第333話 それは、氷が熱で溶け出す様に。⑥
アウラトがVIPルームを後にした事で、今この場には俺とアーシェの二人きりとなった。
こちらから連絡を入れない限りは明日の朝まで二人だけであり、これから俺達はこのVIPルームで過ごす事になる。
その結果、さっきまではしゃいでいたアーシェはと言うと……。
「……ッ!? ど、どうしたの!?」
アウラトを見送り戻って来たリビングルームにて隣に立つアーシェと目が合うと、アーシェはその顔を真っ赤に染め上げて慌てふためき始める。
「いや、ただ見てただけだけど……」
「そ、そそ、そうなんだぁ〜」
「……もしかして、緊張してるのか?」
「〜〜ッ!?」
あ、これ当たったな。
図星だったのかアーシェは視線右往左往させて俺の事を見ようとはしない。
正直に言えば俺も緊張はしていたんだけど、目の前に自分よりも緊張している相手がいると自然と緊張がほぐれていく。
だからだろうか、赤い顔で視線を彷徨わせるアーシェの頭に左手を置いて撫でられるくらいの余裕が生まれたのは。
「ラ、ランくん!?」
「大丈夫だよ、俺も緊張してるから」
「本当かな!? ごくごく自然とわたしの頭を撫でてるけど、本当かな!?」
「ほんとほんと、可愛いアーシェと二人きりなんだから緊張するに決まってるだろ?」
「あーー絶対嘘だ!! ランくんのその顔は人を揶揄う時にする表情だもん!!」
俺はいま一体どんな顔をしているんだ?
膨れっ面で語るアーシェの言葉に一気に鏡を見たくなってしまうが、多分鏡を見に行く頃には表情は崩れているだろうし諦めるしかない。
そんな事を考えつつも俺はむくれているアーシェの頭をわしわしと撫でてからキッチンへと向かう。
「ははは、でも本当に二人きりになった直後は緊張していたんだぞ? ただ、アーシェが俺よりも緊張しているみたいだったからさ」
「むぅ~!!」
「ごめんごめん。お詫びと言ってはなんだけど、今日はアーシェの好きな物を作るからさ」
幸いなことに右腕も頑張れば動かす事が出来る。
時間は掛かってしまうかもしれないが、最近は作っていなかった手の込んだ料理を作れる気がしていた。
そしてなんといっても目の前に広がる真新しいキッチンだ!
白で統一されているオシャレなキッチン。
見た目的には全く違うものだけど、構造は基本的に同じなのか我が家にあるキッチンと同じ箇所に魔石が埋め込まれていた。
……うん、一通り見てみたが使い方に関しても我が家のやつと同じっぽいな。食器や調理器具は大型冷蔵魔道具の隣にある棚で、調味料はキッチンに備え付けてある引き出しの中か。まあ、最終的な味付けとかは俺が亜空間にしまってある物を使うから、とりあえず基礎的な塩や胡椒なんかがあればいい。
さて、次は大型冷蔵庫だ。
これに関してはアウラトの説明を聞いた限りだと、完全に我が家の物とは異なった仕組みである事が伺える。
そもそも我が家にある冷蔵魔道具は亜空間と直結させてるからなぁ……ロゼだから為せる事なんだろうけど。
俺の目の前にある白い大きな魔道具は簡潔に応えると地球の冷蔵庫と似た仕組みである。
まず初めに一番大きな両開きの扉を開いて中を覗けば、その中は三段構造の収納スペースとなっていて、その一段目には銀色のトレーの上に乗せられた霜降り肉が塊で置かれている。
あ、これ暴れ牛だ。
その上にも部位ごとに塊で分けられている暴れ牛らしか肉がトレーの上に乗せられて収納されていた。
に、肉しかねぇ……!!
飲み物はバーカウンターからって事なんだろうけどさ……こう、健康面が心配になる中身だな。
ただ、そんな俺の不安は両開きの扉を閉めた後……その下に二つある引き出しの内、上の引き出しを引いた事で杞憂に終わる。
引き出しの中には新鮮な野菜が入れられていた。
ただ……。
「わ、わからん……」
森で生活している時はミラやリィシアに甘えて地球で見た事のある様な感じの野菜しか使って来なかったから、引き出しの中に入っている野菜を美味しく調理できる自信は俺にはなかった。
折角置いてあるのに申し訳ないとは思うが、野菜に関しては味も見た目も安心出来る亜空間の中の物を使わせてもらおう。
野菜が入っていた引き出しを元に戻して最後の引き出しを引くと、そこには大きめの容器に入れられた氷とガラス製の様々な形のグラスが置かれていた。
わ、わからん……多分だけどお酒用かな?
