第324話 アーシエルとのデート③







 初々しいアーシェの反応にドギマギしながらも王都へと足を踏み入れた。


 腕に抱き着いているアーシェは割と高い頻度で「えへへ」と嬉しそうに声を漏らしている。普段の元気いっぱいのアーシェとも少し違ったその態度に、俺の心は既にノックアウト寸前だ。


「ん? どうしたの、ランくん?」

「い、いや、何も……」

「えぇ〜? 本当に〜?」


 ニヤニヤとした口元を作りながら、アーシェが抱き着いている右腕にその体を更に押し付けて来る。


 だから……胸がッ!!

 柔らかい感触が更に強くなるから!!


 そんな俺の思いとは裏腹に、アーシェは「なになに〜?」と口にしながら顔を近づけてくる。

 そうして俺は持ちそうにない理性を抑えるべく、恥を忍んで近づいてきたアーシェの耳元へ口を寄せて離れて貰えないかお願いすることにした。


「あのさ、アーシェ」

「ん〜?」

「腕に抱き着いた状態でさらに近づかれると、その……む、胸が押し付けられるわけで……」

「ふぇっ!?」


 俺の言葉を聞いたアーシェがゆっくりと頭を下げて行き自分の胸元を確認すると、サングラスをしていても分かるくらいに赤面し始めた。

 ああ……自覚はなかったのか……。


「えっと、俺も一応男だからさ、アーシェみたいな可愛い子に抱き着かれると緊張する訳で……腕に抱き着くのは良いんだけど、もう少し軽い感じにしてくれると気持ち的にも楽かな……」

「……」


 アーシェは赤面した状態でコクコクと頷くとべったりとくっつけていた体を離して、右腕に左手を回すくらいに留めた。

 大分言葉を崩して説得したけど、上手く伝わって良かった……あんなに胸を押し付けられた状態だと理性がもたないからな。あー熱い……。


 そうして俺達はお互いに顔を赤らめながらも王都と王城を繋ぐエリアである王城地区を歩き始める。

 王城地区にはユミラスの眷属であるメイドさん達しか居ないため、比較的静かな場所だ。


 ただ……さっきから凄い見られてる気がするのは気の所為だろうか?


 中央広場へと向かう道を歩いているんだが、すれ違う人は居ないのに建物の中や家々の隙間から視線を感じる。


「……ッ」


 あっ、二階の窓から見ていた人と目が合ったけどカーテンを締められてしまった……。


 うーん……敵意や悪意は感じなかったからとりあえず危険はなさそうだけど、何が目的なんだろう?

 アーシェなら何か知ってたりしないかな?


「なあ、アーシェ」

「……」

「アーシェ?」


 一応こっちを見ているであろう相手に気づかれないように声を潜めながらアーシェに話し掛けるが返事がない。

 そんなアーシェが気になり視線を周囲からアーシェに移すと……そこには赤面した状態で独り言をブツブツと話すアーシェの姿があった。


「――わ、わたしはなんであんなにか、体を押し付けて……そ、そういうのはもう少しこう、ム、ムードとかが……で、でもそれくらいしないとやっぱりダメなのかな……ランくんも意識してくれてたみたいだし……いや、でもせめて初めてはへ、部屋で……お、お風呂も入りたいし……」

「……」


 これは聞かなかったことにしておこう。

 うん、それが良い。

 こんな内容を俺に聞かれていたなんてアーシェが知ったら……絶対に泣く。

 そしてしばらくの間俺の前に姿を見せなくなり、その結果俺が何かやらかしたのではという疑惑が生まれミラ達に怒られる未来が見える。


 よし、俺は周囲の視線を気にしていてアーシェの独り言には気づかなかった! いいね?


