第327話 アーシエルとのデート⑥
商業地区についてからは、お互いにいつもの調子を取り戻すことが出来て楽しい時間を過ごす事が出来た。
とりあえず中央広場から入って直ぐの店舗区画を散策して行き、お互いのどちらかが興味のあるお店があったら申告し合う形でショッピングを開始。
アーシェは基本的に洋服屋と可愛い系の食器類を置いているお店に興味がある様子で、そう言った系統の店舗は割と中央広場から近い場所に並んでいたので最初はアーシェの買い物に付き合う事になった。
洋服屋には三店舗程入りアーシェと一緒に見たり試着したりして店内を散策。
三店舗のうち二店舗では漏れなくアーシェの存在に気づいた店員さんが慌てて店長を呼び、呼ばれた店長が店員さんの何倍も慌てた様子で駆けつけて来る事態に遭遇した。
アーシェだけなら問題は無かったんだけど、当然アーシェの隣には俺が居る訳で……店長さんや店員さんの視線は俺に注がれる。
ただ、幸か不幸か俺達の関係について聞かれる事は無かった。
と言うのも、店長さんが駆け付けて来た二店舗に居たお客さんの中に噴水広場へ来ていた人が居たのだ。
その人達が頼んでも居ないのに店長さんに噴水広場での出来事を話すもんだから、俺達は顔を赤くするしかない。
これは店長さんと話を終えたお客さんの一人に聞いた事だが、どうやら噴水広場に居た人達は予想よりも多く、俺とアーシェの噂はその人達によってあっという間に広まっていた様だ。
既に他の地区でも俺とアーシェの話題は出ており……”現在、アーシエル様とアーシエル様の想い人である青年が王都でデートをしている”と広まっているらしい。
何だろう……説明する手間は省けたけど釈然としないこの感情は……。
話してくれたお客さんは『そのお話と一緒に”アーシエル様と想い人様にご迷惑を掛けてはいけない”、”もし見つけても近づいたり騒ぐことなく節度をもって対応するように”と伝えられていますのでご安心ください!』と言ってたけど、そうじゃない……そうじゃないんだ……。
こうして若干の気恥ずかしさを覚えつつも慣れと言うものは恐ろしいもので、恥ずかしさは感じてはいるが三店舗に行く頃には二人して『まあ……もう諦めるしかないか……』と思うようになっていた。
いや、だってねぇ……外に出てから改めて周囲を見渡すと、離れた場所から手を振ってる人とか凄く優しい目をして俺達を見ている人とかが沢山いたからさ。もう良いかなって思っちゃうよね。
ただ、アーシェはある意味で騒ぎになってしまった事をちょっとだけ心配しているみたいだ。怒られる事はないと思うけど、ある意味で俺の存在が目立ってしまっているからそれが心配なのかもしれない。
俺は特に気にはしていないけど、アーシェがそれを気にし続けるは可哀想だと思い帰ったら一緒にミラに報告することを約束した。
そんな話をしつつもやって来た三店舗目は、なんとサティラさんが経営していると言う洋服屋だった。
サティラさんのお店には従業員はおらず、現在は一人で切り盛りしているらしい。何でも、以前に雇っていた女性がご懐妊されてそれを機に実家のある王都外へと帰ってしまったのだとか。双方の話し合いの末に落ち着いたらまた雇う契約書を交わして置いて、現在はサティラさんが接客も対応していると教えてくれた。
『最初は大変でしたが、元々は1人でけいえいしていましたからね。それにもう一年ほど月日が経っていますし、もう少しの辛抱です』
子供を二人育てながらも一人でお店を続けているサティラさんは、立派な女性だと思う。
その事をサティラさんに伝えると、少しだけ頬を赤くしながらもお礼の言葉を返された。
サティラさんのお店では割と気を張ることなく買い物が出来たと思う。さっきまではちょっと遠慮気味だったアーシェも、既に知られている人のお店だからか嬉しそうに洋服を見て回っていた。
俺は基本的にアーシェの付き添いだったのだが、アーシェに『ランくんがわたしに似合うと思う服を選んでみて!』と言われてしまい、急遽俺も選ぶこととなった。
ただ、ファッションに関しては本当に知識が無いので、アーシェの姿を見つつ、サティラさんのアドバイスを受けつつ、俺は二パターンの服装を選ぶ。
一つは転生者達が着ていた服を参考にしたと言う九分丈のデニムに白い半袖シャツ、そしてその上から袖なしの腰下まである黒いロングカーディガンを着たカジュアルスタイル。
アーシェはスタイルが良いからデニム生地のパンツが様になる。それにシャツをゆとりがある状態を保ちつつデニムの中へインしてカーディガンを着れば、普段の可愛らしい雰囲気とは違った大人びたアーシェの完成です。
ちなみに靴は白いスニーカーです。
まあ、俺がロゼに作ってもらった物だからサイズも違うし、外へ歩くことは出来ないけど。
もう一つはガラッと趣向を変えて白に近い水色のワンピースを選んでみた。
