第321話 プリズデータ大国 四日目⑤
――闇の月20日 午前10時頃。
私とルネが王城の出入り口へと辿り着くと、既に両開きの扉は開かれていて扉の前にはユミラス様とアリーシャ様、そしてメイド長であるミザ様が立っていました。
そして扉の向こうである外には共に帰国予定のキリノお姉様とその護衛である二人の女性騎士様が立っています。
私が道を間違えてしまったせいで、皆様を待たせてしまったようです。
「皆様、お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした」
「重ねて謝罪いたします。申し訳御座いません、私が道を間違えてしまって……」
ルネが先に謝罪をし、その後に続く形で私も頭を下げます。
「気にするな。眷属を付けなかった我にも責任はある」
「私も気にしていない。無事辿り着けた様で何よりだ」
ルネと私にそう声を掛けて下さったのは、ユミラス様とキリノお姉様でした。
むぅ、キリノお姉様のあの目は絶対に私の事を子供だと思っている目です!
悪いのは私なので何も言い返せませんが……私も今年で15歳になるのに……。
そう思っていると、キリノお姉様の背後……正確には女性騎士様の後ろに隠れていたであろう人物に気づいて、私は思わず驚いてしまいます。
何故ならば彼女は、私とルネをプリズデータ大国へ届けて直ぐに火急の用事によりエルヴィス大国へと戻っていた筈だったからです。
「ア、アリン!? どうして此処に!?」
「うぅ……シーラネル様ぁ……」
アリン・モルダーク。
エルヴィス大国が誇る栄光騎士団の副団長である彼女は、弱々しく声を漏らすと私の目の前まで近づきその場に跪いてしまいます。
「も、申し訳ございませんでしたぁ!! 私が、私がぁ!!」
「お、落ち着きなさい、アリン! 一体どうしたと言うのですか!?」
「私が帰らなければ……シーラネル様を御守りする事が出来たと言うのに……!! も、申し訳ございませんでしだぁ!!」
あまりにも弱っているアリンの様子に戸惑っていると、私の左隣にユミラス様がやって来てくれました。
「実はな、昨日の一件について一応エルヴィス王に知らせておいたのだ。そうしたらこの……アリンと言ったか? この娘が、どうしても直接シーラネルに謝罪したいと言っていると聞いてな。なんでも騎士団の宿舎で暴れて手が付けられないとエルヴィス王も困っていた様だったのでな、我が呼び寄せたのだ」
「そ、そうだったのですか!? お手を煩わせてしまい、大変申し訳ございませんでした!!」
お、お父様ったらなんてことを……。こんな事の為にユミラス様のお手を煩わせるなんて……帰ったら文句を言わせて頂かないといけませんね。
「そんなに気にするな。我はシーラネルの事を気に入っているのだから。勿論、キリノの事もな」
「あ、ありがとうございます」
「私にもお優しい言葉を……感謝いたします!」
こんなにご迷惑を掛けてしまったにも関わらず、ユミラス様は優しく私の頭に手を置いて撫でてくださいました。
最初はあんなにも恐ろしく感じてしまいましたが、今は全く怖くありません。
優しくて美しいユミラス様に私は勿論の事、キリノお姉様も思わず笑みを溢してしまいます。
本当であればもう少しだけユミラス様に撫でて頂きたい所なのですが、まずは目の前のアリンをどうにかしないといけませんね……。
「顔を上げなさい、アリン」
「う”ぅ”……で、ですがぁ……」
「アリンはお父様からエルヴィスへ戻る様にと言われて戻ったのです。決して責められる事なんて無いのですよ? 私もルネもこうして無事ですし、貴女の責任ではありません」
そうして、私はその場にしゃがみ込み跪いているアリンの頭にそっと手を乗せました。
先程、ユミラス様が私にしてくださった事を真似したかったのです。絶対に誰にも言えませんけどね。
「アリンの気持ちはちゃんと受け取りました。もしも今後私が困った時は、その時は……アリンが私を助けてくれますか?」
「ッ!! も、もちろんです!! この身に代えてでも!!」
「ふふふ、そうですか。ならば、その涙を拭い立ちなさい。私を守る騎士として……あっ、ですが命を懸ける必要はありませんよ? 私はアリンに生きていて欲しいですから」
跪いていたアリンと一緒に立ち上がり、私はそう声を掛けました。
私の言葉を聞いたアリンはまた泣き出しそうな顔をしていましたが、それをグッと堪えて何度も頷いています。
どうやら、アリンを立ち直らせる事に成功したみたいですね。本当に良かった……。
