第316話 プリズデータ大国 四日目②






 朝からとんでもない誤解をされた所為で、いつもよりも疲れ気味ではあるものの無事朝食を食べ終えてた俺は、アリーシャに淹れて貰った紅茶を飲んで癒されていた。


「――おい、新緑の。そこを退け」

「……いや」


 お、今日の茶葉は飲みなれた味……そう言えばエルヴィス大国の茶葉をフィオラが渡してたっけ?

 値段は怖くて聞けないけど、受け取ったアリーシャが大事そうに麻袋を抱えていたから相当高いんだろうなぁ……。


「朝食時は仕方なく譲ってやったが、そこは元々我の席だろう?」

「……違う、席順は自由。この席はグラお姉ちゃんよりも早く起きていた私の席」


 あ、25日はエルヴィス大国の王宮に行くんだよな?

 だったら王都を見に行けたりしないかな?

 それなら茶葉が幾らくらいなのかも分かるし、フィオラかミラが付き添ってくれれば納得してくれるだろう。


「ええい、我が儘を言うな!!」

「我が儘はグラお姉ちゃんのほう!!」

「「ぐぬぬぬ……!!」」


 コウチャガ、オイシイナー!!


 朝食が終わってから早々に言い合いを始めたグラファルトとリィシア。

 何で言い争っているのかと言うと、まあ内容から分かるように席順についてである。


 いつもは俺の左隣に座っていたグラファルトだが、今日は別の席に座っていた。

 その理由はグラファルトと言い合っているリィシアが、俺の左隣に座っているからだ。

 リィシアが何食わぬ顔をして隣に座った時は驚いたけど、俺が起こしに行かなかった所為で遅めにやって来たグラファルトの方が、俺の左隣で朝食を食べているリィシアを見て驚いていたと思う。


 まあ、みんなが食事中だったからかグラファルトがお腹が空いていたからかは分からないが朝食時は何も言わずに余った席に座っていたから、てっきり諦めたのかと思ってたけど……そんなことは無かったみたいだな。


 朝食が終わって早々リィシアの後まで走って来たくらいだし。


 幸いな事に今のところ俺への飛び火は見られないので、左で言い合っている内に淹れたての紅茶を頂いてしまおうと思った訳だ。


「……はぁ」

「ふふ、随分とリィシアから好かれているみたいね?」


 左から聞こえる唸り声に溜息を吐いていると、右隣りに座るミラからそんな事を言われる。


「まあ、好かれているのは嬉しい事だけどね……」

「何か問題でもあるのかしら?」

「……いや、今後は色々と大変そうだなぁって」


 今朝の一件があってから、リィシアと接する時は何処からともなく視線を感じる様な気がするんだよな……。


 例を出すとするのなら、朝食の際に俺がリィシアの口元についていたドレッシングを拭ってあげただけで見られている感じがした……主にフィオラとライナが。

 リィシアに手を出したのではないかと言う疑惑が生じた時に、特に怒っていた様に想えたのがあの二人だからな……。

 もし今後も変わらない様であれば、ちょっと気疲れしてしまうかもしれない。


 そんな事を考えて少しだけ肩を落としていると、苦笑を浮かべたミラが「ああ、今朝の事を言っているのね?」と話し始めた。


「今朝の事はあまり気にしなくても良いわよ? あれは本気で怒っている訳じゃなくて、今のグラファルトと同じでただの嫉妬みたいなものだから」

「嫉妬?」

「ほら、フィオラやライナは身長も高い方で可愛らしいと言うよりは美しいって感じでしょう? それに二人とも性格がああ言った感じだから、あなたに素直に甘えることが出来ないのよ」


 ……思い当たる節はある。


 あれは確か一、二年くらい前……ロゼの工房を訪れた際にフィオラと遭遇した時の事だ。学園創設に関する話があった時だっけ?

 あの時もロゼが”フィオラはミラが居ない間は他の姉妹達の前ではお姉さんとして振る舞っていた”って言ってた気がする。

 だからこそ、アーシェやリィシアの前では決して甘える事が出来ず、我慢し続けていたらしい。


「まあ、どうしても気になるなら二人で過ごす時間を増やしてあげると良いわよ?」

「それで良いのか? 俺としてはフィオラやライナと二人で過ごすのも楽しいだろうから構わないけど……」

「……」

「ん?」


 ラからの返事が返って来なくなったので右を見ると、そこには何処か呆れた様な顔をしてるミラの姿があった。


「どうしたんだ?」

「いえ……何でもないわ。さっきの言葉をそのまま二人に聞かせてあげなさい。きっと上機嫌になると思うから」

「んん?」


 結局ミラはそれ以上の事は言わずに溜息を溢してから紅茶に口をつけてしまう。

 ミラが何を言いたかったかは分からないけど、フィオラとライナの機嫌が良くなるのなら二人で出掛ける約束をするのも良いかもな。これを機に、二人の事をより知れるかもしれない。

 そう考えた俺は、プリズデータから帰り次第フィオラとライナに二人きりで出掛ける事……つまりはデートを申し込む事を心に決めた。



「……そう言う考えが真っ先に思いつくから、みんなあなたの事が好きなんでしょうね」


 俺がデートを申し込む事を決めて直ぐにミラが小声で何かを言っている様な気がした。


「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわ……今度、私とも出掛けましょう。勿論二人きりで」

「うん、それは良いけど……」


 ……何で溜息?















 食後の一休みを終えて、俺は”六色の魔女”の全員と一緒に拘留していると言うクォン女王とラグバルドの元へ――とはいかなかった。


「やっぱり、俺は行かない方が良いと?」

「ええ、そう言う事ね」


 がーん……ちょっと気になってたのに……。


 別邸の玄関前。

 王城へと向かおうとしていたミラ達について行くつもりで居た俺にミラは同行拒否の旨を伝えて来た。


 どうやら昨日、俺が意識を失った後でフィオラによる尋問が行われたらしく、その中で二人が俺の存在について理解をしていない事が判明したらしい。

 "強い魔力が放たれていたのは分かったが、一体何が起こっていたのか理解出来なかった"……それが二人の回答であり、フィオラの持つ【審判の瞳】からしても嘘は言っていないとの事だ。


 そらならば、わざわざ正体を明かすような真似をする必要は無いだろうという結論に至り、俺は別行動をする事になってしまったのだ……くそぅ。


 ちなみにそれはグラファルトやウルギア、黒椿とトワなんかも同じである。

 まあ、俺以外の面々はクォン女王やラグバルドの結末には微塵の興味も無い様子なので、がっかりしているのは俺だけとなる。


「はっはっはっ!! 残念だったな新緑の!! お前がしっかりと務めを果たしている間、我は藍と一緒に過ごしているとしよう!!」

「……むぅ!!」


 グラファルトは朝食時の恨みを晴らすかの如く、一旦お別れとなるリィシアに俺と一緒に行動することを自慢し始めた。

 やめろよ大人気ない……。


 リィシアにその自慢は効果抜群だったようで、涙目になった状態で頬を膨らませるとグラファルトの胸辺りをポカポカと両手で殴り出した。


「ふっふっふっ!! 痛くも痒くもないぞ

!!」

「……むぅ……お兄ちゃんっ」


 グラファルトが痛がる素振りを見せず、寧ろ余裕の笑みを見せているとリィシアはグラファルトへの攻撃を諦めて傍に居た俺の元へ駆け寄ってきた。

 避ける理由もないので優しく受け止めると、リィシアは顔を上げて潤んだ瞳で俺を見上げる。


 うっ……俺、この目に弱いんだよな……。


「あー……よしよし」

「藍! そうやってお前が甘やかすから新緑の奴も図に乗るのだ!!」

「甘やかすって……そもそもお前がリィシアを煽ったのが原因だろ?」

「うぐっ」


 そこを突かれると何も返せないのか、グラファルトとは苦々しげな表情をして一歩下がる。

 そうして、諦めたようにしてがっくりと肩を落とすのだった。


 まあ、グラファルトの言い分もあるだろうし、リィシア達と別れた後にでも構い倒してやろう。


「ほら、リィシアももう良いだろ? ミラ達も待ってるから」

「……グラお姉ちゃんを甘やかしちゃ駄目だよ?」


 え、何この子。ちょっと怖いんですけど……。


「そ、そんな事はしないよ?」

「……ふぅん」


 何処か意味深な声を漏らすと、リィシアはうずくめていた顔を離してスタスタとミラ達の待つ玄関前へと移動して行く。

 あれ、目に浮かべていた筈の涙はいずこへ……?


 リィシアを追うように動かしていた視線がミラ達の元へ辿り着くと、そこには呆れた様子で俺を見る五人の姿があり、何も言わずに溜息を吐かれてしまった。

 え、つまりは……噓泣き!?


