第332話 それは、氷が熱で溶け出す様に。⑤






 このホテルの支配人である女性――アウラトに案内されて転移装置へと乗った俺達は、あっという間にVIPルームへと辿り着いた。

 我が家にもあるけど、やっぱり転移装置って便利だな……。


「到着しました。ここが我がホテルの最上階になりますVIPルームエリアです」

「「おお~」」


 アウラトの説明を聞いた俺達は揃ってそんな声を上げる。

 流石はVIPルームと言うだけあって、部屋の階層は最上階なんだな。


 てっきり転移装置で転移した先には広々とした空間が広がっているものだと思っていたが、転移装置の正面には長い廊下が続いていてその左右の壁には何枚も扉が並んでいた。


「へぇ、VIPルームってこんなに部屋数があるんだな。てっきり一組しか使えないのかと思ってた」

「いえ、一組だけしか使用出来ませんよ?」

「え? でも、部屋がこんなにいっぱい……」

「ああ、違いますよラン様。部屋が分けられているのはあくまで利便性を向上させる為だけであって、この最上階の全てがラン様とアーシエル様がご宿泊されるVIPルームとなります」


 おぉ……まじか。

 幾らVIPルームだからと言って広すぎないか!?


「ちなみにだけど、どれくらい広いの?」

「そうですね……ラン様に分かりやすく説明させて頂くとしたら、プリズデータ大国の王城の隣に別邸がありますよね? あの別邸の二軒分の広さだと思っていただければ想像しやすいかと思われます」

「……そ、そうかぁ」


 VIPって凄い……心の底からそう思った瞬間である。


「この廊下は一本道になっておりまして、しばらく直進して頂くとリビングルームが御座います。リビングルームは廊下側以外の全ての壁が"硬化魔法"や"防御魔法"など様々な付与がなされた特別なガラスで出来ていますので、最上階から見える夜景はとても綺麗だとユミラス様からも好評なんですよ」

「そうなの!? ランくん! 早く見に行こう!!」

「ちょっ、アーシェ! 俺はまだこの現実を受け入れられてなくてだな!?」


 逆にアーシェはなぜ平然としていられるんだ!?

 慣れか!? 慣れれば俺もアーシェみたいに気にならなくなる日が来るのか!?


 そんな事を心の中で叫びながらアーシェに引っ張られていると、やがて少しだけ細い廊下が終わり広々とした空間が姿を現した。


「うわ〜!! 綺麗な景色〜!!」

「…………」


 いやアーシェ、そこじゃない。

 景色よりもまずはこのリビングルームの異常さを一緒に確認しよう?


 50mくらいの廊下を走った先に広がるリビングルームは、暖かみのある白を基調とした色の床と天井になっており、天井には広い部屋を照らす為に高そうな照明の大型魔道具が複数設置されている。


 そして廊下側の壁を背にするような形で左側には何故か人の居ないバーカウンターが設置られており、高そうなお酒やソフトドリンクらしき物が並べられていた。


 え、もしかしてあれ全部タダですか!?

 アウラトに確認したら本当にタダらしい。VIP……スゴイ。


 そしてバーカウンターの更に奥の方はオープンキッチンとダイニングを合わせた様な造りのスペースになっていて、キッチンの奥の方には大型の冷蔵魔道具が置かれているのが見える。

 いかん、普段から料理を作る身としてはあのスペースが凄く気になる……!

 後で絶対に調べよう。


 左側を一通り見たあとは右側へと移るが、右側は左側とは違って特に何も……いや待て、一つだけ不思議な物が置かれてる!!


「なあ、アウラト」

「はい、何でしょうか?」

「右側のやつさ、ソファとかテーブルは分かるんだけど……奥にあるあのキングサイズ二つ分はありそうな大きさのベッドは何?」


 右側には特殊なガラスで覆われた景色を座りながら見れるように、窓の近くにテーブルと大きめのL字型のソファーが設置されていた。


 だが、それよりも俺の目を釘付けにしたのはテーブルやソファーの奥にある敷居も何も無い場所にポツンと置かれた白いベッドの存在だった。


 廊下側の壁以外の全てがガラスで覆われているからか、ベッドはその四辺の全てを壁につける事無く右側の奥のスペースを占領している。見たことの無いベッド設置の仕方とその存在感のせいで明らかに異質なオーラを放っていた。


「あれは、お酒などに酔ってしまって眠ってしまった人の為に置いています。それ以外にもこの美しい夜景に囲まれながら眠りについて頂きたいという願いも込めて置かせていただきました」


 なんだその変な気遣いは!?

