第342話 プリズテータ大国 五日目⑤
「うっ……酷い目に遭った」
「怒らせる様な事をしたお前が悪い」
ようやく笑うのをやめて左頬を摩るグラファルトに俺は軽く鼻を鳴らしてそう返した。
「別に怒らせたかった訳では無い。それに、我が言ったことの殆どは事実だからな」
「じゃあ、何であんなに挑発する様な言い回しをしたんだよ」
もう少し優しく言ってくれていれば、俺だってグラファルトの頬を引っ張る様な事をせずに済んだかもしれない。
それはグラファルトも理解している筈だ。
「あれは、お前の本心を確かめていたのだ」
「俺の本心?」
俺がそう聞き返すと、グラファルトは「うむ」と頷いて再び話を再開させる。
「本当に心から王となる事を望んでいないのなら、我から常闇達へ話して反対するつもりだったのだ。だが、蓋を開けてみればどうだ?」
「どうだって……俺は別に……」
「はっ、もう隠すのはやめろ。では何故、我の言葉にお前は怒りを覚えたのだ」
「……」
そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。
一方的に王にはなれないと言われた時、何故が納得出来ない自分が居たからだ。
例え全てを守れないとしても、それでも……自分の周囲に居る人達には笑顔でいてもらいたい。
それを可能にする力が今、俺にはあるのだから。
「……そうだな。確かに俺はお前の言葉に苛立っていた」
「うむ。それで、その事実を知ったお前はどうする?」
「うーん……」
グラファルトの問に、俺は首を捻り考える。
もう、自分が王になれないとは思わない。誰がなんと言おうと、王となったら自分の理想を守る為に奮闘するつもりだ。
ただ、だからと言って不安が無くなった訳ではなかった。命を預かると言う責任、国としてちゃんと機能する様にしなくてはならない責任、他国に負けられない責任……王という立場になれば多くの責任が伸し掛る事になるだろう。
果たして俺は……その責任を背負うことが出来るのだろうか?
「――やれやれ、お前は考え事が尽きないな」
「グラファルト?」
一人で悩み続けていると、溜め息混じりにグラファルトがそう言い俺の頬に手を伸ばす。
頬に触れた両手は冷たかったけど、次第に熱を持ち暖かくなって行った。
「そう悩む事は無いだろう? 現時点で国民となる予定の者達はアルス村の村民だけだ。知らぬ者など居らぬ」
「……だからこそ、余計に不安になる。もしも俺一人だけが傷つくならそれで良い。でも、守るべき民であるアルス村の人達に何かあったら……俺は――「馬鹿者め」――痛っ!?」
俯こうとした直後、グラファルトによる頭突きが俺の額へ直撃した。鈍い音と同時にズンっと来るような痛みが脳を揺らす。
この駄竜め! 手加減と言う言葉を知らないか!?
「いきなり何するんだよ!」
「ふんっ、悪い方向に思考が傾いておる者の頭を小突いてやったまでだ。まあ、これに関しては我にも原因があったと思ったから同じ痛みを喰らうことにしたのだが……」
「はぁ?」
よく分からない発言をしながら自分の額を両手で抑え始めるグラファルト。
どうやらグラファルトも同じ様に痛かったらしい。
そうしてグラファルトは、痛みを振り払うように頭を左右に動かすと溜め息を吐いてから話を始める。
「あのなぁ……確かに王とは一人で先頭に立つ事が多い。それは国の象徴であり、常に先陣を切る立場だから当然だ。国民の前で弱々しく全てを他人任せにしている王など、誰も見向きもしないだろうからな」
「まあ、そうだろうな……」
「だがな、それはあくまで国民から見た王の姿と言う事を忘れるな」
「え?」
そこまで言うと、グラファルトは両手を俺の頬に押し付ける様にしてニッと笑みを浮かべた。
「王になったら、お前はまた一人で戦うのか? また我らを置いて、また一人で全てを背負い、また一人で死に行くつもりなのか?」
「うっ……やめて、”また”と言う部分を強調して色んな言い回しをするのはやめてくれ……」
「事実であろう?」
いや、そうだけどさ……。
悪い事をしてしまったという自覚があるから、言われる度に罪悪感で胸が苦しいよ……。
そうして俺が罪悪感で落ち込んでいると、 グラファルトが「落ち込むな」と両頬をペチペチ叩いて来る。
「別にお前を責めるために言った訳では無い。ただ……忘れるなと言いたかったのだ」
その声音は何処か優しく、頬を叩いていた手を止めたグラファルトもまた声音と同様に優しげな笑みを浮かべていた。
「藍、お前が王になったとしても――我は変わらず隣にいるぞ」
「ッ……」
「我だけではない。お前の周囲には頼りになる者達が沢山居るではないか。お前の立場が変わったくらいで、その者達がお前の傍から消えるのか? 有り得んな、あやつらは寧ろお前の傍をより離れなくなるぞ」