 でも、そうか……そういう事を考えてくれてるって事は、やっぱりアーシェが俺へ向けてくれている好意は――妻達となったみんなと同じって事だよな。


 それなら俺は……って言ったそばからさっきの独り言の内容について触れてしまっている。

 忘れろ……忘れるんだ……。


 こうして俺はアーシェを右隣に連れながら中央広場へと向かう道に集中する。


 願わくば、中央広場へ着くまでにはこの顔の熱が引いていますように。
























『こちら王城地区担当、聞こえますか?』

『こちら本部、聞こえています。どうぞ』


 二人して顔を赤らめた藍とアーシエルが中央広場へ向かって王城地区を歩いている姿を監視している者達がいる。


 しかしそれは、決して敵意や悪意がある訳では無い。

 その行動は善意という名の余計なお世話からなされたものであり、彼……否、彼女達に与えられた任務は"監視対象が幸せに過ごせる様に見守り続ける"事なのだから。


 そんな余計なお世話としか言えない任務を全うする給仕服の上からローブを纏った一人の女性が、片耳に装着するタイプ通信魔道具に触れながら本部と名乗る声に対してその要望を説明し始める。


『……本部、王城地区に医療班と交代の人員をお願いします』

『王城地区は比較的安全な場所の筈です。それ故に他の地区よりも人員を減らしていたのですが……何か問題がありましたか?』


 王城地区の建物二階で監視対象を見ていた女性に対して返ってきた本部からの声は何処か緊張している様子であった。


 それもその筈。

 王城地区とはユミラスによって認められた証である眷属が殆どである区画だ。

 眷属の誰もがBランク冒険者以上である実力を持ち、眷属同士で連携をとり合い抜群のコンビネーションで敵を叩かきふせる事が出来る存在。

 そんな眷属たちが多く存在する王城地区にて医療班が必要になる程の事態が起こるなど、本部の人間は想像していなかったのだ。


『まさか敵襲ですか?』

『いえ、そういう訳ではありません……ただ……うっ!?』

『王城地区担当!?』


 王城地区担当である女性が二階の窓を覗いた直後、呻き声を上げてその場に膝を着く。そんな女性の耳元では慌てた様子で本部の女性が声を上げていた。


『……い』

『なんですか? 応答しなさい!!』

『――アーシエル様とラン様が……尊い……ッ』


 そう呟く女性の鼻からは止めどなく鼻血が流れていた。

 そして、返ってこない本部からの返事を待つことなく女性は尚も語り続ける。


『……本部統括であるミザさん、そして代表であるユミラス様にお伝えください。私以外の王城地区担当は……ッ、監視対象である御二方の尊さに全滅です……。そして私も今……その初々しい御姿を前に、倒れ……ます……』


 その言葉を最後に王城地区担当である女性……アリーシャは、大量の鼻血を出したことによる貧血を起こしその場に倒れてしまう。


 そして、藍とアーシエルは気づかなかったが王城地区の至る所でアリーシャと同じように大量の鼻血を出して倒れている眷属たちが何人も存在していた。


 藍とアーシエルが王城地区を出た直後、倒れている眷属たちを回収するべく本部から多くのメイド達がミザの指示の元駆り出される。そうして救護された眷属達はその鼻に止血用のティッシュを突っ込みながらも口を揃えて言ったという。


 『もう、あの御二方を見ているだけで心が浄化されていく』と。


 その恍惚とした表情を見て、救護に向かったメイド達は本部統括であるミザと代表であるユミラスへ状況を報告し、報告を受けた二人は至急別の地区で待機している眷属達へ伝令を出した。


『緊急事態発生! 王城地区担当の者達が監視対象である御二方のその尊き御姿を見て全滅! 別の地区担当の者はより一層の気を引き締める様に!!』


 王城地区担当が全滅したにも関わらず、彼女らの任務は続行されるのであった。


 そう、彼女らに敗北は無い。

 例え王城地区担当の二の舞になろうが、それはそれで構わないと思っているのだ。

 寧ろ彼女達はその尊いと噂される姿を見たくて必死である。


 それはそうだろう。

 何故ならば彼女達は根っからのアーシエル信者であり、その代表であるユミラスまた同様である。


 こうして、余計なお世話から始まった彼女達のストーカー行為は続行される。

 この事実をアーシエルは知らず、視線には気づいていた藍もまたその正体がユミラスとその眷属達であることには気づいて居なかった。







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