「シーラネルも立派な王女になった者だ。私の知っている子供の頃のシーラネルはもう居ないと思うとちょっと寂しいが……まあ、それが成長という事なんだろう」
「そうだな。人の上に立つべき者の風格を持ちつつも、決して他者を蔑ろにしない慈愛の心。エルヴィス大国は良い育て方をしているのだろう」
少し寂しそうな顔をするキリノお姉様と優し気に私を見つめるユミラス様の言葉を聞いて、思わず顔が赤くなってしまいます……。
ですが、私を褒めて下さっているのは確かだと思いますので、そこは素直に嬉しいです。
私はそんな恥ずかしい気持ちを隠す様にキリノお姉様の左隣へ移動すると、アリンとルネは私の背後に並ぶように立ち始めました。
そうしてユミラス様と向かい合うようにして立った後、私はエルヴィス大国の第三王女としてユミラス様に頭を下げます。
「ユミラス女王陛下。重ね重ね、我が国の事情で時間を割いてしまい申し訳ございませんでした」
これは個人としての謝罪ではありません。お父様――ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスに代わって大国としての謝罪のつもりです。
そんな私の意図を汲み取って下さったのか、ユミラス様も先程よりも少しだけ固くした声音で返事を返して下さいました。
「良い。同じ同盟に属する国同士で協力し合うのは当然の事だ。それに時間に関しても気にする事は無いぞ。なんせ――まだ来ていない奴も居るみたいだしな」
「え?」
「実はね、シーラネル。レヴィラ・ノーゼラート様がまだ来ていないんだ」
私はユミラス様とキリノお姉様の言葉を聞いてあっと思いました。
そう言えば、今日一緒にお帰りになる予定のレヴィラ先生がこの場に居ないのです。何か問題でも生じたのでしょうか?
「あの、レヴィラ先生は一体どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「さあな。忘れ物があると言ってから今のいままで――ああ、ようやく来たか」
私がレヴィラ先生の所在について伺うと、ユミラス様は呆れた様に溜息を吐きながらもレヴィラ先生が遅れている経緯について教えてくださいました。ですが、その途中でユミラス様の視線が玄関の外――右側へと向けられます。
私もユミラス様と同じ方向である左側へ顔を向けると、そこにはレヴィラ先生がこちらへ歩いて来ていました。
「遅いぞ、レヴィラ」
「ごめんなさい。ちょっと色々とあったのよ……ええ、本当に色々と……」
「あの、大丈夫ですか? レヴィラ先生……」
軽く叱責するユミラス様に謝るレヴィラ先生の表情は疲労が溜まっている様に思えてなりません。心配になって私は話し掛けますがレヴィラ先生は「大丈夫よ」と言うとユミラス様の傍へと向かってしまいました。
「――は、どうだった?」
「――よ。――に居るから」
凄く小さな声でお話されているので内容は僅かにしか聞き取れませんでしたが、何故か御二方とも私の方を見て優し気に微笑んでいます。い、一体何なのでしょうか……?
「あの、一体何で――「さて、すまないがシーラネル」――は、はい……」
「時間も差し迫っている。レヴィラもこうして無事に戻って来た事だし、そろそろ見送りをさせてくれないか?」
「そ、それもそうですね……私も遅れてしまった身です」
「そうか。では、早速始めよう」
残念なことにその内容を詳しく聞く事は出来ず、そのまま流れる様にして私とキリノお姉様のお見送りが始まってしまいました。
見送られる側である私とキリノお姉様の前に立ったユミラス様は、私達に対して感謝の言葉と「またいつでも来る様に」と言って下さいました。
その言葉が嬉しくて、私は心からの笑みを浮かべて返事を返します。
そうして短い挨拶を交わし合い、後はユミラス様の手で”転移魔法”が発動されるのを待つだけとなったのですが、私の左側に立つレヴィラ先生がそこで待ったを掛け始めました。
「転移する前にいいかしら? シーラネルに渡す物があるのよ」
「私に……ですか?」
「ええ、私が遅れた原因も――貴女と約束していた手紙と伝言を受け取って来たところだったの」
「ッ!?」
そ、そうでした!!
昨日の夜にレヴィラ先生があの御方――ラン様からお手紙を貰って来てくれると約束してくださっていたのを忘れてました。
ど、どうしましょう……忘れていたからか、普段受け取る時よりも余計に緊張してしまいます……!
で、でも、伝言ってなんでしょう? 敢えて手紙と分けたのは一体何故……?
