第329話 それは、氷が熱で溶け出す様に。②
全く俺の手を放そうとしないアーシェは、そのまま楽しそうに宿泊地区の道を歩き続ける。
そんなアーシェの背中を見ながら、俺は様々な感情に見舞われていた。
え、本当に宿泊地区に用があるの?
アーシェが道を間違えたとかじゃなくて?
うーん……でも、幾ら久しぶりだからと言っても自分の建国した国の事を知らない訳がないよな。なんか目的地も決まっているからか歩く足取りに迷いもないし……。
という事は、この宿泊地区の建物に用があると……。
そして、宿泊地区にある建物は見渡した限り宿泊施設しか無い……。
これはもうお泊まりで決定なのでは?
いやいやいや、もしかしたら宿泊施設のサービスが凄くいい場所があって、それを見せたいだけなのかもしれない。
きっとそうだ、そうに違いない……そうでないのなら本当にまずいぞ!?
夕食を食べてきてしまったとかならまだ良い。
だが泊まり……それも同じ部屋になる可能性が高い外泊なんて黙ってしたら、ミラ達になんて言われるかわかったもんじゃない。
確実にネチネチと小言をいわれて詳細を話さないといけなくなる。
そうなる事はアーシェも分かっているはずなんだけどなぁ……全然話を聞いてくれないんだよなぁ!!
あえてなのか外の音が聞こえてないのかは分からないけど、さっきからアーシェは楽しそうに鼻歌を歌うだけで俺の話を全く聞いてくれない。
ただその足取りだけは最初よりも速くなっている気がするので、何の準備もしていないと言っていた事から急いでいる様だ。中央広場での話を聞いた感じだと、俺が断る可能性も考えて事前に予約をしていなかったのかな?
当日にキャンセルなんて宿泊施設で働いている人達に迷惑を掛ける行為だから、優しいアーシェがそれを見過ごすとは思えない。
だからこそ、俺が一緒に来てくれると分かった瞬間にこうして早歩きで向かっているのだろうから。
こうして、俺の抵抗も虚しくアーシェについて行くこと数分。
「着いたー!!」
当初の予定では十分くらい掛かると言われていたにも関わらず、早足で歩いていたからか予定よりも早く到着した様だ。
そうしてようやくアーシェから手を放してもらえた俺は、到着したと言う宿泊地区の一番奥……王都の外壁に面した宿泊地区の一帯を占領している大きな建物を前にして言葉を失っていた。
で、でかい……地球でいう所の高級リゾートホテルみたいな感じなのかな?
敷地が広いのもそうだけど、本館だと思われる建物が高い。十階以上あるんじゃないかこれ?
「ア、アーシェ……ここは?」
分かりきっている事ではあるが、一応何も知らずに連れてこられた身としては念の為に確認しておきたい。
「ここはね〜、プリズデータが誇る超高級な宿泊施設なんだ〜! 各部屋にお風呂場が付いてて、広いし設備は良いしご飯も美味しい! それだけじゃなくてね、泊まる場所以外にもリラックスルームとかマッサージしてくれたりとか、大浴場なんかもあって中には色んな種類のお風呂があるんだって! あとね、サウナもあるんだよ!? 遠方から貴族が王都に来た際には必ずここに泊まるらしいよ! この間プリズデータに遊びに来た時にユミラスちゃんに教えて貰ったの!」
で、ですよねぇ……そうですよねぇ……。
嬉しそうに長々と語るアーシェの話を聞きながら、俺はガックリとその肩を落とす。
予想通り、アーシェが俺を連れてきた場所は宿泊施設だった。
「えっと、アーシェはこの宿泊施設の外観を見せたかったのか?」
「え? 違うよ? わたしはねぇ〜、ランくんとここに泊まりたかったの!」
「……部屋は別々で?」
「ううん、一緒だよ?」
声高らかにそう宣言しているアーシェだったが、あの……アーシェさん、忘れてませんか?
我々の背後には怒ると恐ろしい方々が待ち受けていらっしゃるんですよ?
「アーシェの気持ちは分かったけど……」
「ランくんは、わたしと一緒じゃ嫌だった……?」
「うっ……」
そのセリフはズルいだろぉ……。
此処で断ったりしたら罪悪感で押しつぶされそうだ。いや、絶対にそうなると確信が持てる。
一応言っておくと、俺自身はアーシェと一緒に宿泊する事に関して何の問題もない。緊張はするし普段よりは落ち着きが無くなるとは思うけど、元々同じ家では暮らしている中なんだ、多分直ぐになれると思う。
ただ……。
「俺としてもアーシェと一緒に同じ部屋に宿泊する事には何の問題もないと思ってるよ? でも、ミラ達に何も言わずに宿泊って言うのはちょっと……」
「……それじゃあ、ミラ姉達が知っていればランくんはわたしと一緒に泊まってくれるって事?」
「ミラ達が知ってるならね? それなら別に怒られる事は無いだろうし、気兼ねなく宿泊できると思うけど…………ッ!?」
しまった……そう思った時には既に遅く、フードで隠れていないアーシェの口元がにんまりと口角を上げ始めた。
「なぁ~んだっ! それなら安心だねっ!」
「……もしかして?」
「大丈夫だよ、ランくん! もうミラ姉達には言ってあるから!!」
やっぱりそうだったか……!!
「じ、実はね? 今日の午後から明日の午前まではわたしがランくんを独り占めして良い事になってて……」
そしてモジモジとしながら話すアーシェによってまさかの新事実が判明しました。
俺の時間は俺のものだと思うんだけど……そんな事を言ったらきっと正座させられると思うから言わないけどさ!!
なんか、俺の立場ってどんどん低く……これ以上は考えるをやめよう。男とはそういうものだ。
「そ、そうなんだ。まあ、ミラ達が知っているなら問題ない……のか?」
予めアーシェがミラ達と話し合っていたのなら、俺としても止める理由はない。
寧ろアーシェとのデートが、まだ続けられることを喜ぶべきだろう。
「うん! ミラ姉達には話してあるし、あとはランくん次第って感じかな……」
そう言いつつも近づいて来たアーシェは下から俺を見上げる形で見つめてくる。
少しだけめくれたフードの先には期待半分、不安半分といった表情をするアーシェの姿があった。
あー……もしかして、さっきまで俺があまり乗り気じゃない雰囲気だったのを気にしてるのかな?
あれはあくまでミラ達に黙ってというのが気がかりだっただけなんだけど、無駄な心配をさせてしまったな。
俺は今までの態度に反省しつつも、アーシェの頭をフードの上から左手でわしわしと撫でた。
「そんな顔をしなくても、ちゃんと泊まっていくつもりだから大丈夫だよ」
「ほ、本当!?」
「ほんとほんと。俺が気にしてたのはミラ達に黙ってってことに関してだけだったから、既に連絡済みなら問題ないよ」
「そ、そっか……えへへ!」
俺が乗り気であることを確認できたアーシェがその口元を綻ばせ嬉しそうな声を漏らす。
こうして、俺とアーシェのデートは続行となることが決まり、ワクワクが抑えられない様子のアーシェを眺めつつも俺はアーシェの後ろを歩く形で目の前にある大きな宿泊施設へと足を進めるのだった。
「――あれ、そう言えば予約も何もしてないんだっけ?」
「うん! ランくんの気持ちを確かめてからって思ってたから……だから、混雑する前に行こう?」
「あ、うん……」
こういうリゾート的な高級施設って予約無しでも大丈夫なのか?
ま、まさかとは思うけど完全予約制とかではない…………よね?
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【作者からの一言】
藍くん……それを我々の業界では”フラグ”と言うんだよ……。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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