームへと呼び出すのだった。
呼び出されたユミラスはまず始めに事の経緯をミラから聞かされる事となり、アーシェと俺が婚姻の儀を行った事を知って自分の事の様に喜んでいた。
その喜び様は凄まじく、説明をしていたミラの横を通り抜けて、ミラの後方に立っていたアーシェに抱き着いてずっと「おめでとうございます!!」と言い続けており、アーシェが嬉しそうにしながらも何とも恥ずかしそうにしていたのを覚えている。
そうして、ユミラスが落ち着いてから話は移行していき、俺が新たに建国する小国の王となる事がユミラスに説明された。
最初は目を見開き驚いていたユミラスだったが、俺の大き過ぎる力と特殊な境遇を考慮しての事だとミラから説明されると納得した様子で「分かりました」と頷いてくれた。
そこから更に細かい話をミラとフィオラがユミラスにしていたのだが、そのタイミングでアーシェとロゼの空腹が限界を迎えてしまったので俺はキッチンで料理を作ることになり……結局、先の話を聞けずじまいのままその日は豪華な料理を前に祝杯を挙げて終わりを迎えてしまう。
そして日付が変わり昨日。
朝食を食べ終えてから全員で別邸へと戻り、特にやることの無かった俺は黒椿とトワの三人でゆっくりと過ごす事にしていた。
いや、俺も何か手伝おうかと言ったんだけど……ミラから「今のところあなたに出来ることは無いわ」と言われてしまい、手伝えなかった。不甲斐ない……。
そんな訳で、建国に向けての準備についてはミラ、フィオラ、アーシェ、ユミラスの四人が主導で進めて行き、俺は詳しい内容を未だに知らされていないのである。
そうして現在に至る訳だが……俺のせいで明らかに無理をさせてしまっているよな。
「ごめんな、俺のせいで……眠いんじゃないのか?」
「ラン様は何も悪くありません。どちらかと言えばラン様の件以外の通常業務の方が多いですから。それに、睡眠に関しても大丈夫です。昨日眠れなかった分は比較的時間に余裕が出来た時に眠るようにしますから」
優しく微笑みながらそう話すユミラスだったが……それって意味が無いんじゃないか?
うーん……何か俺に出来ることは……。
「……ユミラスはこの後何か予定がある?」
「この後ですか? ラン様達をお見送りするまでの時間は空けていますが……」
「そうかそうか……」
そうして俺はしばらく考えた後、ゆっくりと椅子から立ち上がり座っていた椅子を亜空間へとしまう。そして、椅子をしまってからもう一度亜空間へと手を伸ばして三人がけ用のゆったり出来るソファを取り出した。
「ラン様? 突然どうされたのですか?」
当然、何も知らないユミラスは俺の行動を見て不思議そうに首を傾げている。
……正直、これで喜ばれる保証は無いんだけど、ユミラスへしてあげられる事が殆どない俺にとってはもう他に選択肢は思いつかない。
今までのユミラスの態度とレヴィラやアーシェから聞いた話を考慮して喜ばれると信じて、俺は早速行動に移る事にした。
「ユミラス、ちょっとだけ我慢してくれ」
「ラ、ラン様? どうして私の傍へ……ッ!?!?」
困惑するユミラスの傍へ進んで行き目の前まで近づいた後、驚くユミラスを無視して俺はおもむろにユミラスを抱え上げた。
「ラ、ラン様!? こらは一体どういうことですか!?」
「ごめん、ちょっとだけ我慢してな?」
顔を真っ赤にして俺の両腕の中であたふたとするユミラスにそう説明してから俺はソファへと足を進める。
そして、ソファへと辿り着いた俺はゆっくりとユミラスを抱えたまま左端へと腰を落として、抱えていたユミラスの頭が太ももの上になる様にゆっくりとユミラスを下ろした。
そう、俺がユミラスにしようとしていたのは――膝枕である。
ゆっくりと休んで欲しいという思いもあるが、アーシェとレヴィラからユミラスが俺の事を好いていると聞かされていた。
それが友人としてか、それとも異性としてかは分からないけど、どちらであったとしても好意を持たれているのであれば嫌がられたりはしないのではないかと言う考えもある。
俺としてもユミラスの事は好意的に思っているし、膝枕で喜んで貰えるなら何回だってしてあげたいと思っていた。
問題はユミラスが喜んでくれるかどうかだけど……。
「〜〜ッ……ラ、ラン様のお顔がこんなに近くに……それに、こ、これは一体……」
「その、ユミラスが昨日あまり眠れなかったみたいだからさ。その原因を作ってしまった俺としてはユミラスに何かしてあげたくて……迷惑じゃなければこうして少しでも休んで貰えればなと」
「め、迷惑じゃないです!! で、でも良いのでしょうか……? わ、私はラン様のこ、恋人でもなければ、その……つ、妻でもないのに!!」
顔を真っ赤にしてモジモジとしているユミラスを見て、自然と笑みが溢れる自分がいた。
うん、やっぱりユミラスは普通の女の子と一緒で……可愛いなと思う。
そんなユミラスにこっちが癒される思いだ。
「別に良いんじゃないかな? 友達同士だとしてもこれくらいは。それに、ユミラスに膝枕をするのはこれが初めてって訳じゃないし……俺としてはユミラスを膝枕出来て嬉しいけど?」
「〜〜!?!? しょ、しょうですかぁ……」
優しく微笑みながらそういうと、ユミラスはそう呟いた後に両手で顔を塞いでしまった。どうやら顔を見下ろされるのがまだ恥ずかしい様だ。
俺は亜空間から毛布を取り出してユミラスの足先から肩まで掛ける。
それからユミラスの許可を取り左手でユミラスの頭を撫で始めた。
ちなみに頭を撫でられている時も、ユミラスは両手を顔から離そうとしない。
それでも、嫌がる素振りは見せていないので多分照れているだけだと判断してそのまま撫で続ける事にした。
「……ラン様」
「ん?」
「……幸せです」
「それなら良かったよ」
そうしてしばらくの間ユミラスの頭を撫でていると、次第にユミラスの顔を覆っていた両手が力を失くしたかのようにするりと胸元へ下がっていった。
両手が下がったことでユミラスの顔が顕になる。そうして見えたユミラスの顔は穏やかな表情で目を閉じて静かな呼吸を繰り返していた。どうやら眠ったみたいだ。
ユミラスが眠りについた事を確認した俺は、ユミラス両手を毛布の下に入れる事にする。
そうしてユミラスの体に顔を近付けていると、不意に耳元に声が聞こえてきた。
「ラン様……好きです」
その声に驚いてユミラスの顔を見る。しかし、そこには穏やかな表情で眠り続けるユミラスの姿しかなく起きている様子は無かった。
どうやら寝言だったらしい。
俺はそんなユミラスの寝言に嬉しいような、起きている時に聞きたかったと残念がる様な、なんとも言えない気持ちになった。
「……俺もユミラスが好きだよ」
聞こえる事はないだろうが、俺は再びユミラスを撫でながらそう呟く。
そうして、俺はユミラスが眠るのを見守りながらプリズデータ大国最終日の朝を満喫するのだった。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
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