第328話 それは、氷が熱で溶けだす様に。①





 ――午後から始まったアーシェとのデートは、最初こそ大変ではあったけど概ね大成功と言えるだろう。


 お互いの行きたい場所へ向かい、やりたいことをやってひたすらに楽しく……アーシェと俺の間にはいつも笑顔が生まれていた気がする。


 思えばアーシェとの関係性は、最初からそんな感じだったかもしれない。

 アーシェはいつも楽しそうに笑みを浮かべて話し掛けてくれて、何か主体となる内容がある訳では無いけれど、それでも面白おかしく話題の尽きないアーシェとの会話は個人的に凄く好きだった。


 もちろんそれだけじゃない。


 真面目な話もした。

 お互いの譲れない部分が見えて衝突することもあった。


 でも、最後にはちゃんと笑うことが出来ていたと思う。


 似た者同士である俺達だからこそお互いの気持ちが何となく分かるのかもしれない。


 性別や性格は違うけれど、その心に宿す信念は似ている俺達は……お互いを尊重し認め合える関係なんだと思うから。





 だからだろうか。

 気づけば空が暗くなり始めていて、それを残念がる自分がいるのは。


「わ〜、もうすっかり夜だね?」


 出店区画を見終えたあと、再び戻って来た中央広場の商業地区近くにて、空を見上げたアーシェはずり落ちそうになるフードを慌てて自身の頭に被せながらそう呟いた。


「想定していたよりも出店区画で時間を使ったからなぁ」


 正確には出店区画の人混みが凄くて全く前に進めなかったのと、俺が絶対に行こうと思っていた場所で時間を使ってしまっただけなんだけどね。


 ちなみに、出店区画が混んでいたのは別にイベントが開催されていた訳でもお宝があった訳でも無い。

 どうやら原因は俺達にあったようだ。


 俺とアーシェが二人して商業地区に居ることが他の地区に居た人達に伝わり、その人達が先回りするために王都の壁側……つまりは出店区画側にある入口から入って来ていたらしい。

 だから店舗区画に居た俺達は気づかなかったし、出店区画よりも店舗区画の方がすいていた訳だ。


 その話を聞いた俺とアーシェは、普通に買い物に来ていただけのお客さんに申し訳なくて仕方が無かった。

 『次は最初から”女神の羽衣”を纏って行こう』と言う俺の提案に『……そうだね』と遠い目をしながらもアーシェが即答していたのを覚えている。





 どうして顔を隠していた俺達がそこまで詳しい情報を知る事が出来たのか。

 それは出店区画が何故混雑していたのかを教えてくれたのが、出店区画で商売をしている人達だったからだ。


 その人達とは、俺が出店区画に寄ったら絶対に顔を出そうと思っていたドワーフの夫婦――ダリルさんとエンラさんだ。

 まあ、そんな世間話をするのにもちょっと一苦労があったけど……。


 何を隠そう二人と知り合った時は姿を変えた状態だったから、声を掛けた時は全く気づかれなかったのだ。

 そうして口頭で俺が昨日訪れたローブの人間だと説明するが全く信じて貰えず……最終手段として”女神の羽衣”の”認識阻害”を使って昨日していた姿へと戻り、アーシェが亜空間で保管していた飾る用のガラス細工を取り出して貰ってようやく信じてくれました。

 変装していた自分が悪いのは分かっているけど、ちょっとだけ悲しかった。


 俺の正体についてはとりあえず"六色の魔女"の六人と一緒に暮らしているとだけ説明しておいた。それ以外の内容は話していいものか分からないし、ミラからも困ったことがあったら名前を使っていいと許可を貰ってたからな。


 二人はアーシェとのお忍びデートの内容しか知らなかったので、その事実に驚き俺への態度を改めようとしだしたので俺はそれを慌てて止めた。

 俺自体が偉い訳でもないんだから、そんなに畏まる必要は無い。あくまで俺はダリルさんとエンラさんの知人と言うだけだからな。


 二人は最初どうするべきか悩んでいたようだが、隣に立っていたアーシェが『ランくんが良いって言ってるんだから、それで良いんだよ』と二人に言ったことで納得してくれた。


 それからはダリルさんは依頼された品を作らないといけないらしく奥へと引っ込んでしまう。なので、残ったエンラさんと世間話をしつつアーシェに似合いそうなガラス細工を選んで貰った。出店区画が混雑していた原因を教えて貰ったのはこの時である。


 ガラス細工職人であるエンラさんが選んでくれたのは指輪、イヤリング、ブレスレットの三点だった。

 三点とも雪の結晶をイメージして作ったものらしく指輪は宝石の部分が、イヤリングには直径5cm程の物が、ブレスレットは五本の金属が束ねられた様な作りの輪の上に一箇所、それぞれに合った形で雪の結晶が装飾されていた。


 最初は指輪かなーと何となく……今までの女性陣の傾向からしても多分選ぶだろうと思っていたんだけど、そんな俺の予想とは裏腹にアーシェはイヤリングとブレスレットの二つで悩んでいる。


 その事について聞いてみると『指輪はね〜、もう大丈夫なの!』とよく分からない返事をされてしまい、結局それ以上聞くことは出来なかった。

 ……"もう大丈夫"ってなんだ?