気になる事もありますが……は、早くラン様からのお手紙が読みたいです!!
「そ、それで、レヴィラ先生!! ラ――あの御方からのお手紙は何処に!?」
あ、危ない所でした……此処に居るのは私だけでは無いのです。昨日の出来事に関してもキリノお姉様には話してはいけない事になっているのに、とんだ大失態を犯すところでした……。
で、でも、踏みとどまれましたし、大丈夫……ですよね?
「貴女ねぇ……ちょっとは落ち着きなさい。ほら、キリノ王女が引いているわよ?」
「えっ!?」
「……シーラネル?」
ああ……キリノお姉様!! 違うんです!! これには訳があるんです!!
「ち、違うんです……これは、その……」
「だ、大丈夫だ。理由は分からないけど、シーラネルにとってその手紙は大切な物なんだろう? ちょっと驚きはしたけどそれだけだ。私の事は気にせず続けてくれ」
「うぅ……」
キリノお姉様の優しさが辛いです……。
昔から優しい方でしたが、今の私にはその優しさが辛いです……。
で、ですが、ラン様からのお手紙が気になるのもまた事実……ここはキリノお姉様のお言葉に甘えさせて頂きましょう。
「そ、それじゃあレヴィラ先生……お手紙を……」
「え、ええ。それじゃあ――”手紙を”」
『かしこまりました』
レヴィラ先生の言葉に返す様に放たれたその声に、驚いて私は思わず体を跳ねさせてしまいました。
いつから……最初から?
それは分かりません。
ですが、ローブを纏ったその方は私が気づかない内にそこに――私の目の前に立って居たのです。
「「シーラネル様ッ!!」」
驚いて固まっている私にその方が一歩前へ踏み出すと、後方から私を呼ぶルネとアリンの声が重なり、それと同時に私を守る様に前へと出てきました。
「貴様……一体何者だ!! この御方を誰だと思っている!!」
「それ以上の接近はお止めください。もし、それでも前へと進むと言うのであれば……」
そうして二人はローブの方に声を掛けると、それぞれに携帯していた武器を取り出して臨戦態勢を取り始めました。
そんな二人に対して、ローブの方は特に何も言う事は無く……その顔をレヴィラ先生の方へと向けてその場に留まっています。
『――レヴィラ様?』
「は、はひっ……」
ローブの方の声は何処か聞き取りづらく、男性であるのかそれとも女性であるのかは不明です。
しかし、レヴィラ先生の声が不自然だったのは気のせいでしょうか……?
それにユミラス様の顔色も青くなっていて、何処か具合が悪そうで心配です。
『はぁ……レヴィラ様からご説明をして頂けませんかね? 私は手紙と伝言を届ける為に来たと』
「あ、ああ! そ、そうね!! ほら、あなた達も下がりなさい!! その人はただ手紙を渡しに来ただけだから!!」
「で、ですが……」
「ノーゼラート様の申し出であってもそれは……」
「だ、大丈夫だ! この御方については我も知っておる! 決してシーラネルに危害を加える様な御方ではないとユミラス・アイズ・プリズデータの名において宣言する!!」
ローブの方がレヴィラ先生に声を掛けると、レヴィラ先生は慌ててルネとアリンに下がる様に言いますが、それでも二人は下がる気はない様子。
そんな二人に対してユミラス様がその名において私の身の安全を保障すると、二人は私に意見を求める様にこちらへ顔を向け始めました。
……見ず知らずの人の前に立つのは確かに不安ではありますが、レヴィラ先生とユミラス様が安全と言っている以上、エルヴィス大国の王女として逃げる事は出来ません。
そ、それに……この方が近づいてくれないとラン様のお手紙が……。
「ルネ、アリン、武器を収めて下がりなさい」
「「……かしこまりました」」
私が微笑みながら告げると、二人は大人しく従ってくれました。
「従者と騎士が失礼をしました。どうかお許しください」
「「なっ!?」」
私が頭を下げると、後ろからルネとアリンの驚いた様な声が聞こえてきます。
ですが、これは当然の事なのです。
私を守る為とは言え、無防備であった方に対して剣を向けるなんて許される事ではありません。しかも、この方はレヴィラ先生とユミラス様からも信頼されている方なのです。
私の謝罪だけで許されるのであれば、頭など何度でも下げましょう。
ですからどうか……ラン様からのお手紙を私にくださいっ!!
ごめんなさいルネ、そしてアリン。
色んな御託を並べはしましたが、卑しくも私はただ自分の為に謝っています……許して下さい!!
