第320話 プリズデータ大国 四日目④






「――サプライズ?」

「ええ、その……見捨てた後で頼むのは申し訳ないと思っているんだけど……」


 二階にある大部屋の中。

 首元を左手で抑えながら俺がジト目でそう聞くと、レヴィラはその額に汗を作り視線を右へ左へ動かしながら弱々しく言葉を返してきた。


 ちなみにグラファルトは二階で合流した黒椿やトワと一緒に雪景色が良く見えるガラス前で遊んでいる。最近のトワのブームはグラファルトが作り出した割れない水球を打ち合う遊びだ。グラファルトにとっても魔力制御の一環の様なものらしく、それを抜きにしても『トワが喜ぶからな!』の一言で直ぐに用意して遊び始める。

 最近は俺よりもグラファルトの方がトワと一緒に居ることが多いので、随分と懐いた様だ。


 俺が大部屋で三人が遊んでいる姿を椅子に座り眺めていると、そこに俺を見捨てたレヴィラがゆっくりと扉を開けて入って来たのだ。

 そしてゆっくりと俺の前の席へと移動して座り、気まずそうに話し出したのがシーラネルへのサプライズ計画だった。


 さて、流石にこれ以上はイジメになるか。


「あー……ごめん。ただの八つ当たりだから、そんなに申し訳なさそうにしないでくれ」

「で、でも……逃げちゃったのは事実だから……」


 もしかして、俺が思っていたよりもレヴィラは気にしていたのか?

 なんか、凄い落ち込んでるし、それに泣きそうだし……。


「本当に怒っている訳じゃないんだ。勘違いさせるような事をしたのは謝る、だからそんなに落ち込まないでくれ……」

「ほ、本当に? 怒ってないの?」

「あれくらいの事で怒ったりしないって。グラファルトが言ってたように、じゃれ合ってただけなんだからさ」

「いや、あれをじゃれ合うなんて言えるのはランと魔竜王くらいよ……正気を疑うわ」


 あ、あれぇ?

 なんか思ってた反応とは違うけど、まあいいか……。


 これを機にレヴィラはもう気にしない事に決めたようで、本調子に戻ったレヴィラから早速紅茶のリクエストがあったのでお茶菓子と一緒に亜空間から取り出した。


 すると、紅茶の匂いに誘われてかお茶菓子として出したフルーツタルトに誘われてかは分からないけど、水球で遊んでいた三人もやって来て今は俺達の会話の邪魔にならない様に左へ二席分ほど距離を空けた場所に座って同じ物を食べている。

 あ、もう食べ終わりそうだな。あと2ホールくらい出しておくか。


「あっちにある赤いのが並んだのも美味しそうね? イチゴかしら?」

「食べるならカット済みのを亜空間に入れてるから出そうか? あれ、こっちの世界にイチゴってあるの?」

「あら、なら頂くわ。イチゴとは呼ばれてなかったけどね。こっちではストーラって名前なんだけど、エルヴィス大国ではイチゴって呼んでるわ。ほら、昨日の騒動の渦中にあった製菓店があったでしょ? あのお店はエルヴィス大国では知らない人が居ないくらいに人気のお店で、そこではストーラをイチゴって呼んでるのよ」


 俺は亜空間からカット済みのイチゴのタルトを取り出しつつレヴィラの話を聞いていた。

 そう言えば、噴水広場にあった製菓店は転生者が経営してるんだっけ。


「なるほどなぁ……そう言えば、その製菓店を始めた人はなんて名前なんだ?」

「ミナト・カシワギよ。お店の名前が"洋菓子のミナト"だから、もしエルヴィス大国の王都を見に行くなら一度行ってみても……んッ!?」

「ど、どうした?」


 俺から手渡されたイチゴのタルトが乗った皿を嬉しそうに受け取り、話が終わる直前で我慢が出来なくなったのかフォークでイチゴのタルトを切り分けて口へ運んだレヴィラ。

 しかし、イチゴのタルトを口へ入れた直後……レヴィラは驚いた様に目を見開いて動かなくなってしまった。


 そんなレヴィラに俺も驚いてしまい心配になって声を掛けると、次第にレヴィラは肩を震わせながら口に入れたままのフォークをお皿へと下ろし、その後で恍惚な表情を浮かべて吐息を漏らすのだった。


「お、美味しい……こんなに美味しいイチゴは食べた事ないわ!!」

「お、おぉ……」

「食べる前から分かっていたけど、これは他のイチゴとは全く違う代物よ!! みずみずしさは勿論のこと、その大きさも大変素晴らしいわ!! でもね、ただ大きいだけでは駄目なの!! 大きさに囚われてイチゴ本来の甘さや酸味が疎かになっているイチゴは最早イチゴだなんて呼べないわ!! でも、このイチゴは違う!! タルトとして調理はされているけど、砂糖の甘さとは違う果実の甘み……そもそも私が今まで食べて来たイチゴを使った砂糖漬けはどうしてもイチゴが砂糖に負けてしまっていたの。それなのに!! 何このイチゴ!? 砂糖と同等……いえ、砂糖よりも目立つ果実の甘みってなに!? このイチゴのタルトにおいて砂糖はただ見栄えを良くする為の脇役と化しているわ。でもそれが素晴らしい!! イチゴの良さを引き立たせる事において、これ程までに完成されたタルトは他にないわ!!」


 な、なんだろう……いつものレヴィラじゃない。

 もしかして、イチゴが好きなのかな? お酒が大好きなイメージしか無かったから、ちょっと可愛いかも。なんならお酒を飲んでいる時よりもテンションが高いし、一番好きな飲食物なのかもしれないな。


 ただ、あの……椅子の上に立って語るのは止めような? 左の方からの視線が凄いから、もうドン引きって感じで見てるから。

 あっ、黒椿がトワの目を手で覆い隠してる……流石は黒椿だ。


 その瞳をキラキラと輝かせて語り続けるレヴィラ。まあ、作った本人からするとここまで褒めて貰えるのは嬉しいものだ。でも、どっちかって言うとイチゴのタルトよりもイチゴその物を褒めているように聞こえるから、本当は微妙な気持ちなんだけどね……だって、このイチゴを作ったのは俺じゃないから。


 このイチゴは死の森に作られた農場の一画……ビニールシートの中で生産されている。

 ちなみに、農場の責任者はリィシアです。


 ミラから地球産の野菜や果物の種と苗を貰ったリィシアは我が家の近くの一画を整地して耕し、見事な農場を作り上げた。

 地球産の種と苗を植えて野菜や果物を育てて、たまに精霊の力を借りながらも品種改良を続けていった結果……地球に存在する野菜や果物でありながらも、超最高品質な代物が完成したのだ。


 これには普段肉ばかりを食べていたグラファルトも大満足であり、最近では積極的に野菜も食べるようになった。

 リィシアとしても農業は楽しいらしいので、俺は定期的にリィシアから貰った野菜や果物を亜空間にしまいお菓子や料理に使わせて貰っている。

 誰にも損がない幸せの連鎖が自然と生まれていた。


 レヴィラが感動しているイチゴのタルトにも、リィシアが作ったイチゴが使われている。正直イチゴだけでも十分に美味しいのだが、見た目の劣化を防ぐのとちょっとしたアクセントとの意味を込めて表面に軽く砂糖を溶かした物を塗っている。

 試しにやってみたけど、イチゴの美味しさをより知ることが出来るから今後も作る時は同じようにしようと思った。


「あーもうっ! ほんとに美味しいわね!? これ作ったのってランなんでしょ!? と言う事は、私が頼めばいつでも作って貰えるって事よね!? お金は払うわ!! なんなら私の秘蔵の魔導書も出すわ!! だから、私にこのイチゴのタルトを一生作って!!」

「…………」


 ――さて、そろそろこの暴走を止めないとな。


 ……止められるかな?





――――――――――――――――――






「――ええっと……それじゃあ、毎月渡している食事と一緒に今後はイチゴのタルトも渡すって言う事で良いか?」

「それで、お願いします……」


 レヴィラの暴走は思ったよりも簡単に止める事が出来た。

 と言うか、空になったイチゴのタルトが乗っていたお皿を俺の前に突き出して『おかわりっ!』って言った直後に我に返った様だ。

 お皿を突き出した時に俺の驚いた顔を見て、初めて自分が何をしていたのかを思い返したらしい。

 その後は顔をイチゴみたいに真っ赤にして小さくなってしまっていた。


 別に可愛いなぁとしか思っていなかったから、そんなに気にしなくていいのに……えっと、俺のイチゴのタルト食べる? あ、食べるのね……。


 まあ何はともあれ、これでようやく大きく脱線してしまった話を元に戻せそうだ。脱線させたのも俺なんだけどね。


 だが、このチャンスを逃す手は無いと言うのもまた事実。

 俺は自分の手元に置いてあったイチゴのタルトをレヴィラへと渡し、最初から置かれていたフルーツタルト(イチゴは乗ってない)を一口食べてから早速話題を戻すべく美味しそうにイチゴのタルトを頬張っているレヴィラへと声を掛けた。


「それで、シーラネルへのサプライズについてなんだけど……」

「う~ん……はぁ……ハッ!? そ、そうね!? サプライズ!! わ、忘れてないわよ!?」


 大丈夫かな、この子。

 いや、イチゴさえ無ければ至って普通なんだ。今日はちょっとイチゴの所為で頭弱くなってるだけ……常識人枠であり苦労人でもあるレヴィラの事を信じよう……。


「何だかいま、ランを見ていると無性に腹立たしくなるのは何故かしら?」


 ……ナンデデショウネ。



 そうして俺とレヴィラはシーラネルの為に実行するサプライズ計画について話し合い、その内容が決まって直ぐシーラネル達が居ると言う王城への出入り口へと向かった。

 その際に俺はファンカレアから貰った”女神の羽衣”を纏い、レヴィラの付き人として後方を歩く。ちなみにグラファルト達三人はお留守番です。こればっかりは仕方がない。


 流れとしてはレヴィラが俺から預かったと言う手紙を渡す際に『伝言も預かった』と言い、付き人である俺を呼び出しそれが合図となる。

 シーラネルの前まで立ったらまずはフードを被ったままの状態で手紙を渡し、その後は”魔力感知阻害”以外の全ての機能を切ってからフードを少しだけずらして伝言を伝える……と言う形だ。


 ただ、注意しないといけないのはシーラネル以外にも多くの人が居ると言う事だ。

 シーラネルが思わず俺の名前を叫ぶのだけは何としても避けたいところ。アイコンタクトかジェスチャーでシーラネルにサインを送って置いた方が良いかもしれない。


「――それじゃあ、そろそろ着くけど大丈夫?」


 色々と考えていたらレヴィラから小声でそんな事を言われた。

 レヴィラの後ろを付いていくだけだったから気づかなかったけど、耳を澄ませば何人かの話し声の様な物が聞こえる。どうやらもうすぐシーラネル達が居る場所へ辿り着くみたいだ。


「うん。ちょっと緊張するけど、大丈夫だと思う」

「あんまり気負い過ぎないでね? 私だけじゃなくてユミラスやメイド部隊も居るんだし、誤魔化そうと思えば幾らでも誤魔化せるわ」

「わかった」


 その心強い言葉のお陰で、俺の緊張も大分ほぐれていく。


 さて……シーラネルを驚かせるためにも頑張りますかね。









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 【作者からのお願い】


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