 いや、もし仮にそんな願いを抱いた人が居たとしてもあのサイズはおかしいだろ!?


「当ホテルとしては最上級のもの以外を使用するつもりはありません。使うのならつねに最上級の物を……それが我々のポリシーです」


 素朴な疑問をアウラトに投げかけてみた結果、上のような返答が返ってきました。


 いや違う、そうじゃない。

 俺は品質の事を言っているのではなくて、サイズの事を言ってるんだ……。


 しかし、ベッドに疑問を抱いているのはどうやら俺だけの様で……夜景を見終わったアーシェは早速ベッドの存在に気がつくとダッシュして、アウラトが最上級だと自信満々に告げたそのベッドのマットへ飛び乗っていた。


「ランくん、このベッド凄いよ!? うちにあるベッドとは違うけど、びよーんってなるの!!」


 どうやら我が家にあるベッドよりも良く弾むらしい。

 我が家にあるベッドは全てロゼが作っているから、緻密な計算がされていてそれぞれの身体に一番ベストな柔らかさへと調整してくれている。

 ホテルに置かれているベッドは同じ人が使うことが少ないから万人受けする様に設計されているんだろう。だから我が家にあるベッドよりも弾むのかもしれないな。


 アーシェは高反発のベッドが面白いのかきゃっきゃっとはしゃぎながら飛び続けている。

 でも、ちゃんと靴の部分だけ魔力装甲を解除しているのが何とも礼儀正しい子って感じで俺は好きだ。


 うん、とりあえずベッドの事は気にしないでおこう。そして他の部屋についても放棄だな。今は可愛いアーシェの姿をこの目に焼き付けて、現実逃避を――


「――ラン様、アーシエル様のお姿を眺めているところ申し訳ないのですが、そろそろ次のお部屋のご案内を……」


 くっ……俺が現実逃避をしている最中に不穏な声が……。

 そしてアウラトはその生暖かい視線を送るのをやめなさい。


「さあ、早速他の部屋をご案内致しましょう」

「…………」

「ラン様?」

「……い、いやだ。これ以上は俺の精神が持たない」

「そう仰られましても……私の仕事はこのVIPルームのご説明を御二方にする事ですので……」


 生暖かい視線への仕返し半分、精神的負担からの逃亡半分の意味を込めてアウラトのお部屋案内を拒否していたのだが、俺が話を聞くつもりがないと判断するや否やアウラトはその声の対象をアーシェへと変更し意地でもお部屋案内を続けようとした。


 アウラトの作戦は見事に功を奏し、当然ながらVIPルームに興味津々であるアーシェは素直にアウラトの言葉に頷き駆け寄ってきて、俺はアーシェに引きずられる形でお部屋案内へ同席することになった。


 そして、再び戻って来た廊下の壁に備え付けられている幾つもの扉が開く度に……根も心も平民である俺の精神はゴリゴリと削られて行った。


 す、凄いよVIPルーム……。


 扉の向こうにはサウナ、大浴場サイズの浴場、家庭用のお風呂、トイレが二つ、談話室、執務室、寝室、マッサージルーム(マッサージ師は連絡すれば寄越してくれる)、カードゲームルーム(カジノディーラーは連絡すれば寄越してくれる)、宴会ルーム(吟遊詩人や大道芸人などは連絡すれば寄越してくれる)などがそれぞれ分けられて存在していて、もう俺の精神は擦り切れて擦り切れて灰になっていた……。


 せめてもの救いは俺の隣に立っていたアーシェの純粋無垢な反応だろうか。

 アーシェは扉が開かれる度に新鮮なリアクションをしてくれていたので、そんなアーシェの姿を見て僅かながらも精神を安定させる事が出来ていた。


 こうして、長かったアウラトによるお部屋案内はようやく終わりを迎え、「何かございましたら各部屋に設置されている通信用魔道具にてご連絡下さい」とだけ言い残し、アウラトは転移装置を使いVIPルームを後にした。


 うん、とりあえずこのVIPルームを一日で堪能するのは不可能だな。


 そう心の中で確信した俺は、せめてキッチンと貸切状態の大浴場だけは堪能しようとこの後の予定を組み立てるのだった。







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 【作者からの一言】


 個人的なお話になってしまうのですが、夏の暑さにやられて体調を崩し気味です……。


 皆様も適度な水分補給と暑さ対策をしっかりとして炬燵猫のようにならないようお気をつけ下さい。。。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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