グラファルトの言葉を聞いて目を瞑れば、直ぐにミラ達の顔が思い浮かぶ。
俺が声を掛けると、みんなはいつも笑顔を向けて応えてくれていた。
もし、俺が王になったらそんな日常も失われてしまうのか。
「……確かに、有り得ないな」
ミラ達が離れていく理由が、離れて行ってしまう姿が、どれだけ想像しようとも思い浮かぶことは無かった。
自惚れでも構わない。自分自身がみんなが離れて行く姿を想像出来なかったことが不思議と嬉しく思える。
きっと、それくらい信頼出来る間柄に慣れたという事だと思うから。
閉じていた瞼を開くと、そこには微笑みを浮かべるグラファルトの姿がある。
俺と同じ灰色の髪に朱色の瞳。
その見慣れた顔を見つめていると……無性に抱きしめたくなった。
「ッ……どうしたのだ、藍?」
グラファルトを左腕で引き寄せて抱きしめる。俺の行動に驚いたのかグラファルトは身体を僅かに跳ねさせたが、次第にゆっくりとその腕を背中へと回して優しく声を掛けてくれた。
やっぱり落ち着くな……。
「……俺が王になっても、お前はずっと傍に居てくれるのか?」
「当たり前だ。我がお前の傍でずっと支えてやろう」
「……ミラ達も、傍に居てくれるかな」
「当然だ。そもそも王になれなどと言ってきたのはあ奴らの方なのだからな。きっとお前が王になる事を喜び、そしてお前を傍で支え続けるつもりであろう」
右耳から聞こえる声に癒される。
不安だった気持ちが自然と消えて行くようだ。
嗚呼、そうか……俺はただ言葉で言って欲しかっただけなんだな。
ずっと傍に居ると、魂の共命者であるグラファルトに……そう言って欲しかったんだ。
安心したのと同時に、心に生じていた迷いも消えて行く。
そして覚悟が決まると、俺はグラファルトを抱きしめていた左腕の力を緩めた。
俺が力を緩めたことに気付いたグラファルトがゆっくりと俺の首元から顔を離して行く。そうして再び向かい合うように顔を合わせてから……俺は笑顔を作って言うのだった。
「ありがとう、グラファルト」
「……覚悟は決まったみたいだな」
「ああ。大変かもしれないけど、王になろうと思う」
真っ直ぐとグラファルトの朱色の瞳を見つめながら言うと、俺の様子を伺うように見つめていたグラファルトがニッと笑みを見せるのだった。
「うむっ! ならば我はお前の半身として、共命者として、そして……」
「ッ!?」
途中で話すのをやめたかと思った次の瞬間、グラファルトは俺の顔を支えるように頬へ手を添えるとおもむろに顔を近づけてその唇を重ねてきた。
時間にして数秒。
口付けをしてきたグラファルトは「ぷはっ」という音と共に俺から顔を少しだけ離すと、微かに頬を赤らめたその顔で俺を見つめて、そしてゆっくりとその口を開いた。
「――王妃として、ずっと傍に居てやろう」
「……びっくりした」
「くははっ! これ以上の事を経験しておいて何を驚く事がある?」
いや、それとこれとは話が別ですから!!
と言うか、女の子がそんな事を言うんじゃない!!
最後の最後で何とも締まらない結果となってしまったが、こうして俺はミラとフィオラの提案を受け入れて王となる事を決意するのだった。
さて、そうと決まればさっさとミラ達の所に戻って話に行かないとな……でも、その前に。
「グラファルト」
「ん? なんだ?」
「愛してる」
「なっ!? お、おま……ッ!?!?」
グラファルトに言い様にからかわれたままなのは釈然としないので、俺はグラファルトを真っ直ぐに見つめて愛の告白をした後、その体を引き寄せて口付けを交わした。
突然の出来事に顔を赤面させて慌てふためくグラファルトだったが、決して逃げようとしない所を見るに満更でも無い様子。
そんなグラファルトを可愛いなぁと思いながらも、俺はもう少しだけこの温もりに酔いしれる事にした。
……尚、それから十分以上も口付けを交わし続けた結果、グラファルトが発情期になりかけました。
幸いにもグラファルトの方が自制してくれたおかげで何とかなったけど……当人であるグラファルトからは「理性が持たん!!」と叱責されてしまい、この様なことをする場合はせめて部屋に着いてからと注意を受けてしまった。
うん、流石にやりすぎた。
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【作者からの一言】
……おかしいな、真面目な感じで終わらせるつもりが駄竜さんとイチャイチャして終わってしまったぞ??
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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