第338話 プリズテータ大国 五日目②





 ……よし、卵を割ります。

 十個くらいかな? いや、どれだけ食べるか分からないし二十個くらいにしておこう。

 金属で出来た大きめボウルにそれくらいの数の卵を割入れた後、生クリーム、塩コショウ、細かくしたチーズを少々入れてかき混ぜる。

 これでオムレツの準備は完了だ。


 後はメインとして肉料理だな。それにサラダとデザート、主食としてお米かパンを選べるようにしておくか。米はおにぎりでいいとして、パンの種類は――。


「――それで? さっきまでは随分と楽しそうにしてたけど、藍とはいつ結ばれたの?」

「き、昨日の夜に……お酒を飲みながら、です……」

「よ、酔った勢いでって事ですか?」

「……その、わたしは酔ったフリをしてて、それでランくんにベッドまで運んでもらった時に、その……うぅ〜ッ」

『ふぅーん……』


 か、感じる……面白がっている様な、不満を抱いているような、羨ましがっているような、そんな視線を感じる……目を合わせるな俺!!


 いやはや、アーシェとのちょっと恥ずかしいリンゴの口移しを終えて朝食へ戻ろうかと思ったら、まさか全員が来ていて……それも俺とアーシェの口移しシーンを見ていたなんて思わなかったよ。


 みんなの存在に気づいたアーシェ、顔をリンゴみたいに赤くして泣いてたな……いや、上手いこと言ったつもりは無いけどさ。文字通りだよ、本当に。

 やっぱりあれは二人だけの時に見せるテンションだった様で、見られるのは恥ずかしいみたいだ。


 そして現在、ダイニングテーブルのお誕生日席に座らされたアーシェが他の"六色の魔女"である五人とグラファルトによって俺との馴れ初めを告白させられていた。


 ちなみにここには他にも黒椿やトワ、ウルギアも来ている。

 しかし、ウルギアは興味が無いと言わんばかりに直ぐに俺の中へと入ってしまい、黒椿やトワは俺とアーシェの馴れ初めよりVIPルームに興味津々な様子であり、現在は大浴場でお風呂に入っているようだ。


 あ、ちなみにトワは着いてそうそうに黒椿によって目を塞がれた為、パパの痴態を見せずに済みました。

 後で黒椿にちゃんとお礼を言っておこう……。


 本当なら水着を着て一緒に入ろうかなと思ったんだけど、それをグラファルトやミラ達が許してくれる訳もなく、お腹も空いているからと朝食を作らされながらリビングルームに留まる事となってしまった。


 そうして料理をしながらもダイニングから聞こえてくる声に耳を傾けていたのだが……これ、下手をしたら話している本人よりも俺の方が恥ずかしくないか!?


 料理をしているお陰で、さっきみたいにたまに感じる視線は無視出来るけど……アーシェの話に出てくる人物は当然ながら俺な訳で、アーシェといフィルターを通り伝えられる俺の話を聞くだけでむず痒くなる。


 ただ、女性は恋バナが好きと言うのは本当らしく、アーシェを含めた女性陣は楽しそうに話し続けていた。


「――それで、その後はどう口説かれたのだ?」

「えっとねぇ……えへへ」

「……アーシェお姉ちゃん、デレデレしすぎ」

「だってだって、昨日の夜にランくんがね? 不安がっていたわたしを安心させる為に婚姻の儀をしてくれたんだよ!? 『俺はアーシェが好きだ、大好きだ。そして……アーシェの事を愛しています』って!!」

『へぇ〜?』


 そしてアーシェ……!!

 自分の事についてはあまり語らないのに癖に、俺に関してはこと細かく説明するをやめろぉぉぉ!!


 ちょっとダイニングを覗いて見れば、恍惚な表情を浮かべているアーシェ以外の全員が俺を見てニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 多分、アーシェに悪気は微塵も無いんだろうけど本当に勘弁してくれ……恥ずかしさで手元が狂いそうになる。


 しかし、そんな願いがまかり通る訳もなく、アーシェによる俺への惚気話は俺が朝食を作り終えるまで続いた。










 ―そして朝食後のダイニング。


 アーシェによるミラ達への報告会も終わり、俺の中に入っていたウルギアや大浴場に居た黒椿とトワの二人も合流して、現在は俺が淹れた紅茶をみんなで飲んでいる。


 ちなみに俺の席はアーシェとは逆皮のお誕生日席です。別に深い意味は無いけど、簡単に言えば妻が増えた事によるリスク回避です。今後も全員で集まる場合はなるべく隣合う席は控えるべきだろう。


 さて、ようやく一息吐けた訳だし……そろそろミラ達が来た理由を聞かないとな。


 確か今日の午前いっぱいはアーシェと二人の予定だった。

 それを繰り上げてまでやって来たのには、きっとそれなりの理由がある筈だ。


 そう思った俺が代表としてミラに聞いてみると、特に勿体ぶることも無くミラは話してくれた。


「話ってあれよ、昨日のあなた達についてよ」

「昨日の……」

「わたし達……?」


 ミラの言葉に俺とアーシェは顔を合わせて首を傾げる。

 はて、昨日は普通にデートを満喫できていた様な……。


「はぁ……あなた達、何やら中央広場で騒ぎを起こしたそうじゃない」

「「……あっ」」


 そ、そうだった。

 昨日の夜から今日の朝にかけての印象が強く残っていた所為でうっかり忘れてたけど、そう言えばミラに伝え忘れてた騒動がありましたね。

 呆れ顔のミラから視線を外してアーシェを見れば、汗を垂らしてあたふたとしている。同じタイミングで声を上げてたし、多分アーシェも忘れてたんだな。


「あなた達ねぇ……今頃王都では二人の噂が広がりきっている筈よ?」

「「うっ……」」

「昨日の夜だって、外へ出ていたユミラスの眷属が王都の民から次々に質問されて居たそうよ?」

「「……」」

「『氷結の魔女様と想い人様の挙式はいつ頃なのでしょうか?』、『国を挙げての催しはいつ頃になりますか?』、『アーシエル様と想い人様とのご関係はいつからなのでしょうか』……他にもまだまだあるけれど、聞きたいかしら」

