第326話 アーシエルとのデート⑤





 噴水前で起きたひと騒動から十分くらい経って、ようやくアーシェが立ち上がった。


「もう大丈夫なのか?」

「……大丈夫じゃない……穴があったら入りたいよぅ」


 どうやら完全回復には至っていないようだ。


「俺としては、アーシェの気持ちを知れて嬉しかったけどなぁ」

「その代わりにわたしはすっごく恥ずかしかったよ!! 大勢の人の前で……独占欲の強い発言を……〜〜ッ」


 不満そうに頬をふくらませて話すアーシェだったが、また思い出してしまったのか両手で顔を覆って赤面している様を隠してしまった。


 ちなみに俺もアーシェも今はサングラスを掛けていない。

 あっという間に気づかれてしまったし、噴水前での一件のおかげで必要も無いと判断したからだ。

 まあ、アーシェの場合はそれに加えて顔を隠すのに邪魔だという意味合いもあるが、それを言えばまたしゃがみ込んでしまうと思うので言わないでおく。


「アーシェのおかげで変装せずに王都を散策できそうだし、結果的には良かったんじゃないか?」

「うぅ……その代償が大きすぎるよぉ……!!」

「うーん……それじゃあ、デートはお開きかな?」

「えっ……」


 俺の一言を聞いていたアーシェが凄く残念そうな顔をしている。

 一応先に言っておくが、俺はデートを終わらせるつもりは微塵もない。ただ、このままだと全く先へ進めないまま時間だけが経過すると思って、ある種アーシェに発破をかけるつもりで言っただけだ。


 しかし、アーシェの反応があまりにも大きかったので言わない方が良かったかもしれないとちょっと後悔している。

 冷静に考えれば今日のデートを一番楽しみにしていたのはアーシェなのだし、迂闊にしていい発言ではなかったな……。


 そう思い俺はアーシェに謝ろうとするが、それよりも先にアーシェが小さな声で呟き始めた。


「デートは……続けたいなぁ……」


 蚊の鳴くような声でそう呟いたアーシェは無理やり作ったような笑顔を浮かべている。


 い、言い難い。

 アーシェに動いてもらうために言ったとか絶対怒られる……。


 でも、嘘に嘘を重ねるのはもっと無理だ。多分、罪悪感に押し潰されてしまう。

 俺は覚悟を決めて作り笑いを浮かべるアーシェに謝ることにした。


「むぅ〜!!」

「ご、ごめんなさい」


 その結果、アーシェは悲しげな表情から一変して、頬を限界まで膨らませた激おこモードへと移行した。そして例に漏れず俺は正座です。


「酷いよランくん!! 本当にデートを終わりにされちゃうかと思ったんだから!!」

「いや、こっちとしても本当に動けないでいるアーシェに発破をかけるだけのつもりだったんだよ……」

「むぅ〜!!」

「本当にごめんなさい」


 俺はこれまでの経験で学びました。

 怒られている時に言い訳をしていいのは一回だけであると。

 それでも相手の気が収まらないのであれば、ひたすら謝るしかないと……度重なるお説教を受けて学んだのです。


 なんと、この方法を編み出してからというもの、二時間くらいはグチグチと言ってくるグラファルトのお説教が一時間も短縮されたんですよ!?

 きっとこの方法を使えば、アーシェも許してくれるはず……。


「……駄目」

「ッ!?!?」


 なん……だと……!?

 あの魔竜王にすらも効く謝りの姿勢が効かないなんて……そんなにもアーシェは怒っているのだろうか?


 謝るのと同時に下げていた頭を上げて、アーシェの顔を再度確認する。

 そこには先程よりも小さく頬を膨らませたアーシェが微かに頬を染めた状態で俺を見下ろしていた。

 あれ、あんまり怒ってるようには見えないような気が……。


「えっと、アーシェ?」

「……も」

「ん?」

「……ランくんも、わたしの好きな所を言ってくれたら許してあげる」


 え、何その可愛いお願い……俺の心臓が持たないからやめて欲しい。


 口元の前で両手を忙しなく合わせたり離したりとを繰り返し、モジモジした様子でそう言うアーシェに、俺は胸の鼓動が早くなるのを感じていた。


 もしかしてあれだろうか?

 自分は恥ずかしい思いをしたんだから、俺にも同じ思いをして欲しいみたいな……そんな感じなのだろうか?


 だとしたらアーシェ、お前は俺を侮り過ぎだ。


「わかった。長くなると思うから、ちゃんと聞いていて欲しい」

「……へ? な、長くなる?」

「よし、行くぞ」

「ふぇっ!?」


 立ち上がった俺はアーシェの前まで歩くと、動かしづらい右腕をゆっくりと動かして両手でもってアーシェの両肩を掴んだ。

 そして真っ直ぐと動揺を隠せない様子でいるアーシェの目を見て、アーシェがいかに可愛い存在なのかを説明する。


「アーシェの明るくて元気な性格が好きだ。嬉しい時も、驚いた時も、照れてしまっている時も、その反応のどれもが可愛く見えてドキドキする」

「ッ!?」

「アーシェの綺麗な瑠璃色の髪が好きだ。風に揺れると太陽や夜空の光に照らされてキラキラと輝くその髪に、俺はいつも目を奪われていた」

「ッ!?!?」

「アーシェの可愛らしい声が好きだ。その声で名前を呼ばれるだけで嬉しくなるし、照れたりする時の声なんかは特に可愛いと思う」

「うぅ……ハッ!?」


 早速照れてしまったアーシェがその瞳を微かに潤ませながら声を漏らすが、直ぐに我に返ってしまって両手で口を抑えてしまった。


「アーシェの家族想いな所が好きだ。家族を守る為ならば自分を犠牲にしようとする所は……何処か似ているなと思ってしまう。家族の為に全力で戦う事が出来るアーシェを……俺は尊敬しているし、そんなアーシェの事を俺が守ってあげたいと思ってる」

「〜〜ッ!!」

「それから――「もういいよ!!」――……アーシェの――「わぁぁぁ!? もう喋らないでぇぇぇ!!」――むぐっ!?」


 アーシェから止められた俺がその声を聞かずに好きな所を言おうとすると、顔を真っ赤にして泣きそうになっているアーシェから両手で口を塞がれてしまった。


 どうやら聞いていたアーシェの方が恥ずかしくなってしまったらしい。


 はっはっはっ、アーシェには沢山の魅力があるのだから仕方がない。

 そう告げるとポカポカと軽く胸元を叩かれました。加減してくれてるから痛くないし、叩いているアーシェの可愛い姿が見られて得しかないですね!!


 結局はアーシェの一人負けの様な結果で終わってしまったが、問題だったアーシェの機嫌は治ったようだ。


 なんだかんだで、好きな所を沢山言われたのが嬉しかったらしい。ほんと、そういう所が可愛いと思う。


 そうして元気になったアーシェは再び俺の右腕へ――今度はくっつき過ぎない様に注意していた様だけど――手を回して、デートの再開を宣言した。


「えへへっ、それじゃあ当初の目的通りに商業地区で買い物だー!」

「おー」


 元気に声を上げたアーシェに続いて俺も空いている左腕を上へとあげながらそんな声を上げる。

 思っていたよりも時間は掛かってしまったが、こうして俺達は商業地区へとその足を運び始めるのだった。







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 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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