第339話 プリズテータ大国 五日目③







――闇の月21日の夕暮れ時。


 ミラから王にならないかと言われてからもう何時間も経過していた。


「…………はぁ」


 これで何度目の溜め息だろうか?


 でも、許して欲しい。

 いきなりあんな事を言われたら、溜め息くらい出ても仕方がないと思う。


「ッ……やっぱり、プリズデータ大国の気温は低いなぁ」


 "変温魔法"を解除すると、凍える様な風が俺の体を襲い始めた。

 俺は慌てて軍服の上から厚手の黒いコートを羽織って、そのまま足元に腰を落としてあぐらを組む。


「…………さて、どうするかなぁ」


 現在、俺はホテル〜氷の癒し〜のVIPルームの上にあたる屋上に来ている。アウラトから廊下に並ぶ扉のひとつに屋上へと繋がる階段があると教えられていたので、試しに来てみたのだ。


 他のみんなは今頃、VIPルームを堪能していると思う。

 俺もみんなと一緒にゆっくりしようと思っていたのだが、ずっと頭の中から"王"と言う言葉が離れなくて落ち着かない心を静める為に、一人で屋上へと来ていた。



 それにしても……。


『色々とあなたの事をなるべく隠そうと思っていたのだけれど、今回の一件で情報統制には限度があるとわかったわ。現にいまも噂は止まることなくプリズデータ大国に広がりつつある……それなら、隠すことは諦めて立場を確立させようと思ったの』

『もちろん、直ぐにという訳ではありません。プリズデータ大国での騒ぎを収めるために建国予定という事は発表しますが、それはまだまだ先の予定です』


 …………。


『場所は"死の森"とアルス村を含めた小さな範囲で、規模自体も小国以下に留めるわ。国民と呼べるのはアルス村に住むボルガラ達だけで政治的な話はこれからね、どちらかと言えば部族に近いけれど……まあ国と言っておいた方が大きく見えるから小国と名乗るつもりよ』

『これは昨日、ミラスティアと話を詰めただけですのでまだ私達以外の誰も知りません。私達としてはランくんが王として君臨していてくれた方が色々と手を回しやすくなるので助かりますが……その分、ランくんにもお願いする事が多くなりますので無理強いをするつもりはありません。私達は、ランくんの気持ちを尊重すると約束します』

『まあ、とりあえずプリズデータ大国の件もあるから今日中に決めて欲しいところだけど……大丈夫かしら?』


 …………はぁ。


「全くもって大丈夫じゃない……」


 どう考えても一日で決められる内容じゃないよね?

 ただの一般人だった俺には荷が重い話だ。


 異世界に来て、世界を救って、そして次は王にならないかと誘われた。

 地球で暮らしていた頃とはかけ離れたセカンドライフ。

 一体何がどうなったらこうなるのだろうか。


(はぁ……ウルギア。ウルギアは俺が王になる事についてどう思う?)


 一人で来たとは言ったが実は俺の中にウルギアが居たりする。

 ミラ達が俺に王になるように話をしてきた後、特にやる事も無かったからか、何も言わずに俺の中へと入ってしまったのだ。


 ただ、今はウルギアが居てくれて良かったなと思える。

 俺の事をずっと傍で見守っていたウルギアなら、肯定するにせよ否定するにせよ何かアドバイスの様なものをくれると思ったからだ。


 だからこそウルギアに聞いてみたのだが……どれだけ待ってもウルギアから返事が返って来ない。


(ウルギア?)

(……ッ!? すみません、少し考え事をしていました)

(いや、謝らなくていいよ。こっちこそ、考え事の最中にごめん)


 どうやら何かを考えていて、俺の声に気づかなかったらしい。

 それにしても、俺の声に気づかないなんて珍しい。何を考えてたんだろう?


(藍様が謝罪をする必要はありません。それで、私になにかお話が?)

(あ、そうだったそうだった)


 ウルギアが考えていた内容が気になって本題を忘れてた。

 そうして俺は再びウルギアへ同じ質問を投げかけてみる。


(えっと、俺が王に向いているのかウルギアの意見が聞きたくて。ウルギア、俺は――王様になれるかな?)

(ッ……――)

(ん? いま、なんて?)


 何処か震えるような声で、ウルギアが何かを言っている様な気がしたのだが、その声は小さ過ぎて残念ながら聞き取れなかった。


(……)

(ウルギア、大丈夫か?)

