第340話 閑話 落星の瞳に重なる幻影








「ファンカレア、聞きたいことがあります」


――神界……白色の世界にて。


 藍の中から白色の世界へとやって来たウルギアは目の前に立つファンカレアに対して開口一番にそう口にする。


 ウルギアが単独でやって来ることは度々あったが、白色の世界へ足を踏み入れて早々に質問を投げかけられた事は無かった為、ウルギアを見つめるファンカレアは少し戸惑い気味だ。


「と、突然ですね……まあ、良いですけど。それで、聞きたいこととはなんでしょうか?」

「私は世界を創造した事の無い女神ですので、世界の仕組みについて詳しくありません。ですので、貴女であれば適任では無いかと思いました。私が聞きたいのは――魂の転生についてです」

「……魂の転生についてですか?」

「話せない内容でしょうか?」

「いいえ、そんなことはありません。世界を創造した事のある神々であれば必ず通る道ですから」


 ウルギアの言葉に柔らかい笑みを浮かべてそう答えたファンカレアは、丸テーブルと椅子を出現させると二つある椅子の一つへと腰を下ろしもう片方の椅子へウルギアを促した。

 そうしてファンカレアに招かれるままにウルギアが席に着いた所で、ティーセットを取り出したファンカレアが紅茶を淹れながら話を始める。


「さて、魂の転生ですが……これは世界を管理する者の務めでもあります。自らが生み出した星に生命を宿す存在がその命を亡くした際に必ず発生する事態ですから。最初は苦労すると思いますよ? そして驚き嘆く事になります……一日で生まれる命の多さに、一日に失われる命の多さに」

「……」

「だからこそ、我々創造主は星で生きる生命たちにより良い人生を謳歌して貰える様に転生システムと言う仕組みを作り出すのです」

「転生システムですか?」


 聞きなれない言葉にファンカレアから紅茶を受け取ったウルギアは声を漏らす。

 ウルギアの言葉を受けて、ファンカレアは一度頷くと丁寧に説明を始めた。


「最初は母数自体が少ないので全てを手作業で管理できますが……星が成長して行くにつれてその母数も増えて行きます。そうして管理しなくてはならない魂の数が増えて行くと、待機している魂に劣化が生じてしまうことがあるのです」

「劣化ですか」

「魂の劣化は次の人生へ大きく関わってきます。その魂が生前に悪行の限りを尽くしていた場合は元々劣化が生じるので構わないのですが……こちらの不手際によって劣化が生じてしまうのは本望ではありません。ですので、ある程度のルールを作り魂の転生の自動化を目指すのも創造主としての役目のひとつなんですよ」


 「ちなみに私は自動化に成功するまでに200年掛かりました」と苦笑を浮かべ、ファンカレアは紅茶を一口飲み込んだ。


 ファンカレアの話を聞いていたウルギアはしばらく紅茶を見つめた後にファンカレアへと顔を向けておもむろに質問する。


「……では、自動化が成功した後は創造主による介入はなされないのですか?」

「うーん……そうとも限りません。厄災レベルの存在が倒された時、英雄と呼ばれる者が亡くなった時など世界に何かしらの大きな変化を齎す存在の魂を扱う際には私が直接管理していますからね。近年で言えば暴徒と化した転生者の方々がそうです」

「そうですか…………あの」

「はい?」


 ファンカレアからの返答を聞いたウルギアが、覚悟を決めたように再びファンカレアへと声を掛ける。


 そうしてウルギアから発せられた声は彼女にしては珍しく――とても弱々しいものだった。


「もしも……もしもの話です。亡くなった人間の魂が違う惑星系の星へ転生することは可能ですか……?」

「……可能です」

「本当ですか!?」


 ウルギアはテーブルを強く両手で叩きファンカレアへと詰め寄る。

 そのあまりの気迫にファンカレアは驚きを隠せないでいた。


「あ、あの、少し落ち着いて下さい」

「ッ……申し訳ありません。私にとってはそれくらい重要な事だったので……」


 ファンカレアに指摘されて初めて自分がどんな行動をとっているのかを理解したウルギアは、ゆっくりと前のめりになっていた体を元に戻して再び椅子へと座り直した。


「ええっと、ウルギアが私に聞きたかったのは”違う惑星系からの転生”に関してで良いんでしょうか?」

「……はい」

「……それは、藍くんに関係がある事だったりします?」

「ッ……」


 微かに驚きを見せるウルギアを見て、ファンカレアは「やっぱり」と呟いた。


「どうして……」

「ウルギアが必死になるのは、いつも藍くんの事に関してでしたから。それで、ウルギアは何を調べているんですか? 藍くんが関係している事であるのなら私も知っておきたいのですが……」