確かアウラトがバーカウンターの中に小さな冷蔵魔道具が置かれていてそこで一部のお酒を冷やしているといってたし、そういうお酒を飲むためのものだろう。
まあ、俺はお酒は進んで飲むことはないしアーシェもお酒が強い印象はないから、ここの引き出しは氷を取り出すだけで終わりそうだな。
そうして冷蔵魔道具の中身を確認し終えた俺は暴れ牛の肉を取り出そうと思い両開きの扉に手を伸ばすと、そのタイミングで左側に何かがぶつかる。
とは言え、今の状況かで俺にぶつかってくるのなんて……アーシェしか居ないんだけど。
「どうしたんだ、アーシェ?」
「……今日のご飯は何かなって」
ぶつかってきたアーシェはぐりぐりと冷蔵魔道具へ伸ばした状態の左肩にその額を擦り付けながらもそう聞いてきた。
微かに見える表情から察するに、まだ少しだけ照れているのかもしれない。
「うーん、とりあえずローストビーフは作るつもりだよ。後はローストビーフを作りながら考えるかなぁ」
「ローストビーフ……!!」
好物の名前が出た直後にアーシェは俺の肩から額を外しその瞳をキラキラと輝かせながら俺を見つめてきた。
好物の力って偉大だなぁ。
「はいはいはーい!! アーシェちゃんも手伝います!!」
「うーん……それじゃあお願いしようかな。あ、もちろんローストビーフ以外も手伝ってくれるんだよな?」
「もう! 幾らわたしがローストビーフが好きだからってそれだけ手伝って後はお願いなんて言うわけないでしょー!!」
ごめん、アーシェ。
ふくれっ面で抗議しているところ申し訳ないんだけど、アーシェなら普通に有り得そうだなって思ってしまった……。
まあ、それを口にしたら尾を引きそうなので言わないけど。
「あはは、俺が悪かったよ。それじゃあ早速料理を始めるから、アーシェは手を洗っててくれ。俺は先にお肉をトレーごと出しちゃうから」
「おっけーい!! 大船に乗ったつもりで任せなさ〜い!!」
むっふっふっ〜と敢えて声に出しながらそう告げるアーシェは、早速流し場にて手を洗い始めている。
大船に乗ったつもりかぁ……アーシェが料理をしている所なんて一度も見たことないけど大丈夫なんだろうか?
あれ、もしかして俺は選択肢を誤ったのか……?
そんな俺の予感は――残念なことに的中してしまう。
「ちょおっ!? アーシェ! 一旦その片手で鷲掴みにしている塩を戻しなさい!!」
「えぇっ!? 塩って多い方が美味しくなるんじゃないの!?」
「アーシェさん!? 油はそんなに要らないから!!」
「これも駄目なの!? でも、この方が間違いなく油で焼き目を付けれると思うんだけどなぁ……」
「おい、アーシエル……誰がじゃがいもを六面ダイスにしろなんて言った……」
「いや、違うの!! じゃがいもの皮がね、食べれる部分にくっ付いてて剥がれなかったから仕方がなくて……ご、ごめんなさいぃ」
案の定、アーシェは家事スキルとは無縁の子でした。
油や塩の分量はおかしいし、じゃがいもの皮剥きに関しては丈10cmはある大きなじゃがいもをどうやったら1cm未満のサイコロに出来るのだろうか……逆にその技術が凄いよ。
結局ほとんどの調理を俺一人でやる事になってしまったが、キッチンの隅でアーシェが寂しそうにしていたので折角だからと野菜の下ごしらえを一緒にやることにした。
皮剥きは包丁でやる姿を見せて真似してもらい、ポトフ用の野菜のカットに関してはアーシェの背後から覆い被さるようにして包丁の扱いを教えていった。
教える側としてはおっかなびっくりな状態だったけど、教えられる側であるアーシェは終始「えへへ」と言う嬉しそうな声を漏らしている。
「えへへっ……何だか夫婦の共同作業みたい。ちょっとだけ恥ずかしいけど、嬉しいなあ……」
「…………そうだな」
嬉しそうにはにかむアーシェには申し訳ないが、俺はアーシェが指を切らないか気になって気になってそれどころじゃ無かった。
くっ……アーシェがもう少しだけ上達したら、その時は俺も同じ気持ちを味わうんだ!!
こうして、一時はどうなる事かと思ったが二人で夕食の準備を進めていき、俺達は完成した料理を夜景が見えるテーブル席へと運びソファーへ腰掛けてから、ロマンチックな雰囲気で夕食を堪能することが出来た。
風景が違うだけで、いつもよりも少しだけ味の感じ方が変わることが分かって何だか新鮮な気分だ。
今度、我が家がある森でピクニックなんかも良いかもしれないな。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
【作者からの一言】
さて、夕食が終わったと言う事は……次回はお風呂回になります! ただ、アーシェと藍の関係は初々しい感じにしたいと思っていますので、その辺りを把握してから次回のお話をお読みいただけると幸いです……(つまり、そこまでエッ――な展開にはしないつもりです)。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます