第317話 閑話 罪人への宣告 前編






――顔を真っ赤にしたグラファルトが号泣しているレヴィラを追いかけまわしている頃。


 プリズデータ大国の王城――訓練場の中央には、クォン・ノルジュ・ヴィリアティリアとその付き添い人であるラグバルドが後ろ手に鎖で縛れらた状態で膝を着いていた。


「――顔を上げなさい」

「「……」」


 感情の込められていない冷徹な声が訓練場に響く。

 その声が止み空間に静寂が訪れると、クォンとラグバルドはゆっくりとその顔を上げた。


 二人の前には六人の女が立って居る。

 それは、この世界にとって絶対者とも言える六人だ。


 それは迅雷の如き黄色の閃光。

 それは大海の如き青の氷結。

 それは大樹の如き緑の新緑。

 それは灼熱の如き赤の爆炎。

 それは流星の如き白の栄光。

 それは深淵の如き紫黒の常闇。


 フィエリティーゼの創造神たる<使徒>――”六色の魔女”が、二人の前で静かに魔力を解放している。


 クォンとラグバルドは生きる伝説とも言えるそんな六人を前にして、背筋に流れる冷や汗を止めることが出来ずにいた。


「逃げようとなんて思わない事です。現在この訓練場には私が転移阻害の結界を張っています。判決を受け入れる事無く逃げようとした場合……私はもう、リィシアを止めるつもりはありませんので」

「……私は逃げてくれた方が助かる。逃げたら殺す、それで終わりだから」


 まるで決められた作業を行うようにフィオラは淡々と告げ、リィシアはその瞳に殺気を込めてクォンとラグバルドを睨みつける。


 そこには藍と一緒に居る時の様な人間味に溢れる姿は一切見られなかった。


(全く、ついていないなんて言葉では足りませんよ……まさか、わたくし達の判決を決めるのが使徒様なんて……)


 昨日から今日にかけて、クォンは脳内で常に思考を止めることなくこの裁判に向けて打開策を探し続けていた。

 とは言え、現ヴィリアティリア大国の女王である自分が殺されることは無いと腹を括っているクォンが探しているのは、如何に自分に不利益な判決をさせないかと言う点のみである。


(昨日から今日にかけての扱いを見る限り、わたくし達を冷遇するつもりは無いようでしたね。つまりは、まだヴィリアティリア大国の女王である事は手札として使えると見ていいのでしょうか?)


 その事を踏まえたクォンの考えでは良くて罰金、又はプリズデータ大国への出入りの禁止か国交断絶。最悪の場合は魔封じの腕輪による魔法発動の禁止だと推察していた。

 魔封じの腕輪はどの国に置いても厳重に管理されており、大罪を犯した奴隷にしか使用する事が出来ないとされている。がしかし、その使用制限に関しては大国間の裁量に任されている為、エルヴィス大国では国土全域にて一切の使用を禁じているがプリズデータ大国は違う。


(確かプリズデータ大国では犯罪者にのみ使用可能と言う決まりがありましたね……となると、暴力沙汰を起こしたラグバルドはもちろん、殺傷性の高い魔法を使用したわたくしも腕輪の対象に……それはまずいですね……)


 クォンの種族である金狐きんこ種は魔法を不得手とする獣人の中で特殊な立ち位置にある種族であった。

 通常の獣人は魔力を外へと放出する魔法を使う際にどうしても多く魔力を消費してしまう。それだけではなく発動までの時間も遅い為、魔法戦においてはどうしても不利になってしまうのだ。


 しかし、クォンの種族――金狐きんこ種――に限ってはそうではない。

 最も得意とするのは魔力制御であり、獣人でありながらも唯一魔法戦を得意とする……それが希少種族であり現在たった一人だけ存在する金狐きんこ種であるクォンの強みだった。

 一応それ以外にも獣人が持っている固有スキル【獣化】と【人化】に加えて金狐きんこ種にはもう一つ【禁獣化】と呼ばれる固有スキルが諸刃の剣として存在していたが、クォンは出来ればこの【禁獣化】を使いたくはないと考えている。


 現在存在する金狐きんこ種がクォン一人しか確認されていないのにはこの【禁獣化】が関係しており、一度【禁獣化】を使ってしまえば元の姿に戻る事は不可能だとされている。その代わりとして強大な力を手に入れる事は出来るが……それはクォンの求める強さとはかけ離れていたのだ。


 だからこそクォンは【禁獣化】には頼らずに、【獣化】と得意である魔法を極めてそれを武器とし獣人たちを束ねる王となった。

 そんなクォンにとって魔封じの腕輪は致命的であり、今後の目的の為にもそれだけは避けたいと思っていた。


(全くもって想定外です……プリズデータ大国の女王ユミラスを手駒に出来る算段が消えた事はまだ良いでしょう。エルヴィス大国の第三王女が居た事に関してもまだ良いのです。そもそもあれは、多少痛め付ける程度に留めてあの小国の王に手土産として渡すつもりだったんですから……)


 そう、昨日の時点でクォンはラグバルドが引き起こした騒動を絶好のチャンスだと思っていた。

 例えプリズデータ大国との同盟を結ぶことが出来ないとしても、偶々居合わせたシーラネルを見つけることが出来たのだから。

 抵抗できない様にある程度痛め付けてから連れ去り、王女を人質としてエルヴィス大国を無理やり同盟へと引きずり込む。多少粗くはあるが、それでも一つの大国を味方につける事は出来ただろう。

 しかし、そんなクォンの考えとは裏腹に予想外の事が多く起こったのだ。


(……あのローブの人は何者だったのでしょうか? わたくしの魔法を一瞬にして消し去る存在なんて、わたくしが見落とす訳がない筈。高度な認識阻害が掛かっていてその全容は見えませんでしたが、青い髪に黒い瞳……やはり見覚えがありませんね)


 クォンにとって大きな誤算は、自分の魔法を一瞬で消し去る存在が現れた事だ。そんな存在さえ現れなければ、今頃はシーラネルを攫う事が出来たかもしれないと何度も考えてしまっている。


(それに、まさか同行者にリィシア様がいらっしゃるとは……本当についてませんでしたね)


 そうしてクォンは、その視線に殺気を込めて見下ろしているリィシアを見上げて額に冷や汗を垂らした。


(わたくしがいま一番会いたくない御相手でした。ガノルドの御機嫌取りの為に精霊を殺すべきではありませんでしたね。何故、こうも不運は重なるのでしょう……まさか、”六色の魔女”である六人が揃っているなんて……)


 昨日の夕方頃に目を覚ましたクォンは、目が覚めて直ぐの光景に思わず悲鳴を上げたと言う。

 それもそうだろう。

 目を覚ましたクォンの前にはその瞳に静かなる怒りを宿した”六色の魔女”の六人が待って居たのだから。


(最初こそ驚きましたが、特に冷遇されることは無くただ質問をされただけでしたね。食事も寝床もそれぞれ個室を用意されての対応でしたし、やはりまだ希望は捨てるべきではないかもしれません。何とか魔封じの腕輪だけは避けなければ……)


 リィシアからの殺気を受けながらも、クォンの心にはまだ幾ばくかの余裕があった。

 そしてクォンが隣へ視線を向けるとそこには瞳を閉じた状態のラグバルドの姿があり、クォンはラグバルドの姿を見て全てを受け入れるつもりであるかのように思えた。


 それはクォンの読み通りであり、ラグバルドは例えどんな罰を告げられたとしてもそれを受け入れるつもりであった。

 ただ一つだけ……クォンにも、そして”六色の魔女”にも予測出来ない感情を抱きながら、ではあるが。




「――さて、これ以上勿体ぶっても意味はないでしょう。我々も暇ではありませんので、早速ではありますが今回の一件における二人への罰を告げさせて頂きます」


 静まり返った訓練場にそんなフィオラの声が響く。

 罪人であるクォンとラグバルドは一度だけ深く頷いて答え、その内容を待った。


「ではまず――ラグバルド」

「……」

「貴方には王都内での暴力行為の罪があります。それも襲った相手はプリズデータ大国がわざわざ他国から呼び寄せた者達であり、今回の一件は通常の暴力行為よりも重く罰が科せられる事となりました。異存はありますか?」

「……いや、ねぇな」

「そうですか。では、罪人ラグバルドには罰金として金貨100枚の納付とプリズデータ大国への立ち入り禁止を命じます。尚、金貨による支払いが不可能な場合は金貨100枚相当の品物による納付でも構いません」

「……まあ、問題はねぇな」


 ラグバルドはフィオラから告げられた判決の内容を聞いて溜息を吐きながらもそう答えた。

 元冒険者であったラグバルドは、その性格故に強敵を求めて危険な依頼ばかりを受けていた。当然、危険な依頼にはそれ相応の報酬が用意されている為、蓄えは十分な程にあったのである。

 プリズデータ大国への出入り禁止についても、そもそもラグバルドはクォンの付き添いとして昨日初めて来た事もあり、そこまで重く受け止めてはいなかった。


 ラグバルドが罰を受け入れる姿勢を見せた事で、フィオラは控えていたプリズデータ大国のメイドを一人呼び出して、ラグバルドの腕を縛っている縄を解かせた。

 縄を解かれたラグバルドは立ち上がると軽く腕をほぐし、その後で亜空間へと右腕を突っ込みそこから取り出した麻袋を縄を解いたメイドに渡す。


「……多分金貨100枚くらいは入ってんじゃねぇか? 多く入ってたとしても構わねぇ。迷惑料だとでも思ってくれ」


 立ち上がった事で見下ろす形でフィオラに向かってそう告げたラグバルドは特に攻撃的な動きを見せる事無くその場で待機している。

 そんなラグバルドの様子を見て、フィオラは意外そうな顔をしてラグバルドに声を掛けた。


「驚きましたね。とても暴力沙汰を起こすような人物には見えません」

「はっ、俺様は俺様の好きなように生きるだけだ。残念ながらまだ死にたい訳じゃねぇからな。もう女狐と共に居るつもりもねぇし、俺様は罰金を払い終わったらすぐに返してもらうぜ?」

「なっ!? ラグバルド、一体何を――「黙りなさい、クォン・ノルジュ・ヴィリアティリア」――ッ……」


 唐突に告げられたラグバルドの言葉にクォンが声を上げるが、それをフィオラは許さなかった。

 その後もクォンはラグバルドを睨み付けるだけで声を上げる事が出来ず、罰金を払ったラグバルドはメイドと念の為に”六色の魔女”の中で一番近接戦闘が得意であるライナが監視として付きプリズデータ大国の外まで転移する事となる。


 ライナがラグバルドの前に移動すると、ラグバルドは真面目な顔をしてライナに声を掛ける。


「なぁ、一つ訊きてぇんだが」

「……なんだい?」


 これまでの潔さを目の当たりにしたからか、それともラグバルドの真剣な様子を感じ取ったからか、ライナは特に不審がる事無くラグバルドの質問を待つ。

 そして、ラグバルドから投げ掛けられた質問は――ライナだけではなく、”六色の魔女”全員が驚くような内容だった。




「……この世界には――”六色の魔女あんたら”よりも強い存在が居るんじゃねぇか?」







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 【作者からの一言】


 今日明日に掛けては六色の魔女サイドのお話となります。

 作者としてはラグバルドはあくまでも強さを求める自由な狼と言うイメージです。ですから根っからの悪という訳ではなく……まあ、つまるところは戦闘狂という訳ですね……。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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