 その後でアーシェが『どっちが良いかな?』と悩んでいた二つを俺の前に出して聞いてきた。

 俺としてはどちらも似合うし、二つとも買ってあげてもいいと思ったんだけどアーシェは苦笑を浮かべながら『わたしだけランくんから貰い過ぎだからね〜。ミラ姉達に申し訳ないから、これも自分で買うつもりだよ!』との事らしい。


 確かに洋服もプレゼントしてるし、今までの傾向からすると、後でミラ達が知ったら羨ましがられるか……?


 そう考えた俺は悩んだ末にイヤリングを選んでみた。幸いなことにアーシェはピアスの穴を開けていなかったし、小さく揺れる雪の結晶を模したガラス細工が綺麗だなと思ったからだ。


 早速イヤリングを購入したアーシェは嬉しそうな顔で俺の方へと顔を向けてフードを少しだけ捲ると『付けて?』と俺にイヤリングを渡して来た。

 正直、上手く動かない右腕を使うのは躊躇われたのだが、ここで水を差すのも悪いなと思ったので、ゆっくりと時間を掛けながらも気合いで右腕を動かしていき左手メイン・右手サポートの役割で二つのイヤリングを付けることが出来た。


 付け終えた後に『似合うかな?』と聞いてくるアーシェに『よく似合ってるよ』と答えると、アーシェはその表情を更に緩ませて微かに頬を赤らめていた。


 ……尚、その様子を見ていたエンラさんが奥に引っ込んでしまったダリルさんの元へ走り『ダリル! あたしにもあれして欲しい!!』と、俺がイヤリングをアーシェに付けていた流れをダリルさんに説明し始めたのは言うまでもない。


 本当にすみません、ダリルさん……。





 そうして、ダリルさんとエンラさんにまた何時でも来るようにと言われながら見送られて現在に至る。

 結構長居してしまっていたけど、それに見合う成果は得られたかな。少なくともダリルさんとエンラさんの二人に会えたのは本当に良かったと思ってる。


「やっぱりお店が並んでいる所は面白いな。色々な人が色々な物を売っていて、あっという間に時間が過ぎたように感じるよ」

「そうだね〜! わたしも久しぶりにお店巡りなんてしたけど、すっごく楽しかったよ!」

「本当ならもう少し遊んで行きたいとは思うけど……もう夜だしなぁ。そろそろ帰るか?」


 亜空間から懐中時計を取り出すと、時刻はもう夜の7時を過ぎていた。

 この時間、別邸では夕食が始まっている頃だと思うし、名残惜しくはあるけどミラ達に心配を掛ける訳にはいかないから、ここら辺が潮時かな。


「あ、あのね? ちょっと、お願いがあって……」

「お願い?」


 俺はそう思っていたのだが、俺の言葉を聞いたアーシェが少しだけ声を震わせつつもお願いがあると言ってきた。


「実は、行きたい場所があって……」

「ふむ」

「ここから十分くらいの距離にある場所なんだけど……い、良いかな?」


 遠慮気味にそう聞いてくるアーシェだったが、両手を胸の前で重ねて祈り縋るようなポーズを取っている。


 俺としては問題ないんだけど、あまり遅くなるとミラ達がなんて言うか……。いや、でもここから十分くらいの距離ならそこまで遅くはならないのか?

 それに、もしも遅くなりそうだったらアーシェに転移魔法を使ってもらえばいいのか。俺は魔法を使うことを禁止されてるけど、アーシェは特に禁止されている訳でもないからな。


 そう判断した俺が「わかった」と返事をすると、アーシェは胸の前で重ねていた両手を解いて「ありがとう!」と言った。


「それじゃあ、早速向かおう! 断られるかもと思って何も準備してなかったから、早く行かないと予約出来ないかも!」

「ん、ん??」


 アーシェが行きたいという場所へ向かうことが決まるや否や、アーシェは俺の右手を取りスタスタと歩き始める。


 準備? 予約?

 もしかして、プリズデータ大国で有名な人気スポットとかがあるのかな?


 気になって話を聞こうにも、アーシェは鼻歌まじりに歩き続けていて俺の声なんて届くか分からない。試しに名前を呼んでみたのだが、全くこちらを見向きもせずに歩き続けていた。


 ちょっと気にはなるけど、まあ「わかった」と返事をしてしまった手前、今更引くことも出来ない。何よりアーシェが悲しむような行動はしたくないからな。


 アーシェならきっと変なところには連れて行ったりしないだろうし、ここはアーシェに任せて…………んん!?


 えっ!? ちょっと待て!! いま上の看板見たけど、行きたい場所って本当にこっちなのか!?


「ア、アーシェ!? こっちなのか!? 本当にこっちで合ってるのか!?」

「ふんふふん〜♪」

「アーシエルさん!? こっちは違うんじゃないんですかね!? ちょっ、手を放して!?」


 手を掴む力が強い……!!

 解こうとしても全く解けないし……。


 こうして俺は、アーシェに引っ張られる形で上に設置されていた看板に書かれていた通りの場所――――宿泊地区へと足を踏み入れる。



 あれ……今日のデートってお泊まりもするんですか!?








@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 【作者からの一言】


 サブタイトルの”溶け出す”ですが、”溶け出す”と”解け出す”の二つがあって個人的には後者の方が柔らかい感じで良いかなと考えていました。ですが、漢字の使い方について調べてみると、前者が意図的に氷を溶かす時に用いられる様で後者が自然現象を意味する時に使う漢字らしいです。

 ですので、お話の内容的には前者の方が合っているのかなとなり”溶け出す”と言う漢字にさせて頂きました。

 日本語って難しいですね……。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る