 やばい、女性の恐ろしさを垣間見た。

 リィシアがそんな事をする子だったなんて……いや、そう言えばリィシアって結構大人びた発言が多い子だったな。

 もしかしたら誰よりも計算高い性格だったりして……ま、まさかね?


 俺はぱっと浮かんできたそんな疑惑を振り切る様にして頭を振った後、ついては行けないにしてもその結果は知りたいと思ったので、クォン女王とラグバルドが受ける罰について説明して貰う事にした。


 ちなみに教えてくれるのはフィオラです。俺が指名してお願いしたら、喜んで引き受けてくれました。

 その容姿は美人ではあるけど、フィオラの可愛さはこう言う所に表れているんだと思う。


「ラグバルドに関しては罰金として金貨100枚とプリズデータ大国への出入りを禁止と言う形で手を打つつもりです。罰金に関しては払えなくても問題ありません。重要なのはプリズデータ大国への出入りを禁じる事ですから」


 ラグバルドから払われた罰金の全てはプリズデータ大国に存在する孤児院と王都の修繕費などに充てられるらしい。

 そして、もしもラグバルドがプリズデータ大国の領土へと侵入した事が確認されれば問答無用で処刑対象になる。

 その場合、プリズデータ大国から指名手配される事となり懸賞金も付く事から、ラグバルドは賞金稼ぎの人達にとって格好の餌食となる訳だ。


 普通であれば賞金稼ぎに追われる様な生活は避けるべく、プリズデータ大国へ再び戻って来る事は無いだろう。

 アーシェもこの結果には納得の様子である。


「次にクォン女王についてですが……罰金とプリズデータ大国への出入りを禁止すると言う点までは同じです。それにもう一つ、リィシアからの要望で”精霊の呪い”を付与する事にしました」

「……”精霊の呪い”?」


 その言葉を聞いて、俺は思わず顔を顰めてしまう。

 別にクォン女王に呪いを付与する事に反対だからという訳ではない。


 単純な理由で、呪いと言う言葉に少しだけ忌避感を覚えてしまっているだけだ。


「”精霊の呪い”は、精霊が行える精霊魔法の一つです。条件は”精霊を殺害した事がある対象にのみ発動できる”と言う一点のみで、行使するには上位精霊以上の力を持つ精霊が必要不可欠となります」

「その効果は?」

「”精霊の呪い”をその身に受けた者は、その体の一部が黒く変色します。黒く変色するだけで痛みなどはありませんが、体内に有する魔力を掻き乱す効果があるので魔法の発動に通常の倍以上の魔力を消費しなければならなくなるでしょう。それに、”精霊の呪い”を受けた者の周囲――半径10km程に精霊が寄り付かなくなります。今回の一件でヴィリアティリア大国の傍にある森に住む精霊女王は間違いなくお怒りになるでしょうから。ヴィリアティリア大国はクォン女王が王位についている間は繁栄は難しくなるでしょうね」


 どうやら”精霊の呪い”は思っていたよりも強い効果を持っているみたいだな。

 でも、色々と疑問も残っている。


「呪いの効果については分かったけど、解呪されちゃったらそれまでなんじゃないのか? それと、精霊女王を怒らせたりなんかして大丈夫なのか?」

「”精霊の呪い”は解呪する事が出来ないんです。正確には呪いを付与した本人が死亡するまで、ですが。精霊女王についても大丈夫です。呪いを付与する事に関してはリィシアから伝えられていますので、今は移住する準備を始めているそうですよ?」

「……精霊にお願いして知らせておいた」


 解呪出来ないのか……それはまた強力な呪いだな。

 俺とグラファルトの【漆黒の略奪者】や【白銀の暴食者】なら出来るかもしれないけど、まあ解呪してやる義理は無いな。


 そして、精霊女王にはリィシアから連絡済みだった様だな。

 それにしても、移住か……。

 ヴィリアティリア大国の周囲の森以外となると、住処としては大森林――竜の渓谷辺りの森か、俺達の住む死の森になるのかな?

 まあ、どちらにせよ特に何か言うつもりは無いけど、精霊女王に会える機会があればリィシアとの一件について改めて謝罪したいと思う。


「なるほど、大方の結末は理解したけど……リィシアはそれで良いか?」


 そうして大方の結末について聞いた後、俺はリィシアを見つめて声を掛ける。

 元は精霊達を殺したクォン女王を殺そうとしていたリィシアにとって、今回の結末は望んだ結果とは言い難いだろう。

 だからこそ、俺はリィシアが異議を唱えるのなら今度こそ味方であるつもりで居た。


 そんな俺の意思を汲み取ったのか、リィシアは優しく微笑みを浮かべるとその顔を左右にふり「……大丈夫」と答える。


「……昨日は私も感情的だった、反省してる。それに、お兄ちゃんのお陰で精霊達が何を思っているのかを改めて聞く事が出来た。だから……今はこれで良い」

「そうか」

「……でも、次はない。精霊達に害を為す行為を繰り返すのなら……私はそれを許さない」

「分かった。その時は俺ももう止めたりはしない」


 そして、その時は――その結果で生じた全ての害を俺が背負う事にしよう。


 そう胸の内で呟いてから俺はリィシアに近づいてその頭を一度だけ撫でた。

 リィシアは不思議そうに首を傾げるが、直ぐに幸せそうな表情を作りすりすりと自身の頭を俺の手へ擦りつける。


 そうして、話を終えた後”六色の魔女”である六人は別邸の玄関を出て王城へと向かって行った。


「……もう、あんな顔をさせない様にしないとな」

「藍……お前、また何か考えているな?」


 誰も居なくなった扉を見つめて小さく呟くと、隣に立って居たグラファルトからそんな事を言われてしまう。

 グラファルトの質問にどう答えたらいいか迷っていると、グラファルトは溜息を溢してからその背筋と両手を伸ばして……俺の頬を思いっきり両手で挟む様にして叩くのだった。


「いった!?」

「ふんっ。何を考えているかは分からんが、お前がそう言う顔をする時は決まって独断行動をとろうとするからな。その前に釘を刺しておこうと思ったのだ」

「うっ……」


 俺ってそんなに分かりやすいのかな?

 グラファルトにあっという間に気づかれてしまうなんて。


「何をするつもりかは知らんが、まずは我に相談しろ。我とお前は共命者なのだ、お前が抱えるものの半分はわれが背負ってやる。今度こそ、お前を一人になんかしないからな!」

「ッ……」

「我はずっと、お前の傍に居るぞ。ここに居るぞ」


 頬に添えられた手がするりと後方へと伸び、後頭部をグッと掴まれて下へと引っ張られる。

 抵抗する事無く頭を下げるとそこにはグラファルトの顔があり、軽くぶつかる形で俺の額とグラファルトの額は重なった。


「ずっと一緒だ……もう、あんな惨めな思いは絶対にするもんか……」


 知らなかった。

 グラファルトは、ずっと気にしていたのか?

 俺に何も知らされずに置いていかれた日の事を、ずっと気にしていたのだろうか?


 震える手で俺の後頭部を抑えて、決して離れようとしないグラファルトは”置いていかないで”と縋っている様にも見えた。


「だから、我は例えお前に嫌われようとも、絶対に――「大丈夫」――ッ」

「もう、お前の気持ちは痛いほどわかったから……だから……」


 ――そんな泣きそうな顔をしないでくれ。


 後頭部を掴む手の力が緩んだタイミングで、俺は顔を上げてからしゃがみ込むとグラファルトの体を左手で引き寄せた。

 そして左手を……ゆっくりとしか動かない右腕にめいいっぱいの力を込めてグラファルトを抱きしめる。


「今度は絶対に一人で行動したりしない。必ずお前に相談する。約束だ」

「……絶対、だぞ」

「ああ、絶対だ」


 そうして、俺は右肩辺りに顔をうずくめるグラファルトの頭を左手で撫でた。

 しがみつく様に服を掴んだグラファルトは、きっと泣いているんだと思う。


 そんな俺達の様子を、トワを抱えた黒椿とウルギアは優しく見守ってくれていた。







 だが、俺達は気づかなかった。


「――あ、あの……そろそろ入ってもいい?」


 別邸の玄関の扉を開けて、隙間から顔だけを覗かせていたレヴィラの存在に。


「~~ッ!?」

「げぇっ!?」


 この後、顔を赤くしたグラファルトが逃げるレヴィラを追いかけまわしたのは言うまでもない……レヴィラって、本当にタイミングが悪いよな。









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 【作者からの一言】


 状況説明なんかを入れたら思ったよりも長くなっちゃいました。

 レヴィラの不運は宿命です。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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