腰の辺りに紐が付いていて、それを引っ張るとよりクビレが目立つようになる。アーシェは腰の紐を前の方で蝶々結びしていて、頭にはつばの広い麦わら帽子を被っている。
靴に関してはサティラさんのお店の端に置かれていた細い紐が交差した様なサンダルを履いていて、清楚でお淑やかな雰囲気を感じる。
アーシェはその二つの服装を気に入ってくれたようで、俺が選んだ服と自分が選んだ服を数点お買い上げしていた。
無理して買う必要は無いと言ったんだが、アーシェは首を左右に振って『ランくんが選んでくれたのが嬉しかったんだ〜! それに、一生懸命に考えてくれてわたしをちゃんと見ていてくれてるのが嬉しかったの!』と笑顔で言ったのだ。
俺はそんなアーシェの発言に少しだけ照れてしまったが、それならばという事で俺が選んだ服の代金は俺が払うことにした。最初はアーシェが選んだ服も全部払おうと思ったんだけど、アーシェが遠慮していたのでせめて俺の服は払わせて貰ったのだ。
サティラさんに見送られてお店を出た後、アーシェの興味がありそうな食器や小物が売っているお店へ数店舗入り、アーシェが満足したタイミングで今度は俺の買い物を済ませる為に商業地区の奥へと進んで行った。
道中でアリーシャに聞いた茶葉を手に入れつつも、奥へ進んで行くと次第に出店区画へと辿り着く。
そのまま出店区画へ入っても良かったんだけど、アーシェと相談してフードで顔を隠す事にした。もう顔を隠す必要はないと思うけど、出店区画は店舗とは違って周囲の目に晒されやすい。落ち着いて買い物をする為に顔を隠して移動する事を提案したのだ。
てっきりアーシェは渋るかなと思っていたが「そうだね!」の一言で”女神の羽衣”を亜空間から取り出して被ってくれた。
どうやらアーシェ自身も周囲からの目が気になっていたらしい。アーシェに関しては多くの人達の前で恥ずかしい思いをしてしまったから余計に気になるのかもしれないな。
またサングラスを掛ければ良いなんて言い出したらどうしようかと思ってたから、俺としては凄く有難いけど。
アーシェがしっかりとフードを被ったのを確認した後、俺も既に纏っている”女神の羽衣”のフードを被る。
そうして俺達は店舗区画を少しだけ進んで行き、出店区画の前まで辿り着いたのだが……何故か凄く混んでいた。
「なんか、昨日よりも混んでる?」
「なんでだろう?」
どうやらアーシェもこの混雑の原因は分からない様だ。
もしかしたら昨日の洋菓子みたいに何か珍しい物でも売り出しているのだろうか?
そうであったらちょっと見てみたい気持ちもある。
しかし……この混雑だと油断していたらはぐれるかもしれないな……。
「……ん?」
俺がそう考えていたタイミングで、右手に少しだけ温かい感触が伝わって来た。
視線を右手へ移すとそこには俺の右手を握っている左手が見えて、それは他でもないアーシェの左手だった。
「あ、あのね!? は、はぐれたりしたら、その……」
俺の視線に気づいたのか、フードを被ったアーシェが慌てた様に言葉を並べ始める。わたわたと空いている右手と体を動かして説明しているせいでチラチラとアーシェの赤い顔が見え隠れしていた。
どうやらアーシェも俺と同じことを考えていたらしい。なんかちょっと嬉しいかもしれない。
「……そうだな。俺も同じことを思ってたよ」
「ッ!! そ、そうだよね! やっぱりはぐれたら大変だからね~!」
嬉しそうにそう話すアーシェを見て、自然と顔が綻ぶのが分かる。
「えへへっ……これははぐれないように、しっかりと掴んでおかなきゃね!」
その言葉と同じくらいのタイミングでアーシェの左手が一度放れて、再び握られたかと思えば指を絡める様に握って来た。所謂”恋人繋ぎ”である。
ぎゅっと握られた手の感触が少しだけ気恥ずかしさを生み出すが、それと同時に幸せな気持ちも生まれて悪い気分じゃない。
こうやって少しずつの積み重ねを経て、俺とアーシェはゆっくりとお互いの関係性を深めて行くんだと思う。
「ランくん、わたしいま……すっごく幸せだよ!」
「……俺も同じ気持ちだよ」
そうして俺達はお互いに幸せであることを確認し合うと、少しだけ日が陽が暮れ始めた出店区画へと歩き始めた。
――だが、俺は知らなかったのだ。
「……ランくん」
「ちょっ、アーシェ!?」
「わたし……わたしね?」
――この日の夜こそが……アーシェにとって一番重要であったと言う事を……。
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【作者からの一言】
この章ももうすぐで終わりですね……次回はタイトルが変わり、夕暮れから夜のお話です。ここでアーシェと藍くんの間がぎゅっと縮まる予定ですので、是非お楽しみに……!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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