「……それは、その」


 今日のウルギアは本当に珍しい。

 そんな感想を心の中で抱きつつも、ファンカレアはウルギアが続きを話し始めるのを紅茶を飲みながら待つ。


 そうしてウルギアはゆっくりと話し始める。


 それは――ファンカレアにとって予想だにしていない内容だった。


「藍様が、私の知っている人物の生まれ変わりなのではないかと思ったのです」

「……それって、まさか」

「はい。私が落星の二つ名を手にするきっかけとなった今は亡き惑星、そこで亡くなった人物の魂が……藍様に生まれ変わったのではないかと」

「…………」

「藍様と話をしていると、忘れようとしてもどうしても思い出してしまいます。藍様を見ていると、どうしてもあの方のお姿と重なって見えてしまうのです――」


 ウルギアはその口元に微笑みを浮かべながら話し続ける。

 しかし、自分の思いを曝け出すのに夢中になっているウルギアは気づいてなかった。

 目の前に座るファンカレアが両手を口元へと運びその瞳に涙を浮かべている事に。


「最初はあり得ない話だと理解していました。ですが、それでも諦めきれなかったのです。だからこそ今日、私はファンカレアに魂の転生について聞きたかった。そして、可能性がある事を知りました。本当にありがとうございました。後は私の方で調べて……ファンカレア?」

「ごめん、なさい……」

「何故、謝るのですか?」


 ようやくファンカレアに顔を向けたウルギアは、涙を流し謝るファンカレアに困惑してしまう。


 その後もファンカレアは何度も謝罪の言葉を口にして、涙を拭いながらゆっくりと謝る理由について話し始めるのだった。


「他の惑星系からの転生は、確かに可能です……ですが、それには条件が伴うんです……」

「条件ですか?」

「はい。第一に、その命が亡くなって直ぐであること。第二に、転生先の星が定まっていること。そして第三に……魂が転生先の肉体を見つけるその時まで――生前に生まれ育った星が存在していること、です……」


 表情を暗くして語るファンカレアの言葉を聞いたウルギアは、何も話すことなくその話を聞いていた。

 そして、しばしの沈黙が続いた後……おもむろにウルギアが立ち上がる。


「……紅茶、御馳走様でした」

「あの、ウルギア――「少しだけ、一人にさせてください」――ッ……はい」


 それだけを言い残して、ウルギアはファンカレアの目の前から姿を消してしまう。


 残されたファンカレアは、ウルギアの消えた場所を見つめて唯々涙を流していた。





















 ――そこは藍が白色の世界とは別の神界。


 藍がトワを救い出した場所でもあり、ラフィルナの花が広く咲き誇る花畑。


 フィエリティーゼと時間軸が同様であるその場所に、ファンカレアの元から姿を消したウルギアの姿があった。


「……ファンカレアには悪い事をしてしまいました」


 足元に咲き誇るラフィルナの花を見つめながら、ウルギアは独り言を呟く。


「……これはきっと、”星落とし”をした私への罰なのでしょうね」


 そう呟いたウルギアの脳裏には、ファンカレアから聞き出した他の惑星系へ魂が転生する為の条件が繰り返し再生され続けていた。


「……全く、酷いですね。私がどれだけ忘れようとしても忘れさせてくれない癖に、貴方はそうやって……私に希望を与えて絶望に突き落とすような事をして……」


 ウルギアが見上げた先には、綺麗な月が静かに昇り始めている。

 まるでその月を見つめて感動したかのように――ウルギアの瞳からは涙が溢れ出ていた。


「いいえ、違いますね……。私が、怒りに身を任せて……ッ……貴方との再会のチャンスすらもぉ……消し去ってしまったのですからぁ……」


 もしも、星を落とす前に魂の転生について知識を有していたら。


 まだ可能性として、魂の転生を願う事は出来たかもしれない。


 だが、その願いは打ち砕かれた。

 それは奇しくも願いを抱く自身の手によって。

 沸き上がる憤怒と憎悪をぶつけた星と共に……跡形もなく消え去ったのだ。


 そうして、ウルギアは流れる涙を拭う事無く空を見つめる。


「申し訳ありません……藍様。今日だけは、今日だけは……過去を想い涙を流す事をお許しください……」


 ここには居ない愛する青年に謝りながら、ウルギアは内に秘めていた絶望と悲しみを曝け出し泣き続ける。


 ウルギアの瞳に藍と重なる様に映る幻影。

 それはかつて、ウルギアが落とした星に住む一人の青年だ。




 日々争い続ける国々を統一し、平和な世界を作ろうとした一人の王の物語。

 その傍らにはいつも――青年を見守る”はぐれ女神”の姿があった。



「――セラ……貴方は私を……恨んでますか?」



 届く事のない言葉を夜空へ向けて放つ。


 落星の女神ウルスラギア。


 彼女は今日も……セラと呼ばれた王の幻影に苛まれるのだった。












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