第319話 プリズデータ大国 四日目③






 玄関先でミラ達を見送りしてから……かれこれ30分は過ぎた気がする。


「――びえぇぇ~ッ……だずげでぇぇ~!!」

「何故逃げるのだ!! 少しばかり記憶を消すだけではないか!!」


 俺が未だに玄関前に居る理由がこの二人だ。

 グラファルトが泣いている所にタイミング悪くやって来たレヴィラ。

 今まで鍛錬と称して散々いじめて来たレヴィラに己の痴態(そう思っているのは多分グラファルトだけなんだけど……)を晒してしまったグラファルトは、何とかしてレヴィラの記憶を消そうと躍起になっている訳で、そんなグラファルトからレヴィラは必死になって逃げている。


 とは言え、さすがに長すぎるな……。

 10分くらいまでは一緒に見ていてくれた黒椿とトワは『折り紙してくる!』と言って居なくなり、ウルギアはウルギアで『ファンカレアの元で鍛錬してきます』とか言って神界へと向かってしまった。


 ウルギアって、今のままで十分に強いよね?

 これ以上強くなってウルギアはどうなりたいのだろうか……。


 ミラ達はもちろん、シーラネル達のお見送りの準備に向かったユミラスとユミラスについて行ったミザさんやアリーシャも居ない為、現状で二人を止めることが出来るのは俺だけとなる。


 そろそろ止めるべきだろうと思っていると、力尽きたレヴィラはとうとうグラファルトに頭を鷲掴みにされて捕まってしまった。


「たくっ、貴様は昔っから逃げ足だけは早い……だが、スタミナは我の方が上のようだな」

「ひぃぃぃ……お、お助けを……いだい!! 頭が砕けるぅ……!!」

「安心しろ、貴様の記憶が消えたことを確認したら治してやる……まあ、自分が誰かも思い出せないかもしれな――「やめんか!」――うぎゃっ!?」


 完全に怒りモードに入ってしまっているグラファルトの脳天にチョップを喰らわせて、グラファルトが着ている色違いの軍服の襟を掴みレヴィラから引き剥がす。


「な、何をするのだ……我の記憶は消す必要はないだろう!?」

「記憶を消すために殴ったんじゃないわ! いい加減にしろ!」

「ぐぬぬぬ……!!」


 不服そうに涙目になりながら俺を見上げるグラファルトに叱責をすると、グラファルトは更に不満そうな顔を浮かべてレヴィラを睨んでいた。


 一方のレヴィラはと言うと、何故だか俺の方を向いて跪き祈りのポーズをとりながら涙を流している……いや、やめて? 凄く恥ずかしいから。


「ちょお!? 暴れるなっ!」

「ええい、放せ!! 我の痴態を見たあやつを生かす訳には……我にもプライドがあるのだァ!!」

「いや、どうせ昔からミラに泣かされたりしてたんだろ? そんな過去にもう無くなっていたかもしれないプライドに縋ることはないだろ!!」

「……あ"ぁ"?」


 あ、やべ……。

 あまりにも暴れるものだから、つい余計なことを口走ってしまった。

 こっちに向かって祈りの姿勢をとっていたレヴィラの顔がサァーっと青くなっている。


「おい、藍。貴様は今言ってはならぬ事を口にしたぞ……それは我の逆鱗に触れるのと同義である発言だ……」

「い、いや、あの……ご、ごめ――ッ!?」


 掴んでいた襟を放して、直ぐにその場から離れようと一歩下がると……何故か背後に暖かな温度を感じる。

 それは先程まで俺の目の前に居たはずのグラファルトとが俺の背中に抱き着いているからであり、瞬きをした僅かな時間で転移をしたグラファルトは地面に落ちないように俺の腹部に足を引っ掛けて肩上に両腕を巻き付けていた。


「思えば最近は、貴様との時間も中々取れなくて、じゃれ合う時間も無かったなぁ?」

「い、いや良いんじゃないですかね!? 俺とグラファルトは運命を共にする共命者なんだから、わざわざじゃれ合わなくてもお互いの事は理解できていると思うんですよ!!」


 何これ凄い怖い!!!!

 声自体は優しいのに、背後から感じる気配が凄い不穏なんだけど!?


「いやいやいやいや……幾ら互いを良く知る間柄と言っても、やはり適度にじゃれ合う事は大事だ。それに――貴様の首元も寂しがっている様だしなぁ?」

「ひっ……ちょ、ちょっと待て!? まさかお前、をする気じゃないだろうな!?」


 わざわざ首元を主張する発言に慌ててそう声を掛けると、グラファルトは俺の耳元まで顔を寄せて舌なめずりを始めた。


「そう怖がることはないだろう? 大丈夫……たった一瞬で終わる。貴様も初めてではないんだ、覚悟を決めて受け入れろ」

「い、いや、やめ――」


 はっ……そうだ! 今の俺は一人じゃない!!

 俺にはレヴィラと言う助け合える仲間が居るじゃないか!!


「レ、レヴィラ……助け――て?」

「……~~ッ」


 待て、なんでお前はそんなに顔を赤らめてこっちを見てるんだ?

 あれか? まさか今の状況がピンク色の雰囲気に見えているとでも言うのか?


「あ、あの……お邪魔、よね?」


 そんな訳ないだろう!?

 どこをどう見たらそんな思考に至るんだ!?


「い、いや、そんな事は――「私は二階に居るから!! 後はご自由に」――おい、待って!! お願いだからぁぁぁ!!」


 い、行ってしまった……。

 あいつ、もう困ってても助けてやらねぇからな……!!


「――さて、これで邪魔者は消えたな」

「……」


 そうしてレヴィラが居なくなった事で生まれた静寂の後に響いたのは、グラファルトのそんな声だった。

 あー……ここから先の流れは分かる。分かってしまうのが悲しいけど、分かってしまう。


 だから、俺は深く息を吸った後にこういうことにした。


「――痛くしないでくださぃ……」

「それは無理な相談だなっ」


 清々しいまでに爽やかな声でそう告げると、グラファルトは思いっきり俺の首元へ噛みつく。

 その鋭い歯は俺の肉を突き刺して、血が流れている事が理解出来た。


 ああ……ユミラスなんかよりも、グラファルトの方が吸血種に向いているんじゃないかな……。


 激痛でぼやける視界を前に、俺はそんな事を考えながら次の瞬間には叫び声を上げていた。

 久しぶりの”首噛み”は本っ当に痛かったです。

























『――――~~ッ!!』


「……?」


 気のせい……でしょうか?


「シーラネル様?」


 王城の廊下で不意に足を止めてしまった所為で、私の横に付いてくれていたルネが先に前へと進んでしまい、不思議そうに首を傾げて私の名前を呼びます。


「ルネ、いま声が聞こえませんでしたか?」

「声……ですか? 申し訳ありません。私には聞こえませんでした」

「そうですか……確かに聞こえた気がしたんですけど……それに」


 それにあの声は――あの御方に似ていた気がしたのですが……私の気のせいだったのでしょうか?


「それよりもシーラネル様、少しだけ急ぎましょう。キリノ様達も御待ちになっていますので」

「あっ、申し訳ありません、私ったらつい……」


 私が考え込む前にルネが先へ進む様にと促してくれました。

 危うくキリノ様方を待たせる所でした……気を付けないといけませんね。


 王城の広々とした食堂にて朝食を頂いてから数時間が経った現在、私はプリズデータ大国からエルヴィス大国へと戻る為に王城の出入り口へ向かっています。


 昨日の夜は大変でした。

 目が覚めた後、ルネに『申し訳ございません』と泣きながら謝られてしまい、それを宥めて居たり。

 ユミラス様と”栄光の魔女”であるフィオラ様が私の部屋までお見舞いに訪れて下さり、王都であった事に関しては決して口外しない様にと告げられたり。

 夜遅くにレヴィラ先生が訪れて、あの御方――ラン様について教えて頂いたりと……本当に沢山の事がありました。


 ただ、残念な事もあります。

 出来る事ならラン様に一目お会いしたかったのですが……それは叶う事のない願いであるとレヴィラ先生から聞かされました。

 レヴィラ先生の話によれば、ラン様は『どうせ25日に会えるのだから、当日の楽しみを減らす事はないだろう』と仰っていた様です。


 その話を聞いた時、私は二つの感情に襲われました。

 それは、ラン様のお話に納得している私と、少しばかりいじけている私です。


 だって、酷いではありませんか!!

 私はこんなにもラン様に会いたいと思っていますのに、当のラン様はそんな私の事を焦らす様な提案を、私が断りにくい形で提案されるのですよ!?


 ……私はラン様に会えるだけで、その御姿を眺めるだけで幸せですのに。

 プリズデータ大国でラン様にお会いしたくらいで、お誕生日会の際にお会いする時の楽しみが減る訳ないじゃないですか!!


 レヴィラ先生の前では大人しくしていましたが、レヴィラ先生とルネが離れて一人になった時……思わずベッドの上に置かれた枕を叩いていたのは内緒です。


 ですが、ラン様の仰っている事もまた事実。

 25日には会えるのです。

 ラン様とお会いできないと言われた時には取り乱しましたが、今ではお誕生日会の日を楽しみにしている私が居ます。


「――まさか、先程の声は私にだけ聞こえていたのでしょうか? それ程に私はラン様に……」

「……? 何か仰いましたか?」

「ッ!? い、いえ!? 何でもないです!!」


 思わず呟いてしまった独り言がルネに届いていたと知って、私は慌てて気にしない様にと口にします。

 いけませんね……ラン様の事となると、私は取り乱してしまう様です。


 折角、ラン様の隣に立ったとしても恥ずかしくない様に淑女としてのマナーをサボることなく学んできたと言うのに……。


 私は自分の頬が熱くなるのを感じつつも、それを両手で必死に隠しながらルネの前を歩き出します。


「さ、さあ! キリノ様方を御待たせする訳にはいきません! 行きましょう、ルネ!!」

「御待ちください、シーラネル様!! そっちではありません!! 直進ではなく、そこは右へ……シーラネル様!?」


 ルネが後ろで何かを叫んでいる様ですが、それよりも私は早くこの頬の熱を冷まさせたくて早足で廊下を歩き始めました。



 そうしてルネの言葉を聞いていなかった結果、私は本来の道筋から大きくずれてしまった事によりキリノ様方に御迷惑をお掛けしてしまうのでした。










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 【作者からの一言】


 と言う事で、午前中の出来事としては最後となるシーラネル達とのお別れ話です。

 てっきり午前中はクォン達の事で忙しくなると思っていた藍くんでしたが、当日になってみれば自分はミラ達と共に行く事は出来ず暇な状態ですからね……レヴィラが別邸へと訪れたのもそれが理由でした。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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