『大丈夫ですよ、お気になさらず。それよりも早速手紙をお渡ししたいのですが……そちらに近づいても?』
「は、はい!! ど、どうぞ!!」
そして早くお手紙をください!!
あなた様の気が変わらない内に!!
『で、では、失礼して……こちらがお預かりした手紙になります』
「……はい」
ローブの方は手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと、ローブの中の何処かにしまっていたと思われる手紙を取り出しました。
私はその手紙を慎重に……決して握って時にシワにならない様にゆっくりと受け取ります。
う、うわあ……本物です!!
いつもと同じ様にちゃんと封筒の裏に"シーラネルへ"って書いてあります!!
えへへ……ラン様からのお手紙……嬉しい……。
こ、こうしてはいられませんね!!
早く帰ってじっくりと読んでからお返事を書かなくては!!
「わざわざお手紙ありがとうございました!! これで安心してエルヴィスへと戻れます!!」
『そんなに喜んで貰えて、きっと手紙を書いたの本人様もお喜びに――「はい! ですので、この感謝の気持ちをいち早くお届けするべく帰ろうと思います」――そ、そうですか。ではその前に伝言を……あれ?』
あぁ……もう少しだけお待ちくださいラン様! このシーラネル、本日中にはお返事を書き留めてレヴィラ先生にお渡ししますので!!
『あの、聞いてますか? 伝言を……』
そうと決まれば、早速ユミラス様に転移をお願いしなくてはいけませんね!
「さあ、ユミラス様!!」
「う、うむ!?」
「もう全ての目的は果たしました!! 早速"転移魔法"をお願いします!!」
「だ、だかなシーラネル。まだ伝言が残って――「お願いします!! 私は今日中にお返事を書き留めたいのです!! ですから、さあ早く!!」――は、はぃ……」
私が誠心誠意心を込めてお願いすると、ユミラス様は願いを聞き届けて下さいました。
その際にキリノお姉様やレヴィラ先生が引いていたような気がしたのは、きっと気の所為ですよね?
あぁ……それにしても楽しみです。
果たして、今回のお手紙にはどの様なお話が載っているのでしょうか?
私がそんなことを考えていると、周囲がユミラス様の解放した魔力で包まれていくのが分かります。どうやら、"転移魔法"を発動させたみたいです。
ユミラス様の魔力を恐れていた私ですが、今は特に何も感じません。きっとこれも、ラン様に対する想いが成せる技なのでしょう!!
「――ラネル」
待っていてください、ラン様!!
「――ネル、聞こえてるか?」
貴方様への感謝の気持ちを、私は直ぐに描きますからね!!
「――シーラネル!!」
「何ですか、さっきから!! 私は今、大事な考え……ご、と………………へっ?」
先程から耳に入って来ていた声を煩わしく思い声を出しているであろう人物が居る方を睨むと、そこには先程手紙を渡してくれたローブの方が居ました。
ただ、先程までとは違うことが二点程あります。
まず一つ目に、今までとは違って声が聞きやすく、彼が男性であると気づけた事。
そして二つ目が、彼が私に見えるように顔を隠していた部分のフードを少しだけ持ち上げてくれたことです。
そしてフードの中を知った私は、驚きから言いかけていた言葉を止めてフリーズしてしまうのでした。
髪色は黒から灰色へと変わっていますが、それでも私が見間違う訳がありません。
私の目の前に立つローブの人の正体……それは紛れもなく私を死祀から救い出してくれた英雄――ラン様でした。
ラン様はフリーズしてしまった私に苦笑しつつももうすぐ転移してしまう私に向けて声を掛けて下さいます。
「えっと、こんな形での伝言になっちゃったけど……誕生日、楽しみにしてる。またね、シーラネル」
「は、はひ!?」
そうして、ユミラス様による大規模転移魔法は無事発動し……私はエルヴィス大国へと帰還するのでした。
転移先は王宮の前。
着いて早々にお父様やお母様が出迎えてくれましたが、私はただただ自身の顔を覆ってうずくまっていました……。
嗚呼……ラン様が……ラン様が目の前に居たのに私は……。
――またね、シーラネル。
――は、はひ!?
「おお、よくぞ無事に戻って……ッ!?」
「あら、どうしたのですかあな……た……ッ!?」
「「シーラネル様ッ!?」」
「ど、どうしたんだい、シーラネル!?」
嗚呼……穴があったら入りたいです……。
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【作者からの一言】
これにて午前の部は終わりです!
次はアーシェとのデート……お楽しみに!!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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