「「――大変申し訳ございませんでした」」


 刺々しく突き刺す様に放たれる言葉と、俺とアーシェを交互に睨み付けるミラの視線。静かな怒りを感じさせるその視線に俺達は潔く謝罪し頭を下げた。


 うん、これは完全に報告を怠っていた俺が悪い。

 まだ昨日のうちに念話やアウラトに言伝を頼むなどして伝えておけば良かったんだろうけど、なんだかんだでバタバタとしていた所為で失念していた。


「まあ、大方の事情はユミラスの眷属から聞いているから改めてあなた達に聞く必要は無いのだけれど……こうも大々的に藍の存在が公になってしまったのは予想外だわ」

「……やっぱりまずいかな?」


 正直な話、俺の存在が公になる事でどのような問題が発生するのか理解できていない部分がある。

 一番の問題だと思われていた俺の魔力に関しても、アルス村での滞在で問題が無いと判断されたし、今の俺には”女神の羽衣”だってある。たとえ魔法を使えないとしても、レベルが表示されなくなるまで強化されている肉体とライナが持っている様な魔法が付与されている剣を使えばそれなりに戦えるだろう。


 そうなると、何処に問題があるのか……異世界人である俺には理解しにくい問題だった。


「……難しい質問ね。問題がないとも言えるし、懸念事項があるとも言えるわ。そうよね、フィオラ?」


 ミラに話を振られたフィオラは一度だけ頷くとその口を開いた。


「ええ。アルス村での一件以降、ランくんの存在と魔竜王であるグラファルトの復活については少しずつ情報を流していく予定でしたからね。エルヴィスにはディルク王やシーラネル王女が居ますから、まずはエルヴィス大国で試験的にと考えていたんですよ。勿論、素性の全てを話す事は出来ませんからある程度の口裏合わせを行ってからですけどね」

「あれ、そうなると今回のプリズデータの件って……」

「そうです……口裏合わせを行う事も出来なかったので、昨日はミラスティアと共にそれはそれは話し合い続けましたよ」

「ご、ごめんなさい……」


 目を細めて笑ってはいるが、その声音は明らかに怒りを表していた。

 どうやら俺の知らない所でミラとフィオラの二人は色々と苦労していたらしい。そんな二人の事を労いつつも、ひとまず迷惑を掛けてしまった事に対する謝罪をフィオラにもする。

 俺が謝るとフィオラは小さく溜息を吐くが、その表情を和らげて苦笑しつつも「大丈夫ですよ」と言ってくれた。


「私たちには出来なかった”世界を救う”と言う大役をランくんは成し遂げてくれたんですから。その後始末とランくんの安全を守ることくらいは私にさせてください」

「……俺としてはそこまで大した事をしたつもりはないんだけどなぁ」


 言ってしまえば、俺のしてきたことはただのおせっかいだ。

 これは何度も思い口にしてきた事ではあるが、俺は自分がやりたいように、助けたいと思ったから助けただけ。

 嫌だと思ったらきっとファンカレアの頼みであっても断ってたと思う。


 だから、周りの人達に感謝されると少しだけ居心地が悪いんだよな……。


 そんな俺の心を知ってか知らずが、こちらを見つめていたフィオラはクスクスと笑うと続けてその口を開いた。


「ランくんはきっと今後も自分が成し遂げた事に対してそう言い続けるのかもしれませんが、貴方のしてきた行動で救われている者は沢山いるんですよ? ディルク王も、シーラネル王女も、その周囲の人達も……それに私だってその一人です。ランくんがこの世界に来てくれた事に、心から感謝していますよ?」

「……ああ、そうですか」

「ふふふ、今日はこのくらいにしておきますね」


 俺がぶっきらぼうに言葉を返すと、フィオラは再びクスクスと小さく笑みを浮かべてそう言った。


 やっぱり近しい人からの真っ直ぐな感謝の気持ちは照れくさいな。

 そして、俺が照れている事にみんなが気づいているのが尚のこと恥ずかしい。


 俺ってそんなに顔に出やすいのかな……?

 何だかダイニング一帯が生暖かい雰囲気に包まれている気がするが……話を戻そう。


「それで、ミラとフィオラの話し合いの結果……どう言った結論に至ったんだ?」


 俺がそう聞いてみると、ミラとフィオラの二人は神妙な面持ちで視線を合わせて頷き合う。

 な、なんだ? 変な事じゃなければいいけど……。



――しかし、そんな俺の願いはミラから告げられた一言によって打ち砕かれる。






「ねえ、藍――ちょっと王様になってみる気はないかしら?」

「…………はぁ!?」






 冷めた紅茶に口を付けて、常闇の魔女は俺にそう告げながら微笑み掛ける。


 どうやら彼女は――俺を王にするつもりらしい。










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 【作者からの一言】


 藍くんが王様になる展開は第二部の大きな要素の一つです。

 果たして藍くんはどうするのか……この先の展開をお楽しみに!

 

 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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