(は、はい……大丈夫、です……。藍様が、王位に就くことに関してでしたね)


 なんだろう、さっきからウルギアの様子がおかしい気がする。

 心ここに在らずと言うか、なにか思い詰めている様な……。


(ウルギア、何か気になることでもあるのか? それなら俺の質問に無理して答えなくてもいい。ウルギア自身の事を優先してくれていいからな?)

(…………申し訳ございません)

(謝らなくていいよ。ウルギアにはいつもお世話になってるから、心配してるだけ。俺で良かったら相談に乗るけど?)

(ご心配、ありがとうございます。ですが、これしきの事で藍様のお力をお借りする訳にはいきません。少し調べたい事がありますので、私はこれで)


 それだけ言い残すと、ウルギアの存在が俺の中から完全に消えてしまった。

 女神としての神格を取り戻したことで、ウルギアはある程度自由に動くことが出来る。果たしてウルギアはどこに行ったんだろうか?


「……なんて、他人の事よりもまずは自分の事だよな」


 頼みの綱であったウルギアが居なくなってしまった事で、俺は本当に一人になってしまう。

 さて、俺はどうするべきなのだろうか……。


「あーもう! 王なんて向いてないって!!」

「――そうか? 我はお前なら良い国を造れると思うがな」


 背後から聞こえたその声に、俺はゆっくりと顔を向ける。


「……グラファルト」


 そこには俺とは色違いである白い軍服を来た少女――グラファルトが立っていた。


「皆が風呂だ酒だと騒いでいる中、お前の姿が見えないと思ったら……こんな所に居たのだな」

「……まあな」


 優しい笑みを浮かべるグラファルトの姿は、薄暗くなってきた寒空の中でもはっきりと見えた。

 そんなグラファルトに一言だけ返してから正面に広がる王都の景色へと視線を戻すと、背後に立つグラファルトが履いているブーツの足音が鳴り近づいてくるのが分かる。


 そうして足音が俺の背後まで近づいてくると、背中に二つの物が当たる感触があった。


「ほう、ここからの景色も綺麗なものだな」


 どうやらそれは、グラファルトの両脚の一部の様だ。俺の背中に脚を密着させて、俺の両肩に両手を乗せたグラファルトが前のめりになって俺が見ている方向の景色を見始める。


「おい、隣で見ればいいだろ?」

「別に良いでは無いか、我はここから見たいのだ」

「意味がわからん……」

「そうか? まぁ、分からぬのならそれでも良い。それにしても……何故お前はそんな厚着をしておるのだ?」


 なんか話を逸らされた気がしなくもないが……まあ、いいか。


「今は"変温魔法"を切ってるからな。この国の気温を感じたくて」

「ふーん……?」

「まあ、分からないならそれでいいよ。さっきのお前と一緒だ……って待て待て!!」


 俺の言葉を意味をあまり理解していない様な声を漏らすグラファルト。

 そんな彼女に俺はここぞとばかりに先程の仕返しをしようと思ったのだが……何故かグラファルトは俺の前にやって来ると、おもむろに俺が羽織っていた厚手のコートの前を両手で開きその中に背中を向けて入ろうとしてきた。


「何してんだお前!?」

「うぅ……いいから早く抱きしめんか! 我もお前と同様に"変温魔法"を切ったから寒いのだ!」

「それなら自分のコートを出せば良いだろ!?」

「コートなど亜空間にしまっておる訳がなかろう!?」

「いや、何でだよ!?」


 グラファルトの亜空間には一体何が入って……いや、十中八九お酒と肉料理だな。ことある事にしまっているのを見たことがある。


 後は寝間着に使ってる俺の黒いTシャツくらいか……それを着ても寒さはしのげないよなぁ。


 その後も"変温魔法"を掛け直す様に言ってみたり、俺が新しく防寒着を出すからそれを着るように促してみたり、ありとあらゆる手を使って説得を試みたのだが全て失敗に終わった。


 そうしてグラファルトは俺に背中を預ける形で身を寄せてきて、俺はそんなグラファルトのお腹辺りを抱きしめている。


「うむ! これで二人とも暖かくなれるなっ!」

「そうだね……」


 満足そうに俺を見上げて笑うグラファルトの頭を撫でて俺は溜め息を吐く。


 日が完全に沈み、夜空と魔道具の光りが煌めく王都の夜景が……そんな俺達の目の前には広がっていた。









@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 【作者からの一言】


 なんだかグラファルトと二人きりは久しぶりな感じがします。

 ちょっとだけこの先を書くのがワクワクです。

 

 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る